第5話 元日本人のおもてなしは桁違い ー支援その壱ー

  「よっし。こんなもんですかね」


 人数分のテントを組立て終わった私達テント設営組。なんせ今回の人数は総勢75人の大所帯。各チームからテントを預かり設営するだけでも結構な仕事量です。


 ん?具体数を知りたいですか?


 討伐参加者で1番多いのはB級ライセンス保持者です。B級44名、A級10名、サポートメンバーのC級は21名。その中で女性の内訳は、なんと私を含めてたったの7名です。まぁ、7人も居ると言った方が良いでしょうね。


 「あらぁ?駄目ヨォ、ノリちゃん。ここのペグの打ち込みが弱いわ。倒れちゃうわよ?」


 あ、忘れてました。女性カテゴリーに入りそうな方が一人いましたね。


 「あれ?シリルさん、今日護衛でしたっけ?」


 振り向くと、細マッチョな美形さんが私の手から金槌をスッと抜き取り、ちょっと打ち込みの甘いペグを打ち直してくれます。


 この方はA級ライセンス保持者のシリルさん。黒髪ロングのオネエ口調の鬼人さんです。


 「うふふ。ハーキスが待機組だもの。私もそうさせて貰ったんだけど、ノリちゃんが見えたから声掛けに来ただけよ?」


 「あ!ハーキスさん待機組なんですね!」


 「そおよぉ。とはいえ、護衛担当で体調を崩した馬鹿がいたから、代わりに周辺の偵察してるわ。もう、相変わらず良い男よねぇ」


 「ああ!もしかして、面倒だと言いながら自分から行ったんじゃないですか?うーわぁ!その場面、見たかった!」


 「ふふふ、やっぱりノリちゃんわかっているわねぇ。男は顔も大切だけど中身が伴ってなきゃ駄目よ」


 「シリルさんのように、ですね?」


 「勿論!私が良い男なのは大前提よぉ。でも、ノリちゃんの中で私がハーキスに負けているのが悔しいわぁ」


 「えへへ。そこは譲れませんね」


 言い切る私の頭を苦笑しながら撫でるシリルさんは、この討伐で知り合ったお姉さんのようなお兄さんです。綺麗好きで、おしゃれ好き、可愛いもの好き、不潔と虐めは大嫌いの性的には女性が好きな真っ当な男の鬼人さん。


 このクエストに参加してすぐ、近隣の街から参加した見知らぬ獣人さんパーティーに絡まれていた私を助けてくれて、話をしてみたらお互いに波長があったんですよ。


 「男が男に対して惚れるって、性的なものじゃないものだってある事を皆んなわかってくれないのよねぇ」


 「シリルさん誤解されやすいでしょうからね」


 女らしい話し方とか、嗜好とか。


 「でも私は嬉しいなぁ。ハーキスさんの事を理解して話せる人がいるんですから」


 「そうねぇ。ノリちゃんのおかげで『推し』って言葉がわかったもの。初めて聞いた時はノリちゃんはハーキスの事が性的に好きなんだと思ったわ」


 「まあ、好きは好きですけど。恋愛とは距離感が違いますからね。あくまでもハーキスさんの活躍と成功を喜び、見返りは求めません。出来ればパーティーは組みたいですけど、そもそもハーキスさんは女性が苦手でしょうし無理はさせたい訳じゃないですし」


 「はー……ノリちゃん尽くす女なのよねぇ。ちょっと勿体ないと思うけど、それはそれで見てて面白いからなんとも言えないわぁ」


 「ん?シリルさんだってハーキスさん推しでしょう?」


 「ノリちゃん程じゃないわ。と言うか、それよりアレってノリちゃんでしょう?」


 なんだろう?と思いながらシリルさんの指差す先に顔を向けると、あちらこちらで様々な大きさの白い雲のようなものに腰掛けている待機メンバーや支援メンバーの姿があります。


 「ああ、【綿雲】ですね。私がよく休憩時間で使っていたのを見て皆さんがお願いしてきたので、ちょっと出してみました」


 「……アレがちょっとなの……?」


 積乱雲の様に木の上まで高く積み上げた【綿雲】に唖然とするシリルさんを見て、大量に出し過ぎたかとちょっぴり反省しますが悔いはありません。


 だって、皆さんが使っている様子を見てハーキスさんが使ってくれるかもしれないですし!少しでも、疲れを取って貰いたいですし!


 なんて思っている私のギフト【雲錬成】で作り上げた固形化した【綿雲】ですから、普通の雲のように気体ではないですよ?


 言うなれば、極上マットレス質感の雲のような寝具でしょうか。


 あの質感にするにはなかなかに苦労しましたが、人生の半分は睡眠に充てられるからには妥協は出来ませんよね。何より快適を追求する元日本人ですから。


 おかげで完成した【綿雲】は、好きなサイズに取り分けるのも、大きさを変えるのも、個人の魔力を流せば加工も楽に出来る優れものなんです。


 まぁ……制作の裏話と言いますか。これを作った理由は、王妃の嫌がらせで王女時代の寝具が木の板にシーツを掛けただけの貧相なベッドだったから、って事なんですけど。


 結果として、最上の眠りを日々送る事が出来るのでむしろ感謝しましたけどね。


 「貴方が規格外なのは薄々感じていたけどね……アレは私も助かっているわね」


 野営の苦手なシリルさんは、私が使っていたのを見て1番に使い始めた方ですからねぇ。今も自身のテントの中にちゃっかり布団サイズにして確保しているんでしょう。


 「それにアレまで出して本当に魔力は大丈夫なの?」


 シリルさんの目線の先にあるのは、積乱雲のような【綿雲】の後ろにある白い円形の建物のような雲ですね。


 「ん?平気ですよ。だって気体化させていたのを具現化で戻しただけですし」


 「それよ……!まさか浮いていた雲があんな建物になるなんて誰が予想出来るのよ……!でも、具現化でも魔力使うでしょう?」


 「うーん……一度【錬成】したら【メイン】に登録してますし。そうすると、具現化には魔力が10減る位ですし。あ、でも具現化可能時間は一日ぐらいになっちゃいますね」


 「貴方……一度普通を知った方が良いわね……」


 額に手をあてて空を見上げるシリルさんに、あははは……とから笑いをする私。


 うん、自分でも普通じゃないのはわかってますよー。でも、今回はハーキスさんがいるんです!妥協は許されません!


 あ、シリルさんが言っている建物って【壁雲】で形造ったお風呂のことです。今回のクエストの為に事前に作っていたんですよ。


 四方を【壁雲】で覆い固形化、空洞にした中の空間を3部屋繋げています。脱衣所と洗い場と大浴槽ですね。大体各空間は20畳くらいですね。


 空間は【壁雲】の循環作用を利用して常時汚れは外に排出、使用済みのお湯も【浄化雲】を創り出し【壁雲】の中を循環させてますから、浴室の中は常に清潔な状態で使用出来るようになっています。


 勿論、引き戸で脱衣所と洗い場は仕切っていますよ。引き戸や脱衣籠もですが、浴槽や風呂桶や風呂椅子も固形化した【壁雲】で制作済み。


 脱衣所室内は【壁雲】に天井から【積乱雲】の冷気だけを弱めにかけ、浴槽には暖気だけを使って温度を錬成し、浴槽に【雲湯】を張っています。


 【雲湯】は固形化した【綿雲】を水のような質感にした雲です。勿論これも【浄化雲】付き。優しく循環しているので、見た目やお風呂の入り心地は白濁天然温泉の泡風呂ですね。


 え?シャワーはついているのかって?


 勿論!洗い場の一つ一つに錬成した小さめの【積乱雲】を設置してますよ?タッチ機能付きでお湯と水を両方出るようにしています。勿論使った分だけ縮んでいくなんて事はないように錬成済みです。安心して幾らでも使えるように研究しましたし。


 ええ、これも思い返せば王女時代が元になっています。寒い冬でも水しか渡さないように命じてくれやがった王妃達。


 うん、死ねばいいとでも思っていたんでしょう。暖房の薪すら王宮から支給させませんでしたから。必死に試行錯誤しましたよ……!


 ですから、お風呂場が【雲錬成】で出来た時には泣きました……!そして、ほぼ一日中浸かりましたよ。身体冷え切ってましたからねぇ(しみじみ……)


 それから年数をかけて更に改良に改良を重ねましたから、今のお風呂の設備は自信作ですよ!


 まあ思い返せば色々腹が立ちますが……結果、私生活の文明が進みましたからこれも良い思い出でしょう。細心の注意を払い、奴らには能力がバレないようにしましたし。


 うん、頑張って良かったです。おかげで今皆さんの役に立ててますからね。


 「ねえ?という事は、今からでもお風呂入れるのかしら?」


 あ、思い出しながらシリルさんに説明もしていたんでした。


 「勿論!よければシリルさんが皆さんに使った感想を伝えて下さい。今のところ誰も入ろうとしていないですから」


 というか、冒険者ってお風呂嫌いな人達多いですし……


 「あら!嬉しいわぁ!じゃあ、私ゆっくり入ってくるわね」


 「はい!この後私は炊事班の手伝いに行きますから、食事も期待して下さいね!」


 「ふふふ、それはかなり当てにしているわ」

 

 上機嫌で大浴場に歩いて行ったシリルさんも目で送り、私はもう一つの戦場に目を向けます。


 中世ヨーロッパ風のこの世界。例にもよらず味が薄いし美味しくないんです。尚且つ冒険者が食事を作るんですよ……?


 更によく考えて下さい。この炊事班は当分の間の全員の食事を準備するんです。ですが、女性が多く炊事班に割り当てられているとはいえ、今回の女性達は基本苦手な方が多いと耳にしました……


 大変です!それじゃいけません!と思い、思わず私が手伝い申し出ましたよ。


 なんせハーキスさんの血肉にもなる食事です!……不味いものは論外です!ここは、しっかりした食事を提供するのが私の役目!


 そう決意していたら、ジュー!!っという火の消える音と、男女の悲鳴というか……やらかした声が炊事班から聞こえてきました。


 「……うん、急ぎましょうか」

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