第17話:雛鳥みたいだ。
「これから俺たちは、味方艦と合流してお引越しだ」
「引っ越し、ですか? 艦を乗り換えるってこと?」
食堂でバーンズ艦長と一緒になり、そこでそんな話を聞いた。
元々セイレーンは五十年前に製造されたもので、つまり古い。あちこちガタが来ているし、何より新型艦と比べてパワーもない。
「古いものは古いものなりに、いいところもあったんだ」
「いいところですか?」
「あぁ。古いとな、レーダーに映りにくいんだ」
「あー、それは確かにいいですね」
「だが見つかったら逃げ切るのが大変なんだ」
それはダメじゃん。
前回は撃墜した艦と半壊した艦があったおかげで、敵の援軍は追ってこれなかった。だから逃げ切れた。
毎回そうなる保証はどこにもない。
「で、セイレーンⅡってわけさ」
「あ、セイレーンはセイレーンなんですね」
「おうよ! 三年前からコツコツ建造してたんだがな、やっと完成したって報告があった。こいつがあれば、今までよりワープ距離も伸ばせる」
距離、そして連続使用回数が増え、それを使って惑星イーリスの奥――今の位置関係からだけど――にある惑星デュランへ向かうということらしい。
元々の目的地は惑星イーリスから離れる位置関係にある。そのまま進むのはあまりにもわざとらしいから、進路は少しずらすことになるが、どのみちイーリスを離れる進路を取って、それからワープ航行でデュラン方面へ一機に……か。
「まぁワープを使ってもデュランまでは半月以上かかる。到着する頃にはイヴの視力も多少は回復してるだろ。包帯はもう一週間もあれば外れるだろうしな」
「順調に治ってくれるといいんですけど」
「そう心配するな。っと、心配してやれって言ったんだったな。まぁうちの医療チームを信じろってことだ。なんでも地球圏より医療は進んでるらしいんだろ?」
「あ、はい。俺の親戚に事故で神経を損傷したって叔父がいたんですけど、歩けるようになるまで二か月かかりましたよ。俺なんて数日だったし」
まぁ低重力だから歩けたっていうのもあるらしい。重力があれば体重が腰にかかるわけで、それだと痛みでリハビリどころじゃないってリリアン医師が言ってたっけ。
「お前もちゃんとドクターん所に通ってんだろうな? 一応、まだ未完治、なんだからな」
「……ごちそうさまでした。医療室行ってきます」
「言った傍からか。ちゃんと診てもらえっ」
「はいっ」
やっべ。AMAに慣れるため、シミュレーターとか本物に乗ってばっかりで昨日、今日は忘れてた。
医療室に行ってもイヴと話して終わってたし。リリアンさんも呼び止めてくれりゃよかったのに。
「リリアン先生ー。悠希です。診察に――」
「ドクターは食事にいった」
「あ、そうなのか。イヴは……まだ食事していないのか?」
「あぁ。介助が必要だから」
そう言った彼女は、何故かそっぽを向いた。
え、もしかして……恥ずかしがってる?
「か、介助が必要なら俺が手伝うよ」
「いい」
「いやいや、お腹空いただろ? 食事もらってくるよ」
「い、いいと言って――」
医療室を出て食堂へ向かう途中、端末とにらめっこしながら向かって来るリリアン医師を発見。
「先生」
「はい? あ、悠希くん。どうしました?」
「いや、俺の診察と、あとイヴの食事を取りに行こうと思って」
「え? 今日はスティに介助をお願いして……ああぁぁぁっ。お願いするの忘れてたわぁ。ど、どうしましょう。私、これから甲板クルーの定期診察に行かなきゃいけないのに」
「食事は俺がやりますから、いいですよ。俺の腰は……」
「あ、明日。うん、明日にしましょう。どこか痛むところはある?」
「いえ、大丈夫です。じゃ、明日お願いします」
「イヴさんのこと、お願いね。ほんっと、ごめんなさい」
リリアンさんも忙しいんだな。
食事の介助ぐらい、俺にだって出来る。いくらでも手伝うさ。
食堂でご飯を受け取り、医療室に戻る。スタッフはまだ誰も戻って来ていないようだ。
「イヴ、お待たせ。ちょっと手違いで介助スタッフがいないってさ。だから俺が介助する」
「……手元に置いてくれれば、ひとりで食べられる」
「いやいや、全然見えてないのに無理だろ」
「無理じゃない」
「アダム。イヴはこう言ってるけど、どう思う?」
「貴様っ。アダムを持って来たのか!?」
いや、持ってきたというか、一度システムを接続したから、好き勝手に入り込んでるんだよ。
『イヴ。わたくしの計算の結果、あなたが介助を受けずに食事をした場合、100%の確率でベッドを汚すことになります』
「お前は黙っていろ」
「ほーら、やっぱり。怪我人なんだからさ、大人しく介助されてろって。ほら、あーん」
なんで口開けないんだよ。
「おい、イヴ」
『イヴ。時間の無駄遣いです。非効率的です。医療スタッフは食事のあと、甲板クルーの定期診察のため、ここへは戻って来ません。戻ってくるのは四時間後でしょう』
「お腹減るぞぉ」
『減りますね。医療スタッフがお戻りになる頃には、食事は冷え切っているはずです』
「……効率のためだ」
ここで俺に食わせてもらうか、四時間待つか。どっちが効率的か考えた結果なのか。
どんなに食わせてもらうの嫌なのかよ。
「ほら、あーん」
黙って口を開くイヴに、切り分けた肉を入れてやる。
もぐもぐし終わったイヴが小さく口を開ける。そこに今度はサラダを入れてやった。
おっと、ちょっと大きく切り出したか。口んなかいっぱいだ。
っぷ。なんかリスみたい。かわいいな……え?
か、かわいい?
いや、イヴは美人だし、かわいいってのも間違いじゃない。
そうじゃないだろ。
なんでここで、ここで自然にかわいいとかって単語が出てくんだよ。
「止まってる」
「あ、え?」
「口が乾燥する」
「あっ、ご、ごめん」
口を開けたまま待ってたのか。雛鳥みたいでかわい――いやいやもうそのかわいいは忘れろっ。
「止まってる」
「ごめんって。ほら、あーん」
「ん」
『まるで雛鳥みたいですね、イヴ』
「お前は避けないこと言うなってっ」
なんで。なんで俺が恥ずかしくならなきゃいけないんだよ。
「オヤジさん、ヴァルキリーのコックピットは?」
「あぁ? あぁ、大丈夫だ。パネルは張り替えてある。使えるぞ」
一晩経って、イヴが突然、ヴァルキリーに乗ると言い出した。
バーンズ艦長はそれを許可。俺を見て「頑張れよ」と眉間にしわを寄せて言うあたり、つまりこれはイヴから俺に対するテストってわけだ。
「二時間後に味方艦との合流だ。さっさと始めるぞ」
「え、二時間後? すぐじゃん」
言いながらハッチを閉め、アダムに全システムを起動させる。
「イヴは新しい艦のこと、知ってるのか?」
「知るわけないだろう。コールドスリープしていたのだぞ。その間のことなど何も知らん」
「あ、そっか。じゃあアダムは?」
『存じ上げています。現セイレーンより全長は一八メートル、全高は九メートル伸び、それにともなって通路幅も約五十七センチ広くなりましたし、クルールームのベッドサイズも――』
「あー、はいはい。わかった」
放っておいたら搭載装備から部屋数まで、ありとあらゆる情報をここで延々と語りそうだ。
というか、時間がないのにイヴは動こうとしない。
「イぶ――っ。な、なんで踏みつけるんだよっ」
振り仰いだタイミングで、イヴが俺の後頭部を踏みつけた。
見えないからたまたまってわけじゃない。わざわざ足を伸ばしてるし、確信犯だ。
ぼすんっとシートに腰を下ろしたイヴは、腕組みして動かない。
もしかして……俺に動かせってことなのか。
てっきりイヴが操縦するんだとばかり思ってたから、こっちも待ってたのに。
「わかったよ。動かせばいいんだろ、動かせば……えぇっと」
『メインの操縦権限を、サブパイロットに移行します。悠希、このような時にはわたくしにご命令ください。誤操作を回避するために、権限の譲渡が都度必要になりますので』
「了解」
カタパルトに足を固定し、ブースターを――。
『出動の際にはブリッジに報告を』
「お、おう」
この数日、オーキットさんのAMAに乗せて貰ったからわかる。
ゲームやアニメでもよくあるシーンだけど、本当にあれをやっていたとは。
カッコいいと思いつつ、いざそれを自分がやるとなると……恥ずかしい。
はぁ。でも規則……らしいからなぁ。
「こ、こちら悠希。ヴァ、ヴァルキリー、出ます」
『あぁ? しゃきっと話せ、しゃきっと。んで、誰と搭乗してんだ』
艦長めぇ……わかって言ってるだろ。
「こちら、イヴと悠希! これよりヴァルキリーで出ます!」
『よぉし。行ってこい』
今度こそブースターを噴射し、開いたハチから宇宙へと射出された。
「左のスロットルがわずかに浅い。軌道がずれてるぞ」
「え? そ、そう?」
『はい。ブースターの出力は足元のスロットルに依存されております。射出時には必ず、同じ力で踏み込んでください』
計器を確認したら、本当にすこーしだけ左右の出力が違っていた。
目、見えてないのになんで……実は見えてる?
体を捻って上を見たけど、やっぱりイヴの顔は上半分が包帯でぐるぐる巻きになっていた。
「右にぶれてるぞ」
「あっ。ご、ごめん」
振り返ったから右の操縦かんに力が入ってしまった。
VRゲームじゃこういう細かい動作に、システムが反応したりしなかったのにな。
しっかりしろ、俺。
こんなんじゃ彼女を守れないぞ。
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