人型戦闘機・蒼銀のヴァルキリー~銀河を越えて出会った二人がひとつの戦争を終わらせるまで~

夢・風魔

第1話:修学旅行。

『当機はこれより月面を向け、短距離ワープ航行へと入ります。ご搭乗のお客様は座席にお座りになり、シートベルトをお絞めください』


 コロニーを出発して十五分。もうワープか。

 ワープが終われば月まで直ぐだ。

 中学の時に行ったお隣のコロニーへの修学旅行の方が、現地到着まで時間がかかったよな。

 宇宙飛行を満喫する暇もありゃしない。

 第一、西暦二千八百年も過ぎてるっていのに、今どき修学旅行が月?

 むしろ地球にしてくれよって感じ。


悠希ユーキ。もう早く座ってシートベルトしなよぉ。あんたが座らないと、私たちも席につけないんだから」

「あー、はいはい。ったく。お前は俺のお袋かよ」

「えぇー。こんな大きな赤ちゃんヤダよ。ねぇ~、翔麻」

「あはは……子供じゃなくって赤ちゃんなんだ」

「おい、笑うなよ翔麻。それと俺は赤ん坊じゃねーぞ、アキッ」


 アキが舌をちょろっと出して、隣の席に座るクラスメイトの女子と笑い合った。

 

 物心つくころからずっと一緒にいる幼馴染の坂本アキと鷹柴たかしば翔麻しょうま

 俺より数日早く生まれたからって、アキはよくお姉さん面をする。

 そんなアキと俺のやりとりを、翔麻はいつもにこにこ笑って見ていた。

 翔麻の隣の席に座ってシートベルトを閉め、それから足元に置いた鞄からゲーム機を取り出す。


「はぁ……短距離ワープだとすぐだよなぁ」

「ワープ時間はおよそ十分だよ。ゲームなんてやってる暇ないだろう?」

「ない。けど機体のセッティングは出来る」

「好きだねぇ、悠希も」


 とかいいながら、お前が左手に持ってるのはなんなんだよって話。

 翔麻も俺と同じようにゲーム機本体の電源を入れ、同じソフトを起動する。

 新規参入のゲーム会社が一カ月前に配信した、試作段階のロボットアクションゲームだ。

 作りがリアルで、且つ難易度も高く、ロボ物のアクション好きの間で話題になっている。


「あぁ、まぁたロボット弄ってるぅ。ロボヲタどもめぇ」

「うるせぇ、アキ。見んな」

「えぇ? 見られて恥ずかしいのぉ~?」

「あっ。お前、近けぇよ。邪魔すんな」


 アキは何かとすぐ邪魔をしにくる。昔は男も女も関係なく、同じ遊びをしていたけど……この年になると、そうもいかない。そもそもアキはアクションゲームが大の苦手だしな。

 顔を近づけてくるから押しのけると、不貞腐れてそっぽを向いた。


「悠希、今のランキングは?」

「ん? えぇっと……」

「はぁ? 46位だって!? 二桁とか、もうバケモノレベルじゃないか」


 そう話す翔麻は155位。チラっと覗いた時に見えた。

 本当なら翔麻はもっと上にいるはずなんだよ。でもこいつ優しいから、グループ戦ではいっつもアシストに回って、撃墜数稼ぎは他の人に任せてるんだよな。一番ポイントが高いシングルマッチでもわざと負けたりしてるし。

 ま、ユーザー登録者数は千万人を超えたってネットニュースにもあったし、三桁前半でも十分過ぎるほど凄いだろ……と言いたいけど、それを言えば嫌味にしかならないのはわかってる。だから言わない。

 それに、翔麻には言ってないが……実は一度だけ、ランキング一位になったことがある。

 一位になった途端、知らない連中からフレンド申請が気持ち悪いぐらい届いて……で、アカウントを作り直している。今はわざと負けたりもして、ランキングを調整しているってわけだ。

 そのことは翔麻には話していない。

 なんだかんだこいつも、あのゲームが気に入ってるようだし、変に自慢をしたくなかったから。


「ん? なんか通信が悪いな」

「そうだね。ワープ中だからかな? マインド・ダイブも完全にシャットダウンしてるよ」


 VRシステムもダメか……仕方ない、ワープが終わるまで待つか。

 

「あれ? なんか明るいな」

「ん? どうした、翔麻」


 翔麻は窓から外を覗いた。外見たって、ワープ中じゃ星の光が線になって見えるだけなのに。

 いや……翔麻が見ているのは星じゃない。シャトルの後方だ。


「マズいよ、悠希。シャトルの後ろの方から、火花が出てる」

「お、おい、冗談言うなよ」

「冗談でこんなこと言えるわけないだろっ」


 翔麻の言葉を裏付けるように、突然機内の電気が消えた。


「きゃーっ。何? どうしたの?」

「アキ、落ち着いて。じっとしてるんだ。すぐに明かりが点くはずだから」


 これまた翔麻の言う通り、機内の電気はすぐに点灯した。だが赤い、緊急を告げるライトも点滅する。

 更に警報ブザーも鳴りはじめ、こうなると機内はパニック状態に陥った。

 教師が落ち着くように叫ぶが、シートベルトを外して立ち上がる生徒が何人もいる。


『ご搭乗の皆様にお知らせしますっ。本機の機体後部に損傷が発生したため、速やかに脱出艇にお移りください。繰り返しますっ――』


 おいおい、冗談だろ?

 今ってワープ中だぞ。ワープ中に脱出とか、出来るのか?

 だけどこのままシャトルに乗ってるわけにもいかない。既に窓を覗き込まなくても、ここから炎の灯りが見えるようになってしまっているから。


「このシャトル、爆発しちゃうの? 嘘だよね!?」

「アキ。今すぐシャトルの前方に移動するんだ。先生っ、避難指示をっ」


 正義感が強くしっかり者の翔麻は、直ぐに行動に移した。

 

「あ、あぁっ。みんな、今すぐ荷物を持って――」

「荷物なんか持って行く余裕もスペースもないだろっ」

「そ、そうだな。す、すぐに前方へ移動しなさいっ。前の方の生徒から早く!」


 なんとも頼りない教師の言葉に横やりを入れ立ち上がる。

 俺たちの座席はシャトルの後方寄り。前の方の連中が避難してくれないと、こっちは動けない。さっさと移動してくれっ。

 そう祈ると、まるで嫌がらせのように後ろから爆発音が聞こえた。

 悲鳴が上がり、みんなが一斉にシャトルの前方へ向かって走り出す。


「アキ、通路に出て走れっ」

「う、うん。悠希、傍にいてよね? ね?」

「わかってるって。後ろからぐいぐい押してやるから心配するな。翔麻が」

「なっ。なんでそこで僕の名前を出すんだよ。悠希がアキの後ろにいるんだろっ」

「よし、交代な」


 そう言って翔麻と立ち位置を交代する。

 翔麻は「ちょっとっ」と抗議の声を上げるが、そんなの関係ない。

 お前がアキのことずっと好きだって、俺にはバレバレなんだよ。こんな時ぐらいカッコつけて、アキに気づいてもらえよ。


 押し合いへし合い、パニック状態の生徒も多い中、俺は座席の上に立って周りの状況を見渡した。

 全員が椅子から離れて通路に出てるってのに、最後尾の女子が座ったままだ。

 何やってんだ!?

 悲鳴に交じって聞こえるのは、ベルトがどうとか。


「さっきの爆発の衝撃で、自動開閉装置が壊れたのか? 翔麻、俺ちょっと行って来る」

「え? なんで。なんで悠希が行くの!? 私たち、脱出艇に行かないとっ。先生に任せなよっ」

「先生? どこにいるんだよ、そいつらは」


 教師どもめ。先に前の方に行きやがったな。


「でも悠希っ」

「翔麻、アキ連れて先に前に行ってくれ」

「わかった。急ぐんだよ」

「あぁ。ポットで待ってろ」

「ダメッ。悠希と一緒じゃなきゃ! だって私――私――」

「アキ、行こうっ。悠希の邪魔をしちゃいけないよ」

「悠希っ。悠希ぃーっ」


 大袈裟なんだよ、アキは。

 ちょっと行って、ベルトを外すだけだろ。

 

「ちょちょいっと……くっ。かってぇ。けど」


 ベルトは外せなかったが、緩めることは成功。


「抜け出せっ」

「はぁ、はぁ……出れた。やった!」


 女子がベルトから抜け出した瞬間――俺たちのすぐ後ろで、ドォンッと再び爆発音が鳴った。

 その瞬間、腰のあたりに傷みが走る。

 何か刺さったのか?


「け、怪我したの?」

「い、いいから早く前に行けっ」

「う、うんっ」


 返事をすると女子は前の方に走り出した。

 俺も……ぐああぁぁ、痛ぇ。足が……なんか痺れた感じがする。うまく動かせない。


 更に爆発音。

 天井が一部落ちて来て、俺の進路を塞いだ。


 嘘……だろ……。


「さ、沢渡くんっ」

「な、何してんだよ。行けよ!」

「でも沢渡くんがっ」

「行けってば!」

「でも、でも……あっ。沢渡くんっ。後ろの扉の向こうに、医療用の緊急ポットがあるのっ。ひとりしか入れない小さなものだけど、船外でも安全に機能する設計だからっ」


 医療用ポット! 前に行くより近い。


「わかったっ。お前は脱出艇の方に行って、先生――いや、乗務員に説明してくれ」

「うん。うんっ。回収してくれるようお願いするねっ」


 落ちて来た天井の隙間から彼女の背中が見えた。

 俺も行こう。背中が傷むけど、我慢していくしかない。


 爆風で歪んだ扉の隙間から奥へと行き、彼女が言っていた医療用ポットを見つけた。

 起動用の説明書きが壁に張り出されているから、その通りに動かす。

 痛い……急げ……。


 ピっと音がしてハッチが開く。

 痛みで……頭がぼぉっとしだした。ここで気絶するわけにはいかない。こんなところでっ。


 飛び込むようにポットへ入ると、内側からハッチを閉める。

 ピピピピとセンサーが鳴り、電子音声が……聞こえ……。


 意識が途切れる瞬間、ポットが大きく揺れたのだけは感じた。


 誰か……誰か助けてくれ。まだ……死にたくない……。





『その願い、叶えて差し上げましょう。ただし条件がございます』

 

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