ワンダーゴーストは二度目の生に何をみる ~異能と異形が入り混じる裏社会で幼女のお守りを押し付けられた件の報告~

千秋颯

Prologue『合流』

 日本某所、都内の一等地。

 その洋館は数々の裕福層が集う建物群の一画にあった。

 広大な土地で宵闇に身を包んだそれは不気味さともの悲しさを湛えている。

 館のとある一室、広々とした空間で二人掛けのソファに並んで腰を掛ける二つの影が揺れる。


 一つはその足が床に届かない程幼い少女。金糸のような長い髪を下ろした少女は繊細な刺繍を拵えたネグリジェに身を纏う。

 そして隣に座っていた青年の頭を抱きしめるように優しく引き寄せ、その黒髪を撫で上げる。

 黒髪の青年は言葉一つ紡がずにされるがまま頭を傾けている。


 彼の目元に掛かっていた前髪が優しく持ち上げられた。

 そこから顕わとなったのは右目を隠す眼帯と黒い左目。

 隠されていない方の瞳は光一つ反射せず、虚空を見ているかのようにひたすら昏く淀んでいた。



***



 同刻、イタリア某所。

上る満月。夜更けの静けさに沈んだ街。

 都会の街並みを高層マンションの窓越しに眺める中年の男はワイングラスを片手に笑みを深めた。


「ルカ・ヴァレンテ」


 常夜灯のみに照らされる薄暗い一室。

 豪奢且つ価値ある骨董品が飾られた空間、彼の背後で首を垂れていた青年は目線だけを上げた。


「優れた瞬間記憶能力、そしてその場に見合う冷静且つ適格な判断力。頭脳明晰と謳われる君は実に優秀だ」


 男は振り返る。

 そしてその視界の中央へ部下の姿を収めると満足げに目を細めた。


「君のその能力は我がラフォレーゼファミリーに必要な人材と言えるだろう」

「光栄です」


 青年ルカは一瞬だけ上司と視線を交えた後に再びその頭を下げた。

 相手に敬意を表す姿勢を崩さない従順さ。男はそれに笑みを深める。


「君には日本へ向かって欲しい。その腕を見込んだ故の決断だ」

「日本、ですか」

「ああ。現在一部の同志が日本に潜伏している。君には彼らと合流してもらいたい」


 意外な地への異動の通達。日頃無表情を貫くルカも今回ばかりは僅かに驚きを顕わとする。やや長い茶髪の下、緑の瞳が小さく見開かれた。

 聞き返された言葉に頷いた男は念を押すように繰り返す。


「重要な任務だ。くれぐれも失敗のないように頼むよ」

「了解しました」


(重要な任務……ねぇ)


 恭しく頭を下げたままルカは目を細める。

 法に縛られないマフィアという組織、そしてそれに属する自分。身の安全を保障されないような仕事を日常的に熟している者が敢えて『重要』という言葉で強調する程の案件。

 一体どのような危険が待ち構えているのか。そんな考えが過るも彼が怖気づくようなことはない。


(まあ、どんな仕事であったとしても結果を出すだけだ)


 ルカは垂れた頭の下で薄く笑みを浮かべた。



***



(あんの……っ、クソジジイ……ッ!)


 時は流れる。

ルカは高速道路の左側を走る車両の助手席に座っていた。


 運転席には初老の男。

 後部座席には眼帯をした黒髪の男と金髪の幼い少女が座っている。


 だが今のルカには同乗している彼らよりも気に掛けなければならない事があった。


 ルカの乗る車両の後方を走る三台の車。

 その窓から突き出されているのは陽の光を反射する銀色の銃口だ。

 それらは連続して破裂音を伴い、音速を超える弾丸をルカ達の車両へ向けて放った。

 窓ガラスが悲鳴に似た甲高い音を立てて割られる。

 飛び散る窓ガラスを視界に留め乍らルカは冷静さを取り繕った顔のまま心の中で叫ぶのだった。


(日本は治安がいいんじゃなかったのか……!?)

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