◆4/風鈴が笑う声

 K県の山間に位置する、小さな町で篝は育った。

 山と川に挟まれたわずかな平野に、身を寄せ合うように並ぶ建物。川を挟んだ向こう側には田園風景が広がっている。

 そんな、町全体がどこか寂しげな田舎町。


「はじめまして。斎宮いつきのみや夕霧ゆうぎりと言います。みなさん、仲良くしてくださいね〜」

 転校生の挨拶を聞いた時、篝はなぜかシフォンケーキを思い出した。ふわふわと柔らかく、優しい甘さが広がるケーキ。けれど、どこか儚げで壊れてしまいそうな危うさも併せ持っている。

 その印象はどうやら合っていたようで、夕霧の性格の比喩としてピッタリだった。


 夕霧は誰にでも分け隔てなく接し、友人も多かった。内にこもりがちな篝も、夕霧と話すのは楽しく、会話もよく弾んだ。


 きっかけは、いつだっただろう。もう思い出せないけれど、隣にいるのが当たり前になっていた。

 学校の休み時間。帰り道。休日。

 夕霧と一緒にいる時間が増え、いつの間にか親友と呼べる間柄になっていた。


「ねえねえ、篝~。次は、あれ食べようよ」

 蒸し暑い夏の夜、普段は人けの無い神社の境内が、夏祭りの喧騒に包まれていた。参道を挟み込むように、たくさんの屋台が並ぶ。

 遠くから聞こえる祭囃子や、的屋の威勢のいい掛け声。焼きもろこしの、香ばしい醤油の匂いが鼻をくすぐる。

 夕霧とふたり、人の間を縫うように屋台を巡っていた。

「まだ食べるの⁉ 太っちゃっても知らないよ」

 夕霧が、チョコバナナを加えながら頬を膨らませる。なんだかハムスターみたい、と篝は笑いを堪えきれなかった。

「あとひとつだけね」と篝が言うと、顔を輝かせながら「やった~」とおっとり喜んでいる。

「何食べようかなぁ……。ここはやっぱり、ベビーカステラ……。あ~でも、りんご飴もいいなぁ~」

 夕霧はあごに人差し指を当て、夢見心地で悩んでいる。頭の中で、言葉にした食べ物が浮かんでは消えているのだろう。

 篝は苦笑いを浮かべながら、滲んだ汗を吹き飛ばすように団扇をパタパタと扇いだ。


 ちりん……。


 どこからか、涼やかな音が聞こえた。


 ちりん……ちりん……。


 喧騒が消えたような感覚の中、その音の方へ顔を向ける。

 簡素な木組の棚に、たくさんの風鈴が吊るされていた。


 周囲の景色が消えたように目を惹きつけられた。

「綿あめも捨てがたいなぁ――」

 言いかけた夕霧も気づいて声を出す。

「わぁ……!」


「そこの可愛いお姉ちゃんたち、ひとつどうだい!」

 ふたりが見ていることに気づいた店主が呼び掛ける。

「いこうよ、篝」

 夕霧に手をひかれるように、風鈴の屋台へと向かった。



 目の前に広がる景色は、まるでイルミネーションのように、ふたりの目を楽しませた。

 「じっくり選んでってくれな」よく日に焼けた老いた店主が、ふたりへ白い歯を見せ笑いかけた。


 夜の湿ったぬるい風が、風鈴の間を通っただけで、涼しげな風に変わる気がする。チリリ、チリリと、自身の可愛らしさ、声の良さをアピールする風鈴達に視線を流していく。

 その中の一つで、篝の視線がピタリと止まる。

 青いすりガラスの、ぷくりと膨らんだ丸い風鈴。

 水色の水風船を模した風鈴だった。


 手を伸ばすと、ひやりとした感触が肌に触れた。

「わぁ! それ可愛いねぇ〜」

 夕霧が隣から覗き込んでくる。にこりと笑いながら「それ、篝にピッタリだと思う」と言ってくれた。

「わたしも、同じのにしようかなぁ〜」

 そう言いながら、ピンク色の風鈴を手に取る。夕霧にとても似合っていると思った。


「お、いいねぇ。お揃いで持ってくかい?」

 店主の問いかけに、ふたり揃って「はい」と答えた。

「ふたつで3000円だけど、友情価格で2000円で持ってきな!」

 店主は、まるで孫を見る老人のように、優しい微笑みをふたりに向けている。

「え! いいの! おじさん、ありがとう〜」

 ひとり1000円ずつ支払い、風鈴を受け取る。篝も夕霧も、大切なものを受け取るように、両手でそっと包み込んだ。


「えへへ~。可愛いね、これ」

 境内の外れにあるベンチで、夕霧が風鈴を眺めながらうっとりとしている。

 ピンクのすりガラスに、赤や紫のラインが入った風鈴は、夕霧の雰囲気をそのまま閉じ込めているように見えた。

「篝の買った風鈴ってさ、篝っぽいよね」

「え? どの辺が?」自分に、風鈴のような可愛さがあるようには思えなかった。

「う~ん、そうだねぇ……。涼しそうだけど可愛くて、真面目そうに見えて、ちょっとお茶目な感じがそっくりだよ!」

 夕霧の感想に怪訝な顔をしながら、篝は自分の風鈴を目の高さに持ち上げた。

「そう……かな……?」

「絶対そう!」夕霧は自信満々に笑顔を向けてくる。

「それなら、そのピンクの風鈴も夕霧そっくりだよ」と、篝は返した。

「え~? そうかなぁ?」

 夕霧は風鈴を見つめながら、なんども首をかしげている。


 ふたりとも、風鈴が持ち主に似ていると思っているのなら――と、篝はすこし遠慮がちに提案をした。

「じゃあさ、夕霧。もしよかったらだけど、交換……しない?」

 キョトンとした顔をする夕霧。けれど、すぐに笑顔へと変わる。

「いいねそれ! そしたら、いつも一緒に居られるね!」

 ふたりで顔を見合わせ、風鈴を好感した。

「良かったね、篝。また、一緒にお祭り来ようね~」

「そうだね。来年もまた、一緒に来よう」

 この時間が、ずっと続けばいいのに。そう思った時、なぜか胸の奥がきゅっと痛んだ。

 ふたつの風鈴が、チリン――と笑い声をあげた。

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