◆4/心の奥をのぞくもの

「防疫部機動課、明松毘かがりびです」

「司令部オペレーター、まゆずみです」

 通信機の向こうから聞こえてくる声が、柔和な小太りの男を思い出させた。

『ポイントD26970にて、オニの発生を確認。至急、現場へ向かってください』

「了解しました。ただちに向かいます」

 篝は踵を返し、庁舎へ向かって駆け出した。


 ロッカールームで、特別製の黒い水干すいかんに袖を通す。

 奴袴やっこばかまを履き、朱帯しゅおびを締める。

 装いが整うたび、篝の中に静かな火が灯っていく。

 ブーツの紐を強く締め、つま先で床を叩く。

 最後に、口元に薄紅を引いた。

 

『防疫部 祓装課ばつそうか 特装室とくそうしつ

 金属プレートの文字が、蛍光灯の光を鈍く反射している。

 ドア横のセンサーに手を押し当てると、重く頑丈な扉が、低く唸るような駆動音と共にスライドした。

 冷たく乾いた空気が、篝の顔を撫でる。

 薄暗く無機質な室内に、柩を思わせる縦型の金属ユニットが無言で並んでいる。

 天井から落ちる白い光が、それらの輪郭を闇から削り出していた。

 

「……いらっしゃい」

 声の方を振り向くと、リンネが居た。

 ホリゾンブルーのロングワンピースに、同色のショートケープを羽織っている。

 モノトーンの空間に落ちた、一筆の水彩画を思わせた。

「こっちよ」

 リンネはそう言いながら、部屋の右手にあるユニットのひとつに歩み寄る。

「準備はいいかしら?」

 リンネの問いに、短く「はい」と答えた。

 

 リンネの手が、ユニットのセンサーに触れる。

「祓装課長の職権をもって、祓具の解放を承認」

『――掌紋・声紋を確認しました。祓具・黒斧――解放』機械的な音声が空気を揺らす。

 ユニットの扉が、重厚な見た目からは想像できないほどの静かさで開く。中から、白く冷たい霧があふれ、ゆらゆらと床に流れ落ちていく。白煙の奥、うっすらと〝それ〟の輪郭が現れた。

 闇をそのまま押し固めたような――黒く、巨大な斧。

 余計な装飾は廃され、直線のみで構成された造形。無骨な見た目に反して、心の奥底をのぞき込んでくるような禍々しさを孕んでいた。

 

 斧を握った掌に、ひやりとした感触が広がる。同時に、心の内側をそっと愛撫されるような、小さな不快感が走る。

 オニを討伐する――その重みに、斧の柄に添えた自分の手を、しばらく見つめていた。


 背後から肩に手を添えられ、意識が現実へと引き戻される。

「気を付けてね。貴方が怪我をすると、あの子も悲しむから。……鬱陶しいのよ、メソメソされると」

 取って付けたような一言に、篝の胸中に温もりがじわりと広がった。

 

「行ってきます」

 

「いってらっしゃい」


 背中にふたりを感じながら、篝は一歩踏み出した。

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