第3話

 固有魔法。

 それは、この世界の個人に紐付いていて、どう頑張ってもその人しか使うことが出来ない魔法のことだ。


 実は、剣と魔法が普通のこの異世界では、一般的な魔法は原理とか仕組みが完全に判明していて、科学とか物理学的に近いジャンル。なんだけど、その中でも固有魔法だけはちょっと特別で……この世界を管理してる女神様が、ある日突然その人の前に現れて授けてくれる、特殊能力みたいなものらしい。基本的にどれも一般魔法よりも強力で、同じ時代に同じ能力の固有魔法は一つしか存在しない――ちなみに、アリナの召喚魔法も実は固有魔法で、この世界ではアリナしか使えないんだそうだ。

 そして。

 アリナによってこの世界に召喚されたとき、私のところにも女神様が現れて、「ある固有魔法」を授けてくれた。

 それは、「物事の真実を知ることが出来る」っていう……ある意味チート級の、今の状況にピッタリの魔法なんだけど。ただ、使いどころをちょっと考えないといけなくて……。



「貴女の力が、剣を抜くのに足りてないんじゃないの? もう一回、本気でやってみなさいよ?」

「はっはっはっ。このボクが、剣を抜く力もないだって? それはまた、面白いジョークだね?」

 アリナとジュリエルさんが、「勇者の剣」の前で話している。

「だって『勇者の剣』っていうのは、どれもすごく頑丈で壊れなくて、しかも『とても軽い』んじゃなかったかな?」

「ええ、そうね。世界に散らばる『勇者の剣』にはいろんな形や種類があって、中にはすごく変な形状のものもある。でも、その全部に共通しているのが『頑丈でとても軽い』ってことなのよね。……だけど、これがどれだけ軽い剣だったとしても、抜くのに力が全然いらないわけじゃないでしょう?」

「それはそうさ。でもさ。人前でこのボクが、本気を出して必死に剣を抜こうとするなんて、ちょっとカッコ悪くないかい? このジュリエル……勇者ジュリエルとしては、もっとクールに、カッコよく、余裕で剣を抜きたいところなんだけど――」

「そんなのいいから、さっさとやりなさいよ! ほら、ツカの部分を両手で持って! 台座の上にちゃんと足を広げて立って、もっと腰を落として!」

「わ、分かったよ、分かったから。全く……アリナちゃんは強引だな……」

 しぶしぶという感じで、ちゃんと「勇者の剣」に向き合うジュリエルさん。アリナに言われた通りの姿勢で、その剣の柄部分を両手で持って、筋力測定で背筋を測定するときみたいに、石の台座に対して垂直方向に引き抜こうとする。

「ふぬぬぬぬぬぅ……」

 でも、抜けない。


 向きが悪いと思ったのか、剣の反対側に回り込んで同じようにする。

「ぐ、ぐ、ぐぬううううぅーっ!」

 でも、やっぱり抜けない。


 力をかける方向を変えて、斜め上とか、横方向にも引いてみる。

「ぎ、ぎ、ぎぃぃぃぃーっ!」

 でも、まだ抜けない。


 アリナの魔法で、ジュリエルさんの筋力を強化してみたり。アリナも台座に乗って、二人がかりでやってみたりもしたけれど……。

「うぐぐぐぅぅ……」

「な、なんなのよ、これぇーっ!」

「ぐぐぐぐぐぐ…………ああ、もう! やってられないよ!」

 軽くキレたジュリエルさんが剣を横から蹴ったり、アリナが爆発魔法で台座ごと吹っ飛ばしてしまおうとしても。

 その剣は、抜けるどころかビクともしなかった。


 いや……明らかに後半、やり過ぎでしょ。

 伝説の剣なんだから、もっと丁重に扱いなよ……。

「大丈夫よ。もしもこれが本当の『勇者の剣』なら、こんなことくらいじゃ壊れないから。むしろ、それだけ頑丈だから『勇者の剣』って言われて伝説になってるんだからね」

 あ、そ。

 でも、だからって雑に扱っていいことにはならないと思うけどね。


「これが、本当に『勇者の剣』だっていうのは間違いないんだよね?」

 剣を抜くのを諦めて台座から降りてきた二人に、私が尋ねる。

「ええ」

「ああ、そうだよね」

 二人が同時にうなづいたあと、アリナが続きを答えてくれた。

「『勇者の剣』……つまり、『勇者免許を持った人間にしか抜くことの出来ない剣』っていうのは、国に所属する超優秀なキャリア組の公務員魔道士たちが、『そういう封印魔法』をかけて作っているの。その魔法の存在はこの剣からも感じるし。台座に、封印をかけた公務員のサインも入っている。もちろん、それを偽造することも出来ないようになっているわ」

「……なるほどね」

 じゃあこの剣は、確かに「勇者の剣」ではあるわけだ。

 だとしたら、あとはもう、考えられる可能性は……。


 と、そこで。

 ようやく「真相」が見え始めたという今のタイミングにあまりにも「ちょうどいい」セリフを、ジュリエルさんが言ってくれた。

「勇者のボク……勇者ジュリエルがここまでやっても抜けないなんて。もうこうなると、『この剣は誰にも抜くことが出来ない』んじゃないのかい?」

「その発言……『真偽判定ファクトチェック』!」


 それが、発動の合図。

 私が、自分の固有魔法を使った瞬間だった。



 誰かの「発言」に対してその魔法を使うと、その「発言」が真実か、そうじゃないかを、この世界を管理する女神様が現れてマルバツで教えてくれる。それが私の固有魔法――『真偽判定』だ。

 いわゆるウソ発見器……って言っちゃうと、たぶん少し誤解を招く。だって、この魔法の効果に、その「発言」を言った本人が嘘をついたかどうかとかは関係ないから。

 本人が嘘のつもりで言ったことでも、それが実際に正しいならマル。逆に、本人は本当のことを言ってるつもりでも、実はそれが勘違いで正しくないとしたらバツになる。

 あくまでも、「発言の内容」がこの世界の真実と比べて正しいか間違っているか、真か偽かを知ることが出来るのが、私の固有魔法なんだから。



 スウウウゥゥゥ……。


 さっきまで明るかった周囲が、日食のときみたいに急に薄暗くなる。

 それまでずっとBGM代わりに聞こえていた動物の鳴き声や、草が風で揺れる音が聞こえなくなる。空気の流れが止まって、気温も下がってヒンヤリとする。まるで、誰もいない西洋の教会に来ちゃったみたいな、厳かで神秘的な雰囲気。


「ふふ、来たわね……」「こ、これは……」

 すでに私の固有魔法のことを知っているアリナが微笑んでいる。「その人」を初めて見るらしいジュリエルさんは、驚きで目を見開いている。

 私のすぐ前の空間が、スポットライトのような光に照らされる。そこに、キラキラと輝く蝶の鱗粉のような細かい光とともに、真っ白な布に包まれた金髪の美女が現れた。私に魔法を授けてくれた、この世界の女神様だ。

 私はさっき、自分の固有魔法をジュリエルさんの「発言」に対して使った。

 だから、その発言――「この剣は誰にも抜くことが出来ない」の真偽を、女神様が教えてくれるんだ。


 そう。

 「勇者にしか抜くことの出来ない伝説の勇者の剣が、勇者でも抜くことが出来ない」という今回の「謎」の真相は……そもそも「この剣は誰にも抜くことが出来ない」ということ。

 つまり今、この「勇者の剣」には「勇者にしか抜けない封印」に加えて、「勇者でも抜くことが出来ない封印もかかっている」ってこと。「封印が二重にかかっていた」ってことなんだ。

 「勇者」は本物で、「勇者の剣」も本物。なのに抜けないのだとしたら、理由はそれしかない。


 私のその推理を裏付けるように。現れた女神様が優しい微笑みとともに、無言で両腕を動かしていって……。

 頭の上で、ゆっくりと〇の形を作ってから……。


 ……え?


『ぶっぶぅー! ざんねーん、違いまーっす!』

 素早く腕をクロスさせて✕の形にした女神様は、口をタコみたいにすぼめたムカつく表情でそう言った。

『この剣は、今この瞬間でも確実に、「勇者なら抜くことが出来る」んでーっす!』

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