第2話 上野 麻由里

麻由里は、いつものように記憶操作アプリ、メモリアにログインをした。認証はインプラントハブを介して行われ、他人が成りすまして入り込むことはできない。

慣れた手つきでスマホを操作する。麻由里は、毎晩夕食後にその日の記憶をクラウドに保存することにしていた。几帳面な麻由里は、決めた習慣を忘れることはまずない。アプリには日付ごとに分けられたフォルダが整然と並んでいる。メモリアでは、保存した時間でフォルダが作られるからだ。


たいていはただ保存して終わるだけなのだが、なんとなく今日は並んだフォルダを眺めたくなった。それは虫の知らせだったのかもしれない。麻由里は並んだフォルダに違和感を覚えた。


五月分のフォルダを日付を数えながら追っていく。五月一日、五月二日……。すぐに違和感の正体に気づいた。五月二十一日のフォルダがないのだ。ちょうど一週間ほど前だ。ずっと続けている習慣だ。保存し損ねた覚えはない。忘れたら気が付かないものかと思うが、ないものはない。


麻由里は続いて、二十二日のフォルダの基本情報を確認した。フォルダに収められた記憶は五月二十一日の午後六時四十八分から五月二十二日の午後八時五分まで。


これはおかしい話だった。

メモリアでは保存した日時でフォルダが作成される。


五月二十二日のフォルダが二十一日の午後六時四十八分からというのは、二十一日のこの時間に、記憶の保存をしたということを意味する。


しかしそこに二十一日のフォルダはない。

次いで麻由里は手帳を取り出し、二十一日の記憶を探った。そこには仕事の予定しか書かれておらず、そして何をしたのかまったく思い出せなかった。クラウドには記憶を書き込んでいるだけだから、脳から記憶がなくなったわけではない。

一週間前のことだ。特に何事もない平穏な一日であっても、多少は覚えていないものだろうか?


麻由里はもう気づいていた。

これは忘れているのではない。

この日の記憶を削除しているのだ。


削除するには、メモリアケアセンターに申請し、承認される必要がある。条件さえ満たせばそれほどハードルは高くないが、手続きの手間はかかる。つまり、過去の麻由里がその手続きを踏んだということだ。


―――なぜ、私は五月二十一日の記憶を消したのだろうか?


並んだフォルダを眺めながら考えたが、その問いの答えはみつからない。メモリアケアセンターのサイトを調べたが、削除後の問い合わせには原則回答できないということだった。


「探さなきゃ」


スマホの画面を眺めながら、麻由里は独り言ちた。その衝動は、ただみつからなくなった記憶を探したい、それだけではないような感覚があった。


私の何かが、この日の記憶を欲している。

ただ、それがなぜなのかはわからなかった。

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