第14話 魔法少女の戦闘が想像以上に殺伐としてます

「はっ、はっ、はっ……どこに隠れてんだよマジで……!?」


 残念ながら上の階にシャドウを召喚している黒幕らしき者の姿は見当たらず、和樹は慌ててエスカレーターを二階層分駆け下りた。


 アパレルブランドショップが立ち並ぶフロアでは、未だに結希が続々と増え続けるシャドウと交戦している。


(もうちょっと耐えてくれ結希……!)


 和樹は焦燥感に駆られながら、心の中でそう強く願う。


 運動は苦手じゃないが体育会系というワケでもない。

 足を緩めることなくフロアを上り下りし駆け回るのは、想像以上に体力の消耗が激しい。


 フルスロットルで稼働する心臓ははち切れんばかりだし、貪欲に酸素を欲する肺は呼吸をするたびに痛む。


(どこだ……どこだっ……!?)


 頭の中へ大まかにインプットしたフロアの間取りを頼りに、ピックアップした隠れられそうな場所をしらみつぶしにしていく。


 駆けて、駆けて、駆け回って――――


「はぁ、はぁ、はぁ――はっ……!?」


 枝分かれする通路を横切ろうとしたときだった。

 チラッ――と、横目に過ぎ去ろうとした景色の中に二人の人影が映った。


 反射的に足を止める和樹。

 古典的な物理法則に従って、殺し切れなかった運動量が背を押しその場の床に転がってしまう。


「いった……!?」


 確かに痛い。

 床の摩擦で皮膚が擦り剥けるような独特な痛み。


 しかし、痛んだ――居たんだ。


 流石に和樹が転んだ物音に気が付き、二人組が顔を向けてきた。


 目深にフードを被り顔は見えない。

 身体は外套に包んでおり、いかにも怪しげ。


 一人は床に跪くような格好で足元に不気味な色の魔法陣を展開しており、もう一人は隣に立って、両手にこれまたおどろおどろしいエネルギーのようなものを収集しているようだった。


 双方の視線がぶつかった瞬間に生まれた、状況把握までに必要な沈黙。


 一瞬の膠着状態を先に破ったのは――――


「っ、結希ぃぃいいいいいッ!!」


 ――和樹だった。


 生まれて初めてこんなに大きな声を出した。

 自分でもその声量に驚きながら叫ぶ。


 しかし、やはり大きな声を出し慣れていないせいで、すぐに喉の痛みが襲ってきて喘いでしまう。


「チッ、バレた……!」

「想像以上に早かったな。もう少し黒魔力を収集したかったんだが」


 マジカルなバトルを繰り広げるそちらの界隈の用語が聞こえたが、残念ながら和樹にはその意味がわからない。


「仕方ねぇ、コイツを片付けてさっさとずらかる!」


 苛立ち混じりにそう叫んだのは床に手をついて魔法陣を展開している方のフードだった。


 恐らくそちらがシャドウを召喚している術者なのだろう。


 片手は魔法陣の展開された床に触れさせたまま、もう一方の手で指向性を示すようにこちらへ向けてくる。


 すると、上階で結希が戦っているものと形が違う――どことなくドーベルマンに似たフォルムの犬型シャドウが三体出現し、一斉に襲い掛かってきた。


(速いっ……!)


 人型シャドウは戦いを見ていた感じ、そこまでの敏捷性はないようだったが、今こちらに向かってきている犬型シャドウはその四本脚で軽やかに駆け、瞬く間に距離を詰めてきてくる。


(ちょまっ、これ死ぬ……!?)


 結希の口振りからして、外傷は伴わず、シャドウに触れられると鬱症状のようなものに苛まれることになるらしいが、迫り来るシャドウからは並々ならぬ殺気染みたものを感じる。


 死を予感するには充分すぎる迫力だった。


「くっ……!?」


 目を閉じようかとした次の瞬間――――


「――流石は和樹くん。頼りになりますね」


 鈴を転がすような声が降ってきた。

 気付けば結希が目の前に立っており、左手を眼前に突き出していた。


 結希の結晶を模したような幾何学図形のバリアが展開されており、飛び掛かってきたシャドウを受け止める。


 結希が突き出した左手を握り込むと、呼応するようにバリアもシャドウを包囲するように立体的に折り畳まれた。


 文字通り箱詰めされたシャドウ。

 バリアは中に閉じ込めたシャドウごと圧縮し押し潰していき、やがて視認不可能なほどに収縮したあと、キラリと光の粒子を弾けさせて跡形もなくなった。


「チッ、魔法少――」


 シャドウを消し掛けたフードが悪態が悪態をつくのを待たず、結希は右手に持っていた杖をクルリと回して、慣れた所作でさもライフルを構えるように両手で支えると――――


「ふっ――」


 ズパァン! と先端が鋭利に尖った氷柱の弾丸を発射した。


 氷柱は正確無比にフードの顔面目掛けて飛んでいき、爆ぜた。


 砕け散った氷の破片がキラキラと辺りの照明を乱反射し、白い冷気の煙が舞い上がった。


「よ、容赦ないな……」

「当たり前です。躊躇いなく攻撃しても――」


 結希の間髪入れない攻撃に驚愕した和樹だったが、スッと目を細めながら続けられた結希の言葉に、今の攻撃がまったく過剰などではなかったことを知る。


「――仕留めきれない相手ですから」

「……マジかよ」


 和樹と結希の向ける視線の先で、冷気の煙が晴れる。


 そこには、収集した怪しげなエネルギーの塊――闇魔力を片手に、先程の結希と同じく伸ばした手の先にバリアを展開しているフードの姿があった。


 氷柱は防がれていたのだ。


「おいおい、手癖の悪い魔法少女だなぁ!」

「お前も油断するな。俺がカバーしなければ今頃頭が吹っ飛んでいたぞ」


 シャドウを召喚していたフードが声を荒げるのを、闇魔力を収集していたもう一人のフードが冷静な口調で諭す。


「しかし惜しいな。折角手間を掛けてショッピングモールから収集した黒魔力だったが……どうやらこの場をやり過ごすには、コレを使わなければならないようだ」


 フードが手の上に浮遊させていた球状に集まる闇魔力を、もう一人のフードに差し出す。


「あぁもう、働き損じゃねぇか」

「そうでもない。この闇魔力を使い果たしても、あの魔法少女を倒して搾り取れば充分すぎる釣りがくるだろう」

「……おぉ、それもそうだな!」


 ニヤリと口角を吊り上げ、差し出された闇魔力に手をかざすフード。


「さぁて、邪魔してくれた分を取り立てさせてもらおうかぁ!?」


 ドクン、と闇魔力が脈打った。

 次第に膨張し、フードたちの手から離れ、床に落ちる。


 ドチャッ……と重量感と粘性を感じさせる音が不快に響き、やがて天井に届くかどうかギリギリの大きさにまで膨れ上がったそれは――――


「な、何だあれ……スライムか……?」

「そのようですね……」


 気色の悪い見た目から不快感が込み上げてくるが、この状況で敵から目を背けるわけにもいかず注視する。


 巨大スライムの半液状のような身体の頭部に位置するのだろうか――上部に飛び出た部位の中に一玉バスケットボール大の眼球が浮いており、両生類のように横長の瞳孔がこちらを見詰めてきていた。


「魔法少女ぉ……テメェの魔力干乾びるまで絞り尽くしてやるからなぁ!」

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