第06話 魔法少女は頼り下手なようです

「えっと、高校はどこへ?」

「今年度から、私立秀誠学園高校に転校するんです」


 ……流石魔法少女と言ったところか。

 当然のようにミラクルを起こしてくれた。


「なっ……ちょ、俺も秀誠ですよ!?」

「えっ!? ホントですか!?」


 何と言う偶然だろう。


 買い物からの帰り道でたまたま拾った魔法少女が同い年で、加えていくつか選択肢のある高校の中で同じ秀誠学園高校の生徒になるとは。


「いやぁ、俺、運命とかそういう類のモノ信じない人だったんですけど、この巡り逢わせはマジカルな何かを感じますね……」

「ふふっ、そうですね。頼れる同級生に出逢えて安心です」


 嬉しそうに微笑みながら食事を続ける結希を見て、和樹も思わず笑みを溢すが、春休み明けに懸念材料が出来てしまったのも確かだった。


(いや、これで本当に学校で頼られたりしたら、絶対周りから『お前いつの間に知り合った!?』って質問攻めに遭うテンプレ展開起こるヤツ……)


 もしそうなったら、結希が魔法少女であるという秘密を抱えている以上、詳しく説明することが出来ず、余計に怪しさが増すという状況になりかねない。


(ま、まぁ、その辺りのことは追々魔法少女さんと口裏合わせて何とかしよう。それより今は――)


 そう。

 春休み明けなんて先の話より、もっと重大な問題があった――――




「ふぅ、ごちそうさまでした。凄く美味しかったです」

「お粗末様でした」


 互いに完食するのを待ってから、和樹は真っ直ぐ結希に視線を向けて話を切り出した。


「あの、魔法少女さん」

「はい?」

「これから、行く当てはあるんですか?」


 そんな和樹の質問に、結希は表情を暗くして俯く。


 行く当てはない――口にしなくたって、そう返事をしているに他ならない。


「家がなくなったって言ってましたけど、家族は?」

「……いませんよ、私に家族は」

「……そうですか」


 今、和樹が知りたいのは事実だけ。


 どうして結希に家族がいないのか。

 頼れる先がないのか。


 正直気にはなるが、そんな個人的な事情にズカズカ踏み込んでいけるほど、まだお互いの関係性は深くない。


「この辺りは近くに大学があることもあって人気の住宅街です。まして春というこの時期。そう簡単に新居は見付からないですよ?」

「そ、そう……ですね……」


 大切な話だ。

 おどけた調子を保っていた和樹も、真剣な面持ちを見せる。


 対して結希は、そんな和樹を心配させまいと、無理矢理ぎこちなさの残る笑顔を作った。


「で、でも大丈夫ですよ! ほら、ホテルとかありますし! 魔法少女としての収入があるので、な、何とか生活は……ね?」


 可愛らしく小首を傾げられたところで、和樹はその解決策の行き当たりばったりな無計画さを見抜けないほど頭は悪くなかった。


「住宅街って言いましたよね? この近くにホテルはありません。あったとしても、魔法少女の収入でホテル暮らしが現実的に可能なんですか?」

「そ、それは……」

「…………」

「…………」


 結希は完全に下を向いて口を閉ざしてしまった。

 これ以上言葉が出てこない様子だ。


 両者を包み込む沈黙。

 数秒待ったところで、和樹は「はぁ」とため息を吐いた。


「どうして、頼らないんですか」

「……え?」


 俯かせていた顔を持ち上げる結希。

 空色の瞳に、和樹のどこかやるせなさそうな表情が映った。


「冗談だったかもしれませんけど、玄関入る前に魔法少女さん言いましたよね? 『自分から信頼を勝ち取れるチャンスが巡ってきて良かったですね』って」

「た、確かに言いましたけど……」

「お風呂を貸しました。着替えを用意しました。夕食も振舞いました。こうして話す中で、少しは俺という人間を知ってもらえたかなとも思います」


 和樹は眉尻の下がった笑みを湛えた。


「俺は、信用に値しませんでしたか?」


 別に信用を得たいなんて打算的な思惑があったワケじゃない。


 街とそこに暮らす人々の平穏を守る魔法少女。

 そんな存在が困っているなら手を差し伸べてあげたいという、心からの善意のつもりだ。


 だからこそ、そこに信用が生まれていて欲しいという思いがある。


 そして、それは結希も感じ取ってくれていたらしく――――


「そんなことは……! 貴方は……凄く頼りになりますし、信用も出来るって思ってます……」


 食い気味に声を上げた結希。


「でも……だからこそ、その善意に付け込むみたいな真似……出来ませんよ……」


 前のめりにさせていた身体をゆっくり下げながら、声を尻すぼみにさせる。


 そんな様子を見て、和樹は再びため息を漏らした。


「善意に付け込むとかそういう話じゃないですよ。確かに世の中には悪意を持って関わってこようとする人もいますから、相手が信用出来るかどうかしっかり見極める必要があると思います。誰彼構わず頼っていたら痛い目を見るでしょう」


 でも、とすぐに続ける和樹。


「本当に自分が困っているとき、どうしようもないとき。目の前に信用出来ると思える相手がいたなら、その人を頼るのは全然悪いことじゃないですよ」


 そうでなければ、未知なる脅威から日頃魔法少女に守ってもらっている――魔法少女に頼り切っている街の住人達は悪となってしまう。


「確かに頼るのは申し訳ないって思うかもしれません。優しい人ならなおさら。でも、それなら頼った分、いつか恩を返せばいいだけの話なんですよ」

「で、ですが……」


 結希は暗い顔を俯かせる。

 和樹は後ろ頭をガシガシと掻いた。


(はぁ……本当に頼るのが下手な魔法少女さんだ……)


 風呂を貸すときも。

 夕食を振舞うときも。

 そして、今も。


 目の前の魔法少女は、どうしてこうも人の善意を拒むのか――否、恐れるのか。


 その理由は不明だが、ここまで世話を焼いた手前、和樹としてもここで結希を放り出してどこかで倒れられても寝覚めが悪い。


 出来れば遠慮なく頼ってもらいたい。


 しかし、それは和樹のエゴだ。

 和樹が結希に強要できるものではない。


 どうするかを決めるのは、結希自身。


 結希にも考えを整理する時間が必要だろう。

 急かしたところで、覚悟も勇気も生まれない。


 むしろ逆効果。


 だから、和樹はもう何も言わない。

 ただ静かに、座って待つ。


 結希が、自ら答えを口にするまで――――

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