第39話 気になる相手



 学園へと続く大通り。夕暮れを告げるカラスが鳴き、通り一帯に提灯の明かりが灯り始め、そろそろ時間だと思った肉屋の店主が店仕舞いに外へ出た時、店前を華やかな一団が過ぎ去って行った。通りに並ぶ店前を通るたびに、店主から近くにいた学生に至るまでの全員が顔を赤くし、その美しい一団に見惚れていた。


 しかし、この熱の籠もった視線と空気に気づかない足取りで通りを進む一団、神崎紗夜かんざきさよ古谷美琴ふるやみこと源優恵みなもとゆえ里中千春さとなかちはるの4人は取り留めのない話題を話しながら学園から家への帰路についていた。


 「それにしても、急に調査があるからって今日から1週間も入れないなんてさ。急すぎるっしょ。」


 「仕方がありませんわ。いかに探索は自己責任と言えど、あそこは学園ですわ。先生方から人命に関わるとまで言われてしまえば、わたくしたちは何も言えません。それに安全になってからダンジョンに潜ったほうが良いに決まっていますわ。」


 「アタシはすぐでもいいよ。このメンバーなら低階層くらいだったら大抵の問題なんか気にならないよ。」


 「でも先生たちが危ないって言っているんだからきっと何かあるんだよ。私はしょうがないかなって思うな。」


 「ああ、もう!紗夜も優恵も固い!優恵なんて見た目も口調もお嬢様みたいな雰囲気のくせして中身はゴーレムみたいに固いんだから。もう少し柔らかくなろうよ。」


 「まあ!?失礼な!誰がゴーレムですか!誰が!!」


 「落ち着きなよ。全く元気だね〜。」


 「ふふふ♪」


 話題を提示しては別の話題に飛び、また提示してはまた飛びと、出てくる話に統一性は皆無なれど全員が非常に楽しげであった。

 明日から1週間の学園ダンジョン探索の禁止が学園より発表された。

 そのことで学園では色々と騒ぐ人がいたが今日の探索が終わった4人はその騒ぎを横目にさっさと家に帰ることにした。決まりごとに一々茶々を入れても仕方ないのである。

 しかし明日からの予定が急に潰れたことで、1週間ほどのスケジュールに空白ができた4人は明日からの1週間をどう過ごすのかについて、話し合うことにした。

 

 「ねぇ紗夜〜、明日武具店行かない?」


 「うん?別にいいよ。一緒に行こうか。」


 「良かった♪ちょうど太刀に刃毀れがあってさぁ〜、行きたかったんよね〜。優恵と千春はどうする?」


「わたくしもご一緒しますわ。」


「じゃあアタシも行こうかな。」


 「じゃあ明日は新宿駅に集合ね。時間は10時で。」


 「うん、わかった。」

 「わかりました。」

 「了解。」


 よし、これで明日の予定は埋まった。でもその後はどうしよう。1週間って結構長いな〜。


 紗夜がそんな事を考えながらその後の予定をみんなで話そうとすると、紗夜の目の前に美琴の顔がぐいっと近づいてきた。


 「わっ!?どうしたの、美琴ちゃん?」


 「ニシシ♪ところでさぁ、紗夜〜、最近あの金棒くんとは会ったの?」


 「金棒くん?」


 一瞬誰かわからなかったがあの特徴深い武器を背負った戦刃兵馬の姿を思い出しながら、変なあだ名がついたなぁ、と紗夜が思っていると、他の二人も興味深そうな目で話に混ざってきた。


 「そうですわね!確か⋯⋯戦刃兵馬さんでしたわね。あの方も紗夜さんに興味がお有りのようでしたし、お二人の仲もかなり良さそうでしたわ。」


 「えっ!?」


 「そうだね〜。紗夜は昔から男子とは距離をとってたのにあの男の子には距離近めで仲が良さそうだったじゃん。」


 「えっ?えっ?」


 「ねぇ、どうなのよ〜小夜ちゃ〜ん♪お姉さんにちょっと言ってみ。」


 「何か進展がありましたの!?」


 「おっ!?恋バナか?恋バナか?」


 何故か周りからの強い圧力に紗夜は一瞬たじろぐも、渦中の本人が聞けばがっくりと項垂れてしまうほどに、強く否定した。


 「もう!そういうのじゃないよ!!」


 「えぇ~?そうかな〜?」


 「そうだよ!」


 「うふふ、照れていますわ♪」


 「照れてないよ!?」


 「おっ?怪しいな〜。」

 

 「怪しくないよ!?」


 そう言って頬を膨らませた紗夜は、前をズンズンと歩いていきどんどん遠ざかっていった。

 美琴は意地悪そうな顔をしながらも紗夜を宥めに入った。

 

 「ごめんごめん、冗談だよ。気にしちゃダメだよ〜、ねぇ〜紗夜♪」


 「ん〜!!」


 全くごめんとも思っていないニヤニヤした顔を見た紗夜は首を横にプイッと背けるとそこにはニコニコした優恵の顔があった。


 「すみませんですわ。紗夜さんのその手の話は全く聞いたことがなかったので、わたくしも悪のりが過ぎましたわね♪」


 「〜〜ん〜っ!」


 「そうだよ。気にしない、気にしない。

 それにあの男の子、悪い感じはしなかったぞ?興味が出てるんならもう少し話しかけても良いんじゃない?」


 「べ、別に、興味なんて、わ、私は________」


 「はいはい、わかったわかった。もういじらないから。ね?機嫌直してよ〜、紗夜〜。」


 「〜〜っ、わかった!わかったから!暑いからじゃれつかないで!もう⋯」


 外から見たら、思わず口から砂糖でも出そうなほど甘々な空間ができていた。

 これが女子ワールド!!

 そんな空間を作り出した張本人は、ふと思い出したようにしゃべりだした。


 「そう言えばさ、聞いた?あの噂話。」


 「噂?」


 「何でも今回のダンジョンが立ち入り禁止になったのって強力なモンスターが現れたからだそうだよ?」


 「えっ?そうなの?」


 「なんかそうみたいね。すごい強力なヤツなんじゃないかって周りが言ってたよ。」


 「ただの噂でしょ?それ?」


 「それが違うみたいね。ウチの友達の近所の男子があのダンジョンで亡くなったって言ってたよ。」


 「「「亡くなった?」」」


 初めて聞いた話に三人が驚愕する。それほどの大事になっているとは知らなかったようだ。


 彼女たちが知らないのも無理はない。自分たちすらも何も分かっていない今の段階で騒ぎを大きくしたくないという学園の思惑もあり、中谷が引率した第10パーティーの詳細は完全に伏せられていた。しかし、どれだけ隠しても完全に隠せるものではなく、まだ帰還できていない生徒の知り合いや友達などがこの話を周囲にこっそりと広めていたのだ。


 「何か話聞いてるとさ第10パーティーのメンバーが2人しか帰還できていないって話でさ、もしかしたら死んでる可能性もあるって。」


 「「「⋯⋯」」」


 ただの噂だ。間違いかもしれない。それでもショックだった。同学年の生徒の訃報を聞かされていい気持ちのする話ではない。しかし同時にそういうものだと納得する心があった。自分たちが在籍している学園はダンジョン学園として有名な場所だ。そこにはもちろん死もつきまとう。学生は皆死を覚悟している。しかしこんなに早く自分たちの学園から死人が出たという話を聞かせられるとは思わなかった。

 もちろんまだ噂の段階なので、死んではいないのかもしれないが、仮に死んでいた場合は休み明けに何かしらの発表があるだろう。それを思うと、かなり億劫な気持ちになった。


 「でも強力なモンスターってのはもう討伐されてるんでしょ?ならこの話はこれで終わりにしようよ。これ以上はしてもしょうがないし。」


 千春の言葉に紗夜と優恵が黙って頷いたが、美琴の話はこれで終わりではない。

 

 「ちょい待ち!まだ話は終わってない。それでね、そのモンスターを討伐しに第10パーティーのとこに助けに行ったパーティーがあるんだけどね、それがなんと第8パーティーのことみたい。」


 「えっ?」


 「ん?第8って確か⋯」


 「戦刃さんがいらっしゃるパーティーでしたわね。」


 思わぬところで彼の名前が出たことに彼女たちは驚いた。戦刃はあまり気づいていないが、当の本人が思っている以上に彼は彼女たちに強く意識されている。それもそうだろう。自分たちがダンジョンで他の探索者に絡まれて危険な状況で現れてはあっさりと悪漢を伸して助けてくれたのだ。周囲の探索者が見ているだけで誰も助けてくれなかった中、1人で複数の探索者を威圧して圧倒して自分たちを守ってくれた。さらにそれが同じ学園に通う同級生なのだから意識しないほうがおかしい。


 「へ、へえ?そんなんだ。」


 「ふーん。でも学生がいても現場の先生だけで倒せたってことは強力なモンスターって言ってもそこまでじゃなかったってこと?」


 紗夜が若干動揺し、千春が確認すると美琴は首を横に振った。

 

 「それが違うみたいなのよ。先生たちの緊急会議やってるところを偶然通ったやつが聞いたみたいでさ。その現れた強力なモンスターっていうのがなんと、タイラントウルフらしいのよね。」


 「「「タイラントウルフ!!!」」」


 テレビや雑誌で話ぐらいにしか聞いたことのないモンスターだ。


 「た、確かタイラントウルフは13階層のボスモンスターだと聞いていたのですが⋯」


 「そう。そのボスモンスターが2階層にポンッと現れたから大騒ぎになったみたい。」


 「いやいや!アタシらそんな中で探索してたの!?そんな奴がいるなんて、今学園のダンジョンって大丈夫!?」


 「だから緊急会議ってことなんでしょ?遭遇した第10は運がなかったよね〜。」


 「そ、そっか。でも兵馬くんたちは大丈夫なのかな?」


 紗夜が心配しながら美琴に聞いた。相手は学生レベルではどうしょうもないモンスターだからしょうがないことではある。


 「無事みたいよ。第8の先生も全員無事ですって報告していたみたいだし。そもそもダンジョンでの被害は第10パーティーと引率の先生だけらしいからね。」


 「そ、そっか⋯」


 「あっ、やっぱり気になる?」


 「な!?ち、違うよ!ム〜!」


 「っていうかそうじゃなくてね!そのタイラントウルフを討伐したのがあの金棒くんじゃないのかって話なのよ。」

 

 「えっ!?」


 「言ったでしょ?会議室の近くを通ったやつが聞いたって話。それが今学園で凄く噂になっててさ。まあ、ほとんどのやつが嘘だって笑ってたけどさ。

 ただ会議終わったあと、会議室を出てきた先生たちの中には10年ぶりの上位探索者が生まれるかもって話をしてる人もいるみたい。」

 

 「えっ?あの戦刃くんの話って本当なんだ。てっきりガセかと思ったよ。」


 「わたくしも聞きましたわ。戦刃さんが強力なモンスターを倒されたと。飛び級のお話まででているそうですわね。ですが⋯⋯タイラントウルフを討伐したとなるとありえない話ではありませんわ。」


 「飛び級⋯」


 「凄いね〜。」


 「でもさ、あの新宿ダンジョンでの金棒くんを思い出すとさ、なんかそうなんかな〜って思わない?あの時の金棒くんの雰囲気っていうかオーラ?みたいなもんがさ。ヤバかったもんね。」


 「「「⋯⋯」」」


 美琴の言葉に3人は沈黙で返した。あの時の4人から見た戦刃は凄かった。後ろにいたので本人の顔は見れなかったにしろ、その身体をまとっている空気というかオーラみたいなものが幻視できてしまうほどであり、そして空間が歪んで見えたのだ。


 (あれは何だったんだろう⋯)


 自分たちと同期のはずの学生が想像もつかないほどの強さを持ってる。自分たちと同じものを見た相手の探索者たちはもちろん、周囲で見ていただけの探索者たちですら怯えていた。たった1人の子供が周囲を圧倒するほどの威圧感を持っていたのだ。あの時の戦刃はそれほどに圧倒的だった。その姿は神崎たち4人の心に鮮烈に残ったほどだ。


 「上位探索者か〜。私たちもなれるかな〜?」


 「わからない⋯⋯でも頑張ろう!私たちならできるよ!」


 「そうですわ!わたくしたちならできますわ!」


 「ニシシ♪楽しみだね!」


 「⋯⋯そうだね!よっしゃ、明日の装備はしっかり見極めるぞ〜!」


 大通りに華やかな笑い声が響く。それぞれが思い思いに明日の予定で行く場所を話し合いながら、彼女たちは何事もなく家に帰宅し、明日の準備を軽く済ませて安らかに床についた。



 ________迫りくる魔の手も知らずに。


 


 



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