第7話 新人探索者、ボス戦に挑む
「よっしゃ!それじゃあ行ってきますか!
それでは、戦刃さん。初のボス戦、頑張ってくださいね。」
「はい!そちらもご武運を!竹下さん。」
前の組が終わり、扉に向かう陽気な探索者の竹下さんパーティーは準備をさっと終えたあと、扉の中に入って行った。
いい人だったな。
初めて他の探索者と喋ったが、最初に話しかけてくれた人があの人でよかった。
おかげで、色々な情報も聞けたし。
緊張も薄くなった。
先ほどまでの楽しかった会話の内容を思い出しつつ、俺は装備のチェックと荷物の確認作業に戻った。
装備チェックをしているとこの広場の探索者の
声やら音やらが気配と一緒に伝わり聞こえてきた。
武器と防具のチェックをする者、パーティー内でブリーフィングを行う者、武器を振る音、周囲の探索者たちから情報を得る者、寡黙に座って待つ者、緊張のせいかガチガチになりながら貧乏ゆすりをする者⋯⋯etc。
俺は周囲の様々な雑音をBGMにしながら、ふと竹下さんパーティーの入っていった扉の方向を見た。
扉の全体には美しい流線型の装飾が施されており、その装飾の色は鮮やかなルビーレッドに染まっている。
扉は中にだれもいないと装飾の色が美しいスカイブルーになり、人がいる場合は鮮やかなルビーレッドになるらしい。
そして、このルビーレッドの状態のときはどんな力で中に入ろうとしてもビクともしないそうだ。
今は竹下さんたちが入ったばかりなので、鮮やかなルビーレッドになってる。
これがスカイブルーに変わったときが俺の番というわけだ。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
落ち着いたはずの心臓が再び強く鼓動を鳴らしはじめた。
戦いたい。
戦いたい。
戦いたい。
あぁ、まだかな〜。
命懸けで戦ってる人達にとっては不謹慎なのかもしれないが、この時の俺の頭の中からは前の組の人のことは完全に消えていた。
早くヤりたい。それだけだ。
俺は気を紛らわせるためにも行っていた作業に戻ることにした。
とはいえ、今回は1階層を攻略後は戻るつもりだったので、それほど荷物は持ってきていない。
あとは精々武器を砥石で研ぐくらい。
入念に武器を砥石で研いだ俺は、他にやることもなくなったのでゆっくり待つことにした。
ん?
広間をぼっーと見てた俺は扉の少し横にある横穴に気づいた。
(確かあれは⋯)
高さは扉の半分ほど、幅は2車線くらいかな。
俺がその横穴について思い出そうとすると、そこからパーティーと思われる人がぞろぞろとやってきた。
(あぁ、あれが戻り穴か)
そう。これが探索者が帰還ゲートで帰る以外の帰還への道である。
各階層ごとに扉の少し横あたりにこの洞穴があり、そこを通って探索者は帰還する。
正直、帰りもゲートを使わせろよと思う。
しかし、ダンジョンはそんなに優しくないらしい。
ケチだな。
______!
ダンジョンに対し、思い出したことについて心の中で不満を言ってると、扉の全体に施された流線型の装飾の色が、鮮やかなルビーレッドから美しいスカイブルーに変わるのが見えた。
どうやらむこうも終わったらしい。
「よしっ!」
全ての準備を終え、扉の前に立つ。
流線型のスカイブルーに緊張で汗ばんだ手で恐る恐る触れる。
「うおっ!」
するとひとりでに扉が開いていき、完全に開けきったところで動きを止めた。
「ふーっ⋯」
深呼吸して自分を落ち着かせた俺は心を切り替え、恐れのない足取りで中に入っていく。
中に完全に入りきった瞬間、扉はひとりでに閉められていった。
「⋯⋯⋯」
中は洞穴と同じ無骨な岩肌で、しかし、周囲には松明が並んでおり、その空間は広間よりも少し狭いかなという感じだ。松明があるにも関わらず肌寒さと微妙な空気の流れがこの空間の凄みをより引き出す。
そして、
「_______!」
その中央にいた。
体格は俺と同じかそれより大きいくらい。
耳と鼻が尖っており、
容姿はゴブリンと似ているが、体格のゴツさはこっちに軍配が上がる。
防具は腰布ではなく、革製のものを付けていた。
胸当て、肘当て、手甲、脛当て。
手には棍棒ではなく、少し古びたように見える両刃の片手剣サイズのものが握られている。
この魔物の名前は___________。
「ボブゴブリンか!」
「ガアァァァ!!!!」
ホブゴブリンはゴブリンの上位種であり、ゴブリンをそのまま大きくした姿に、少しの防具と片手剣サイズの刃物を装備した魔物である。
腕力はゴブリンより一回り強く、新人探索者がまともに打ち合おうとすると力負けするそうだ。
「___ッ!」
俺が構えたのが合図になったのか、むこうが動いたと思った時には10mはあった距離が5mを切っていた。
「うおっっ!」
咄嗟に剣を振りかぶった俺は即座に振り下ろしたが、自分が間違えたことがわかった。
「ガァァァ!!!」
「くっ!」
俺の縦の攻撃に対し、横振りの剣で放たれた奴の斬撃。
その腕力から繰り出される一撃が、俺の斬撃を容易くはね返した。
「ッッッ!クッソがァァァ!」
負けじと応戦する俺だが、速度・腕力は向こうが上。体格の大きさとゴツさも相まって、その強さを嫌と言うほどに見せつけられる。
応戦するも押し切られつつある状況に、焦りが出かけるが、パニックになったら負けだと自分に言い聞かせつつ、状況の突破口を見出すべくその糸口を探った。
(縦攻撃は受けられたら押し切られて隙ができてしまう。では、横⋯⋯いやっ!それも同じだ。受けられたらだめだ!どうする⋯。)
ろくな考えが浮かばない。
状況は非常に不利だ。
このままでは負ける。
しかし、こちらから動けない。
現状打つ手無し。
その状況に俺は、
「クハハハッ!」
笑った。
面白い!
面白い!
面白い!
これだよ!これっ!これっ!
強敵との戦い。
不利な状況。
少しずつ己に付けられていく切り傷。
そこから滲み出る血と痛み。
くくククくクククくくっ!!
たまらないねぇぇぇ!!!
「グルルルッッッ!!」
押し切りつつも状況が中々動かないことに苛立ちを感じ始めたのか、それとも押されてるはずの格下が筆舌に尽くしがたいほどに不気味な笑みを浮かべて笑っているからなのか。
顔に怒りとも苛立ちともとれる表情を浮かべたホブゴブリンの一撃一撃が大振りなものになっていく。
(____っ!ここだっ!!)
その大振りのあとの瞬間を狙って俺は前に出る。
(死中に活あり!!)
ガタイのいい奴の懐に入るのは少しビビったが、俺はこの瞬間を見逃さなかった。
どこぞの武将のようなことを心の中で吠えながら、がら空きになったホブゴブリンの体に俺は思いっきり剣を横に振り払う。
「オラァッッッ!!」
「グキュァ!」
腕力で劣ると言っても圧倒的ではない。数合打ち合わせた感じからおそらく少し高いぐらいだろう想像する。
打ち合わせる中、ホブゴブリンの体にできていく切り傷からして、耐久値はさほどではない。
押し切られてしまえど、傷ができている以上は全く利いていないわけではない。俺の攻撃も当てさえすればダメージになるはずだ。
ホブゴブリンは予想してなかった目の前の格下の攻撃とその斬撃の強さと衝撃に驚いたのか、或いは痛みのせいなのかは分からないが武器を落とした。
「らあああああーーーっっっっ!!!!」
止まるな!
追撃だ!
「ふんんんんっっっ!!!」
できた隙を見逃さず、すかさず斬撃を叩き込んでいく。
だんだん弱々しく、動きも目に見えて遅くなってきたホブゴブリンがついに膝をついた。
「クヒヒッッ!」
俺は笑みを浮かべ、憔悴する敵の首筋めがけて剣を振りぬいた。
その斬撃は見事に首と胴体を分かれさせ、完全に脱力したその体が地面に横たわる。
「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、ハハハハハハ」
はじめての苦戦。
最初のゴブリン戦とは違う、一つミスったらあの世行きのギリギリの戦いだった。
「ぁ〜、楽しかったな〜」
命懸けというのをはじめて経験した。
ゴブリンの時だって気を抜けば、当たりどころが悪ければ死んでいただろうが今回は相手の方が格上だった。
「っ〜〜〜〜!!!」
勝った!
全力で。
格上相手に。
相手の隙を突いて。
勝ったのは偶然かもしれない。
でも勝った。
「ああああ、もう一回やりたいな〜」
快感だった。
やめられないなこれは、そう思った。
「ん?」
勝利の解放感と疲れからその場に座り込むと、ホブゴブリンが光の粒子となって消えた後に、小さな青色の石と片手剣サイズの武器があった。
____!
まさかと思い、慌てて立ち上がりその側まで行って手に取る。
「__________アイテムドロップだ!」
思わぬ報酬で顔のニヤケが止まらない。
そういえば、さっき竹下さんが言ってたな、このボス部屋ではアイテムドロップが出るって。
戦いのことばかり考えてて完全に忘れてた。
そっか〜、これがアイテムドロップか!
「フフフフフッ♪」
勝利の余韻も冷めやらぬ中、アイテムドロップの獲得で気分は最高だった。
「フフフ!、今日は最高だったな!!」
明日は学校だから、今日はこれまでだ。
でもまた期待。
いや、また来たい!
うん、また来る。
「次は2階層!
どんな場所かね〜。楽しみよ!!」
次の階層と新たな標的に期待と思いを巡らせつつ、俺は1階層をあとにした。
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