すべては繋がっていた
「奥様! ご無事ですか?」
蔵の入口の方から、須藤と小室が早歩きで楓らの方に向かってくる。
小室は杖をつきながら、須藤はそんな小室を目で確認して気遣いながら、はぁはぁと息を切らしている。
「すぐに消防車が来ますから、みなさんここから離れましょう」
楓らの元に着くと、肩で息をしながら須藤が母屋の方を指さす。
彼ら使用人は消防の手配をしていたようだ。
蔵を見ると、先程鷹月が出てきた窓からも火が上がっている。
土蔵のため外側に火の手は見られないが、内側は既に焼き尽くされているだろう。
「そうね。ここにいては危ないわ。皆さん、一旦応接間の方に行きましょう」
楓は頷いて肯定し、先導するように歩き出す。
その時になって、鷹月はやっと立てるようになった小烏の存在に気がつく。
「あれ所長? 先に逃げていたのに、何でそんな死にそうな顔してるんですか?」
ぽかんとした顔をして問う。
そんな助手の態度に、小烏の目尻がピクリと上がる。
「……他に言うことはないのか」
「すみません。死にそうなのはいつもの事でしたね」
その言い草に対して流石に頭に来たのか、小烏が人差し指を鷹月に向けて問い質そうとする。
「そうじゃない。お前、一体どういうつもりで……」
「あ、そうだ。所長所長!」
が、全く意にも介さずそれを鷹月は遮る。
「なんっだよもう! うるせぇな!」
怒りながらも一応聞いてあげるのは、表には表れにくい小烏の鷹月に対する甘さからか。
鷹月は少し体を捻り、ジャケットの後ろをまくって手を伸ばす。
そしてベルトとパンツの間から何かを取り出す。
それは丸まった一枚のキャンバスだった。
「ありましたよ、睡蓮の絵」
さらっと宣う鷹月。
「……え?」
動きを止めたのは小烏だけではなかった。
母屋に戻ろうとしていた年配の者たち。
小烏らの喧嘩をはらはら見守っていた若輩の者たち。
それぞれ動きを止めて彼らの方を見る。
「はい、絵です」
「…………え?」
「だから、絵ですって。ほら、コレでしょ」
「………………え?」
鷹月が丸まったキャンバスを開いて見せる。
端の方は少し焦げて黒くなっているが、大部分は無事なようだ。
キャンバスを覆う青い水面には、八重の白い花弁を持つ花が七輪浮かんでいる。
そのうち左下にある他より太い花弁を持つ花は、熱のせいか少し剥落してしまっているが、全体像はかつて千李が事務所で説明していたものと酷似しているように見えた。
鷹月はクルクルと再度キャンバスを丸めると、小烏に向かって差し出す。
つられて手を出した小烏がそれを受け取り鷹月の顔を見返すと、ふふん、と得意げな顔と目が合った。
小烏の中で、ぷちっと何かが切れる音がした。
「絵が見つかってんなら! さっさと戻って来いこのバカ! お前、俺がどれだけ心配したか微塵も分かってねーな! マジで心臓止まるかと思ったんだからな! 死亡診断書に死因:お前って書いてもらうからな! つーか絵の報告が一番先だろ! なにヘラヘラしてくっちゃべってんだおめーは!!」
「えー……なんでせっかく大事な絵を見つけたのに、こんな怒られてんですかぁ、僕」
指をさされて怒鳴られながら、得意満面だった鷹月がしょんぼりと肩を落とす。
それを見て小烏はふん、と鼻で笑う。
「あー、そうだな、それは褒めてやるよ。育児書にも飼育書にも褒めるのは大切だって書いてあったからな。ありがとよクソ助手。俺の指示に背いて大事な絵を見つけて…………あ?」
皮肉たっぷりに礼を言おうとする小烏が、途中で言葉を止める。
彼は目を開いたまま、口をぽかんと開けている。
「………」
一人、時が止まったような状態の小烏の目の前で鷹月が手を振るが、彼の反応がない。
「所長? ……おっとこれは」
鷹月にはその状態に覚えがあるようだ。
梓は不安そうに小烏を覗き込む。
「え、なんすか? 所長さん、ガス欠っすか?」
そんな梓に向かって、ははっと鷹月が笑う。
「放っておいて大丈夫ですよ。今、頭ん中でパズルを嵌めてる最中なんです」
気軽に言う鷹月だったが、千李は心配そうに小烏をのぞき込む。
「パズル……? いいんですか? 放っておいて。なんかだんだん白目剥いてきていますけど」
「だーいじょうぶですよ。……って、白目?」
慌てて鷹月も改めて小烏の方を見る。
と同時に、小烏の長身がぐらりと傾く。
「うぉあ! 所長ぉ!!」
小烏は酸欠と心労と急激な情報処理で、それを支える体が限界を迎えたようだ。
小烏の体が地面に倒れ込む前に鷹月が滑り込んでキャッチする。
間一髪で地面との衝突を免れた小烏は、鷹月の腕の中でぶつぶつ何かを言っている。
「……睡蓮、睡蓮……じゃなかったら、誰にとって……」
「え?」
「あぁそうか。そうか……まだ、不完全……だけど」
真っ白な顔をした小烏が、うわごとのように言う。
「つながった」
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