依頼人の正体
相模家にて。
「………………」
口元に笑みを浮かべている小烏探偵と助手。
少々気まずそうではあるが、固い表情で楓を見る千李。
そして拘束されてボロボロの上、猿ぐつわを噛まされている梓。
玄関で彼らを出迎えた相模楓は、彼らを前に言葉を失っている。
「夜分遅くに失礼いたします。お宅のご子息についてお話をうかがいたく……あ、羽村望さんもいたのですが、色々あって現在は治療中です」
小烏の言葉と一緒に、鷹月が梓の首根っこを掴んで、楓の眼の前に差し出す。
楓は少し彼に目を落として梓を見るが、すっと視線を逸らす。
「一体、何のことだか……」
顔を背けたまま、楓が答える。
その様子を見て、鷹月はどこか嬉しそうに梓を突き出したまま揺らす。
「あれ? コレ、楓さんの息子さんじゃないんですか? 所長所長、やっぱり勘違いですよ。ただの暴漢ですって。手足折って埋めましょ?」
「んーんー! ん――――!!」
身体に恐怖を染み込ませた梓が首を振って必死に鷹月から逃れようとするが、後ろの男は1ミリも動かない。
「楓さん、ごめんなさい。今片付けますから」
「ん――――っ!!」
鷹月が梓を後ろに引っ張って連れ出そうとする。
抵抗する梓の猿ぐつわを、小烏はしゅるっと解く。
梓は肺に息を吸い込む。
「た、助けてくれ! 母さんっ!」
楓の方に顔を向け、そう泣き叫んだ。
──応接間にて。
設置された椅子に楓、その横に梓。
後ろには須藤と小室が立って控えている。
その対面に小烏と千李が座り、彼らの後方にはグローブを嵌めた手を後ろで組んだ鷹月が立つ。
応接間の雰囲気も相まって、重苦しい空気が漂っていた。
「それで、一体何が聞きたいのかしら?」
楓が腕を組んで話を切り出す。
「先ほど、そちらの相川梓さんと羽村望さんに、我々3人が拉致されましてね。その理由を確認させていただきたいんです。一体我々は何に巻き込まれたのか」
小烏が答える。
「拉致?」
楓は眉を顰める。
「あなたたち、一体何を……」
「…………」
母の言葉に梓は下を向く。
「まずは、話を整理させていただいてもよろしいでしょうか」
話がこじれそうな気配を察した小烏が一度仕切り直す。
「相川梓さんは、あなたと羽村望さんの息子。これは間違いないですか」
「そうよ」
楓はため息をつきながら答える。
「時期的に、あなたも羽村望も……」
楓は病死した夫と、望は別れた前妻と、それぞれ別々の人間と婚姻関係にあった時期だ。
「そう。それがなに? この家では外に子どもを作ることなんてめずらしくないわ。男子が増えるのなら、むしろ歓迎されるくらいよ」
楓はなんの悪びれもなく答えると、後ろで腕を組んだ小室は黙ったまま深く頷く。
今日相模家を訪れた時、楓と鷹月の会話にもそのような内容があった。
この家では妾や愛人は当然で、なにより男子の存在が有難がられる。
そしてその意味で、愛人の1人もいなかった先代は普通ではなかった、と。
小烏は続ける。
「なるほど。ちなみにあなたの娘さんは彼の存在を知らなかったみたいですが、今までどこにいたんですか?」
「隣の県にいる遠縁の、子どもに恵まれなかった夫婦の養子にしたわ。男子ではあったけど、私たちも家庭があったし、若かった。それにあの男と結婚するつもりもなかったから」
「そうなんですか?」
小烏がずっと黙っている梓に問うと、彼は一瞬身を震わせて頷く。
「そうらしいけど、あんま覚えてねぇ。義両親は俺がガキの頃に事故で死んで、そっからは養護施設で育ったから。母さんとだって数回しか会ったことねぇし」
つまるところ、梓は物心ついた頃から親のいない環境で生きていたということだ。
「まぁそのあたりはご家庭の事情ということで。単刀直入にお聞きしますが、梓さんはあなたが呼んだのですね。跡取りの候補とするために」
楓は頷く。
「そうよ。この子も立派な跡取り候補でしょう?」
楓の言葉に鷹月が首を傾げている。
「なんで『今』なんですか? 跡取りがほしいなら、もっと前に迎えに行っていれば良かったのでは? 梓さんは本家の椿さんより歳上ですし」
楓の代わりに小烏が答える。
「今回は遺言状がないという特例で、最年長ルール適用されたんだ。そもそも通例通りなら、相模家に家督が回って来ることは考えられなかっただろ」
「でも、えー……?」
小烏の説明を聞いても、助手はしっくりきていないようだ。
さっきよりも首をひねっている。
「楓さん。今からうちの助手に説明がてら私の推測を話しますので、間違っていたら教えてください」
小烏はそういうと、居住まいを正す。
「まず先代が亡くなり遺言状がないことから、あなたの兄の正樹さんが跡継ぎとなる。しかし正樹さんの性格から実権を握っていたのはおそらくあなただ」
仕事嫌いな放蕩者の兄と、一族のために心血を注ぐ妹。
実権を握っていたのがどちらかは、明らかだ。
「その後、跡継ぎとして養子縁組やらの手続きが済まないうちに、正樹さんがいなくなってしまう」
楓にとっては念願の権力。
しかし、それは結局のところ兄に付随するものだ。
「これにより、跡取りとして本家の椿さんを推す声が上がり、あなたがせっかく握った実権の座が危ぶまれた。おそらくここで一度、あなたは梓さんを呼ぶことを考えたはずだ」
小烏は一旦言葉を切る。
反論がないということはここまでは正解のようだ。
小烏は続ける。
「でも結局、この時点では呼ぶ必要がなくなった。原因は椿さんが亡くなったから。これにより、再び実権はあなたに返ってくる、あなたはそう思ったはずだ」
この言葉に、鷹月は「ん?」と眉を寄せる。
だが、彼が口を挟む間もなく、小烏は説明を続ける。
「しかし、それはまさかの形で大きく裏切られた。だから今、この時期になって、あなたは梓さんというカードを使うことを決めたんじゃないですか?」
言葉が切れたタイミングで、鷹月は口を挟む。
「なんで椿さんが亡くなった後に、楓さんが実権を握るんですか? 次の跡取り候補は翔くんだから、羽村家なんじゃないんですか?」
助手の疑問に、小烏は呆れたようにため息をつき、右の火傷の跡をカリカリと掻く。
そして千李に気まずそうな顔を向ける。
「申し訳ありません。察しの悪い助手で」
その様子に千李が少し笑う。
「構いませんよ。元々ご依頼したときに私から話すべきだったことですから」
彼女はそう言うと、斜め後ろの鷹月の方を向き、口を開く。
「私、元々男として生まれたんです」
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