クリーンヒット(※一部を除く)

「で、こんな手まで使って、一体何の用だ?」


 小烏が2人の覆面男を見据えて問う。


 問いながら、ドライバーの男を観察する。


 ドライバーの制服を着ていても分かる程度の筋肉質。


 恐らく日常的に鍛えている。


 先程タクシーの後ろから見た出で立ちと合わせて、歳は20代。


 制服や帽子はどこかで慌てて仕入れてきたのであろう、サイズが合っていないし、足元はランニングシューズのような擦り切れたスニーカーだった。


 口調や苛立っている様子から、短気な性格が見て取れる。


 続いて千李にナイフを向けている男。


 こちらはドライバーの男よりも背は低い。


 黒いコートと目出し帽、声もまだ聴いていないので全体像はぼやけている。


 ただコートはそれなりに質の良い物で、それに続くブーツも古くはあるが手入れがされている。


 この男は微動だにせず、ドライバーの男と比べて冷静そのものだ。


 小烏と鷹月を静かに見降ろしている。


「それはこっちのセリフだ。余計なことに首を突っ込みやがって」


 ドライバーの男は2人にナイフを突きつけながら苛立った口調でそう言う。


「なんのことだ?」


「しらばっくれてんじゃねぇ」


「そう言われても、本当に何のことか分からねぇんだが」


 ドライバーの熱に飲まれず、呆れたように小烏が答える。


「絵の事だよ、睡蓮の絵だ! てめぇ、もうどこにあるか分かってんだろ?」


 男はぶんぶんとナイフを揺らしながら小烏を威嚇する。


「分かってんのか? 答えねぇと、てめぇの依頼人が怪我するぞ」


 さらに千李にナイフを向ける。


「ひっ!」


 千李の背中にいる男は腕に力を入れ、ナイフを近づける。


「分かってたら何だってんだ?」


 あくまで冷静な小烏とは対照的にドライバーの男の熱は上がる。


「場所を言えっつってんだよ! どうせてめぇらには用の無い代物だろうが!」


「用が無いかどうかはお前が決めることじゃない」


「そいつはもう相続から外れてんだ! お前らにゃ関係ねぇ話だろうが!」


 ドライバーは再度千李にナイフを向ける。


「お前にも関係あるとは思えないけどな」


「少なくともそこのヤツよりは関係あるんだよ」


 小烏は男の言葉から、なにかピンときたようだ。


「へえ、だから絵が見つかると困るのか?」


「っ! 関係ねぇっつってんだろ! いいから……」


 男の動揺した様子を見ながら小烏は口元に笑いを浮かべる。


 そして、ドライバーの男に問いかける。


「お前、もしかして望さんの隠し子か?」

「んなっ!?」


 小烏の言葉にドライバーは目を見開く。


「なぁ、そうなのか? 望さん」

「っ!」


 今度は千李の後ろにいる男に、小烏は問う。


 すると、先程まで落ち着いた様子だった男は、動揺したように身体を揺らした。


「はは、クリーンヒットだ。見たか、助手!」


 小烏は得意げに、隣で膝をついている鷹月にニヤリと笑いかける。


 が、鷹月の意識は、彼らの元にはない。


 彼は下を向いて、何かに集中している。


「……いない、いない……おーいたいた。こんなに寒いのにご苦労だねぇ、蟻くん。そんな君には、僕特製のクッキーを……」


 彼は膝をついている足元の石畳の裂け目を指でなぞりながら、ぶつぶつと呟いている。


 他の4人が揉めていることなどお構いなしだ。


 ぴきっと、小烏のこめかみに青筋が立つ。


「飽きてんじゃねぇ! ちゃんと聞いてろ馬鹿助手!!」


 早々に考えを放棄していた鷹月の耳元で小烏が怒鳴る。


「うっわ、びっくりした」


「俺がびっくりしたわ! お前仕事中だぞ、分かってんのか?」


 小烏は鷹月の襟首を捕まえて揺すりながら、説教をする。


「えー……? 分かってますよ。ちゃんと話だって聞いてますって。なんか、絵が、どうのこうの? みたいな?」


 鷹月が不満そうな顔を小烏に向ける。

 結局ほとんど彼の耳には入ってきていないようだ。


「全然聞いてねぇじゃねぇか!」


 その様子に、小烏は深い溜息をつき、改めて鷹月に説明する。


「あのな、相模さんの後ろにいる覆面野郎が、さっき会った羽村望さん。そんで、あのタクシードライバーが望さんの息子なの。分かるか?」


 望の息子と聞いて、先程一緒に遊んでいた幼児を思い出し、鷹月は目を丸くする。


「えっ!? 翔君? 随分大きくなったねぇ」


「なるわけねぇだろ、馬鹿! 別の子供だ。多分、望さんが若い頃に作った子ども」


「はぇー、マジかぁ」


 そのやり取りを聞いていた千李は新事実に驚きながら、以前小烏が言っていた『鷹月の精神力の欠如』を思い出す。


 それは言い換えれば集中力の無さ、忍耐力の無さだ。


 それにしたってこの状況でそれを露呈させなくてもいいのではないだろうか。


 小烏の推理にも驚きながら、それに間の抜けた相槌を打っている鷹月にも驚く。

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