依頼人ファースト

「所長さん、すごく優しい人ですね。はじめはちょっと怖かったけど」


 これまでずっと味方でいてくれた小烏を思い出し、千李はふっとほほ笑む。


 それを見て、鷹月は言葉を選ぶように考えながら答える。


「優しい、かどうかは微妙なところですね。実際、依頼人以外の人間には、昔と同じように性格悪く噛みつくことも多いですし」


 小烏を優しいと評する千李の言葉に、鷹月は思うところがあるようだ。

 助手は続ける。


「多分、『依頼人』という存在が、ただのお客様という存在以上に特別なんだと思います。僕にはあまり理解できませんが」


 話しながらもどこか興味無さそうに、鷹月は自分の目の前のプレートを空にする。


「『依頼人』が特別な存在、ですか。なんででしょうね」


「さぁ。確か、昔依頼に失敗してるから、とかなんとか聞いたような気がしますが、どうでもよかったのであんまりよく覚えてないですね」


 などと助手は薄情なことを言っている。


「な、なんだか所長さんと鷹月さんって、仲良いんだか悪いんだか分かりませんね。子どもの頃からの友人同士とはあまり思えないような……」


 ついに千李がぽろっと言ってしまった言葉に、鷹月が一瞬きょとんとして、その後顔をゆがめて笑う。


「はは、友人? ご冗談を。あのお坊ちゃんと僕とじゃ、住む世界が違いますよ」


 いつもの爽やかな笑い方ではなく、どこか皮肉めいたものだった。


 鷹月はとんとん、と自分の胸の辺りを指で叩く。


「それに僕は『完璧な助手』ですからね。そこに求められていることはやりますが、それ以外は仕事外ですので。まぁ、あれですよ。社会人ってヤツです」


 笑いながら言う助手に、千李は何となく言いようのない違和感を覚えた。


 言うならば、千李自身が一番初めに感じた親しみやすいものとは真逆の性質。


 まったく矛盾した性質を、同じ場所に飲み込んでいるような、そんな感じだった。


「実際、所長に必要なのも、僕みたいな助手なんですよ。小室さんにだって、僕がいるから後でどうとでもなると思ってああいった言動をかましているんです」


 鷹月がフォークでボイスレコーダーをつつく。


 小室との会話で現れているのが小烏本来の性格であるなら。


 千李は想像する。


 そのボスである楓ともども丸め込んで、相模家捜索を行うに至るまでには、多くの課題を乗り越えなければいけない。


 それを僅か数十分で許諾させてしまうのだから、自称『完璧な助手』の力は侮れない。


「小室さんとお話ししているときにも、鷹月さんがいればよかったですね」


 小室に悪い印象を与えてしまったことに対して、千李が言う。


「まぁ、なんとかなるでしょ。でも小室さんって、普段からこんな感じの人なんですか? 言い方は悪いけど、ちょっと人を見下しがちな感じですね」


 自分のプレートの上を綺麗に片付けた鷹月は、小烏の皿に乗ったパエリアのエビをフォークで差して口に運びながら問う。


 当たり前のように行われる上司への冒涜行為を、千李は苦笑いをしながら目で追いかける。


「見下すっていうか、自分の中のルールが全てって感じでしょうか。男たるもの、人たるもの、こうであれ、みたいな。それで、その自分ルールから少しでも外れると、歯牙にもかけないんです」


 その性格に悩まされてきたのか、千李は少し眉を寄せて続ける。


「幼い頃から相模の家の人間として切磋琢磨する母は、小室さんにとってルールど真ん中のようですね。彼は母のことを神のように尊敬しているんですよ」


「なるほど」


 誰にとってもあの態度という訳ではないようだ。


 小室は千李について『困ったものだ』と批判していた。


 それは楓と比べてなのか、それとも千李が小室のルールから外れたからなのか。


(邪魔にならなきゃいいけど)


 経験上、『信者』は時に『教祖』ですら思いもよらない突飛な行動をすることがあることを、鷹月は知っていた。


 それが仇にならなければと考えつつ、鷹月は天を仰ぎながら水を飲んだ、そのとき──


「クソ助手」 

「ぶっ」


 突如、鷹月を上から覗き込んだ小烏と目が合う。


 思わず鷹月はグラスの水を零してしまう。


「何すか、所長」


「てめぇ、俺のエビ食い尽くしてんじゃねぇよ」


 通話を終えて戻ってきた小烏が、無残に穴が開いたパエリアを見ながら席に着く。


 鷹月が口を尖らせる。


「失礼な。エビ以外の具材も、ちゃんとバランス良く食べ尽くしましたよ」


「うわ本当だ。ただの黄色い米になってやがる。俺が栄養失調で死んだら、呪ってやるからな」


「所長はちゃんと遺言状を残しておいてくださいね。千李さんの大伯父様みたいなこと、しちゃだめですよ」


「一生お前がシャバに出られないように、存分に筆を振るってやるわ」


「それはもう遺言状以外のなにかですよ。……って、あー、濡れちゃった」


 いつものように軽口の応酬をしながら鷹月が引っ張り出したのは、一枚のメモだった。


「なんですか、それ」


 千李が長い髪をかき上げて覗き込む。


 丁寧なボールペンの文字が書かれたリストだ。


「楓さんの書いた、相模家探索時に入っちゃいけない部屋リストです。一応許可を取ればいいみたいですけど」


「母の部屋とか蔵書が置いてある部屋とかですね。ここは昔の資料とかがあるから、私でもあまり入ったことないです」


 千李はリストに書かれた部屋の名前を目で追う。


 捜索範囲が限定されたことに、少し不満気な鷹月に、千李は笑いかける。


「もし気になる場所があるなら、母に頼んでみたら良いと思いますよ。鷹月さんなら押せばいけますよ!」


「本当ですか? じゃあガンガン押しちゃいますね」


 そうやって盛り上がる2人を冷めた目で見ながら、小烏は冷えた黄色い米をもそもそと噛み潰していた。

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