2章
現地調査
「睡蓮の絵、誰かが売ってしまって市場に流れている可能性は低いんですね」
「えぇ。ネット販売とかオークションとか、美術商の知り合いにもあたってみたんですが、残念ながら空振りでした」
千李から正式に依頼を受けた小烏らは、まず絵画市場での調査を行った。
しかし、その成果はなかった。
車を運転している鷹月が、バックミラーで千李を見ながら答える。
「もっとも美術品の売買市場は規模が大きいので、全て探せているわけではありませんが」
似ている絵については逐一千李に確認してもらったが、どれも外れだった。
そこで現地調査として、千李の実家付近の調査をすることになった。
それを伝えたところ、千李は同行を願い出たのだ。
依頼人至上主義の小烏は快諾したが、鷹月は不思議に思っていた。
たしか千李は、依頼時に母親と折り合いが悪いと言っていたはずだ。
「良かったんですか? お母さんと仲が悪いのについてきちゃって。土地勘がないので僕らは助かりますが」
鷹月が言うと、バックミラーの中で千李が微笑む。
「流石に実家に顔は出せませんが、案内くらいならできますので。ホテルも取ってあるし、大丈夫ですよ。……それより、あの、大丈夫ですか? 所長さん」
車に乗って山道に入ってから1時間ほど。
そろそろ目的地に着くという段階になって、元々悪かった小烏の顔色が土色に変わっている。
「……停めろ、助手」
「えー、またですかぁ?」
何度目かの休憩のため、鷹月は自動販売機のある場所まで車を走らせて停める。
「僕らについてくると、まず間違いなく所長の介護が付いてくるんですが、それでも良かったんですか?」
「え、えぇと」
どうやら小烏の虚弱体質は千李の想定以上だったようだ。
千李が戸惑ったような笑みを浮かべる。
「あは、嘘ですよ。所長のお世話は僕がするのでご安心を。千李さん何が飲みたいですか?」
「ありがとうございます。お茶でお願いします」
「承知しました。……うわ、すごいこの自販機! なにこれ、特濃チーズソースと濃厚デミグラスソースですって。所長、どっちがいいですか?」
運転席から軽い足取りで鷹月が降り、自動販売機に向かう。
「吐き気もよおしている人間になんてモン選ぶんだよ。買うなよ、買ったらてめぇの耳の穴から飲ませるぞ」
「介護というよりも、とどめ刺そうとしてませんか? 鷹月さん」
車の中から鷹月の挙動を窺う2人をよそに、助手は楽しそうに自販機で買い物を楽しんでいる。
「お、すごい。チゲ鍋スープなんてものもありますよ。珍しいからこれにしましょう!」
「……何で売ってんだよ、そんなモン。どうなってんだよこの地域」
「すみません」
絶妙なラインナップで出迎えてくる自動販売機に小烏は目頭を押さえて嘆き、この地域出身の千李が申し訳なさから代表して謝る。
結局車の中で3人おそろいの緑茶で一息つきながら、千李が雑談交じりに話を始める。
「ところで現地調査ってどんなことをするんですか?」
水分を摂ることにすら苦戦している体調最悪の所長に代わり、鷹月が答える。
「千李さんのご実家と、あと本家の方にもお邪魔して、色々調べさせていただければと思ってます。それから美術品を扱っているお店にお話を聞いたり、とかかな」
「……今更ですが、実家を調べるのは難しいかもしれません。うちの母は厳しい人間なので、他人が入ってくるのを許可しないかも」
自分の母親を思い浮かべて、千李が苦い顔をする。
しかし鷹月はあまり気にしていないのか、軽く笑うだけだった。
「それはまぁ、行ってみれば分かりますよ。ところで、もしご実家を調べていいことになったら、どこを調べてほしいですか?」
「そうですね。一番は私の部屋でしょうか。もしかしたら誰かが部屋に置いて忘れてる、なんてこともあるかもしれません」
「物置みたいなところもあるんですよね」
「納屋と蔵があります」
おぉ、と鷹月が声を漏らす。
「さすが大地主の一族。多分僕の部屋より大きいんだろうなぁ」
羨ましそうな声を出す鷹月に、千李は笑う。
「大したものは置いてないですよ。納屋は確か使わなくなった楽器とかを置いていた気がします」
「楽器、ですか」
今までなかった情報に、鷹月は聞き返す。
「えぇ、元々うちの一族は雅楽で有名だったんです。今は相模の家がその系統を継いでいまして、私もその流れで琴歌をしているんです」
琴を目の前にした千李を想像し、鷹月は目を輝かせる。
「まじっすか。めっちゃ格好いいですね!」
「ふふ、ありがとうございます。ちなみに本家はあまり音楽の才能は継いでいないみたいで、大伯父のように絵を描く方が性に合っているみたいですね。逆にうちは絵の才能はさっぱりです」
「芸術の才能あふれる一族なんですねぇ」
鷹月は話を聞きながら、頭の中で捜索範囲を絞っていく。
「では、一応納屋と蔵も見ておいた方がよさそうです。時間もないですし、できれば調査場所は絞っておきたいので、もしほかに思いついたらいつでも言ってくださいね」
鷹月の言葉に千李が首を捻る。
「時間がない、というのは?」
「滞在時間は今日を入れて、長くて3日なんですよ」
「3日過ぎるとどうなるんですか?」
他の調査があるのか。
それとも滞在時間が長くなると依頼料も増えるのかと思い千李が尋ねる。
すると、運転席と助手席がそれぞれ互いに指を指して、
「所長が死にます」
「助手が死ぬ」
同時に答える。
「あ、生きてましたか所長。ほら、既にこのザマですからね。3日が限界なんですよ」
鷹月は答えるが、千李はさらに首を傾げる。
「所長さんが死ぬというのは、まぁ分かりますが、鷹月さんはなぜ?」
「相模さんの伯父さんを、無理やり働かせるとどうなります?」
小烏に逆に問われて千李が考える。
あの自由奔放で遊び歩いている伯父を、縛りつけて労働させたら?
「メンタル崩壊しますね」
「それと似たようなもんです」
小烏は軽く頷いて続ける。
「うちの助手、今は頑張ってお仕事モード入ってますが、精神力が欠如しているから3日が限界なんです。ポンコツになったコイツに、死にかけの私の介護は任せられないので、3日でケリをつけるしかない、というわけです」
「あはは。図らずも短期決戦型なんです、我々。……ということで」
鷹月がパチンと指を鳴らす。
「早速出発します。気合入れてくださいね、所長。飛ばしますよ」
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