2 風鈴

 リヤカーの上の骨組みに、風鈴が吊り下げられていた。

 風が通るたび一斉に揺れ、まるでクラゲが泳いでいるようだ。ちりりーん。涼しげな音も心地よい。

 こんな時代に風鈴屋台とは珍しい。

「ごめんください。見てもいいですか?」

 月極駐車場の傾いた看板に背をあずけ、風鈴屋さんは手招きした。麦わら帽子の陰になった顔は、三日月型に笑う口元だけはっきり見える。

 砂利と芝生が混じった駐車場に踏み入って、私は風鈴の群れを見つめた。上下二段の組み木に掛けられ、赤、白、黄、青、色とりどりのガラスが風に短冊をなびかせている。中でも金魚柄の透明な風鈴が目を引いた。ちりんと鳴るたびに、描かれた二匹の金魚がすいっとガラスの表面を泳ぐのだ。

「これください」

「千と百円」

 私は財布から千円札を取り出した。しかし風鈴屋さんは、拒否するように毛むくじゃらの手をサッと振った。

「うちじゃ紙幣は扱わないんだ。小銭で頼むよ。ピカピカでキラキラの小銭ならおまけできるよ」

 千円札をしまって、五百円玉二枚と百円玉を取り出す。嬉しいことにどれもダントツでピカピカだった。風鈴屋さんも受け取った小銭をしげしげ眺め、「これなら、千と二百円くらいの価値はある」とつぶやいた。

「おまけはラムネのビー玉だよ」

 風鈴とビー玉を受け取って、駐車場を出る。十字路にかかる高木の影を踏み越えた瞬間、空気がうだるように暑くなった。足元のひび割れたアスファルトを見て、私は道に迷っていたことを思い出した。

 風鈴の金魚はもう泳がないかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る