花は想いを語らない。それでも、私たちは言葉を紡いだ。

サクラナギサ

第一章『プロジェクトネリネ』

第1話

「おはよう、世界。」


このおはようは、今日から始まる高校生活とその未来に向けての最初の挨拶だ。


この世界にちっぽけと存在している朝山アサヤマ 紗奈サナというヒト科が進級し、高校1年生になったことがこの世に与える影響は計算するまでもないが、少なくとも私自身から観測した結果としては、なかなかの進展として捉えることができる。かといって、何かに期待しているわけでもないのだが。


小学校、中学校と特に何の変哲もない日常を過ごし、自分の学力に合った高校を受験し、無事入学。将来私が有名人になった時、きっと話すことが無くて困ってしまうだろう。


ベッドから身体を起こし、ゆっくりと伸びをし、明日のアラームをセットし机に置く。


今までは特に気にしていなかったが、最近になって伸びた髪の毛がだんだんと鬱陶しく感じるようになってきた。背中の半分以上まで伸びた私の髪の毛は、さながら二次元のアニメキャラクターだ。洗面台の前で自分の姿を見てそんなことを考えながら、髪の毛をクシでとかしていく。特にこだわっているわけでもないし、いっそのこと自分で切ってしまおうか。


歯磨きをしながら今日起こりそうなことについて考えを巡らせる。今日は入学式の日。新しい制服を身にまとい、煌々と新生活への期待に胸を踊らせる。新しい出会い、場所に想いを馳せながら。と、考えるのだろう、普通の人は。


私の入った高校は黒セーラーで結構格好いい。中には、このセーラー服目当てでこの高校を受験する生徒もいるんだとか。私は制服で学校を選んだわけではないが、そういった人の感情を理解出来る程度には、格好いいしかわいいと思う。


改めて新しい制服を身にまとった自分の姿を見ていたら、なんだかんだで浮かれている自分に気づいた。


「いってきまーす。」


家の中から返事は帰ってこない。訳あって一人暮らしをしている私の部屋から返答が帰ってきたら、即座に通報するだろう。このいってきますは、ただいまを言うための一種の通過儀礼なのだ。


鍵を閉めたことを確認し、マンションを後にする。高校は最寄り駅から2駅先にあるため、いつもの道で最寄り駅まで向かう。


最寄り駅まで向かう順路は知っている限り何パターンかあるが、おそらくこれが最速だろう、という道を選択している。新たな道が発見された日には、そちらに順路を変えるであろう。


2駅なんてあっという間だ。少しぼーっとしていたらあっという間に学校の最寄り駅に到着してしまい、あいにく初日から乗り過ごすところだった。周りには同じ制服を着た生徒たちがホームに向かって歩いている。


入学年度によって着用するリボンの色が変わる私の高校は、私の年度は黄色のリボンを着用する事になっている。ちなみに2年生が青、3年生は赤色のリボンらしい。男子もそれに準じたオシャレなネクタイを着用している。


その初々しさを見るだけで新学年であり同級生であることはすぐにわかるが、同じ色のリボンをつけた生徒を見ると少し安心する。入学式なだけあって、どこか浮ついた空気を感じるし、母親や父親と共に歩いている生徒も多い。


学校は駅から10分ほど歩いた場所にある。通学路として指定されている場所はあるにはあるが、新しいルートを開拓したい気持ちが押し寄せてくる。この感じ、最短ルートがどこかに隠れているに違いない。


そんなことをしていたら学校に到着するまで20分ほどかかってしまった。間違いない、今日の私は入学式の空気にかまけて浮ついているのだ。



『皆様、ご入学おめでとうございます。』


校長の挨拶から始まり、入学式は滞り無く行われた。なんとなく空気に合わせて立ったり座ったり拍手をしたり、終わった後は各自それぞれのクラスに向かっていく波が形成された。クラス表の紙を改めて確認する。私は…1-8。


席なんてものは、最初は左前から名前順で埋めていくもの。私のような名字の人間は中学初日のときにも経験しただろうが、一番左の一番前だ。自分の席はまだ確認していないが、おそらくそうだろう。


ビンゴだった。半数程度の生徒が座ってソワソワしている中、まばゆいばかりの光を放っている左一番前の席は、私に座ってくださいと言わんばかりの視線をこちらに向けている、ような気がする。私は悪ガキではないので一番後ろで何か悪さをしてやろうだなんて考えもしないから、特にこの席に不満はない。ただ、後ろからの視線が少しばかり気になるだけだ。


「朝山さん?隣だね!」


右隣から元気な声で話しかけられた。顔を上げると、ショートヘアのいかにも元気そうな女の子が隣の席の前に立っていた。


「はじめまして、朝山 紗奈です。あなたのお名前は?」

「私は鈴音スズネ リンだよ!よろしくね!」


さ行で左二番目の最前ということは、このクラスはア行とカ行が少ないのだろうか?名簿を確認すればわかることだが、特に興味があるわけではないのでわざわざ名簿を出したりするわけでもない。


「紗奈ちゃん校長先生のお話聞いてた?私入学初日から感動しちゃったよー。」


校長先生の話で感動するなんて聞いたことないぞ。そもそも私は長話が苦手で、半分寝かけていたから話なんて全くと言っていいほど聞いていなかった。それにしても、鈴音さんは随分と真面目な人なんだな。というか、会って数秒で名前呼びされて少し驚いた。


「私は正直あまり聞いていなかったよ。そんなに良い話だったのなら、少し損をしたかもね。」


と、適当に返してみる。これは私の勘というか彼女の見た目で判断した予想なのだが、鈴音凛という人物は、おそらく運動部出身だ。私のような静かな場所でぼーっとしているような人種とは無縁の、正反対の人物だと伺える。そんなことを考えていたら、さっそく鈴音さんの方から話題が振られた。


「紗奈ちゃんは入る部活とかって決めてる?私はダンス部に入ろうと思ってるんだー!中学のときから教室に通ってて、この高校ダンス部結構強いじゃん?先輩とかの指導も厳しいみたいだけど、もう勢いで入っちゃえーって感じでさ!」


ダンス部は運動部と言って差し支えないだろう。私の予想は当たったようだ。


「私は今のところ部活に入る予定はないかな。身体を動かすのが苦手で。」

「なんかそんな気はしてた!紗奈ちゃん、ほっそいもんねー。」


鈴音さんはそう言ってクスクスと笑う。私が鈴音さんについて予想を立てていたのと同様、彼女も私について予想を立てていたようだ。もちろん、大正解だ。


「みなさん席に着いてください。」


鈴音さんとだべっていると、チャイムと同時に担任と思われる先生が入ってきた。


見た目からして、40過ぎだろうか。太い黒縁のメガネをかけており、堅苦しい印象だ。だが、私は教師との距離感はこれくらいがちょうど良いと思う。生徒に対してあまりフランクに接しすぎると、生徒と友達のような関係性になってしまい、教育者としての格が落ちるどころか、舐められることだってあるだろうし。


先生の一言によって教室は静まり返り、一気に先生が注目される。


「えー私は1-8の担任をすることになりました、山田ヤマダ 達郎タツロウです。担当科目は現代文。1年間、よろしく。」


そう言って黒板にツラツラと名前を大きく書いた。その字は国語教師であることに説得力を持たせるような、スラッと美しい文字だった。


(黒メガネ先生だよね、授業がわかりやすいってうわさの。)

(やっぱそうだよね、でもなんか思ったより堅苦しい感じ。)


後ろの方からヒソヒソ声が聞こえてくる。教室の一番前に座っている私に聞こえる声で喋っていたら、先生にも聞こえているんじゃないか?それにしても、黒メガネ先生って…。安直すぎだろう。


そうして何事もなくホームルームは淡々と行われた。


「私ダンス部の体験入部に行ってくるね、紗奈ちゃん、それじゃあね!」

「ああ、頑張ってね。」


ホームルーム終了後、さっそうと走り去っていく鈴音さんの背中を眺めながら、部活について考えを巡らせる。


私は中学の頃、部活に入っていなかった。理由は単純で、そんなものに興味がなかったからだ。運動部は運動が嫌いだから入る気なんて湧かないし、文化部は陰気なイメージがつきまとっているから入らなかった。このままいくと、おそらく高校の三年間もどの部活に入ることもなく、私の日常は消費されていくのだろう。


入学初日はそうして幕を閉じた。通学路は帰り道になると一気に景色が変わったような気がして、新鮮な気分になる。それに、行きでは見つけることの出来なかった近道になりそうな道を発見することができた。これは研究のしがいがありそうだ。


電車に乗り、2駅戻り、家に帰る。玄関の前に立ち、鍵を開け一言。


「ただいまー。」


そうして私の1日は終わりへと向かっていく。


脱衣所で制服を脱ぎ、軽くシャワーを浴びながら今日あったことを思い出す。


新しい通学路、隣で話しかけてきた鈴音さん、そして黒メガネ先生。


何事もなく日常が続いていけば、私の青春のお供は鈴音さんになるのだろうか。絶対に友達がほしいというわけではないが、一人もいないのはさびしい。ただ、もし彼女がダンス部にそのまま入ってしまったら、忙しすぎて私に構ってくれなくなってしまうのではないだろうか。ダンス部は強いらしいし、きっと練習もハードなものだろう。そうなったら、結局私は一人ぼっちだ。


部活、ね。この際、部活動に入ってみるのも悪くないのかもしれない。そこで部員と一緒にいればこの問題は解決しそうだ。明日、色々と探してみるとするか。


パジャマに着替え、その日はベッドに早々に潜り込んだ。



「鈴音さん、おはよう。」

「紗奈ちゃんおはよー。昨日は大変だったー。」


次の日、教室に入ると鈴音さんが机でばたんきゅーしていた。体験入部でこれとは、果たしてどれほどハードなものなのだろうか。


「実は、昨日色々考えて。私もなんかしらの部活に入ろうと思っているんだ。」

「ほんとー!?ダンス部来る?」


ダンス部は勘弁だ。私がダンスなんて…そんなの性に合わない。恥ずかしい。


「それは遠慮しとこうかな。私運動苦手だし。」

「それだったら、2階の職員室前にある掲示板を見ると良いよ!あそこに色んな部活の張り紙だったりポスターが貼ってあるから、そこから探してみるといいかも!」


鈴音さん、既にこの学校のことをかなり把握していそうな様子。掲示板ならたしかにたくさんある部活の中で自分に合いそうなものを見つけることができそうだ。


「2階の掲示板ね、ありがとう、鈴音さん。」


放課後、私は掲示板のある2階の職員室前に向かう準備をし始めた。はたしてどんな部活が良いだろう?特にこれといった部活に繋がる趣味すら持ってこなかった私に入る資格のある部活があるだろうか。


そんなことを考えながら教室を出る。


教室を出てすぐ違和感に気づいた。1年生の教室がある4階西棟に、赤色のリボンをつけた生徒が一人混じっている。それに彼女はとても整った顔立ちで、スラッとした長い脚でスタイルも良い。165cmはあるだろうか。キョロキョロしているあたり、誰か人探しをしているのだろう。まあ、私には無縁の人だろうが。


3年生と思われる美人な先輩の前を横切ろうとすると、彼女はズカズカと私の方に寄ってきて、私の行く手を阻んだ。


なんだ、喧嘩でも売られているのか?見慣れない赤色のリボンが視界の端でちらつく。


「君、名前は?」


俯いていた私はゆっくりと顔を上げる。ニコニコとしたその顔は、まるで初めて話すということを忘れて友達と接しているような、心を開いた表情に見えた。


「朝山 紗奈です。3年生が私に何か用ですか?」


私は3年生を怒らせてしまうようなことを入学2日目にしてやってしまったのだろうか?美人な先輩の前でビビり散らかしていることを必死に隠す。


「用っていうのはね、部活の勧誘だよ。」


その3年生は怪しげにニヤリと笑った。そうして、私の針が動き出す音がした。

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