第11話 【相生魔術・召晃奥】

 騎士はその剣で大蛇の腹を切り裂きながら降りてゆく。そしてそのうねる蛇のレールの中途を強く蹴り、蜻蛉の報せの通りに従い離脱した。


 風に打たれるオレンジ髪の若者が、思わず笑いながら、大蛇の首の立ち上った亀の甲羅の舞台から地へと向かった。





 騎士リンド・アルケインが前で一人、巨大亀の魔獣を相手に、剣一本の獅子奮迅の働きを見せるなか、離れた地上の森では────


 長い銀髪、纏う紫のローブがひらり揺蕩い、やがて起こる風はより強まり騒ぎ始めた。

 そんなこれ見よがしに滾る一つの膨大な魔力のありかに、引き寄せられるように集まって来た──魔獣の群れに二人は囲まれた。


 レイの険しい表情は、背にする彼の様子を一目確認しようとちらり振り返る。だが相変わらずの瞑想中。銀髪の魔術師様はレイのする表情とは対照的に、どことも知らない夢の中だ。


 彼がおっしゃっていた「小鳥が囀り、羽を休める程度の時間」は、もう、とうに過ぎているのではないか。そんな愚痴さえも、今は魔術師の男の露払い役であるレイ・ミラージュは口に出せない。


 そしてそんな事情など知らない魔獣たちは、容赦なく二人に襲いかかる。


「こっちもプロトロッドの真の使い方……お父様にナイショでこの森で練り上げた秘策や秘術のひとつだって!」


 黒髪から汗水散らし終わりのない、杖を振るい魔獣を砕きつづけるディフェンスに、レイはちまちまやることをついに諦めた。そして、思いっきり握る白杖を、両手で地に突き立てた。


「私の魔力は、ちょっと揺れるんだからぁ!!」


 宝石林檎の魔獣たちの種飛ばす弾丸をも、体に到達する前に無効化し弾く。向こう見ずの体当たりを仕掛けてきた林檎をも、突き破れぬ白光するバリア膜に触れては跳ね返る振動で、林檎の中に忍ぶ破鏡ごと砕けた。


 レイにもまだ披露していない秘術があった。それは彼女の特殊な魔力の性質を、彼女と相性の良いプロトロッドを媒介に拡散し、拡大しつつ、その場にとどめること。自分の身、呑気に突っ立ち瞑想する魔術師をも、その白い球状の魔力膜にくるみ一緒に守ったのであった。


 しかし、秘術はしょせん秘術。できれば秘したまま出さぬが吉、彼女の試行した術もどきは長くはもたない。ただプロトロッドに魔力を込めて、空間に歪む不完全な球体の魔溜まりを制御する、守りを固めたレイ・ミラージュと集る魔獣たちの我慢比べであった。


「勝手に頼まれ、勝手に寄ってたかってェ、こんなところでくたばるならっっ、可愛くて強いレイ・ミラージュにッ、転生した意味も……ないでしょぅがああああ!!!」


 ただの日本人の柳玲じゃない、ただ可愛いだけじゃない、彼女は強い。


 子爵令嬢レイ・ミラージュは失敗しない。


 魔獣に食い破られかけていた振動する彼女の白き魔力はまた強まり、その球体の魔力シールドをもっと大きく押し広げた。彼女の発する言葉と気合に呼応するように、強まった。


 自分の身は自分で守る。それだけじゃない、ご勝手に追加し課せられたどんな困難なミッションも、自身レイ・ミラージュと父ベル・ミラージュから譲り受けたプロトロッドならば、立ち向かえないほどではない。


 レイは尽力する。魔力と体力と気力、その尽きぬ限りに。寄ってたかってこの一身に魔獣どもに挑まれても、彼女の挑むその心の方が遥かに強い。



 そして、待ち侘びたその時は来た────。


 魔術師の男の周囲を軌道に沿って回っていた鏡の星はそのスピードを上げ、複雑に交差しながら、紫のローブの元から銀髪を逆立て、天へと散る鏡が昇っていく。


 そして、魔術師は祈るように握っていた懐刀の刃を今、勇ましく抜いた。


 魔力滾り、柳の紋様が揺れ、その刃までを妖しく光り黄金に染める懐刀を、指揮棒のように操りながら、勇ましくその乾いた唇から宮廷魔術師は唱えた。



【深き闇を裂き、熱よ集え!】

【我が闘志を燃やし、木偶を祓え!】

【虚を滾らせ魔と顕れろ!】

【あまねく熱星が滴る時、爆ぜる全ては滅と識れ!】

【さぁ、今、鏡界を破り、我が深心より光り来たれ────】



召晃奥メテオ!!!】



 高く舞い上がった上空で、散る鏡たちをツギハギ合わせ、整い一つになった美しき大鏡に映し出されたのは、まるで〝宇宙〟。光の尾を引く何かが煌々と走り迫る、壮大な鏡のキャンパスで。


 虚が魔を生み、木が火を生み、火が木を燃やすよう、高まりつづけた魔力にやがて熱星が生まれ落ちていく。


 相生の魔術は、今、成された。


 大鏡に映し出された宇宙を燃え駆けて、やがて狭苦しい鏡面の世界を貫き、この世の境界をまたぎ顕れた。


 天より来たれし隕石のように風をつぶして降り注ぐ、青、赤、黄、白、黒。巨大魔獣の背にする甲羅の大地、森に墜ちては激しく爆発していく鮮やかな光の星たち。


 【相生魔術・召晃奥】


 オーバーウェポン散る鏡が映し出した彼の深心の宇宙より来たれし熱星群が、クリスタルタートル、その巨大なる八足の化物の姿を余すことなく、着弾した熱く膨張する光に呑み込んだ。


 開かれたその黄金の瞳、魔力渦巻く風に逆立つその銀髪。

 ジラルド公国お抱えの宮廷魔術師バーン・シルヴェット、オーバーウェポンの真の力を引き出す全てが規格外のその男に、倒せぬ敵はいない────。

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