第49話 リーズとの約束を

 バシュラール邸に戻り、リーズを連れ立ってパーティーへ少しだけ参加した。

 周囲から色々な声も聞こえたが、そんなことなど今はどうでも良かった。

 エグモントが完全にこの世から去った。

 これが正解なのだということはよく分かるのだが、エグモントを失った時のようにリーズは崩れてしまうのではないだろうか。

 そんな不安で頭の中はいっぱいだった。

 今回引導を渡したのは確実に俺であったから余計にそんな事ばかり考えてしまった。

 それなのに、こちらに戻ってくる間、ローランに支えられながらだったが特に沈んだ様子もなく表情は穏やかだった。

 そしてパーティー中もいつものリーズのように見えた。

 ジョシュやベアトリスにも普通にエグモントが次の生に向かったと話をしていた。

 ホールに入った時に、何故かリーズにお礼を言われたが、その意味はさっぱり分からなかったが。

 むしろここまでの無茶に物凄く怒られることしか想像していなかったので、リーズのそういった言葉には驚きしかなかった。


 明日には王都への帰路につく。

 王都に着いてエグモントがいなくなったことが知られたら、今後リーズの立場がかなり不安定になる。

 今までは、ラオネルの巫女というだけではなく、エグモントの力もあって国内の種々の問題解決も担ってきていた。

 エグモントにスパイのように動いてもらい、リーズを介して伝えてもらうことが国にとって有益であったため、リーズが婚約もせずに自由な立場でいることはある意味黙認されていた。

 というより、問題が先送りにされていた。

 リーズが20歳になる前に結婚し、巫女の加護の力を確定させなければ、どちらにしてもエグモントとは繋がれなくなるというのに。

 王都神殿では、そのように現の死者を利用することはどうなのかという議論も常に起こっていた。

 特に大神官はかなり疑問視していたようだった。

 本来のリーズのこの巫女の加護の力は、なるべく早く現の死者の未練を断ち切り次の生に向けていけるようにすべきものなのだ。

 エグモントだけがそうして利用されて残り続けている状況はおかしいと訴えていた。

 エグモントが行った今なら分かる。

 現の死者とは、できるだけ早く未練をなくし、次の生に向かっていかなければならない。

 下手に残り続けても、その思考はマイナス方向に向かって行くだけだ。

 本来の現の死者は、それほど孤独なものなのだから。


 とにかく、エグモントがいなくなった今、リーズを護るために出来ることはなんだろうと頭の中をフル回転して考えていた。

 けれども、結局リーズの事を護れるだけの相手と結婚して、巫女の加護の力を確定させていくしか無いのではないかというところに落ち着く。

 その相手は……

 東の大公?

 馬鹿言うな。

 いくら護れる人だからと言っても無茶苦茶だろう!


 ……俺なら絶対に護るのに。

 むしろ俺しかいないはずだ。

 それに、俺が……リーズを護りたいんだ。

 王都に戻ったら、即この話になるだろう。

 戻る前に、リーズをどう護っていくかを決断し、リーズと約束を取り交わさなければならない。

 俺の心は決まった。

 リーズを護る。

 どんな形でも、リーズの望み通りになれるよう、俺の生涯をかけてリーズを護る。


 だいたい主要な来賓への挨拶を終え、リーズと二人退場することにした。

 リーズはすぐにでも休みたいといった雰囲気だったが、少しだけ時間を作ってもらうことにした。

 リーズに誘導されて、家人用のサロンへと移動した。

 そこはバシュラール家らしく温かみのある調度が揃った居心地のいい空間だった。

 年に1度くらいしかここに帰ることのないリーズたち。

 それでもこのようにリーズやベアトリスのために整えられたといってもいいくらいの空間が維持されているというのは、よほど両親にも愛されているのだろう。

 ラオネルの巫女だからといって、幼い頃から家族と離れて王城生活を余儀なくされているリーズやベアトリスに対し申し訳なく感じてしまった。


 ドアはあけておきますが行きますといって侍女は退室していった。

 パーティーで人手が取られているためずっと付きっきりではいられないようだった。

 おかげで気がつけばこの部屋に二人きりだった。

 本当に幼い頃には二人きりになったこともあったかもしれないが、記憶を辿っても完全に二人きりになるなんてことはなかった気がする。

 なんとなく緊張してしまう。

 そんな緊張を隠すためにも、世間話のようなことで場を和ませようとするが、いまいち会話は弾まない。

 どうしたものかと様子をうかがっていると、リーズの方から今日のエグモントのことについて話をしてきた。

 エグモントのことを吹っ切るのはそう簡単ではないだろうと思っていたのに、リーズは穏やかな様子だった。

 エグモントのことは、初恋だったけれども叶わなかった……と。


 リーズが変わった。

 リーズもエグモントがどうなるのが一番いいのかということを納得したということなのだろう。

 こうやって、リーズも前進していく。

 晴れやかな顔をしているリーズが一層眩しい。


 きっと、リーズの中には永遠にエグモントという存在がいて、このエグモントを超えていくのは難しいのかもしれない。

 けれども、リーズが激しい情熱を持って恋をしていたエグモントに対するものとは違う、穏やかな愛情を俺と二人で育むことは出来ないだろうか。

 エグモントを超えるのは難しい。

 けれども、リーズと共に歩んでいけるような未来を描いたら駄目だろうか。

 そのために、リーズを全力で護りたい。

 リーズの立場や能力、その心まで全てを俺が護りたい。


「俺は、幼い頃からリーズが好きだ。もうずっと、リーズしか見えてこなかった」


 気付いたら、想いが溢れて告白をしていた。

 今こんな事を言われたら、リーズも困ることなんて分かっているのに、リーズへの気持ちを連ねていたら言葉が漏れてしまった。

 リーズを見やると、先程まで落ち着いていたのに今度は明らかに動揺していた。


「な、ならどうして。ずっと私にひどい態度を取り続けてこられたのでしょうか。そんな事言われても、ちょっと信じられないというか……」


 俺の言葉に、リーズが動揺している。

 幼い頃からずっと長い間、俺がリーズにひどい態度を取り続けてきたんだ。

 リーズを見ると、どうしても照れて恥ずかしくて、自分の気持ちを曝け出すなんて出来なかった。

 だからこれからは、ちゃんと自分の素直な気持ちをリーズに伝えていくようにする。

 リーズにもちゃんと分かってもらえるように、態度を改めていくんだ。

 リーズを護れるならば、王座とかどうでもいい。

 俺よりもよほど優秀なジョシュが継げば良い。

 リーズ一人を護っていく力だけがあれば良い。


 リーズに伝えきると、リーズも了承してくれた。

 俺のことはまだ信じられるわけではないが、一番事情を理解し気を遣わなくてもいい相手だと思ってくれている。


 だから、まずはリーズの立場を確保しながら考える時間を作るために、俺たちは婚約する。



*****



 そして、それから1年以上が経った。

 この1年以上の間、リーズは生き急ぐかの如く巫女として活動していた。

 今まで漠然とした存在だった現の死者について啓蒙活動を続けた結果、この世における現の死者はかなり減ったそうだ。

 また、そういったリーズの活動によって、生前から死ぬことについて考える機会が増えたことで、逆に生きることの大切さをより知ったという人の声が多く上がっているようだった。

 日々を精一杯生きていくこと。

 出来るだけ未練を残さないような人生を。

 そう考え、多くの人々が毎日を精一杯まっすぐ生きようとしている。

 人を愛し人を傷付けないように優しく生きていこうとする人が増えている。

 街は活気に満ち、おかげで犯罪も減っている。

 リーズがどこまで気がついているかは分からないが、ラオネルの巫女としてのリーズの存在は民に多大なる影響を残していた。

 新時代のラオネルの巫女なのだなと、改めてリーズの求めたこの力は正しかったのだと実感させられた。



*****



 ここ数ヶ月、母である王妃殿下が床に伏せていた。

 日に日に起きている時間が短くなっていく。

 医師にも病状を随時診てもらっているが、どうやら以前から患っていた病気によってそろそろ命の限界が近いとのことだった。

 おかげで父である国王陛下は塞ぎ込み、仕事が疎かになりがちなだけでなく、食事も睡眠もまともに取れていない。

 俺も眠れない夜を過ごすことが増えていた。

 そんな折、日中に母の病床を覗きに行くと、たまたま目が覚めていたようだった。


「母上、お加減はいかがですか?」

「そうねぇ……しんどいけれども、寝たままでいいならジェラルドと話をするくらい訳ないわ」

「ご無理はなさらず……」


 俺が神妙な顔つきをしていたのがわかったのか、母は痩せた手で俺の頬を撫でる。

 そしてふわっと微笑んだ。


「ごめんなさいね。心配掛けて。それだけじゃないわ。もしも私が逝ってしまったら、あなたとリーズは結婚できなくなるでしょう?だからもう少し頑張るわよ。安心して」

「今はそんなことよりご自身の体のことを大切にしてください」

「そんなことじゃないでしょう?良いのよ。母は分かっているわ。幼い頃からあんなに大好きだったリーズを、今は婚約という形で周囲から護っているのでしょう」

「……どうしてそれを」


 母にそのようなことは言っていないのに、察しが良すぎて驚かされる。

 母は目を細めながら俺を見て微笑んだ。


「いい?リーズを護りたいのかもしれないけれど、一番護れる方法は夫婦になることよ。ここまで初恋を拗らせているのだから、いい加減にリーズを落としなさい。リーズなら歓迎よって昔から言っているでしょう?」

「そんな簡単なものじゃないのです。約束ですから」

「リーズとの約束ってなんなの?婚約までしてどんな約束を交わしたというの?」


 これは言わないといけない流れだろうか。

 半分以上婚約の真意について気付かれている現状、説明しないと納得してもらえなさそうだった。


「この婚約は、リーズの気持ちが固まるまでの約束なのです。巫女としての力を維持したかったら結婚という形を取って一晩だけ共にしてその力を維持できるよう協力する。他に好きな人が出来たり巫女の力はもういらないということであれば婚約は解消する、そうなった際にも俺が全力でリーズを護る……という約束なのです」


 母の表情が歪んだまま一瞬止まった。

 俺の精一杯の誠意がこの約束であって、母にも分かって欲しかった。


「呆れたわ……あなたは昔から素直じゃない上に頑固者だと思っていたけれど、そんな不条理な約束をしてあなたの今後はどうするつもりなの?バカなの?やっぱりバカなのね。ずっともしかしたらバカなのかなとは思っていたけれど、やっぱり私の教育が間違っていたのね。そういうのは約束とはいいません。約束という名の押し付けです。リーズは賢いからそんな無茶苦茶なことを言われて逆に困っているはずよ。小さな頃、体が弱いからとあなたを甘やかしすぎたのだわ。母が悪かったわ。もういいから、それならとっととリーズと結婚しなさい」


 ここ最近の母の中では一番声が出ていた。

 それくらい母にとって納得の出来ないことだったというのか。


「でも、リーズをずっと傷付けて、エグモントを奪った俺に出来る精一杯がこの約束だったのです。だからリーズの気持ちを大切にしたいのです」

「もういいわ。もしも結婚してちゃんと王位を継がなかったら現の死者としてずっと付きまとってあげるわ。ジェラルドとリーズにね」

「何を言っているのですか……」

「あなた達が生きている限り一生付きまとってあげるわ。あなた達が幸せにならない限りよ。それが嫌なら、私がまだ生きているうちにお互いが納得してそんな不条理な条件ではなく正しく結婚しなさい。もしも私のほうが先に逝ってしまったら、喪に服さないといけなくなるから本当にリーズを手に入れられなくなるわよ。いいの?」

「……」


 言葉が返せなかった。

 母はきっと本当にそうする。

 現の死者として残り続けて、一人寂しく彷徨い続けることで俺にリーズを手に入れられなかったヘタレと責め続けるのだろう。

 本当に生涯付いて回られる。

 一度言いだしたら必ず最後までやり遂げる人なのだ。


「もう疲れたから寝るわ。ジェラルド、出ていきなさい」


 母は掛布を顔まで被って俺に出ていくように告げた。

 もう顔を出そうともしてくれない。

 俺はため息をつきながら、側にいた侍女にリーズのいる所に行くことを伝言で頼んだ。



*****



 リーズは、かつてバシュラール姉妹で使っていて今はリーズの専用となっているサロンにいた。

 どこまで伝えればいいのか散々悩んだが、母の病状については近いうちにリーズの耳にも入ることだと思ったので素直に説明した。

 そして、母の望みをリーズに伝えた。

 リーズと俺が結婚をして欲しいと言っていること。

 きっとリーズからは拒否されるのだろうという覚悟で言ったのに、リーズはそう言われたことを驚きもせずにあっさりと結婚を了承してくれた。

 俺にとってみたら、あまりの衝撃に、何がなんだか訳が分からなかった。


 戦没者追悼式以来、リーズのこれまでの巫女としての活動は、俺からするととても生き急いでいるように見えていた。

 何もかも、20歳になったら力が消えること前提で急いでやっているように見えたのだ。


 結婚を決断してくれたということは、まだリーズにとって現の死者との繋がりにやり残したことがあるということか。

 だから結婚し、俺と一夜を共にして力を維持することでラオネルの巫女としてまだ頑張りたいという現れなのか。

 それならば、王太子妃、ゆくゆくは王妃という立場にはなるが、そちらについては最低限でいいから、全力でリーズを護っていこう。

 そう思ったのに。


「最低限の中には、次代の王を産むことも考えておりますが構いませんか?」


 俺の心臓を破裂させるのではないのかというような爆弾発言。

 リーズの発言は、考えていたこととは全く違う、斜め上の方向すぎて。

 思いっきり翻弄させられた。

 どう返したらいいのか分からなくなった。

 リーズの責任感の強さには参る。

 参るけれども……リーズの言葉に勘違いしてしまいそうになる。

 リーズの真っ直ぐな微笑みを見ていたら、俺と結婚することをちゃんと望んでいるように見える。

 巫女だからとか、ちょうどいいからとかではなく、ちゃんと俺を見てくれているのではないかと。


 なあ、リーズ。

 俺は、幸せな勘違いをしてもいいのだろうか。


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