第46話 ローランの苦悩1(ローラン目線)

 父が領地から所用があるということでやってきた。

 王城に来る時には必ず俺よりも妹二人を優先する父が、珍しく俺に用があるということだった。

 騎士団詰所の来客用の応接部屋に父を誘導し、用事を聞くことになった。


「最近、リーズはどうだ?相変わらずか?」

「相変わらずとはどういうことですか?」

「エグモントと繋がって色々やってるのか?という意味だ」

「まぁ、そうですね。巫女としての仕事が基本的に現の死者と向き合うことなので、必要があればエグモントがそのサポートをしているみたいですよ。現の死者にサポートしてもらっているというのも変な話ですが」

「……そうか。」


 父は両手を膝の上に乗せて、下を向いてはぁとひとつため息をつく。

 リーズのことで何か悩んでいるというのだろうか。


「巫女の加護の力が発現してから、もう2年経つだろう?だから、なんだ。もうどうしていいのかわからんのだ。どうにかしてくれ、ローラン」


 よく見ると、父の目の下には隈が出来、小じわが増えている。

 屈強な体なのであまり分からなかったが、少し猫背になっている気がした。


「どうしたのですか?」

「どうもこうもあるか。毎日山程リーズに婚約の申し込みの手紙が領地に届いている。全部執事や侍従が処理しているが、あまりに多くて文句が耐えない。処理しきれん。そもそもリーズは巫女だぞ?いい加減相手を決めないと、俺では抑えきれない。それで……最近ジェラルド殿下もどうなんだ。リーズとの仲は相変わらずなのか?以前のような険悪な仲だと、さすがに無理だが、ローランは殿下についている護衛だろう?殿下の様子はどうなんだ」

「あー……そのことですか」


 今度は俺がため息をついた。

 父は、エグモントの死以降未だに相手を決めようともしないリーズに対して来る山程のお誘いの手紙に辟易としているのだった。

そういうことをとにかく煩わしく思う人なので仕方がない。

 バシュラール家の者として当然のことなのだが、父には向かないようだった。

 そもそもだが、当初はリーズとジェラルドをくっつけようと王家と共に図っていたのに、一度は諦めた過去があった。

 エグモントがこうなってしまった今、表立っては言い難いがリーズとジェラルドが運命だったと思わなければやっていられないとも以前に言っていた。

 けれども、その事をリーズに直接言うのは出来ないようだった。

 親というのは難しい。


「ローランも俺の立場になってみろ。巫女の婚姻相手がなかなか決まらないというのは胃が痛くなるほどのプレッシャーなんだぞ!」


 父の言うことも最もだった。

 貴族のご令嬢というのは、早くいい縁談相手を見つけなければ、条件のいい相手がどんどんいなくなる。

 それに加えて、巫女の相手というのは更にややこしいから仕方がない。

 自分も将来バシュラール家を継ぐ身として、覚悟をしておかなければならないこのプレッシャー。

 巫女でなければ外国に相手を求めることも出来るけれども、巫女はさすがにそれも出来ない。

 ベアトリスがジョシュと婚約をしている以上、リーズにも同等もしくはそれ以上の相手が求められる。

 それ以上の相手……

 つまり、もう本当にジェラルドだけだった。

 エグモントはリーズの想い人だったから、家格としてもギリギリ許可が出たというだけだったのだ。

 エグモントの死は、我が家にとってはそういう意味でも衝撃的な出来事だったとも言える。

 一度は決まった縁談がこのような形で無くなってしまい、次の相手選びも相当難しくなってしまったのだから。


「もしもジェラルド殿下が駄目だったらだれか候補がいるのでしょうか?」

「候補というかだな……あの東の大公がな……後妻に来ないかと」

「東の大公……?それって、もう60歳近いですよね?!父上よりも年上ですよね?!」

「仕方がないだろう?!大公はリーズの力を維持するために一肌脱いでやろうと言ってくれている。一度だけ関係を持てば、あとはリーズの好きにすればいいと。大公はしっかりした人だから、殿下が無理ならその方が巫女の加護の力を維持できるし、リーズも幸せではないかと思うのだが」


 ……疲れすぎて父の判断力が落ちている。

 父の言うことはたしかに最もなのかもしれないけれども、さすがにそれはリーズが可哀想ではないか。

 それに、もっと可哀想なのはジェラルドだ。

 言葉にはしないけれども、ジェラルドは未だにリーズしか見えていない。

 リーズのことを想い続けていることなど、毎日ジェラルドを間近で見ている俺には一目瞭然だった。

 それが、祖父と言ってもいいくらい年の離れた大公の後妻に入るなど知ったら、どうなってしまうのだろうか。

 下手したらこの国の未来に影響する。


「父上。俺に任せてもらえませんか?俺がなんとかします」


 もうリーズの気持ちを待っていられない。

 バシュラール家のためにも、この国の未来のためにも、ジェラルドのためにも、そして最終的にはリーズのためにも。



*****



 学校から帰ってきたばかりのジェラルドは、制服から着替えながら今日の予定を侍従に確認していた。

 俺はいつどのタイミングでこの話を切り出そうかと悩みながらジェラルドの部屋の端に佇んでいた。


「なぁ、ローランの時はどうだったか聞かせてほしいのだが」


 ジェラルドが先に話しかけてきた。

 突然だったので思わず姿勢を正す。


「なんでしょう?」

「ローランの卒業の時の卒業パーティーは、パートナーは絶対だったか?」


 卒業パーティー。

 それは、貴族学校卒業時、卒業式の夜に行われるパーティーのことだった。

 卒後は社交界にデビューする令息令嬢の最終仕上げともいうべき時間だ。

 卒業パーティーでは学校でも散々教え込まれた夜会マナーを総おさらいすることも兼ねている。

 その際にパートナーは必須で、婚約者や恋人がいればよいが、いなければ兄弟姉妹や親戚縁者を連れ立っていくこともある。

 俺は婚約者が既にいたので連れ立っていったが、エグモントはパートナーを決めるとややこしいからといって不参加だった。

 不参加が全くいない訳では無いが、基本的にはあまりいいこととはされていない。


「参加するのであればパートナーは必須ですね。パートナーを決めるとややこしいからといって、エグモントのように不参加を決め込んでいた者も全くいなかったわけではありませんが」

「そうか。不参加もいいのか。なら俺は不参加にする」

「え!ちょっと待ってください。さすがに生徒会長でもあり王太子である殿下が不参加は無理です!」

「何故だ。不参加もいいのだろう?」


 この人は……

 さすがにエグモントの時とは立場が違いすぎる。

 卒業生を代表するようなジェラルドが不参加などというのは学校側も困るのではないだろうか。


「立場上絶対に参加しなければなりません。パートナーは……リーズ、リーズはどうですか?」


 卒業パーティーのパートナー。

 リーズとのきっかけをここから作るのはちょうどいいのではないだろうか。

 ふとそう思い、提案してみる。

 ジェラルドの眉がピクリと動く。

 一瞬動きが止まり、それから俺の方をじっと見つめてきた。


「リーズは無理だろう。俺のパートナーなど務めてくれるわけがない。それに……俺からは言い難い」

「それでも、殿下が不参加は絶対に無理なので、リーズがちょうどいいと思います。あの、エグモントに頼みましょう。エグモントに説得して貰えればきっとリーズも出ます。俺からも声を掛けますので」

「エグモントに?それは……どうだろう」

「俺からも頼みますから!」


 ジェラルドは怪訝な顔をしていたが、リーズをパートナーにということについては否定する様子はなかった。

 それに、立場上本当に不参加は難しいとはジェラルド自身も思っていたようで、最終的には「エグモントに頼んでみよう」と言ってくれた。

 本来は俺からリーズに説得すべきなのかもしれないが、今のところ断られる未来しか見えない。

 断られたらそれ以上強く言える気がしない。

 結局俺も、父には強気に任せてくれとは言ったものの、父と同様にリーズに嫌われたくないという気持ちがどうしても付きまとっていることに心の中で苦笑した。


 それからはエグモントの空気を感じる度に、ジェラルドと共にリーズを説得してくれるように頼んでみた。

 時にはリーズがいる時にメモに書いてそれを見せて頼んだりもした。

 けれども、リーズから受け取るエグモントの返事は否定のものばかりだった。

 リーズ自身には、ベアトリスを通してそれとなく探りを入れてみたが、ベアトリス曰く絶対に無理!なのだそうだ。

 リーズの頭の中に、ジェラルドのパートナーとして卒業パーティーに出るなどというものは全くないようで、これだけ俺たちがエグモントに打診をしている事実もエグモントから聞いたこともないらしい。


 最近は、エグモントの気持ちがイマイチよく分からない。

 エグモントがリーズと婚約を結んだ当初は、リーズの婚約者としてふさわしくあろうとはしていたけれども、リーズに対する恋情は全く無く、妹のように思っていたのは俺でもわかった。

 実際、「僕のことは気にせず本当はジェラルド殿下との将来を考えて欲しいのだけれど」とぼやいているところまで聞いたことがある。

 それくらい、エグモント自身はリーズとジェラルドが結ばれて欲しいと思っていたはずなのだ。

 こうなってしまってから二年も経つが、エグモントはリーズとジェラルドが結ばれる未来を望んでいるという俺の予想は外れているというのだろうか。

 もう今は協力すらしてくれない。

 なにか心境の変化でもあったのだろうか。



*****



「ジル、俺は決めた。」

「何をですか?」


 ある日、ジェラルドの王城での執務室に訪れていたジョシュに、何かを思いついたように言い出した。


「今年は、卒業パーティーを中止にしよう」

「……は?どういうことですか?」

「だから言葉のままだ。卒業パーティーは中止だ。明日校長にもそう伝える。これは決定事項だ。俺の権限でそうする」

「いやいやいや!何言ってるんですか。これは学校行事ですよ?さすがにシャルの一存で決められるものではないです」

「中止と言ったら中止だ。もう決めた」


 いつも冷静沈着なジョシュが慌てふためいている。

 俺は俺でその場で卒倒しそうになった。

 あれだけ色々リーズを誘うためにやってきていたのに、うまくいかないからってその強硬手段はないだろう!

 こっちはまだ色々と作戦を考えていて必死なのに、そんな結論を出さないでくれ!

 ジョシュだって、突然そんな事を言われたら、そんな反応になっても仕方ない。

 今回のパートナーの件については、ジョシュもなんのことかまだ分かっていないだろうし。


「理由はなんですか?なぜ中止などと突然思ったんですか」

「俺のパートナー選びが難しいからだ。だからといって不参加ということは出来ないのだろう?だからパーティーは中止にする。そうすれば根本的に解決だ」

「根本的に大間違いです!」


 ジョシュが呆気にとられながら珍しく大声を上げた。

 俺はジョシュに申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、部屋の端で小さくなっていた。


 今回の作戦はすべて俺のミスな気がしてきていた。

 エグモントに頼んだことが最初から判断ミスだったのかもしれない。

 余計に拗れさせている気がする。

 全て最初からリーズに俺が嫌われるのを怖がらずに説得するように働きかけていればよかったのではないか。

 大反省だった。

 心の中で、ピリピリしているジョシュへ謝罪を繰り返す。


 結局、パートナーの件についてはジョシュも一緒に説得してくれた。

 おかげでリーズも仕方がないと折れてくれた。

 ものすごく遠回りをした気もする。

 最初からジョシュに頼むのが一番だったのではないか。

 何もかも作戦ミスだ。


 それはそれとして、今回の件でエグモントのことが本格的によくわからなくなってきた。

 これからリーズとエグモントの関係性をどうしていくのが正解なのか。

 考えれば考えるほど思考が泥沼にハマっていく。

 元婚約者の現の死者と繋がる妹なんて、今まで例がないからどうしたらいいのかさっぱりわからない。


 それでも、色々と懸念事項はあれども、これで卒業パーティーのパートナー選びはなんとかなった。

 さあ、ここからなんとかリーズとジェラルドを繋げるために、もうひと踏ん張りだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る