第44話 年上の余裕って

 初めてリーズと会ってから1年が経った。

 ジョシュだけ愛称呼びをしているのは何故かと聞いたら、深い意味はないけれど、愛称で呼ぶ方が仲良さそうでしょう?とリーズが笑った。

 それもあり、俺のこともシャルと呼ぶと2人に決められた。

 シャルと呼ぶのはこの2人だけだ。

 なんだか不思議な気分だった。

 これが友達というものなのか。


 リーズとは、共に様々な勉強をすることになった。

 大抵そこにはジョシュも一緒に学びにやってくる。

 ジョシュはすでに自宅で幼い頃から勉学に励んでいたそうで、俺たちが学ぶことについては既に先取りでやっているようだった。

 リーズも飲み込みが早いほうですらすらと問題を解いていく。

 どうやら俺が一番覚えが悪い。

 年上なのに、体が小さいだけではなく勉強も出来が悪いってどういうことだ。

 おかげで何となくイライラして、いつも当たり散らしてしまう自分にも嫌気が差した。

 明らかにリーズもジョシュも俺のそういう態度に呆れているし、時には怒っている感じもしたのに、感情が止められない。


「勉強が中断されるから、やる気がないなら出て行ってもいいのよ」

「やる気がないわけじゃない、こんな勉強くだらないと言っているんだ」

「それをやる気がないというのだと思うけれど。シャル、もう少し僕たちに勉強させてくれないかな?」


 リーズとジョシュが俺に出ていけと言ってくる。

 二人は共闘してこうして勉強の場から俺を追い出そうといつもしてくる気がする。結局二人でやりたいだけなんだろう。俺は邪魔者なのだ。邪魔者なら邪魔者で徹底的に邪魔し続けてやる。


 座学はイライラしかしないが、マナー講習の時にはいつもリーズの所作に見惚れてしまった。

 彼女はひとつひとつの動きがとてもキレイだ。

 せめて俺もそれくらいはと思い、少し胸を張って頑張ってみる。

 先生にも褒められることも多いが、体の小ささからリーズが隣に並んでいても全く似合わない。

 ジョシュとリーズが並んでいるとあんなにバランスが良いのに。

 

 リーズには兄と妹がいるそうだ。

 兄のローランは、現在王都の貴族学校に通っており、時々リーズのところに顔を出しているようで俺とも顔を合わせることがあった。

 リーズに似た顔立ちをしているが、あのたくましい父親に似ているのかかなり体も鍛えていて、なんでも剣術には相当自信があるとか。

 俺よりも6歳年上らしい。

 何度か話したけれども、気さくに接してくれ、俺が割と無茶なことを言っても笑ってやり過ごしてくれる良いやつだった。

 これが年上の余裕というやつか。

 ローランを見習って、リーズやジョシュに対して年上の余裕を見せるにはどうしたら良いのだろうか。

 とにかくリーズとジョシュが仲良くなりすぎるのが気に入らないから、二人の仲をどうにかしたい。

 リーズの気をこっちに持ってこさせるにはどうしたら良いのだろうか。

 けれども、気を引こうとすればするほど、余裕の態度を見せようとすればするほど、どうやらリーズにとってはそれが違うようであからさまに怒らせてしまう。

 一体何が違うというのだろう……


 ローランが近衛騎士団の所属になった。

 ローランの同期でキルシュネライト侯爵家のエグモントという、ものすごく出来る男も一緒に近衛に配属になったらしい。

 これはかなり異例のことで、二人が相当優秀だということは分かったのだが、このエグモントとかいうやつが曲者だった。

 ローランの親友だとかで、いきなりリーズに近付いていく様子があった。

 リーズもリーズで、ローランの親友だからといって気を許し過ぎだろう!

 なんだか腹が立ったので、リーズに注意するように伝えるが、いまいち俺の忠告は伝わらなかったようだった。



*****



 12歳になって、俺は貴族学校へ通い出した。

 次の年には、リーズやジョシュも貴族学校へ通い出す。

 入学後は、俺は生徒会に所属し忙しない生活となっていた。

 今まで王城でリーズやジョシュと学んでいた学問については、今後基礎的な学問については学校で学ぶようにとのことで、王城では王太子としての学問に特化することとなった。

 この頃になると、ジョシュは宰相閣下のもとでその仕事を学びながらついていることが殆どで、リーズは淑女教育や巫女教育が中心となった。

 おかげで、王城で一緒に学ぶことも殆ど無くなっていた。


 リーズの妹のベアトリスもリーズより2年遅れで王城に来ている。

 当初はリーズとジョシュがそういう仲なのかと思っていたが、ジョシュはベアトリスのことをあからさまに溺愛していてそちらと婚約を結ぶことになりそうだった。

 それならリーズは俺のものか?と思っていたら、リーズはリーズでエグモントに熱を上げていた。

 俺の身長はだいぶ伸びて、リーズよりも背が高くなったのに、リーズは俺の方を見ない。

 むしろ年々会話も減ってきていて、接点が減ってきた。

 これはどういうことなんだ!

 リーズは俺の相手じゃなかったのか?なんだかおかしくないか?


 そんなリーズとの唯一の接点ともいうべき時間は、ダンスの練習だった。

 正直ダンスなんて興味のかけらもないが、リーズと接することが出来る数少ない時間なので、俺の中ではこの時間を大切にしていた。

 それを表立って言う事は絶対にないけれど。


「はい。では今日もワルツのステップを練習しましょうか。殿下、リーズの手を取ってホールドしてあげてください」


 ダンスの教師が三拍子に手を叩きながら俺たちを促す。

 リーズの右手を取り、左手を背中に回す。


「リーズ、絶対に足を踏むなよ!俺の足についてくればいいだけだからな!」

「殿下こそ遅れないように気をつけてくださいね」


 リーズよりも少し背が高くなった俺は、そろそろバランス的にもちょうどいいんじゃないだろうか。

 リーズは背中をピンと張り、俺の方を上目遣いにじっと見つめてくる。

 リーズの深藍色の瞳に見られると、身動きが出来なくなるような気がしてしまう。

 いつもそうだった。

 おかげで教師の手拍子のリズムに遅れてしまう。

 リーズがキッと俺を睨みつける。

 そんな顔までかわいいと思ってしまう俺は相当重症なんじゃないかと思ってしまう。


「殿下、遅れています」


 ぼそぼそっとリーズが言ってくる。


「そんなことはない。俺の足に合わせろ、リーズ」

「無理です。だって違いますもの」


 リーズが無理やり俺のリズムを正そうとするから、足が余計に混乱してしまう。

 そうなるとしっかりとホールドしていた手の力も緩んでしまい、そばに寄っていたリーズがバランスを崩しそうになる。


「殿下!支えてあげてください」


 教師から声が上がる。

 最悪だ。

 リーズを転ばせそうになってしまった。

 俺はぱっと手を離すと、リーズが一歩後ずさる。


「今日はエグモント様も見ているのに、いいところを見せられなかった……」


 リーズが下向きに呟いた。

 そうだった、今日はエグモントが俺の護衛だった。部屋の隅で待機するエグモントを見ると、じっとこちらを無感情に見つめているようだった。リーズが張り切っていたのもエグモントが居たからか。また心の中がささくれだっていく。


「もういい。今日は終わりだ!」


 俺は一言残すと、練習をしていたホールを後にした。

 後ろからエグモントが追いかけてくる。


「殿下、よろしかったのですか?リーズ嬢びっくりしていましたよ?」

「放っておけ!リーズがリズムを崩すから悪い」


 ずんずんと廊下を自室に向かって歩く。

 リーズが悪いわけない。

 俺が悪い。

 そんな事はわかっている。

 けれどこの苛立ちを抑えられずにリーズに当たってしまった。

 自室につくなり、ソファにどかっと座り込む。エグモントはドアを締めてこちらにやってきた。


「殿下。リーズ嬢になにか伝言でもあればお伝えしますよ。きっと驚かれていると思うので、一言お伝えしたほうが良いかと思います」

「いらん」

「そう言わずに。今日は調子が悪かったのでまた後日改めて練習にお付き合いくださいとお伝えしてもいいですか?」

「……勝手にしろ」


 エグモントは、俺のむちゃくちゃを分かっていながらそうやって俺の評価を下げないように対処法を促してくれる。

 この年上の余裕は何なんだ。

 俺が逆の立場なら、王太子になど付き合っていられるか!と匙を投げているところだ。

 けれどもエグモントは俺の悪いところをたしなめながら、最善の対処法でいつでも対処してくれた。



*****



 エグモントにカードゲームを教えてもらった。

 カードゲームのコツは、相手に悟られないような態度をとることなのだそうだ。

 確かにいい手が揃った時にあからさまにいい顔をしていたら降りられてしまうし、逆にどうにもならない手の時に残念な顔をしていたら思いっきり勝負に来られてしまうだろう。

 どれだけ相手をうまく欺けるかがポイントだ。

 その点エグモントはものすごく上手かった。

 いつも完璧に自分のカードを表情で偽装する。

 俺も最初はものすごく表情に出ていたみたいだけれども、毎日のようにエグモントと練習をしていたらそれが出来るようになってきていた。


 カードゲームで時々エグモントに勝つことも出来るようになって、少し年上の余裕というやつが分かってきたような気がした頃。

 廊下を歩くバシュラール姉妹の声が聞こえてきた。


「お姉様こそ。もうエグモント様と婚約だなんてビックリですわ!」


 ベアトリスの声。

 リーズが、エグモントと婚約?空耳じゃないか?

 頭がグラグラする。

 リーズは俺と婚約するんじゃなかったのか?

 どうしてだ?


 いや……

 リーズはエグモントにわかりやすく好意を向けていた。

 ラオネルの巫女というのは、望めば何でも叶うというのか。

 二人に声を掛けて確認すると、どうやら婚約は事実のようだった。

 思わずリーズに嫌味をぶちまける。

 そしてまた、呆れられる。

 望めば何でも叶うラオネルの巫女。

 王太子である俺よりもずっとこの国にとって大切な存在だろう。

 俺には代わりはいるけれど、リーズの代わりはいないのだから当然だ。


「シャル?どうかしましたか?」


 廊下をどかどかと歩いていると、前方からジョシュが、父であるヴィオネ宰相と歩いてきた。


「殿下、なにやら怖い顔をしてどうかされましたか?」


 宰相が話しかけてくる。思わず睨みつける。

 リーズとエグモントの婚約なんて、宰相が一枚噛んでいるに違いない。


「リーズとエグモントが婚約したそうだ」


 思わず宰相を睨みつけながら、ぼそっと呟く。

 宰相は俺を見て、一瞬動きが止まるが、すぐに笑顔を作り俺の前で跪く。

 隣でジョシュは目を丸くして驚いていた。

 ジョシュにとっても衝撃の出来事だったのかもしれない。


「そうですね。国王陛下からの勅命で、キルシュネライト侯爵家のエグモントと、バシュラール辺境伯家のリーズ嬢が婚約を結ぶことになりました。当初は殿下とリーズ嬢の婚約を陛下は考えられていたようですが、殿下とリーズ嬢のお気持ちを考慮して、こういう運びとなりました」

「俺の気持ちってなんだ!」

「殿下は、リーズ嬢に対していつもイライラされているようでしたので、あまり相性が良くないのだろうという判断です。殿下の婚約、結婚ともなりますと、国民に夫婦仲がいいことをアピールせねばなりません。仲がいいというのが最低限の基準ですが、お二人の様子からはなかなか難しいと陛下も思われていたようです。リーズ嬢は、ラオネルの巫女ですので、なるべく早くお相手を決めなければならなかったため、エグモントがちょうどいいということに決まりました。あの二人はそういう事となりましたが、きっと殿下にもお似合いのお相手が見つかると思いますよ」


 宰相が笑顔のまま淡々と俺に話しかけてくる。

 俺とリーズは相性が悪いと思われていたということなのか?

 そこまで仲が悪そうに見えていたのか?!


 俺は、俺は……


 リーズを前にすると、いつも余裕がなくなる。

 リーズの顔を見ていると、心の中がざわめいてどうしようもなくなって、それを変に隠そうとすることで余計にリーズを怒らせる。

 何をしてもジョシュにもエグモントにも勝てない自分では、リーズに好いてもらえないとずっと劣等感を抱いている……

 ただでさえリーズとは喧嘩ばかりなのに、こんな自分では、ラオネルの巫女であるリーズの相手になど選んでもらえる訳がなかった。

 自業自得だった。

 改めてその事実を突きつけられて、頭の中が真っ白になった。



*****



 エグモントは、護衛に来てもいつも通りだった。

 特に何も変わりなく、全く今まで通りだ。

 こうしてみていると、リーズがエグモントを好きになるのも分かる気がする。

 エグモントは男の俺から見てもかっこいい。

 ものすごく強いのに、物腰穏やかで人当たりがよく、知識も豊富だ。

 見た目も精悍な顔立ちでなかなか整っている方じゃないだろうか。

 リーズの婚約者となったエグモントだが、悔しいけれどエグモントを嫌いにはなれなかった。

 むしろ、護衛の中でも俺の一番の理解者であるエグモントのことは、男の俺でも憧れる。


 俺は、エグモントが発している年上の余裕を見て学ぶことにした。

 まずはエグモントのことをもっと知る必要がある。

 色々と聞いていると、社交倶楽部とやらに出入りしているらしい。

 そこでカードゲームを鍛えたから、こんなにカードゲームが強いのだとか。

 とりあえず、カードゲームの腕試しを兼ねて社交倶楽部に連れて行ってもらおう。

 連れて行ってくれとエグモントに頼むが、拒否される。

 まだ年齢的に俺が行けるような場所ではないらしい。

 それに立場がある人が行くようなところじゃないとか言ってくる。

 それに関してはエグモントだって大概だと思うのだがな。


 何度も頼むがなかなか折れてくれない。

 仕方がないので父に手紙を書き、許可を出してくれるように頼むとふたつ返事で許可が出た。

 父は俺に対して甘い。

 最近はなるべく頼らないようにしていたが、こういう時は利用しても良いだろう!



*****



 社交倶楽部は独特の雰囲気で、正に大人の世界だった。

 暗めの店内はアルコールとタバコの匂いに加えて、様々な香水の香りがした。

 身なりの良い男性達が、まだ昼間だというのにお酒を飲みながら話をしたり、ビリヤードやカードゲームなどをしている。

 何人か女性もいるようだが、必ず男性が連れ立っていた。

 少し露出が高い女性もいる不思議な場所だった。


 エグモントの知り合いがカードゲームに誘ってくれた。

 変装はしてきていたが、ちゃんとそれなりの年齢に見えているようだったので少し安心する。


 あぁ、そうだ。

 エグモントに少しお願いをすることにしよう。

 今俺が意識している年上の余裕をリーズに見せつけてみたい。

 リーズはもうエグモントの婚約者ではあるけれども、今までの俺とは一味違うんだぞというところを知ってほしい。

 諦めが悪いと言われるかもしれないけれども、それでもリーズには分かって欲しかった。

 だから、リーズの時間を少し分けてもらうことを賭けにしても良いのではないだろうか。

 そして、この約束を持ってして、リーズへの想いに蹴りをつけよう。

 出来る、多分出来る。

 いや、しなければならない。

 苦しくても、悔しくても、リーズが俺のところに来ることなんてきっとない。

 だから、諦めなければならないんだ。

 俺の提案にエグモントは驚いていたようだが、きっちりゲームに勝つとニコリと笑ってくれたのできっと聞いてくれるだろう。



*****



 社交倶楽部を後にする。

 このような場でカードゲームの実力が通用したことだけでなく、賭けにも勝ったことでなんとなく気分が高揚していた。

 おかげで足取りが軽くなる。

 フワフワとした気持ちのところに、突然見知らぬ輩に囲まれた。

 あまりに突然だったのに、何がなんだか分からないうちにエグモントがあっという間にそいつらを一掃して縛り上げ、警備隊へ引き渡していた。

 本当に一瞬の出来事で、俺は何もすることが出来ずにただ佇んでいた。

 颯爽とそいつらを倒すエグモントが美しすぎて、目を奪われた。

 けれどもあまりの驚きで、腰を抜かしそうにもなって立っているのがやっとだった。

 俺は、騎士課程ではないながらも、剣術の授業には出ていて体も鍛えている。

 運動は苦手だったけれども、頑張ってそれを克服してそれなりにいい成績を取っているつもりだ。

 あんな無闇矢鱈に襲いかかってくるやつの攻撃など、余裕で避けられると思ったのに、実際に目の前にしたら何も出来なかった。

 それをあっという間に倒したエグモント。

 強い強いとは聞いていたけれども、本当に強かった。

 実戦など初めて見たからあまりに衝撃的で、年上の余裕どころか何も出来ない俺をしっかりと護ってくれたエグモント。

 全てにおいてエグモントに勝てる気が全くしなくなった。


 俺がエグモントになんて、勝てるわけがない。

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