第10話 加護の力の使い方2

『わたしには8歳になる娘がいるのですが、夫は5年ほど前に病で先立ってしまったので、わたしひとりで育てていました』

「それは……大変ご苦労されたのですね」


 8歳の娘さんを置いて先に逝ってしまったとなったらそれはものすごく心残りだろう。


『はい。わたしがまだ存命の間は、娘はわたしの仕事の最中この宿の片隅で静かに過ごしていました。その間も、娘はここの仲間にもかわいがられておりましたし、元々物静かな子ですのでおとなしくしておりました。ところがある時、娘の身体に不可解な痣があることに気が付きました。本人は転んだとかぶつけたと言っていましたが、どうにもおかしいと思い、よくよく話を聞いてみると、泣きながらここのコックに殴られたというのです……』

「えぇ?!まだ小さな娘さんにそんなこと……」

『最初は娘の言うことに驚かされました。彼は特にそういった人には到底思えなかったので、突然何を言い出すのだろうと信じがたかったのです。けれども娘の身体には明らかに違和感のある痣があるので、娘の様子を隠れて見ていたら……』


 彼女は俯いて言葉が止まる。


「現場を見られた、のでしょうか?」


 彼女はうつむきながら、小さく頷きながら何も言えなくなっていた。

 

『あまりにショックでしたが、なんとかしなければならないと思い、コックを呼び出してその事実を明らかにしようと思いました。わたしがその事実を彼に尋ねると、逆に激昂しわたしを罵ってきました。確かにわたしは仕事ばかりであまりいい母ではなかったかもしれません。けれど仕事をしなければ娘を養うことも出来ません。それに、わたしたち親子の事情に関係のない彼が、わたしの娘に暴行を働いていいという言い訳にもなりません。そこで押し問答となったのですが、突き飛ばされたわたしは、そこにあった大きな棚に頭を打ち、意識を失ったと思ったら、こんな状態になっていました。どうやら打ちどころが悪かったようで死んでしまったようです……』


 なんとも悲しい結末だった。

 事故だったといえば事故だったのかもしれないが、結果としてコックは彼女の死の原因を作ってまでいるではないか。

 というかこれって事故なの?事故で片付けていいの?


「そ、それで、今娘さんは……」

『今はこの宿の女将さんに保護されています。けれどコックがした所業は誰も知りません。娘も今は隠しているようです。そして、コックが娘を引き取るという話をしだしているようなのです。なぜかわたしがコックと再婚をする約束をしていたと女将さんに言い出していて、女将さんもそれならと了承してしまいそうなのです。なんとかそれを阻止したく、ここでどうにか出来ないかと思案していたところでした』


 彼女は話をしている最中ずっと俯いたままだった。

 自身がここにいても何も出来ない無力感を味わっていたということなのだろう。

 こんな状態で、この世から早く未練を断ち切って次の生に向かって行ってくださいだなんて口が裂けても言えない。


「本当に大変だったのですね……娘さんの今後が心配ですよね」

『はい……わたしがこうなってしまったので、娘を守るものがもういません。けれども、この国の孤児院には期待が持てます。国がしっかりとサポートしてくれているので、きちんと学ばせて礼儀を身に付けさせて、そして仕事につくまで面倒を見てくれる。孤児院育ちの子供達の評判もとてもいいです。なので、娘を孤児院に預かってもらいたいと思っています。せめてそこまで、娘を見守りたいのです。まずはあの男から娘を離さなければ……』


 過去に、わたしがジョシュに提案した孤児院のサポートの充実化がこのような形で役に立っているとは思わなかった。

 孤児院育ちの子供達は、このような小さな村にまで噂が飛び交うほど評判がいいのか。

 親を亡くした子供たちが健やかに育つことが出来る環境が出来ていることにすこしホッとした。


「わたしに任せてください。わたしが娘さんを助け出します」

『えぇ?お嬢様にそのような事をおまかせするなんてとんでもないです』

「いえ、きっとこれがわたしの仕事です。あなたのような現の死者と話が出来るというような巫女の加護の力をこのような時に生かさないでなにがラオネルの巫女でしょうか」

『いったいどうやって……』


 確かに、どうするのが一番いいか。やはり絶対にしなければならないことは。


「まずは証拠ですわね」


 今は夜なので、娘さんは女将さんの部屋で寝泊まりしているとのことだった。

 ひとまず、わたしは侍女と護衛に明日1泊延ばすように手続きするようお願いした。

 事情を聞かれたので、ふたりには説明して協力をしてもらうこととした。

 ふたりともまだわたしのこの巫女の加護の力をにわかに信じがたいと思っているようだったが、一応ここでは一番年下とはいえども身分は上なので協力することには頷いてくれた。

 娘さんの方はというと、昼間は基本的に使用人室か裏庭の方にいるらしい。

 コックからの暴行は裏庭にいる時に見かけたそうだが、それが全てかどうかは分からないとのこと。

 証拠、というか、この宿の外部の者であるわたしがその暴行現場に居合わせればそれが証拠となる。

 明日それが起こるかどうかはわからないけれど、絶対に娘さんに危害が与えられないようにしながらその現場を押さえないと。

 色々と考えていたら、湯浴みの準備が済んだということなのでお風呂に入り、明日に備えることとした。



*****



 翌朝。

 現の死者になってしまった母親と娘さんのことを考えていたら、あまり良く眠れなかった。

 朝食をいただきながらため息をつく。

 この朝食も例のコックが作ったのか。

 悔しいが美味しいじゃない。

 こんな料理を作る人が、本当に小さな子供に暴行などしたのだろうか。

 そして今日中に、そんなコックの所業を押さえられるだろうか。

 さすがに何日もわたしたちの滞在日数を延ばせないから、1日でなんとかしたい。


『リーズ、おはよう』


 部屋で一人今日のことを考えていたら、声を掛けられた。


「エグモント様……おはようございます」

『どうかした?なんだか眠れなかったみたいな顔をしているね?』

「え!分かりますか?」

『ほら、隈ができている』


 エグモントは、そっとわたしの目の下に触れようと手を伸ばしたが、あと少しで触れそうなところで手を止めて寂しそうに笑った。

 あぁ、触れることは無理ですものね。


「エグモント様にご協力願えないかしら」

『協力?何かあったのかい?』

「実は、昨日エグモント様以外の現の死者と会って。その方の願いをなんとかしてあげたいと思うのです」


 エグモントに昨夜の出来事を説明した。

 わたしがどうしたいか、彼女が何を望んでいるかも含めて。

 エグモントは終始うんうんと首を振りながらわたしの話を聞いてくれた。


『なるほど。娘さんをその男から救って、孤児院に行かせたいということだね?』

「ええ。そうなんです。彼女もそれを望んでいますし、わたしもそれが一番いいと思っています」

『娘さんのことだけで言うならば、多分、リーズが女将さんにそれを申し出るだけで、娘さんを連れて行くことは可能かもしれないよ?女将さんならなんとかしてくれるかもしれないし、相談してみるのもひとつだよ』

「それも考えたのですが、それですとコックを裁けないではないですか。彼女は、そのコックに命を奪われたのですよ。また同じような事件が起こらないとも限りませんし。それに、現の死者と話をしたからといって誰が信じてくれるでしょうか。いくら顔見知りの常連客だからといって、わたしの巫女の加護の力が公になっていない以上、こんな話信じてもらえるか分かりません」


 エグモントは少しの間腕を組んで考えていた。

 そして、顔をあげると、ニコッと微笑んだ。


『それなら作戦だ。そうだね。まずは、リーズが食べたいからといってコックにお菓子でも作ってもらおうか。それで、それを娘さんに分けてあげよう。そうしたら僕が娘さんのことをずっと見守っているから、リーズは部屋で待機していて。きっとコックは娘さんのところに来るよ。お客様からお菓子をもらうとは何事だっていってね。来たらすぐにリーズを呼ぶから、侍女と護衛と一緒に娘さんを助けに来るんだ』


 なるほど。

 わたしに頼まれてコックが作ったお菓子を娘さんが分けてもらったなどといったら、コックは激昂するかもしれない。

 そうしたら、今日その現場を抑えることが出来るかもしれない。

 あくまでかもしれないだけれど。


「もしも、現場を押さえられなかったら?」

『その時は、女将さんにいってリーズが娘さんを孤児院に連れて行ってあげるんだ。だからチャンスは1回だけ。1回でだめなら証拠も今更見つけられそうにないし、コックの悪事を裁くのは後日にしよう』

「後日……ですか?」

『そう、後日。まずは神殿でリーズの力を認めてもらい、その力の使い方としてこういうことが出来るんだっていうのを周りの人たちに分かってもらえたら、コックの悪事も裁けるかもしれないからね。ただ、母親については証拠が全くないから、コックの罪が認められるかはわからない。そもそも現の死者の言葉が絶対だとも限らないわけだからね』


 確かにわたしの力が正式に認められれば、ここで現の死者と話ししたことも明らかにしやすくなるし、信じてもらいやすくなるだろう。

 正式に認められる前の今は、わたしの力のことをここで明らかにしても、妄想激しい変人扱いされるのが関の山かもしれない。


 そうと決まれば早速決行!

 侍女と一緒に厨房の方へ顔を出してみる。

 後ろからエグモントも付いてきてくれた。


「失礼いたしますわ」


 そこにいたコックがこちらを見て目を丸くする。

 30代半ばくらいの、温厚そうな雰囲気の男性だった。

 たしかに今の雰囲気だけ見たら、この人が暴行事件を起こす?と疑問に思えるような人だった。


「お嬢様!おはようございます。朝食はお気に召しませんでしたか?」

「いいえ。とても美味しくいただきました。ごちそうさまでした。実は、昨日の馬車旅で疲れてしまって。本当は今日出発する予定だったのですが、出発を1日延ばすことにしましたの。少しゆっくり過ごしたいので、なにか甘いものをいただきたいからお願いできないかしら?」


 できるだけ丁寧に、子供がおねだりするように甘えた声で伝えてみた。

 コックはニコリと笑い、「喜んで!出来上がったらお声を掛けさせていただきます」と了承してくれた。

まずは第一関門突破ね!横にいてくれたエグモントを見ると、うんうんと頷いてくれていた。

どうやらエグモントとしてもわたしのおねだりはうまくやれていたという評価のようだ。


 2時間ほどすると、焼き菓子が焼けたという報告を侍女がしてきてくれた。

本来ならば侍女だけが取りに行けば良いのだが、今日はわたしも一緒に行く。


 厨房に近付くと甘くて香ばしい香りが漂っていた。

 顔を出すと、本日2回目のコックの驚き顔に出会うこととなった。


「お嬢様!わざわざ来ていただいたのですか?」

「ええ。とってもいい匂いがするし、焼けたところを見てみたかったの」

「そうですか。甘いものをということでしたので、クッキーとマドレーヌを焼かせていただきました」


 焼き上がってバスケットに入れられたクッキーとマドレーヌは、素朴な形をしていながらも焼き加減も絶妙でとても美味しそうに見えた。


「まぁ。お料理だけでなくお菓子もこんなにおいしそう。作ってくださってありがとうございます」

「いえいえ。これくらいしか取り柄はないもので……」


 謙遜しながらも誇らしげだ。

 喋れば喋るほど、本当に小さな子に暴行を与えるような人なのか疑問に思えてくる。


「しかもとってもたくさん。わたしがいくら甘いものが好きだからといって一度に食べ切れる量ではないわね。むしろこんなに食べたら太っちゃうわ」

「お嬢様はまだ成長期ですし、多少は大丈夫ですよ。お気に召されたのであれば、数日は日持ちがしますので持っていかれますか?」

「それも嬉しいのだけれど。あぁ!そういえば、こちらには小さな女の子がいなかったかしら?彼女にも分けてあげてもいいかしら?」


 コックの眉尻がピクリと動く。

 一瞬表情が曇ったように見えた。

 この表情はどう読み取ったらいいのだろう。

 嘘を隠しているような顔の気もするが、宿の子にお客向けの品を渡すなんてもっての外だと思っているだけなのかもしれない。


「確かに女の子はいますが、彼女は先日母親を亡くしたところでして。まだ幼い身でそのような出来事が起こってしまったので、かなりショックを受けておりますのでお会いするのは難しいかと」

「まぁ、そんなことが……それは、大変だったのですね」

「はい。不慮の事故でした。俺も……あ、砕けた言葉ですいません。実は母親の方と結婚を約束する仲だったので……残念でなりません」


 そういってコックは頭を垂れた。


『ふざけないでよ!何を嘘ついているのよ!そんな約束したことも、そんな仲だったこともないじゃない!!!お前なんか好きになんてなるわけない!!このDVクズ野郎が!』


 え?

 後ろを振り返ると、すぐそこには目を吊り上げて怒鳴っている母親がいた。

 いつの間にやら付いてきていたようだった。

 思わずちょっと静かに!といいそうになったが、この声はわたししか聞こえていないし、ここに母親がいることはわたししか分からない。

 母親はプルプルと震えて我慢ならないという態度ではいたが、わたしはそれに気が付かないふりをして前を向き直した。


「もしかして、いつも笑顔を見せてくれていたあの赤毛の方ですか?」

「ご存知ですか?」


 コックはわたしの方を向き直して少し驚いたような顔をした。


「ええ。ここには何度もお世話になっておりますもの。本当に、色々と大変だったのですね」

「はい。そんな訳なので、大変残念ではありますが、子供の方はお気になさらずお寛ぎください」


 コックは侍女にお菓子の入ったバスケットを渡すと、厨房の奥の方へ行ってしまった。


「お嬢様、どうされますか?」


 侍女が不安げにわたしに尋ねてくる。

 母親の方は母親の方で、怒りと悔しさで溢れているようで、未だにギャーギャー騒いでいる……困ったな。


「ここでこうしていても仕方ないし、行きましょう?」


 侍女を促してとりあえずここから立ち去ることにした。

 廊下を進みながら、母親の方を向いて小さな声で尋ねてみた。


「娘さんが今どこにいるか分かるかしら?」


 怒りで罵詈雑言を吐き出しながらも付いてきていた母親は、自分に話しかけられるとは思ってもみなかったようでビクッとした。

 彼女は、生きている者たちには見えないし聞こえないけれど訴え続けていたのだろう。

 今、わたしがあなたのことを見えているということ忘れていたでしょう?

 ずっと見えていましたからね!という目線を彼女に投げてみると、赤毛の母親はすこし頬を赤らめて楚々と姿勢を正した。


『え、えぇと』


 赤毛の母親は、一度目を閉じると一瞬消える。

 時間にして5秒程度だろうか。

 どこへ行ってしまったのだろうと思っている瞬間にすぐに戻ってきた。


『裏庭にいました』


 娘さんの居場所を探しに行っていたのか。

 こんな一瞬で。

 現の死者、やっぱり便利だな、なんて思わず感心する。


「では、お庭の方に行ってみましょう」


 さぁ。娘さんに会いに行こう。

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