第5話 カッパをどんどんワープさせて何すんだよ

向こう岸のカッパの吾助氏は在宅であり、幸運なことに彼も覚えていたようで「ハイハイハイハイどうもどうも」と家にあげようとする。


「や、挨拶かねてちょっと話ししたいだけなんで」


ヒラは先ほどのこともあって警戒気味だ。私も戸の隙間から家内をのぞき見る。まずいかもしれない、玄関口にレースが掛かった電話と神道的な御札と聖書とタウンページのコーナーがある。


「クロスさん、こりゃちゃんぽん神カッパ集落だ」

「奥にゃ仏壇も確実にあるだろうしなあ」


ぼそぼそ話していると、


「あんちゃ!相撲せんと?」

「相撲……!」


ポケモントレーナーみたいな感じで相撲バトルを挑まれるシステムが組まれているのだろうか。


「ちょっと付き合わんね、勝ったらほら、黄桜のあるけん」

「いや、今日は飲みはちょっと」

「あーん、車ね。ま、しょんなか。スイカのあるばってん」

「ちょっと体調悪くて、すいませんけどまた今度にしてもらったら」

「しょんなかね」


断れるではないか。


「吾助さん、魔界に転送された時はどのあたりで、どんな感じでした」

「あー、アレはね、夜やったかなあ、酔っ払いよってねえ、へへ」


上の方を向きながら、これは覚えていないパターンだ。


「まあこの辺、近所やろね、家に帰りよう時よ。いい気分でね、歩いとって、気付いたら山ん中に出とった。ここも山やけどね、へへへ」


近所ということでやはり場所はばらけた。それ以外は酔いどれなので大して情報がなさそうだ。


「他にも魔界に行っちゃった河童ご存じですか?」

「色々おるよ、橋下の三平やら、公務員やっとる信吉やら、兵太んとこの嫁のスミレなら家に居っちゃなかか?」

「あたし電話掛けようか?」


と奥から連れ合いのようなカッパが現れ例のコーナーからレースの電話を掛け始める。ヒラが「わざわざ悪いですう」と様式的なことを言いながら電話を待つ。


「スミレちゃんよかよ〜って」

「わぁありがとうございますぅ!」

「行くんやったらこれ持ってって、これあなたたち食べていいけん、これも」


と何か色々、スイカと紙袋に入った最中とかカステラ巻きとか、スーパーで買ってきた感じのパックに入った団子とかかりんとう饅頭だかなんだかをどんどん渡される。


「夏休みを感じる」


我々にそんな夏休みはなかっただろうに。


***


さらに川下の方に行って兵太んとこの嫁であるところのスミレさんのところへお邪魔する。


開いた戸口に髪(?)の長いカッパが現れる。先ほどまでのカッパたちと比べると少し化粧をしていること、薄手のシミーズ的な衣類から女性であると私にもさすがに察せられる様子だ。玄関口に色々写真が飾ってあり、アイコニックな海中の鳥居が見える浜辺でふたりのカッパが立つ写真やら、夕日の海辺でふたりのカッパが立つ写真やら。カッパも旅行をするのだ。


「あのこれ、吾助さんとこから」


とスイカ諸々を渡すと「あらあ」と受け取って「お茶しましょうか?スイカ切って」と自然な流れで上げられそうになるのでやはり嫌な予感からなんとかして断る。


クロスはヒラに聞いといて、と言って玄関口を離れて周りを見回りはじめた。何か気になるものがあったか。


「変なこと?思い当たらないけどねえ、あんまり参考にならなくってゴメンね」

「いいえとんでもない」


スミレはもっと街なかの方(鐵橋)で休憩がてら足を浸していたらつるんと転送されたということで、白昼堂々、人間の通行人もいる中らしい。そんな中でも川に浸かろうとするカッパも、特に気付かない人間もなかなか大物であろう。


「狼さん、なんかあった?」


家の裏手にいた不審者に声をかければ、収穫なしとのこと。


「怪しいことでもあったのかと」

「お前、あのヒトはちょっと気まずいよ」

「すごいセクシー河童でしたね……」


私は先ほどから全然、カッパ同士の見分け自体がついていないのだが。


「先輩は気にしすぎですけど」

「モロすぎて目のやり場に困んだよな」

「えーっ先輩河童いけるヒトなんですかあ」

「おうどっちで答えてもダウトじゃねえか、だから面倒くさいんだろ」

「そんなに?」


そんなことで、やっとカッパ個体に対する解像度の違いに気付いたが大した差ではあるまい。


「全然わかってないね」


訳知り顔でヒラが講釈を垂れてきた。


「男女の子河童、おじいちゃんの河童、セクシー人妻河童。これ当に老若男女、しかして河童族無差別ターゲット」

「なるほど、カッパ側の属性が無関係ということがわかったのですな」


言うと狼男の方が明らかに怪訝な顔で眉間の皺を深くしたので、また何か気にしてやがるのだろう。仕方ないので話を向ける。「どうしたよ」

「キリシタン河童の属性が」

「あったわ。結構な特徴的共通点」

「いやでも」


ヒラの方がこの中では割と落ち着いている。


「芋づる式に対象から対象に聞き込みベースでやっているのだから偏りますよ。変な属性に気を取られているんです、早計早計」

「ほかにヒアリングするアテはあんの?」


一応ある、とどこからか出てきたのは分厚い紙束のA4資料。1センチくらいの厚みがある。


「これ……怠すぎるんだけど」

「苦情は側近殿に願う」

「で、何ページの何が何?」


ぱらっと捲ったらカッパの転送元もヒアリングされているものは記載してあり、先の桃渓橋や鐵橋を越えた海の近くまでびっしりと分布している。わかっていたのじゃないか。なおおそらく訪問の目星をつけているカッパに付箋で印がついている。


「ねえ、この転送前の分布?これ均等すぎるよね」

「うん」

「場所が重ならないでほとんど等間隔」

「作為的だよな」


転送地点の間は最短で500mくらいだろうか。カッパの自己申告だろうから正確ではないと思っても、均等にばらついている。


「ならば当然次も重ならない地点に。500m間隔を信じて広い隙間を埋める、すなわちここ、それにここ」

「最低10箇所くらいあるけども」

ヒラが数えてくれる。

「ちょっと微妙じゃないか?頭の方は750m間隔くらいに見えるし……」

クロスも指差していちゃもんつけてくる。すると急に閃いた様子でヒラが指差しに参加してきて、


「かっ、ぱっ、ぱ、るん、ぱっ、ぱ、ウン」


リズミカルに紙面を叩き始める。何をやりたいのか薄々見えているが、男ふたりは黙って最後まで見守ってからクロスが口を開いた。


「合わせただけじゃないよな」

「信じてください、私ピアノやってたんで」


ピアノやってたんでという女の子のスキル自己申告にはムラがあるというのが私の経験上の懸念だが。


「ピアノやってたん?彼女」

「一生分子犬のワルツ弾いてた」


犬の親分みたいなやつらも子犬のワルツでピアノの練習をするのだなとか、俺らの一生分って五百年分くらいかとか、魔界ならケルベロスのワルツくらいありそうだなとか、脇道に逸れてみたい衝動に駆られたがクロスが本気で考えている顔、眉間のシワなので自重をする。

まとめたいので私がまとめる。


「言うと、これが黄桜カッパの歌の譜面になっているんじゃないかという解釈でいいかな」

「ウン」

「悪趣味だなあ、カッパを魔界に転送する転送地点でCMソングの譜面を作るぜという発想」


わざと口に出して茶化す。またクロスは瞑目して上の方を向いて唸っている。


「採用ですか先輩」

「悪趣味だなあ。ともかく、まだ偶々に等しいだろ」

「次のスポットで証明されるでしょう。張るとしたらオススメは飲める飲める飲めるの三つ目の『の』がまだなんで、犯人目線なら早めに埋めたいんじゃないかと」

「その、奇天烈な犯行の犯人目線に立てられると思うのかお前」


私なら曲の頭から普通に埋めていきたい。


「俺ボンゴくらいしか弾けないからわかんないけど、音楽と宗教的な宇宙理論というのはある」


ピタゴラスが見出だした惑星がたてる音。プトレマイオスも地球を周回する星と音階の仕組みは同一と捉え、調和を司るハルモニアの名が和声を意味するようになり、宇宙の神秘を知るためには音楽を分析することが必要とされた。ムジカ・ムンダーナということだ。


「自然、人間、宇宙の全てが調和のうちにあり、共通の、ただ一つの理論で世界は説明できる。このような世界観の中で採られる『方法』こそ『魔術』といま見做される事柄、フレーザーが共感呪術と呼んだ原理だ。人が病んでいるとき、宇宙と不調和である。この調和を取り戻させるために和音を発することで、人の体は宇宙の動きと協調する、病が回復する。アスクレピオスは熱病は歌で治ると言った」


「それで?」


一応話を聞いてくれているクロスが合いの手を入れる。それが無くてもしゃべり通すのだが、これも会話というハーモニーというわけだ。


「歌い、舞い、宇宙と調和し、宇宙を動かそうとする。これ自体は白い魔術の原理で、特にキリスト教はこの整ったハーモニーを神への捧げ物として教会音楽を発展させたわけで、そしてこの川にはキリシタンカッパ。『すべてのことは天上におこると同じように、この地上にもおこる』と光輝の書にある。ならば、俺の見解ねここからね、地上で奏でた譜面で天球を震わそうとする者がいるのか、天上でカッパの歌が奏でられているためにこの地上に起こっているかだな」


「頓痴気をもっともらしく聞かせるために長々とありがとう」


クロスが棒読みの感謝を述べて、ヒラが「ちょっとわかってない」とにこにこしている。


「天上でカッパの歌が奏でられると誰に何が良いかは分からないが、天上の何かの現れがこのカッパの歌コンサートIN中島川だとしたら『事故』、クロスさんの見解と一致するよね」


「俺が頓痴気に同意してるみたいな言い方はやめろ」


右手で顔を覆いながらやや考えたように沈黙したのち、彼も長めに話しだした。


「魔術の思想としては理解している。で、無理筋だ。現実強度1.0の標準値で天とヒトが及ぼし合う影響の限界は『占星術』が限界で、物理的に動物が異次元へ転送される事象は自然には起こらない、可能なら逆に、もっと起きている。河童がいる時点で現実強度は少し弱いだろうが【俺たちが属する現実】ではそういう法則だ」


宇宙の調和がまかり通らないからこそ、時代が進めば音楽で宇宙を探ろうなどとは誰も思わず人類はロケットを天へ打ち上げ始めたのだ。宇宙の音楽を信じていればチャレンジャー号も爆発しなかったが、何につけても自然は騙しおおせないのだった。


しかし、悪魔とは、自然法則を騙そうとする黒い魔術の産物だろう。


「魔術の儀式はだからこそ、現実強度を低下させる手段と言い換えられる。『カッパがワープする宇宙の音楽』を見つけたなら、世界の現実を曖昧にするだけでカッパがどんどんワープするって気付いた奴がいるんだ」


「カッパをどんどんワープさせて何すんだよ」


苦いものを噛んだような低い声で返される。


「ハウダニットの話をしてたんじゃないか、ホワイダニットじゃなくてさ。何がしたいかは知らないが宇宙がカッパのテレポートを奏でているなら、こんなに普通の様子の川でも大魔術装置がなくても10年2.7日カッパが魔界へ飛ばせるってこと、認めてる?」


「詭弁。誘導。状況証拠。っていうか証拠もない。妄想」


これは反論ではない罵倒なので、半ば受けいれられたのだろう。図星というやつだ。


「その音楽こそがカシオペヤ座カッパ星の光度変化で……」

「まだだ、まだ」


天を仰いで息を吐きながら、クロスは続けようとする私に手を突き出して止めた。


「確かめりゃいい、この後楽譜の上で河童がワープしたなら、認める」


もう結構考えていると思うが、仮説は検証、そのために実地に赴いているのだ。

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