第3話 もしかしてキリシタンの河童

魔王城から徒歩2時間半で山頂に登頂可能な地元の名峰とは異なり人界に向かうのであれば最低丸一日は必要だ。それと2.65日の周期を照らし合わせれば、バディを組んでいる八番からすれば自ずと出張予定は筒抜けである。そして八番から私への個人情報も筒抜けだ。もう観念したのか、八番を連れて調査のための出張扱いにしていた。問題ないからだとは思うが、この男女の組み合わせでバディとか出張とかは大丈夫なのだろうか、魔界だからなのか。


『あのヒトは同性の方が風紀を乱すから』

『そういやそんな話だったね。ヒラは嫌ではないの?』


メールついでにそのあたり聞いてみる。


『ま冗談冗談、結局シゴトなんだから先輩だって実際そんなことしないでしょ。私とバディなのは別の都合じゃん』

『いや〜、魔族の思考舐めないほうがいいと思うけど……』


私から見て、そんなに理性が強い男ではないし。


『結構付き合い長いんだよ?』


長いならいちいち惚れたはれたで喧嘩をしないでもらいたい。しかも、そもそもだが、何故私と彼が体の関係を持ったら彼女がキレるんだ。とかストレートに言ったら私まで巻き添えに汚物扱いされそうなので余計なことは言わないように探っていきたい。


『昔はねーおままごともしてくれたし、ショッカーごっこもしてくれたしー私、弟いるんだけどね』


ショッカー側のごっこ遊びってショッカーだけで何をするのだろうか。ではなくて、少し風向きが変わってきた。


『失礼だけど君いまいくつ?』

『166歳』

『お若いね』


人にしたら彼と十歳くらい違うか。おままごとの頃から知古ならお互い知った気にはなろうが、それゆえにすれ違っているのだろうなと思われる。丁寧に指摘するつもりはないが。


『気にしなくたって良いでしょ。ヒラも彼氏いんだし。それとも俺と彼付き合ってたらイヤ?』

『付き合ってたら良いかなって思うけど……』

間があいて、

『付き合ってないートモダチーって言いながらヤッてそうで、それがキモい』


魔族なのに難儀なものだな、と思った。

それから振り返って、これ以上言わんとこ、と思う。手遅れではあるかもしれない。


『善処するわ、当事者だし』


友だちとして頭の隅に置いておこう。


✽✽✽


「あんたらが良いんならいいと思うけどよ、目立つんじゃねえかい」


地獄の門の前で狼たちを待ち伏せし、うんざりしすぎて無になった顔の三番と内通者の八番、そして私が揃ったところで地獄の門番にツッコミを入れられた。


「皆さんどういうご関係で」

「仕事の付き合い」

「そりゃそうだなあ」


嘘ではないが地図によるとかなり街なかの川、そこに迫っていかないといけない。大の大人が三人して相当目立つだろう。馴染みを気にしてるのかふたりとも背広姿だが、行き先の日付は五月、汗ばむ初夏である。(私は例のピンクのI♡NYとジーンズパンツ)


「その街なかの川で河童が泳いでるんだから、たかが大人が三人川遊びしていようと目くじらをたてられるものかよ」

「ちょっと様子がおかしいと思われますね」


三番は様子がおかしい扱いされるのに慣れているかもしれないが。


「俺と八番は、船舶艤装会社の上司部下。本社は東京で長崎支社に出張中。お前は留学生かなんか」

「もう少し地元な感じで変身できるけど」

「地元ヅラしてボロが出ても嫌だし、そのへんの川に降りていくなら変な観光客の方がいいだろ」


詳細に変な観光客の設定を詰めている。


「何大学がいい?MIT?」

「そんな奴がこんな日本の端っこでウロウロするわけないだろ、ライデン大学とかにしとけ」それも大概名門だろう。

「番号呼びは変だから名前で呼んでね。リニーは……リニーでいいか」

「リニーって呼んでね、クロスさん♡」

「はいはい、リニーリニー」


地獄の門番がそれでええんやろかと呟きながら、まあ出たとこ勝負だろうよなんて開門。

時の隙間の道『月光』を辿りながら、


「ふたりとも耳どうすんの」

頭上で垂直にくるくると周囲の音を拾っている狼耳を指す。

「人界では引っ込むよ。今回は現実強度が安定しないから自力でコントロール難しくて、まあ普通の狼人間だね」


改めて考えると普段は自分でコントロールして耳と尾だけ出しているということなのだろうか。少し実用よりもフェチを優先しているのではないか。


「四つ足だと人間型ベースの城下暮らしは不便だし、完全に引っ込めて種が不明になるのも嫌ってパターンが多いかな、もう少し狼寄りで暮らしてるのもいるよ」

「ふたりが人間寄りなのはフェチか」

「私はさ、抜け毛がいっぱい服に付くから……」


言っている間にヒラの耳がすっと下りていき、人間の位置に落ち着く。私も慌てて羽と尾を隠して、ただの金髪碧眼のクロックスを履いた美青年だ。


「ランディングポイントは、この前転送されてきた河童の家付近にした。だから多少人目につかない場所だといいんだが」


後ろに行くほど徐々に不確定になっていく。出たとこ勝負ということだ。自然な話として、時の広がりも自由な魔界だがこの世界と魔界とで一定の固有時間を共有し、そのタイムライン上で事件は起こっているようだ。


我々の性質上、いわゆる過去を訪問することも可能だがそれは既に試し、無意味だったとか。最初のカッパの転移を観測しようと、妨害しようと(妨害できない)、逆に先に転移させようと(ちなみにいわゆるタイムパラドックスは起こらない。魔界での時間は過去も未来も網目状に相互に結びつくため、管理上は固有時間というライン上を進むが、カッパの転移くらいで困るようなことは起こらない)何も変わりが無かったようで。


「魔界側の接続が安定していない」

「トラブル?」

「いや元々分かっていた、河童の家の近所に結構でかめの教会があるんだ」


我々としては最悪の立地に住んでいるカッパだ。もう少しカッパらしい場所に住んでいてほしかった。


「もしかしてキリシタンの河童なんじゃ」

「長崎だしありえるな」

「ありえるなって長崎だとキリスト教徒のカッパって普通なの?」


答えてくれないまま水底に落ちるように光に包まれる。終点だ。


✽✽✽


着地に失敗して尻餅をついた。地面に湿った土を感じる。山中だ。


「やっぱりズレましたね」

「人が居ない方が良い、上々」


狼たち、今は狼人間の人間部分たちは難なく着地しており、マップを開いて早速動き出そうとしている。


「登山道がある」

「どこへ出る」

「神社とか寺に出る」

「あんまよろしくないな魔性としては」


クロスは大した問題はないと肩をすくめる。狼人間にとっては教会よりはマシなようである。

とりあえず荒れた登山道に出て、山を下りていく。そんなに使われるような道ではないのだ。


「先輩、つけて来てますよ」

「疚しいことはない」


つけてきている、何が。話題に置いていかれている。


「神霊精霊の類だろう、その方が気が楽だ」

「会いに行くのも河童だし霊的な条件が良いんでしょうね」


言い表すと目の前に白い生き物が立ち塞がった。ぴんと尖った耳の白狐だろうか。


「出てきちゃったな」

「神使か」


白狐が口をきく。


「そちらは」

「異邦の獄卒、河童の集落を見舞いに来た」

「……ここはご不動様の加護篤い霊場ですよ。異邦の陰府の方は疾く去りなさい」

「承知した」


そのまま白狐と目を合わさないようにすれ違い、下っていくと確かに祠と鳥居が見えてくる。ヒラからあまり口を開かないように身ぶりで指示され、黙って道なりに進むが山中に点々と社のようなものが現れる度「なぜまた?」と聞きたくなるのを抑えていくと視界が開け、大きな寺院が現れた。整備された日本庭園。

それも静かに通り過ぎてから、


「あの、由来みたいな看板読んだか?」

「そんなちゃんと見てないです」

「宝永4年、3代住職“毒龍”の時に現地に移転し、だって」

「お坊さんの名前が毒龍ってことあるんだ」


息詰まった空気が解けて喋りながら舗装された道路を進んでいく。


「気を抜いているようだが、この先ガチのカトリック教会あるから」

「うん、蒸発しないようにがんばる……」


最悪の立地に住まないでほしい、カッパ。

右手に満々と水をため込むダムを見ながら緩やかに山手を下りるように進む。水が豊富なのはいかにもカッパが住んでいそうな感だ。住宅地であまり往来はないが、徐々に通行人が見え始める。


「妙相寺に行ってきました面してたらいいだろ」

「面っていうかほぼ事実だけど」

「ちょっと通すぎる観光客かも」


ぼそぼそ話しながらヒラがジャケットを脱いで腕捲くり。どう見ても暑そうだったのでさもありなん、美しい五月晴れは日本特有の湿気を伴ってほぼ夏の暑さを帯びている。


「クロスさん、楽にしたら、この時代だってさすがに夏日の背広はねえですよ」

「慣れてるから」

「暑そうだけど」


何やら頑ななので怪しんでみる。


「ヒラ、このヒト持ってね?」

「……してんね」


銃刀法違反を。


「置いてけって言ったじゃないですか、見つかったらコトですよ、アメリカじゃないんだから」

「だって」

「私とリニーが一緒だから妙な人たちで纏まってますけど、多分先輩ひとりで歩いてたらカタギじゃないヒト一直線ですからね」


私たちの存在で誤魔化されているかといえば、変な感じに拍車がかかっているだけだと思われる。


「なんかあったとて撃ったら大騒ぎですよ」

「俺が無限折りたたみポッケで預かってあげるよ」


私はオレンジ色のボディバッグを開いてみせる。ジッパーの隙間は暗い闇が広がる折りたたみ空間だ。


「あんま人が来ないうちに入れちゃいな。S&W」


結局彼は舌打ちしながら背面からホルスターごとS&WM500を取り出して、オレンジ色の無限折りたたみポッケに突っ込んだ。信用してもらっているようでなにより。


「あら、観光の方ですか」


ちょうどのタイミングで前方からいかにもシスター姿の老女が話しかけてきた。まずい。明らかに金髪碧眼白人風の男がこんなところうろついていたらその近くの巡礼地に決まってるではないか。

慌てていると意外にクロスが前に出る。


「はい、帰ってきたところで。ルルドには午前中に伺わせてもらったんですよ」

ぬけぬけと応じている。赤ずきんちゃんの昔から狼は演技派だということか。

「あら、私気付きませんでしたのねえ」

「お忙しいときだったかもしれませんね、素晴らしい雰囲気でした」

「お水は飲まれました?」


一瞬嘘つき狼が詰まった。これが何らか罠だとしたらこの尼僧相当手練れだが、


「ええ。自分はカトリックじゃないんですけど」


クロスは腕を捲って火傷の痕を見せていく。きっとインパクトのあるビジュアルで話をそらして有耶無耶にするつもりだ。


「ああお若いのに大変、ああ、お顔もね。昔はこんな痕になってる人が沢山いて、あなたみたいに顔に痕のあるお嬢さんがいてね、永井博士がルルドから取り寄せたお水で良くなったっていうのを聞いて、そっちはフランスの方のルルドのお水なんですけど、少しでもご加護があればって熱心に来てらっしゃったの。福岡のほうに嫁がれていったのですけどね」


全然止まらない。怪しまれたのではなく単に熱心なおばあちゃまであった。クロスは顔を強張らせて、試合に勝って勝負に負けている。


「ありがとうございます」とヒラが言いながら腕をさする手を引きはがし、「来てよかったと思います。もう行かないとなんですがあなたもお元気で」


言うと揃って引き攣った笑顔でなるべく足早に離れる。後を追う形で速足に離れてから彼の顔を見ると脂汗をかきながら青くなっていた。単に老婆の長話にあてられたわけではないのは明白だ。


「あの婆さん、霊感はてんでなさそうだが真面目な聖職者なのは確かだな」

「大丈夫ですか」

「蒸発するかと思った」


火傷の腕なんか晒すからである。


「俺だからまだいいんだ、狼男程度。純正の悪魔なんかが撫でられてみろ、爆散するぞ」

「婆さんのひと撫でで爆散」

「ちょっとお前、この辺ではシスターの婆さんは避けとけ」


そんなに詳しくないが、長崎の市街地でシスターの婆さんを避けるのは無理があるのではないだろうか。


「水をあげるよ、魔界直送の穢れたまずい水だよ」


無限折りたたみポッケからペットボトルを出して渡す。


「どうも。ああダッサーニみてえにまずい、うまい」

「青汁じゃないんだから」


休ませた方がいいな、というタイミングで川辺に見たことのあるカッパが現れた。というか、カッパが現れた時点で目的地なのだ。


「佐保さん!」

「あっ、あー、あ~、狼男の人たち」

「ごめんね、ちょっと休ませてほしくて」


カッパの佐保は慌てて河原近くの家に引き入れてくれる。ぱっと見、周囲の人間が住んでいる家と変わりない。混じって暮らしているのか。


「佐保ちゃんどしたとそんかたたちは」

「こないだ幻のキャンプ場行っちゃったときの魔界のヒトたち、具合悪いって」

「あら大丈夫ですか」


どうやら母親カッパである、他種族の年齢も性別も全然わからないが。

ちょっと油断が過ぎたおじさんを転がさせてもらい、ヒラの方から母親カッパに説明なり挨拶なりしてもらう。一応自分は油断おじさんの様子を見る。


「どう、氷砂糖いる?」

「いる……」


座布団を曲げた枕でシワシワのピカチュウみたいな顔した男の口に氷砂糖をねじ込む。右手を撫でると妙に冷えている。撫でまわしながら、


「忘れたもうな、穢れた火の主、忘れたもうな、万軍の王竜の主、忘れたもうな、曲がつ枝の精霊」無限折りたたみポッケから柳の一枝を取って撫でまわす。


「火が足りてない。煙草いいですか?」

「ああ、どうぞどうぞ全然遠慮せず」


言いながらガラスの灰皿を滑らしてくる母親カッパ。


「あんたは嫌でしょうけど」

「いや、いいよ。というか魔術じゃなくても勝手に」

「吸わないようにしてたんだけど」

「いやヤニ臭いの染みついてる」


うんうんとヒラも頷くので全く意味がなかったのを悟りつつ、マッチを擦って半日ぶりに喫煙する。悪魔になって以来積極的に禁煙する理由の方がむしろないという状況で生前同様の喫煙習慣もあるわけだが、吸いたい欲求もまた無くなり本当に無意味な口寂しさがために咥えていた、ものの、気になる狼が半身焼け爛れているとあってはどうかと思うではないか。魔界の煙草スリーシックス、しかも安物で恥ずかしい気もしている。


煙をいっぱいに肺に吸い込み、一気に三分の一ほど灰になる。もうちょっと玄人っぽいの吸っとけば良かった、マーレブランケとか。いや吸わないヒトには関係ないのか。柳の枝に吹きかけて、ひと撫で。煙草と一緒に握りこみ、無詠唱の火の魔術が枝を燃やす。カッパたちが火柱に驚いているが気にせず息を吹きかけると火は消える。燃え殻を狼に握らせる。

右手を持ち上げ甲に口をつけ、軽く撫でる。温かみが戻ってきた気がする。


「最後の要らないやつだろ」

「そうだよ」


目をすがめて、呆れられている。

まだ呆けた顔でクロスは上体を起こして息を吐く。


「大丈夫です?無理せずゆっくりしていいんですからね、これバームクーヘンどうぞ」

「あとこれキュウリ水です」


絵に描いたような客用の菓子と全然知らないキュウリ水文化のコントラストに私もクロスも正しく反応できず、「すみませんほんとーに……」とヒラが言いながらキュウリ水を飲む。「あーおいし」美味しいならよかった。

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