転生マフィアの異世界成り上がり〜AI思考と人心掌握スキルで、スラムから世界を支配する〜

ファントム

第1話:ゴミ溜めの覚醒と金色の瞳、そして最初の「スキル」

インカムから聞こえる仲間の悲鳴が、ノイズと共に一つ、また一つと途切れていく。

俺の脳は、この惨状を信じられない速度で分析し、弾き出された敗北確率99.999...%という絶望的な数値を、冷徹に表示していた。


2140年、ニューヨーク。

ここは、人類が生み出した超進化AI「オリオン」が仕掛けた『永遠に続く紛争』の最終戦域。

そして、俺、カール・モレッティの墓場となる場所だった。


「クソッ! 本部、応答しろ! カール! 聞こえるか! 西側防衛ラインが…ガガッ…」


最後の通信が途絶える。

父から受け継いだこのファミリーを、俺は守りたかった。

生まれながらの英才教育、脳に直接インストールされた膨大な知識、それらを駆使して10代で裏社会の頂点に立った。

だが、その全てが、完璧なシステムの前では無力だった。


俺は父のやり方を古いと断じ、もっと効率的に、もっと合理的に、AIのように思考することで対抗しようとした。感情を切り捨て、仲間さえも最適化された「駒」として配置した。

その結果が、これだ。


崩れ落ちたビルの鉄骨に身体を貫かれ、呼吸のたびに鉄錆の味が口に広がる。

薄れゆく意識の中、脳裏に浮かぶのは、血の繋がらない兄弟たちと笑い合った、非効率で、無駄で、しかし何よりも温かかった日々の記憶だった。


俺は、ファミリーのメンバーを能力値で評価し、駒として配置した。

だが、その駒たちが時折見せる予測不能な「人間的な行動」――自己犠牲や咄嗟の判断、恐怖による躊躇――を、俺のシステムは計算に入れることができなかった。

仲間の死をただの「損失」として処理し続けた俺の判断は、最終的に組織の士気を、その魂を崩壊させたのだ。


「すまない…みんな…」


声になったのか、ならなかったのか。


「俺は、間違っていたのかもしれない…」


人間は、完璧なシステムには勝てないのか…?

その問いは、オリオンのシステムそのものだけでなく、AIになろうとして人間性を失った俺自身への、最後の問いかけでもあった。

その問いを最後に、俺の意識は深い、深い闇に沈んだ。


……。


どれほどの時間が経過したのか。

あるいは、時間が意味をなさない空間を漂っていたのか。

永遠とも思える暗闇の中、不意に何かの声のような残響が聞こえ、全身がどこかへ引き摺られるような感覚に襲われた。

抗う術もなく、ただただ流される。


次に意識が覚醒した時、俺を襲ったのは五感を殴りつけるような強烈な不快感だった。


鼻腔を刺すのは、腐敗した生ゴミと汚泥が混じり合った酸っぱい悪臭。

耳に響くのは、羽虫の不快な羽音と、遠くで聞こえる誰かの怒声、そして絶え間ない雨音のような、何かが蠢く音。

ぬかるんだ地面に背中から伝わる、骨身に染みるような冷たさが体温を奪い、時折肌を刺す、ガラス片か金属片の鋭い痛みが、ここが安息の地ではないことを告げていた。


ゆっくりと瞼を開くと、視界に映ったのは鉛色の空と、そこから降り注ぐ煤のような黒い雨だった。

身体を起こそうとするが、極度の飢餓感が全身の自由を奪い、指一本動かすことすら億劫だった。


混乱した思考が、前世の記憶と目の前の現実を繋ぎ合わせようと必死に回転する。

俺は死んだはずだ。あの瓦礫の下で、ファミリーの壊滅と共に。


(ここはどこだ…? 地獄か? いや、地獄にしては生々しすぎる…)


自分の身体を見下ろして、俺は絶句した。

骨と皮ばかりに痩せこけ、垢と泥にまみれた小さな手足。

どう見ても10歳程度の子供の身体だった。


状況が理解できない。

だが、思考よりも先に、生存本能が警鐘を鳴らす。

この飢えは本物だ。このままでは、本当に死ぬ。


混乱を強制的に思考の隅に追いやり、俺はまず生き延びることを最優先事項に設定した。

這うようにして身体を動かし、周囲のゴミの山を漁る。

その時、ふと自分の右腕に違和感を覚えた。そこには、前世では見覚えのない、消えかけた古い刺青が刻まれていた。

アルファベットのようだ。辛うじて「el」と読める。


「エル…か」


誰がつけた名かは知らない。

だが、今の俺には名前が必要だった。アイデンティティの欠片でもなければ、この狂った状況に呑み込まれてしまう。

俺は「エル」と、仮の名を自分に与えた。


周囲を見渡すと、同じようにゴミを漁る他の孤児たちの姿が点在していた。

誰もが俺と同じように痩せこけ、その瞳には希望も絶望もなく、ただ動物的な生存欲だけが宿っている。

その痩せこけた姿を見た瞬間、前世で見捨てた部下の、飢えと疲労にやつれた顔が脳裏にフラッシュバックした。


ここは、そういう場所なのだ。

異世界の都市スラム「煤煙の路地裏」。その中でも最悪の、死体すら投げ捨てられるゴミ捨て場。

俺は、新たな世界の最底辺で目を覚ましたらしい。


その時、俺の目に黒く変色した果物のようなものが映った。

腐りかけてはいるが、今の俺にとっては命綱だ。

手を伸ばし、それを掴もうとした瞬間、横から別の手が伸びてきた。

俺より少し年上だろうか、同じように汚れた少年が、敵意を剥き出しにして果物を奪い取ろうとしている。


前世であれば、こんな輩は指先一つで排除できた。

だが、今の俺は無力な子供だ。力がなければ、奪われるだけ。

その理不尽な世界の法則が、俺の脳裏に焼き付いた。


しかし、次の瞬間、俺の口から無意識に言葉が滑り落ちた。


「それは俺のだ。手を出すな」


自分でも驚くほど冷たく、重い声だった。

子供の喉から発せられたとは思えぬ威圧感と、奇妙な説得力がその言葉には宿っていた。

少年はビクリと肩を震わせ、俺の顔を見た。

そして、俺の瞳と視線が合った瞬間、彼の顔から血の気が引いていくのが分かった。

彼は何か恐ろしいものでも見たかのように怯え、後ずさると、一目散にゴミの山へと逃げ帰っていった。


(…なんだ、今のは?)


俺は自分の手を見つめた。この身体に、特別な力はない。

それなのに、俺の言葉は相手の行動を強制的に捻じ曲げた。

まるで、相手の心の最も柔らかい部分を直接掴み、恐怖を植え付けたかのように。


「…面白い。この身体では力は無いが、代わりに人の心を直接ハッキングする武器を手に入れたか。使い方次第では、暴力以上の支配が可能になるな」


――【人の心を操る】


脳内に、その言葉が浮かび上がった。

前世では持ち得なかった、超常的な力。

神の気まぐれか、あるいはこの世界における法則か。

理由は分からない。だが、俺はこの新たな武器の存在と、その利用価値を即座に分析し、冷徹に次の手を考え始めていた。


俺は腐りかけの果物を拾い上げ、泥を拭ってから無心でかじった。

不味い。だが、胃に何かが入る感覚が、鈍っていた思考を加速させる。


そうだ、俺は全てを失った。

ファミリーも、力も、築き上げた帝国も。

だが、この頭脳と、前世の記憶、そしてこの新たな「スキル」がある。


二度と、失うものか。

今度こそ、俺が守るべき「ファミリー」を、俺の計算から外れて死なせるものか。


俺は立ち上がった。よろめきながらも、確かに自分の足で。

子供の無力な外見は、最高の隠れ蓑になる。敵には油断を、味方には庇護欲を抱かせる。


このゴミ溜めのような世界で、俺はもう一度始める。

いつか、AI「オリオン」のような絶対的なシステムすら出し抜くための、完璧な人間関係による、完璧な秩序を築き上げるために。


俺の金色の瞳に、前世の冷徹なマフィアのボスの記憶と、失われた「ファミリー」への執着から生まれた、静かな狂気を孕んだ決意の光が宿っていた。

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