第7話 相違

「終わりだ」

 瓦礫の一部が徐々に形を変えていき、この場所には不釣り合いな椅子が作られた。

 ホテルでしか見ないようなナーシングチェアに腰かけ、肘置きと椅子と同時に出現した足置き台も最大限利用して、くつろぎ始める。

「ま、待って!どういう――」

「邪魔だ」

 足元が盛り上がり、簡易的な机に形を変えた。これが彼女の能力……。

 先生に似たナニカと、意味の分からない能力に、犯人の傷。もうどこから何を聴いたらいいのか。

 でも、1つ1つ聞いていくしかない。

「いやまだ終わってないでしょ。さっきこの人が、テメェら、って、じゃあ複数人居るってことでしょ?」

「そんな事は理解してる。お前の尺度で私を図るな」

 さっきまで微動だにせず立ち呆けてた先生の様なナニカが動き出した。部屋の中へ入っていき、一人の男を担いで戻ってくる。

 道具のように雑な運ばれ方し、無造作に投げ捨てられたこの人は、不確定だが残党だろう。しかし、男の顔には、宇宙服のような水の塊がくっ付いていた。

 捨てられた男は自分の頭に装着されている物体を外そうと藻掻くが、どう動いても外れることはない。

「なッ……何して…………」

「決まってんだろ。こいつから薬と仲間の場所聞くんだよ。あの建物の中には薬らしき物はなかった」

 彼女は座ったままスマホしか見ていない。

 どういう原理で水の塊が頭についているのかわからないが、急いで手に槍を生成し、彼に当たらない様刃で水風船を割った。

 男性は今まで吸えなかった空気を必死に吸い込みむせかえる。水をいくらか吸っていたのか、咳をするたびに鼻や口から液体が排出されていく。

「拷問は俺たちの仕事じゃない!俺たちの仕事は犯人の確保だ!」

「入った時にはもうこの二人と、そこで伸びてる購入者しかいなかったからな。情報を聞き出すのは当然だろ」

「だとしても、俺たちの仕事は確保までだ!そのあとで事情聴取をすればいいだろ!」

「はぁ……こいつらが事情聴取で口を割るのか?薬は何処ですかって聞いて教えてくれんのか?」

 呼吸が安定した男は、絞り出した声でつぶやく。

「助けて…………くれ……」

 彼の胸元は大量の血を流していた……。すぐにシャツを脱がせると、胸には指が1本入るくらいの穴が開いている。

「聞き出すのは後でいい。とりあえず、本部に連絡して医療班を呼ぶ!」

 穴がかなり深い……彼の呼吸の乱れからして、肺に穴が開いてる可能性だってある。

 ポケットからスマホを取り出し、本部に連絡をしようとした――――その時。

 

 バシッ!!


 腕を蹴られ、スマホは地面を滑る。

「イッツ……」

 振り返るとそこに居たのは師走さんだった。

「何すんだ!こんな事したって意味無いだろ!」

 しかし返答は信じられない物だ。

「私は言ったはずだ。ここで聞き出すと」

 彼女の目は本気だった。

「瀕死状態の人間からまともな情報を聞き出せるはずがない!ましてや、この人が知っているという保証もない!」

 話を無理矢理にでも聞いてもらう。

 そのために倒れている彼の前に立って彼女の進路を塞いだ。

「なんのつもりだ?三下」

「この人を本部に引き渡す。薬云々はそのあとで話してもらう」

「お前はどこまで足を引っ張れば気が済むんだ」

 ――――瞬間。ナニカに顔面を掴まれ、路地の壁に叩きつけられる。

「ッガ……」

 あまりの衝撃に体がめり込み、眼前の景色が霞む。

 そして壁から金属の様なもの複数出現した。すべてが枷のように輪を作り、腕、足、首と五体が壁に固定される。

 何がどうなってる…………。

「無能なお前に教えてやる。拷問の秘訣は生かさず殺さず、できる限り死に近づけておくこと。人間は死が一番怖いからな。例外はいるが、喋るしか救いはないと思わせておけば、苦痛に耐えかねてしゃべり出す」

 彼女はゆっくりと瀕死の男に近寄る。

「たす……け……」

「薬とほかの仲間は?」

「……しら…………ない…………ッ……」

 氷柱状の刃が彼の足を貫通して、地面から生え出てきた。

「ああ…………か……あ……」

 肺に空気がないのか、叫び声すらまともに出てない。

「知らないわけないだろ。物自体あの部屋にはなかった。売ってる人間が物を持たずにどうやって商売すんだ?」

「お……れじゃ…………ない…………」

 もう片方の足から氷柱が肉を裂き、貫通して出現する。

 いくら暴れようと錠はビクともしない。

「いいか?私ならお前を治せるんだぞ?」

 彼女が男を踏みつけるとさっきまでの傷が治っていき、そして徐々にその痕跡を消していく。

 男は空気を一気に吸い込み、自分の生を必死に繋ぎ止めた。痛みから解放され涙を浮かべる。

 しかし、彼の腕は顔の近くで固定されると同時に、地面から小さな触手が出現する。

「苦痛に顔をゆがめる必要もなくなる」

 触手は彼の指を狙った。肉と爪の間に入っていき、引き剥がしながら左右へ動き始める。その光景を見せびらかすように彼の目の前で…………。

 彼は体を震わせながら涙を流し、藻掻き続ける。痛みから目を逸らすために瞳を閉じるが、新たに出現した触手が瞳孔こじ開けた。現実を見ろと。

 耐えきれない絶叫が俺の耳に響く。耳を覆いたくなるような声……しかし、彼女には一切届いていない。

「時間の無駄だろ?痛いだろ?」

 彼女は男の胸を踏みつけ、又もや傷をすべて治した。

「言う気になったか?」

「わか……わか……わからない、んだ…………お、おお、おれじゃない…………」

「そうか……じゃあ、考えろ」

 鋭利な刃が出現し、次々と彼の体を切り付ける。触手は生々しい音を立てながら開いた肉をかき分ける。徐々に深く、広く侵入していき神経を撫でた。

 人間が経験するはずもない痛みが男を襲い、全身が痙攣を引き起こす。

 

 彼女は…………笑っていた。

 

 俺はそこで確信した。彼女がやっているこの行動は情報を聞き出すための拷問じゃない。ただ楽しんでるだけ、遊びなんだと。

 直ぐさま槍を生成し手ではなく、口で柄の端っこを歯で挟んだ。無理やり刃先を手元まで運んで、手枷に切込みを入れる。

 脆くなった枷を腕の力だけで引き剝がし、残る枷も切り裂いた。

「おい……その足を退けろ……」

「…………」

 彼女が俺を見たのは本の一瞬だ。すぐに視線は男へと向く。

「無視を――――」

 真横から腹を狙ったナニカの一撃。

 間一髪。視界の端に映ってなければ防げずに一発でお陀仏だった。

 槍で受け止めきれず、あまりの衝撃で扉近くまで飛ばされた。ヒリつく腕の感触……。槍が折れるんじゃないかと心配になる威力……。

 ナニカは間髪入れずに距離を詰めて来た。拳を一発でも食らえば二度と立ち上がれない……。そう俺の体が叫んでる。

 手に伝わってくる威力、瞬きをしたら見失ってしまう程のスピード……間違いない。先生本人!!

 拳が頬を掠めるだけで足が竦んだ。攻撃を受け流すのがやっとで俺は一切が出せていない。

 訓練と…………同じ…………。

 おかしい。

 なぜさっきから俺は攻撃を受け流せている?

 そんな恐怖とは裏腹に、拳の連打は正確に捌けている。一度も致命傷を食らってない。

 先生の完全な変身した姿に緊張して、体が強ばっているのにだ。

 訓練と同じ…………そうか。

 

 ナニカは先生じゃない。ただの人形だ!!

 

 右ストレートに合わせ姿勢を低くし、懐に入り込むと正確な左拳が飛んでくる。

 なんて機械的でわかりやすい。

 後ろに大きく飛びながら槍のリーチを活かした切り上げで脇腹から胴体を真っ2つにした。

 その状況に気が付いた彼女の目線は確かに俺を見ている。

 槍を突き立て、俺は意見を押し通す。

「その人は助ける!」

 彼女は急に笑いだした。何処か楽しげで、本心からの笑み。

「大人しくしてるつもりだったんだがな……。これは不可抗力だろ……」

「何言って――――」

 右脇腹に強烈な衝撃が発生する。体が吹き飛び、路地の壁に体がめり込んだ。

 全身が痛い。自重で壁から剥がれ落ち、地面にうずくまる。立つことも、腕を動かすことも出来ない……。

「…………なに、が……」

 霞む視界に入ったのは、さっき倒したはずの偽物が立っていた。

「……どう……して…………」

 彼女は笑いながら答える。

「1体しか作れない……フッ……。どうしてそんな勘違いできるんだ?」

 彼女の足元から、地面が集まり形を作っていく。こんなのが……無限に……!?

 彼女は苦も無く、3体のナニカを生み出した。

「テメーはもう失格だ。下手に出てれば付け上がりやがって、私と対等だと?バディだと?」

 ナニカに髪の毛を掴まれ、そのまま引き上げられた。

 頭皮はブチブチと音を立て、あまりの痛みに、動かなかった足が勝手に体を支えた。しかし、足は体重を支えられてない。髪を掴む腕を支えに、やっと自重をカバーできている。

「図に乗るな。塵芥が」

 拳が腹部に直撃した。

 衝撃で体は後ろに吹き飛ばされ、裏路地を抜け広間まで転がる。

 彼女は男から離れ、ゆっくりと歩く。

「私の目的はただ一つ。自由だ。この首輪を外して私はもう一度自由になる」

 目の前で、ブーツが地面を叩く。

「邪魔する奴は消すだけだ」

 彼女が俺に手を伸ばす。

 霞む視界に映ったのは、彼女を囲む三体のナニカ。

 意識が薄まり、霞んだ視界も消え、彼女の手が体に近づく。

 ……………………。

 触れる寸前。

 ――――――バッシ!!!!

「ッ石!?」

 彼女の額目に石をぶつけた!

 額を抑え硬直する彼女を横切り、走った。三体のナニカは一切動いていない。

 咄嗟の判断だったけど、確信はあった。彼女が能力を使うとき必ず目で見ている。椅子を作った時も、いたぶる時も、ナニカに指示を出すときも、全部視線を向けてから行ってる。能力の発動条件なのか、癖なのかは疑問だったけど…………。

「ハァ、ハァ……顔を抑えてから攻撃が止んだってことは……つまりそういう事でしょ?師走さん!!」

 彼女は額を抑えたまま動かない。手にうっすらと見える血……。顔に当てたせいで出血したのか。

 流石に女の子には申し訳ないけど……。それでも俺は俺のやるべきことをする。目の前のやるべきことを!!

「お前…………自殺したいんだな。いいぞ、手伝ってやる」

 彼女が顔を上げると、血も、傷も、一切見当たらない。

 そして三体のナニカによる同時突進。受け止めるなんて事をすれば上半身が吹っ飛びかねない。だからやることは1つ。

 避ける!!

 壁際に飛び込んでギリギリ回避に成功……。轟音と同時に建物に特大の風穴が開く。上半身どころか体全部消し飛んでいただろう。

 しかしこれだけでは終わらない。逃げ込んだ壁から出現する金属の刃。地面から発生する鋼鉄の触手。

 どこに逃げても彼女の能力が襲ってくる。ただでさえ使うのには向かない立地なんだから。槍で受け流すのにも限界がある。

 これは俺の全身が彼女に映っているのが原因。

「近づけると思うなよ」

 さらに攻撃は激しくなり、限界が来る。

 後ろから来たナニカの一撃を受け流した瞬間、足に力が入らなくなった。

 体制を崩したおかげで顔面へのストレートは回避できたが、もう一体から繰り出される蹴りは回避できない。

 勇気を持って腕で受けきった。反動で槍を手放してしまった。弧を描いて遠くの地面に刺さる。もう拾いに行くことすらできない。

 腕に関しては、痛いとかそういうのは全くない。衝撃を吸収しきれず、ボロボロになってからは感覚がないんだ。

 壁に倒れ込み、立ち上がれない。

「簡単に死なせはしない。皮を剥いでからゆっくりと殺してやる」

 ナニカに首を握られ、持ち上げられる。彼女は警戒しているのか、近づいてくれない。

「がッ……ァ……」

「なんだ?命乞いか?」

「…………ァア……タネモ……シカケモ……ゴザイマセン……」

 両手を広げ、手のひらを見せる。握っていた石も無駄になってしまった。

 

「――――!?」

 

 師走さん…………気が付いたかな?飛ばして地面に刺さっていた槍がなくなっていることに。

 首は緩み、すぐに彼女は3体のナニカを使い、辺りを警戒して槍を探す。

 俺の槍は手から離しても、視界に収まってればラジコンみたいに動かせる。

 だから狙ったんだよ。師走さんの背後をね。

 彼女は次々後ろに壁を作り始めた。でもね、意味がないんだよ。

 壁は役割を果たすことができない。槍の進行は止めることが出来ず、一切速度を緩めることなく飛んでくる。

「お前の能力なんてわかってんだよ」

 ナニカが彼女を抱え槍から逃げるように飛びあがって、着地と同時に地面を殴った。床はめくり上がり大きな盾となる。

「能力で作られた物なら、硬度を無視して切断出来るのは知ってんだよ。私が何も考えずに行動してるとでも思ってんの――――」

「はは…………バレ……ちゃった」

 振り向かれてしまった。

 俺の一番の目標それは彼女への攻撃じゃない。通報。

 槍の対処をしている間に、飛んで行ったスマホを回収しておく。

「通報したところで死ぬのは変わんねぇぞ!」

「でもね、本部じゃないんだ……通報したのは……」


「言い訳はあるかな?心」


 先生は彼女の肩に手を置いた。

「――――!?」

「能力は発動できないぞ?連絡を受けてから、真っ先にお前はロックしたからな」

 ロックした。俺はこの言葉で安堵してしまった。

 彼女の能力は物を作り出す。いわば生産系統の能力。じゃあ既に作られている物は?

 先生の後ろに立つ、3体のナニカが振り向いた。

「まだ終わってない!!」

 ナニカの拳が先生を襲った。

 しかし、1体目の拳を軽々しく片手で受け止める。拳を引っ張ることで体勢を崩し盾にする。残る2体の攻撃を防ぎながら、先生は構えた。

 強く握られた拳は少しずつ外骨格に包まれる。先生の本気…………。

 大胆に踏み込まれ、繰り出された拳は空気をも揺らす。

 師走さんの作った壁、ナニカ、全部を破壊した一撃。

 確かにナニカと先生を比べた時、ナニカは弱いと、そう感じた。

 でもそうじゃない。ナニカが弱いんじゃなかった。先生が強すぎるんだ。すべて消し去った一撃を見て、実感する。


 瓦礫の倒壊が収まる。

 先生に事件の事を話すため、立ち上がろうした時だった。足が動かずにそのまま倒れる。

「あっぶな!レン大丈夫か?」

 体のどこにも衝撃は無く、先生にギリギリキャッチされたみたいだ。

「……アソ……アノ……」

 ダメだ…………声もろくに出ない。

 最後の力を振り絞って……容疑者たち……を、指して、

「大丈夫だ。後は心から聞くから……無理させて悪いな。すまん」

 瞼が……重く…………。

 

 

――――――――――――――――――――


 

 白井はレンの外傷を確認した。傷はあるが致命傷ではない。

 しかし、見て判断の付かない骨や内臓が損傷している場合もある。

 無理に動かさず、レンはゆっくりと地面に寝かせ、救護班や鑑識を呼ぶよう軍に連絡した。


「さてと…………言い訳、あるなら聞くが?」

 軍への対応を済ませ、心に説明を求めた。

「降りかかった火の粉を払っただけだ」

「反省の色無し、か…………」

「反省?この私が?」

 あざ笑うように白井に投げかける。

「ああ、するべきだ。少なくとも仲間を傷つけた事はな」

「仲間?こんな無能、仲間なんて思えるわけないだろ」

「そうか?お前の方が十分無能だと思うがな」

「あ?」

 白井は瓦礫周辺の壁に寄せられている男たちへ近づき、

「こいつら見てみろ」

「――――!?」

 男たちはさっきの戦闘で一切、被害を受けていなかった。

「こいつら守って、通報して、お前に一撃入れて…………で?能力が圧倒的に優秀な君は時間があったにも関わらず、無能なレンを仕留める事すらできない」

「私はそいつらから情報を聞き出すためにあえて――――」

「あえて?あえて殺さなかった?まぁ御もっともな言い分だな」

 心の目を見て、白井は言い放つ。

「俺ならこいつらを人質に取ってでも、レンを殺すことに集中する」

 向けられた視線で、はったりや妄言ではないことがわかる。

「お前はレンを殺すと言いながら、レンの事を理解せず、殺せず、ただ時間を稼がれて負けただけ。要は負け犬だ。これが喧嘩じゃなく本当の殺し合いなら、お前死んでるぞ」

「は?私が負けイッ…………ふざけんな!!私のどこが負けだ!」

 ドタバタと足音を立て、白井に近づく。声を荒げ、さっきまで平常心はない。

「どこがって、何回も説明されないと分かんないのか?戦術、結果、何処を見てもお前が勝った要素、何1つないだろ」

「……お前……本気で言ってんのか?」

「ああ本気だ。というか事実だ」

 白井は心に目もくれず現場の状況を観察する。

「ッざけんな!ならここで分からせてやる。早く首輪のロックを解除しろ!!」

「するわけないだろバカ」

 無視して建物の中へ入っていく。

 

 白井は負け惜しみを続ける心を無視しながら、ボロボロになった施設内を探索した。

「おい!話を!」

「コレか……」

 何かを見つけた時、後ろからパンチが飛んでくる。

 振り向いて簡単に受け流し、体勢が崩れた心を、そのまま背負って肩に担ぐ。

 いちいちうるさいと感じた白井は、彼女の顔を背中側にして抵抗できないようにした。

 白井が机から手に取ったのは、証明写真のように一人で映った物だ。しかも1人だけじゃない。10人、20人……。

「お前が急いだ理由……。これだろ」

 肩の後ろ側で暴れる心に写真を渡す。

 後ろに伸ばされた手の写真を見て、叩き落とした。

「知るか。こんな奴ら」

「…………あっそ……。ここに薬は?」

「ない。あいつらに聞いた時、俺じゃない。知らない。の一点張りだった」

「仲間を守った可能性は?」

「ハッ!お前らお得意な事情聴取でもすればいいだろ。素直に答えてくれんじゃねぇの?」

「……そうですか」

 ため息交じりで納得する。


 階段を上がり、半壊した施設を散策し続けていた。

 ふと、白井の口が開く。

「レンとは話したのか?」

「話し?なんであんなゴミと――」

 心は吐き捨てるように否定する。

 その反応を見て、彼女の行動に対して、反発するレンの姿が容易に想像できた。

 そんな光景にため息が出る。

「ハァ…………あのな?今回お前があの写真の事をレンに説明すれば、もう少し違った結果になったんじゃねぇのか?」

 しかし、返事はない。

 

 最後の部屋を見終わり、建物の探索は終わった。

 あとは戻るだけ、だが白井は部屋にあった椅子を動かす。肩に担いだ心をそのまま椅子に降ろして、自分は部屋の扉に持たれかかる。

「なんだよ」

「取引、しないか?」

 腕を組み、目を閉じながらつぶやいた。

「取引?」

「ああ、今回の件は俺が上に報告してやる。無事に任務は遂行出来たってな。代わりに――――」

「どうせお前にとって都合のいい提案だろ。誰が聞くか!」

 話終わる前に白井の目的を察知した。

「お前にとっても悪い話じゃないはずだ。現状を見て軍がどう判断するのか……わかるだろ?」

 彼の発言は可能性の問題。事実そうなるのかは上層部の判断になる。しかし、心にそれを確かめるすべはない。

 彼女からすれば自然な話だ。互いの利益につながらなければ切られるのは当然。

 だが、心は目を逸らした。

「何を企んでんだ。気持ち悪い」

「なーんにも、ただレンにとってお前はいい刺激になるって、そう思っただけだ。それに俺も処罰の対象だしな。隠したいってのが人情だろ?」

 白井の表情からは何も読み取れない。

 現状、予想していた成果を得られていない心は、選択肢が限られている。

「内容は……」

「そうだな」

 指を1本ずつ立て、条件を言っていく。

「まず、1つ目。能力は今後、レンの指示がない間は使用するな」

「あ?」

「2つ目。むやみに人を傷つけない。……3つ目――」

「おい!」

「大丈夫、これが最後だ」

 そういい白井は心に近づく。

「3つ目は、レンをバディとして認める事」

「ふざけんな!私があのカスとだと!?」

 立ち上がる心をなだめ、椅子に着かせる。

「落ち着け……。レンが指名されているのは俺のクラスって事と、前科のある能力者は優等生を組まされるってルールがあるからだ。要は監視役、もとよりお前に選択肢なんてないんだよ」

 心は自分の置かれている現状を再認識し、その不快感に舌打ちをする。

「お前からすればあってないような条件だろ?合理的に考えろ。処罰されるか……流れに身を任せるか……」

 レンを同等だと認める事、そして処罰を受ける事を天秤にかけた。しかし彼女からすれば両方とも耐えがたい。処罰の方はまだ決定していない分、マシという考えが頭を過る。

 苦渋の選択に頭を抱えていたが、そんなとき白井のスマホが鳴る。

 悩む心を置いて電話を取った。

 スマホを耳元に、座る彼女の通り過ぎて窓を覗き込む。

「ええ、ですが少し待ってください。こちらでも対応します」

 何度か相槌を取った後で電話を切った。

「さて、心……。時間切れは近いぞ」

 外を指さす。

 心が窓を覗くと、軍の隊員たちが路地周辺を囲み、現場調査の準備をしていた。

「このままいけば誤魔化す事も難しいな」

 白々しくつぶやく男を横目に、心は意思を固める。

「…………わかった。飲む」

 その言葉を聞き、ゆっくりと扉に戻る。

「ああ、こっちも助かる」

 取っ手に手を掛けようとしたその時――

「ただし条件がある!」

 扉を開こうとする手が止まった。

 振り返ると、不機嫌そうに俯く少女はその条件を提示した。

「アイツと差しでヤらせろ!」


 

――――――――――――――――――――


 

 目が覚めると、真っ先に見えたのは先生の顔面だった。

 辺り一面、さっきまでの戦闘が夢だと思えてしまうくらい元通りだった。

 俺たちが争った場所から立ち入り禁止のテープが張られ、正規の軍隊員の人たちが制服を着て集まっていた。

 建物の中も数人が囲んで調査をしている。それを見て、夢ではないと実感が湧く。

「立てるか?」

「あ、はい」

 地面に手をついて立ち上がろうとした時、気が付いた。痛みがない。

 傷も何もかもが、綺麗サッパリなくなっていた。

「体は異常ないか?」

「はい…………何にも、何処も痛くない……です」

 後ろからコツッコツッと思いブーツの音が聞こえた。

 彼女は何も言わずに車の中に入っていく。

「先生……。師走さんがやったんですか?」

「そ。後でお礼言ってあげな」

 お礼…………彼女にお礼……。

 感情が迷子だ。なんて言い表したらいいのか……。少なくともいい感情ではない。

「あと心も謝ってたぞ」

「……」

 先生には申し訳ないが、何も言えなかった。

 体を支えられながら車に入るが、帰りの車内は昼とは違って静かで……。夜で……。重かった。

 助手席の俺と、後部座席を広々と使っている彼女の間には、実寸とはかけ離れた距離を感じる。

 先生はなんとなく会話を広げようといろいろ話していたが、道路の街頭が過ぎ去っていく度に視界がぼやけた。

 その日は何度眠っても眠くて、瞼がすぐに重くなる。

 きっとあの感情は…………



 師走心。俺は…………彼女の事を理解できない。

 最悪なバディだ。

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