【第七話】忘れられない顔
戻ってきたロイドは早速ワイズマンと共に研究室へ向かう。
そして、風の魔石を加工してリングに取り付けるのだった。
魔石は涼やかな緑色のエメラルドリングになる。
「やはり風属性だな。このエメラルドリングを装備するとウィンドスタイルへと変化する。地属性に強く、火属性に弱い。空気や気体、そして揚力を操作できる。つまり飛行可能になるという事だ。単純な機動力なら現状このスタイルが最も優れているといえるだろう」
「飛べるのは大きいですね。正直、ロックバードとの戦いの時に欲しかったですが……」
「空中戦が出来た場合、戦闘エリアが広がっただろう。その場合、防衛対象のロケットが巻き込まれていた可能性が大きい。結果論だが、ロックバード戦では飛ばない方が正解だったといえるかもな。いずれにせよ、今後は飛ぶ事も選択肢になる。上手く使ってくれ」
「そういえば、そのロケットとは一体何ですか? データベースに記録が無くて」
「ああ、大気圏外を探索する為の
「大気圏外……ですか?」
「要は空の果て、その外側って事らしい。宇宙という星空の世界だな。その宇宙を探索するのが目的だという事だ。ゆくゆくは月に行くともいっていたな」
「月……ロマンチックですわね」
いつの間にか起きたのか、研究室へとシルビアが入ってきた。
「おお、シルビア嬢、おはようございます。良く眠れましたかな?」
ワイズマンは皮肉たっぷりに尋ねる。
「おかげさまでバッチリですわ!」
「……左様で」
毒気を抜かれたワイズマンは肩を落としながら答えた。
気を取りなおす様に咳払いをすると、武器ロッカーからワイズマンは
握りの両端は弓の形をした両剣になっている。
「ああ、ロイド、忘れていたが今回追加するのはウィンドアーチェリーだ。弓と両剣の複合武器だ。魔法の
ロイドは頷くと、エメラルドリングとウィンドアーチェリーを
「そういえばロイドってここ最近は
「休み……ですか?」
キョトンとするロイド。
ワイズマンは天を仰いだ。
「……あー、そういえば休みという概念が我々に無かった……」
ワイズマンに厳密には休みは存在する。
任意で取って良いのだが、
その被造物であるアンもロイドも休みという概念が薄くなるのは必然であった。
「もう! ワイズマンったら
休みに遊びに出たら結局体が休まらないのでは?
ワイズマンは
しかし、精神的な休養にはなるのかもしれないと思い直したワイズマンは、ロイドが心身共に休める様に調整する事にした。
「ロイド、外出を許可する。シルビア嬢が満足したら帰ってきたまえ。戻ったらメンテナンスをするので忘れずここに戻って来るんだ、いいな」
「はい、先生」
「では行ってきますわー!」
シルビアがロイドの手を引いて外へ出ていった。
それを見送った後、ワイズマンはアンに休みを与える為にマナ通信を繋げるのであった。
◆◆◆ ◆◆◆
ここ、学術都市であるドメインの街は、四方を城門と城壁で囲まれた要塞都市でもある。
門は開かれ、多くの商人、学者、あるいは旅行者と思しき人々が行き交っていた。
門番と大型の魔物対策用の
そんなエネルギッシュな街は、百年祭の準備の真っ只中。
普段の三割増しで騒がしい様子である。
街の中央にある広大な共同研究機構の敷地から東へ出ると、大きな広場を経由して、商店街が広がっていた。
シルビアはロイドと共に商店街を練り歩いた。
様々な学術書、魔導書の並ぶ古書店から、焼きたてのパンの並ぶパン屋、煌びやかな衣服の並ぶ洋服屋、貴金属から
中でも特にロイドに好評だったのは武器屋であった。
様々な武器が並び、そのどれもが輝いて見えたのだという。
試し切りしようとして、店に被害が出ることを予感したシルビアに止められてしまったが。
その後、広場に戻りドメインの街の散策を継続した。
市場を冷やかし、教会を眺め、ギルドの喧騒を遠巻きに観察し、工房を見て回った。
高かった太陽は徐々に沈み、街に
最終的に共同研究機構の敷地の西側にある小高い丘の上に寝転がり、余韻を楽しんでいた。
「あー楽しかったですわ! 足早ですけど、これが
「はい! とっても! こんなにも人の営みは美しかったのですね……」
ロイドは
人間との関わりはそれほど長い訳ではなかったが、あの活力、文化は敬愛の念を持つには十分だった。
これはプログラムには無い、ロイドの偽らざる想いである。
「ええ。……でも、人の営みは美しいだけではありませんわ。同じくらい醜く愚かな部分がありますの。今日は
シルビアは目を逸らしながら呟く様に告白した。
「……シルビア……。でも、人が光と闇の二面を持つと知っても、きっと私は人を愛したでしょう」
「
「……誕生を祝福してくれたあの時の顔をきっと私は忘れない。報いたい、そう思ったからです」
「……ロイド……」
◆◆◆ ◆◆◆
夜になってしばらく経った頃、シルビアとロイドが研究室に戻った。
「おお、おかえりシルビア嬢、ロイド。さて、ここの所戦闘が続いていたし、しっかりとメンテナンスをしないとな。ロイド、メンテナンスモードに移行」
「了解。メンテナンスモードに移行……」
台座に横になりメンテナンスモードに入ったロイドは、頭部の雷光が消え、顔のモニターがステータス表示状態となった。
同時に各部のメンテナンスハッチが開放される。
ワイズマンは手早く台座からケーブルを接続し、点検を開始する。
「具体的に
台座に一番近い背もたれの無い椅子に腰掛けたシルビアが問う。
「そうですな、まずは各部点検に始まって、消耗した各ユニットの交換、分解清掃、修復の為の素材補填ですな。まぁロイドの場合、細かい所は
作業の手を止めずにワイズマンは答える。
すると、しばらく考え込んでから、シルビアは小声で質問する。
「……ゴーレムなのにうんちとか垢が出るのですか?」
「……食べた分はまぁ……。概念的には垢に近いですが、どちらかというと
損傷部分を分解、再構成する関係で、患部に不純物を含む積層物が出来るので、ワイズマンは
「ごほん。……ともかく、付属品であるユニットは普通の機械と一緒のメンテナンスで、
「……怪我をしたら治らないんですの……?」
シルビアが不安から表情を曇らせた。
不安を感じ取ったワイズマンはわざと砕けた様子で誤魔化そうとした。
「ちゃんと治りますよ。ただアホみたいに
「……つまり、誰にでも治せる訳ではない、と?」
「……左様です」
「それではロイドは!」
「心配はご無用です。ロイドはそう簡単には死にません。」
「……何故そう言い切れるのですか」
ワイズマンから発せられる謎の圧に縮み上がりながら、シルビアは問い掛けた。
「単純な仕様の話ですよ。この世界において、計算上ロイドを破壊できるだけの力を持つのはオメガコード以上の性能を持つ
「オメガコード?」
「ご存知ないですかな? 魔王を討ち果たした二十四騎の人形、その伝説を。百年前、魔王に追い詰められた人類は、後先考えず用いる事の出来る限りの希少金属などの素材を惜しみなく注ぎ込み、二十四騎の戦闘用の
ワイズマンは目を見開いて
その目には狂気が宿っていた。
「オメガコードはその素材の希少さ故に現代の
はははははははははははははははははははははははははははははは
狂った様に
ひとしきり
「いやぁ、失礼しました。驚かせてしまい申し訳ない。しかし、ロイドが死ぬのは相当な事が起こらない限りあり得ないのです。諸王連合が裏切ったり特A以上の厄災が現れない限りは。ですので、ご安心ください。」
「……それは
ワイズマンの狂気に呑まれていたシルビアだったが、思わず真顔で突っ込んでしまった。
「ははは、そんなバカな。諸王は
「違わないですけど、それは前提として確定した情報ですの?」
シルビアに指摘されるまで確定情報であることを確認していない事に気がついたワイズマンは、急に安全であるか不安にかられた。
「……調査を依頼しておきましょう。嫌な予感がするので」
「それと、相談なのですが……」
「何ですかな?」
「
「……それは天啓があったからですかな?」
ワイズマンの憎悪と狂気が混じった瞳がシルビアを見据える。
その視線に負ける事なく、真っ直ぐに見つめてシルビアが答えた。
「いいえ。これは
真っ直ぐな瞳に秘められた決意を受け取ったワイズマンは小さく頷く。
その瞳から憎悪と狂気は去り、いつもの眼差しに戻っていた。
「ならば良いです。ではお教えしましょう。ですが、そうなると天啓騎士団とは戦争する事になりますな」
そう言って、大きく
◆◆◆ ◆◆◆
メンテナンスが終わった後、ワイズマン達は教員室へと戻った。
シルビアにソファーに座るように促した後、ロイドを伴って部屋中の本を引っ掻きまわす。
「錬金術の基礎に応用……。材料力学に合金論……。俺の本、俺の本、
ぶつぶつと呟きながら平積みしていた本の山を
「先生、急にどうしたんです? こんなに大量の本なんか引っ張り出して……」
本の山に圧倒されながらバランスを必死に取るロイド。
「まぁ、色々あってな。シルビアが錬金術を始める事になったのだ。必要そうな本をピックアップしている所だな。あー、この本こんな所にあったのか。……後で返しておこう」
そう言ってワイズマンは書斎机に本を積み上げる。
「先生、初心者相手ならもう少し絞った方が良くないですか? 後、エルさんの錬金術の釜は楽しくて良さそうじゃあないですか?」
アンはワイズマンに苦言を呈しつつも
「あれは単体だと意味わからんからパスだな。絞るのは賛成だが、とりあえず読める様にしておいて本棚の方に突っ込んでおいた方がいいかと思ってな。うむ、マゴロクの本の翻訳版の方が分かりやすくて、適度に面白いのではないか?」
「うーん、分からない……」
流石に本の内容はデータベースに入力されていない為、ロイドにはさっぱり分からない。
ドカドカと山積みにされる本の山に、流石に恐怖を感じ始めたシルビアは涙目で訴える。
「えーと、そんなにいっぱい本読めませんわ……」
「なぁに、別に全部読んで全部覚えろって話ではないんだよ。こういうのは必要になった時に読めばいいんだよ。それに読む時間だって必要だからね。さて……」
一通りピックアップが済んだのか、ロイドに移動を命じる。
部屋の一区画を指定し、その空いている本棚に本を詰める様指示を出す。
そこでワイズマンは手を止めシルビアに向き直る。
「さぁ、君の好きな勉強の話を聞かせてくれないか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます