【第五話】坑道での戦い

 最強の天啓騎士団長が駆る人騎じんきが膝を折った。

その事実に天啓騎士団の団員達に動揺が走る。


「参り、ました……」


 乗降ハッチから姿を現した騎士団長は肩を落とし、力のない声で負けを宣言した。


「ハッハッハ! どうだ、見たか! これがロイドの実力だ!」


 どよめく騎士団を無視して、高らかに勝利を宣言するワイズマン。


「大人気ないですよ、先生……」


「ふん! 大体、騎士なら人形ゴーレムのは常識だろう。その基本を忘れて相手を下に見るなど愚の骨頂! 、次からは看破ペネトレイト位使うんだな! ガハハハ!!」


 ワイズマンから聞き慣れない単語が飛び出したので、ロイドは思わずアンにマナ通信で聞いた。


看破ペネトレイトって何です?』


『相手の能力を看破する魔法よ。まぁ、そこそこ難易度が高い魔法の上に、相手の能力が高いと詳細不明しか返ってこない事もあるから信用度もそこそこな魔法なの。冒険者だとかけるのが定石セオリーって聞くけど……騎士は撤退出来ない場面も多いから使わないのかもね』


『失敗して詳細不明ならともかく、成功して詳細不明なら戦わないのが定石セオリーだぞ。自分より強い相手の事は大抵分からん物だからな。ロイドも相手の分析は欠かさない様に。分からなければ今みたいにアンに分析を投げろ。いいな』


『はい、先生』


 ロイドが相手を分析するという定石を理解していなかった。

しかし、事前に分析をしていれば、エアスラスターによる突撃チャージも余裕をもって対処出来ていただろう。

ロイドはまた一つ学んだのだった。


◆◆◆ ◆◆◆


 騎士団長は自身の落ち度を認め、看破ペネトレイトをロイドに使ってみる。

返ってきた答えは詳細不明だった。

 冷や汗が彼の全身から吹き出した。

隔絶した実力差がある事を看破ペネトレイトが告げていたからだ。

 騎士団長と彼の駆る人騎じんきは数ある騎士団の中でも最強といっても過言ではない。

そうでなければ天啓騎士団の団長を務める事は不可能だからだ。

相棒の人騎じんきも天啓騎士団にのみ配備されている最新式である。

この人騎じんきと天啓騎士団の仲間達さえ居れば、どんな魔獣にも、不逞ふていやからにも負けない自信があった。

しかし、そんな彼でも、ロイドと戦って勝つ見込みは万に一つも無いと悟ったのだ。

 もし、天啓騎士団としてロイドと会敵していたとしたならば?

答えは全滅である。

 一体ワイズマンは何の為にその様な

彼には何一つ分からなかった。

 呼吸が浅くなる。

 これがもし実戦だったら?

自分は死に、騎士団は全滅していただろう。

自身の死は許容できても、騎士団の全滅は許容できない。

 意識が遠のく。


「しっかりしてくださいまし! 騎士団長!」


 シルビアが騎士団長を軽く叩きつつ、大きな声で意識を呼び戻した。

騎士団長は意識を取り戻すと、シルビアの方を驚いた顔で見る。


「貴方がその様な姿を見せては団員に示しがつきません。反省や後悔は生きている内ならいくらでもできます。今は強がりでもしっかりと立って、皆を導かねばなりません。分かりますね?」


 小声で他の団員に聞こえない様にフォローを入れるシルビア。

その様子は年不相応に大人びて見えた。

 自身の不甲斐なさに更に気落ちしそうになった騎士団長だったが、気を取り直した。

今やるべきなのは団員の動揺を収め、鼓舞する事である、と。


「諸君、私は確かに負けた。だが、これが諸君らの負けまでを意味する訳では無い! 依然我ら天啓騎士団は最強の騎士団である! 今日の敗北は遺憾いかんではあるが、これをかてにして勝利につなげる事が我ら天啓騎士団の使命である! 諸君らの奮起に期待するものである!! 撤収てっしゅう!」


 ひとまず完全に負け犬といった雰囲気ふんいきから脱した天啓騎士団は、撤収てっしゅう作業に移った。

 その様子を満足そうに見送るシルビアの姿があった。


の出番は必要なさそうですね」


 そこにシルビアの様子を見にロイドが現れた。


「シルビア? 大丈夫?」


「ええ、ロイド。大丈夫よ」


「……?」


「それより、ちょっと面白いを聞きました。聞いてくれるかしら?」


◆◆◆ ◆◆◆


『で、ロータス鉱山へと来た訳だが……』


 ここはロータス鉱山。

様々な鉱石が取れる金属鉱山である。

特に鉄鉱石の質が高く、重宝されていた。


『はい。候補地が多くて絞れなかった所に丁度良く情報提供者が現れて……』


『で、その肝心の情報提供者が寝ている訳だが……』


 ロータス鉱山で強力なマナ反応が観測されたという情報提供をしたシルビアだったが、詳細を確認する前にスヤスヤと寝てしまったのである。


『……すいません』


『まぁ、いいさ。魔石はともかく、ここは割と。調査はしておくべきだろう』


? 見た感じ普通の鉱山といった雰囲気ふんいきですが……』


『閉鎖寸前だった枯れたはずの鉱脈の復活、無許可の採掘者がいる噂、正体不明の巨大マナ反応、などなどエトセトラ。軽く調べただけでも厄ネタのオンパレードだ。十分注意しろ』


『前回の反省を活かして、通信を高速バースト方式にしたの。これで多少のマナの乱れがあっても通信が途切れなくなるわ』


『助かります』


『早速マナ反応多数確認! これは……人騎じんき人形ゴーレムの反応だわ! 一旦身を隠して!』


 アンの指示に従って支流の洞窟の影に移動するロイド。

念の為、頭部の光の帯を消してマナや気配を殺す。

 暫くして、多数の足音と羽音が光源を掲げ進んでいくのが見えた。

ドリルやピッケルの腕を持つ作業用と思しき三メートル強の人騎じんき、光源兼監視役らしき小型人形ゴーレム、運搬用、採掘用、爆破作業用の小型から中型の人形ゴーレムが多数、列をなして進んでいった。

 暗がりの支流から、注意深く人形ゴーレム達を観察するロイド。

ロイドから送られた情報を元にアンが解析してゆく。


『確認したけど、正式なライセンスの記録が無い装備ばかりね……』


『レアメタルハンターか……。厄介だな』


『レアメタルハンター?』


『レアメタル、つまり希少な金属を合法非合法問わず入手しようとする奴らだ。奴らごとにその目的は異なるが、概ね金銭が主目的だな。入手したレアメタルも非合法な経路で高額の取引を行う厄介な連中だ。この為レアメタルハンターはその大半が非合法な集団として騎士団にマークされている。厄介なのは、奴らの装備が違法な改造装備で固めていて、下手な騎士団より手強いって所だな』


『後ろからこのまま攻撃しますか?』


『いや、お前の力なら捕縛するのも容易な筈だ。あのレアメタルハンターを捕獲せよ。なるべく、生け取りでな』


『ロイド、鉱山内部で電撃を使用すると爆発の危険があるわ。今の内サファイアリングに換装しておいて』


『了解』


 暗がりで素早くかんむりを取り替えると、頭部から水の塊がまるで長い帽子の様に後ろに伸びる。

同時に色が深い青へと変わってゆく。

 換装の際のマナ反応を察知した監視用の小型人形ゴーレムがキーキーと警告音を発する。

その反応から、騎士団か冒険者だと考えたレアメタルハンターの男は反応の元を探った。

すると、洞窟の影から一メートル程度の背丈の人形ゴーレム、ロイドが現れた。


「何だこのチビ? どこの所属だ?」


「答える義務は無い。先生の命令だ、捕獲させてもらう」


『気をつけろ、ロイド。相手は多数。数の有利を取らせるな』


『任せてください』


 次の瞬間、ロイドは冷静に照明機能を持つ人形ゴーレムにウォーターランスを突き刺す。

素早く抜き放ち、返す刃で近くにいた運搬用中型人形ゴーレムを切り裂いた。


「ウォーターカッター行使!」


 続け様に高圧水流によってレアメタルハンターの人騎じんきを遠間から切断する。

慌てて防御姿勢を取った事で偶然一番硬く分厚いドリル部分で受けた為、ドリルが綺麗に切断されるに留まった。


「な、何だこの人形ゴーレムは!? ? バカな!」


 混乱に乗じてロイドは徹底的に照明と人形ゴーレムを潰しにかかった。

強力な違法人形ゴーレム達だったが、あっという間に壊滅。

 しかし、混乱していたはずのレアメタルハンター達の様子が一変する。


「誰か看破ペネトレイト成功した奴はいるか!?」


「駄目だ! 詳細不明抜けない! コイツ、何かおかしいぞ!?」


「あの身長タッパ詳細不明抜けない……間違いねぇ! 希少金属レアメタル製の人形ゴーレムだ!!」


「捕まえろ! 売り飛ばせ! 金だ! 金だ! 金だ!!」


 ロイドが希少金属の塊であると察したレアメタルハンター達は、非我の戦闘力差を無視して目の色を変えて襲いかかってきた。

その動きは一切の連携も無く、ただ金に群がる亡者の様であった。


「うわ、何だコイツらっ!? 急に目の色が変わって……」


気圧けおされないで、ロイド! どうせ貴方を金塊程度にしか見てないわ!』


 強烈な人間の悪意に触れたロイドは、引き気味になってしまうが、冷静に対処すれば難しい相手ではない。

光源を優先して潰したのもあり、ロイドを見失ったレアメタルハンター達が壊滅するのにそう時間は掛からなかった。

 コックピットブロックを残してウォーターランスで切り刻み無力化すると、ロイドは降伏勧告する。


「これでお前達は戦う事は出来ないぞ。大人しく投降しろ!」


「ぐぬぬぬ、金ぇ……」


『中々降参しないわね……。うん? ちょっと待って! 警告!! 巨大なマナの反応を探知! 直ちに戦闘態勢に移れ!』


「何!? 魔獣が来るのか!?」


◆◆◆ ◆◆◆


 暗黒の中、凄まじい地響きと共に坑道に無数の牙が円周上に現れる。

鉄の擦れ合う匂いと硫黄の匂いの混じった悪臭が周囲を包む。

直径は四メートル強、全長は推定二十メートルを超える筒状の生物だ。

 それはストーンワームと呼ばれる魔獣である。

鉱山などに住み着き、岩石と鉄分を狙う害獣だ。

恐ろしい事に、生物の血液に含まれる鉄分も貧欲に欲するので、人的被害が出やすいのだ。


「す、ストーンワームだぁ!? に、逃げろお前ら!!」


 恐慌状態になるレアメタルハンター達。

看破ペネトレイト出来ない未知の相手より、鉱山で身近な脅威であるストーンワームを恐れたのだ。

 慌ててコックピットから這い出すと、灯りランタンの魔法を唱えて光源を確保する。

そして、一目散に出口へと殺到した。

 多数の気配振動を察知したストーンワームは、獲物と判断し襲いかかる。

その瞬間、ロイドはウォーターランスを盾にしてその間に割って入ってしまった。

 普段は四十五キログラム程度しかないロイドがマナを取り込むと、みるみる

地面に減り込み、ガッシリとストーンワームに組み付いたが、次第に押されてしまう。


『ロイド!? 無茶よ! いくら貴方でもが違いすぎるわ!!』


『でも、あの人達が! このままじゃ殺されてしまう……!』


『アイツらは無許可の盗掘者。確定で犯罪者だ。そんな自業自得の奴らまで守る必要はない。そこを離れるんだ、ロイド』


 ワイズマンは努めて冷静に、ロイドに退避を促した。


『……嫌だ! 私は……! それでも、見捨てたくは、ないッ!!』


 ロイドはストーンワームをにらみつけると、頭部の水の帽子が大きくなり、荒ぶった。

精神と紐づいたその水流は、ロイドの精神のたかぶりに呼応して踊り出す。


「ウォーターカッターァッ!!」


 先程とは段違いの出力で槍全体から、広がった帯状にウォーターカッターが発射される。

凄まじい威力となった刃だったが、ストーンワームを切断する事は叶わなかった。


『無理よ! 四属性のの! 歯が立たないわ!』


 この世界には四つの属性がある。

火、水、地、風の四つ。

それぞれに相性があり、中でも地属性は水属性に強い。

その為、水属性のウォーターカッターでは殺しきれなかったのだ。

しかし、効果が薄いとはいえ大量の高圧水流が相性をくつがえしその場に押し留めていた。


『効果が無い訳では無い、か? アン、周囲の地形をスキャンしろ! ある程度の空間に水を貯める事が出来ればあるいは……』


『スキャン開始! ちょうど真下に空洞が確認されました! でもどうすれば……』


『真下だねアン。それだけ分かれば……十分だぁッ!』


 押さえ込んでいた力を解き、斜め後ろに飛び退くロイド。

勢い余ってつんのめるストーンワームが地面に大きな負荷をかける。

 そのタイミングに合わせて、ウォーターカッターを地面に叩きつけ切れ込みを入れた。

駄目押しで地面にウォーターランスを突き刺し、目一杯水流を流し込む。

 のたうつストーンワームの動きが止めとなり、辺り一帯が一気に崩落する。

崩落した先に大量の水が土砂となって流れ込んだ。

そうして土砂に巻き込まれ崩落したストーンワームであったが、頑丈な外皮に守られ一命を取り留める。

もっとも、それがストーンワームにとって幸運だったのかは分からないが。

 空洞にウォーターカッターの反動を使って着陸したロイドは、地面に向かってウォーターランスを突き立てた。

すると、周囲の壁面という壁面からストーンワームに向かって高圧の水流が襲い掛かった。

 この姿のロイドには水を操作する能力があり、ウォーターランスはその力を増幅する効果があるのだ。

この能力を使い、ロイドはロータス鉱山中の地下水を攻撃に利用しているのだ。

 いかに地属性の魔獣とはいえ、殺到するこの飽和攻撃に耐える事は出来ず、次第に切り刻まれてゆく。

地下空間に魔獣の叫びが木魂こだました。


◆◆◆ ◆◆◆


「……魔石を回収しないと」


 地下水が溜まった事で新たな地底湖になっていく。

重たいストーンワームの死体は湖の底へと沈んでいった。

 ロイドは水の力で水流を作りストーンワームの元へと向かう。

すると、湖底に外皮を削り取られたストーンワームが横たわっていた。


『どうやら完全に死んでいる様ね……。マナ反応から魔石の位置をナビゲートするわ』


 ロイドの視界に蛍光緑の文字と矢印でナビゲートされる。

どうやら体の先端部分付近にある事が分かった。

慎重にウォーターカッターで切り出す。

 すると、橙色だいだいいろ精緻せいち幾何学模様きかがくもようを透かし入れた原石の頭蓋が現れた。

これを丁寧に切り剥がし、亜空間収納ストレージに保管する。

 こうして、二つ目の魔石を手に入れたのだった。

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