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日常ってやつは意外と脆いらしい。大きな地震だった。私自身に怪我はなかったけど、街はボロボロになった。水道も、ガスも、電気も、全部ダメになってしまい、しばらくは避難所生活をするしかなくなった。アイドル活動なんてもちろんできない。みんなで仕方ないねと言いあった。そんなに悲しくはなかったけど。
贅沢は言えないけど、避難所は狭いしうるさいしでイライラする。特にすることもなくて一日中ぼーとしてるから、余計にそんなことが気になってくる。非常事態に気がたっているのもあるかも。
私はこれからどうするんだろう。街が元通りになって、日常が返ってきたとして、私はアイドルに戻るんだろうか。こんなことになったから、お母さんは地元に帰ってこいって言うかもしれない。ちなつさんの言う通り、いつまでもアイドルでいることはできない。この地震は、もしかするとアイドルを辞めろという天からのお告げなのかもしれない。
みんなはどうするだろう。アイドルに戻るんだろうか。たぶん、ののかさんは戻る。あとの二人は戻ってこない気がする。きっと、コップの水はずっと前からギリギリになっていた。いつ溢れてもおかしくない。表面張力ってやつ。それが地震でこぼれただけ。一年か一ヶ月か、それが早まっただけ。ただそれだけ。
ぼんやり考えていると、女の子と目が合った。前の布団に座っていた女の子と。
「お姉ちゃんも見る?」
女の子は雑誌を見ていた。小学生向けの分厚いやつ。私も昔は買ってたな。
「はい」
私が何も言わないので、女の子は私の隣に座って見せるように雑誌を広げた。
「プリキュアかわいいよね」
今のプリキュアはわからないな。私が見てたのは何代くらい前だろうか。
「プリキュア好きなの?」
「うん。わたし、大きくなったらプリキュアになるんだ」
私も昔はそう思ってた。結局アイドルになったけど。
「お姉ちゃんは大きくなったら何になりたい?」
うーん。何だろう。何にも思い当たらない。夢とかそういうのはよくわからない。学校の進路調査のときもそうだった。
でも、じゃあなんで、そもそもアイドルになりたかったんだっけ……。
あぁ、そっか。あれだ。当時有名だったアイドルのライブを見に行ったときだ。友達に連れられて秋葉原の劇場に行ったやつ。キラキラした女の子達に惹かれたのもそうだけど、それよりも記憶に残っているのは、あの空間の熱気。溶岩が沸き上がるような、うねるようなあの熱気。人生のすべてをかけている、あのファンたちが生み出す熱気。人をそれほどまでに熱くする、その存在に憧れた。私もそんな風に人を熱くしたい。生きて、ここにいてよかったと思わせたい。そんなふうに思った気がする。
「……やっぱりアイドルかな」
「お姉ちゃん、アイドルになりたいの?」
「でも、私には無理だったみたい」
「えぇー。そんなことないよ。ぜったいなれるよ‼」
「無理だよ」
「なれるって‼ お姉ちゃんかわいいし、キレイだし、かわいいし‼」
「ふふ、そんなことないよ」
「ううん、そんなことあるよ‼ じゃあ、お姉ちゃんがアイドルになったら、わたしがファンになってあげる‼」
あれ?これって、私がしたかったことじゃないの?この女の子のキラキラは、あの熱気には遠く及ばないけれど、私が作りだしたキラキラじゃないの?
いや、違う。まだ作り出したわけじゃない。私はまだ何もしていない。いままでだってそうかもしれない。ちゃんとファンの人のことを考えて、ファンの人の熱を考えてパフォーマンスできていなかったかもしれない。昔の気持ちを忘れて、その熱も冷めて、そんな気持ちで人を熱くなんて、できるわけがない。
「ねぇ、お名前は?」
「わたし?さくら」
「じゃあ、さくらちゃん。ファン第一号のさくらちゃんのために、一曲歌うよ」
「ホントに?」
「うん。私、アイドルだから」
服はダサジャージだし、足元は布団だし、今までで一番酷いステージかもしれない。でも、今までで一番熱いステージだと思う。さくらちゃんは懐中電灯をペンライトのように振っている。周りの人たちも何事かと眺めてる。
もう一度目指してみようかな。まだまだあの熱気には程遠いけど、ファン第一号もできちゃったしね。
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