第39話 黄泉
白猫と黒狐は腐敗した監獄を出た直後、強大な爆発に目を奪われる。
「なんだなんだ? 随分と大きな花火だな」
「もしかして団長さんたち? お姉ちゃん、急がないと!」
「ああ」
何かあったら騒動を起こすと事前に決めてあったので急遽そこへと向かって走り出す。
だがその途中で短剣が投擲された。黒狐はそれに気付いて腕で防いだ。
直後爆発し腕の一本を失うが白猫が治す。
目の前に灰色の少女がポツンと立ちはだかった。その獣の耳と尻尾には姉妹が少し驚く。
「こんな所でお仲間さんと出会うとは珍しい」
「ねぇねぇ君はどこ出身?」
その返答は灰狼が刃を持って応えた。秒で全身を切り刻まれるも無意味に終わる。すぐに白猫を掴んで身体を溶かした。
「うおっ。それ私の術じゃん。駄目だろ、真似したら」
しかし灰狼は言葉を発せずただ溶かす。2人の肉体が朽ちて離れた場所で蘇生する。
黒狐もさすがに呆れて本物を披露した。手足が溶け始めた灰狼は持ち前の再生力でなんなく受け止める。
「ああ、なるほど。私らの妹分か」
「わたしがいるのにまだ欲しいの?」
「文句なら研究者様に言ってくれ」
暢気な彼女達を他所に灰狼が飛んだ。残った短剣を全て投げる。姉妹が避けないので全て命中し爆発させる。蘇生地点は灰狼を通り過ぎた道通りだ。
姉妹はそのまま向こうへと走っていく。
「妹を殺すのはしのびない」
「単に面倒だからでしょ」
「そりゃ死なない相手は面倒だろ」
ジョギング気分で軽く走っている姉妹の後ろを灰狼が無表情で手も振らずに走っている。
彼女は2人を追い抜いて前に立つ。どこから取り出すのか何本でも短剣を手に握る。
「あなた、わたし達を殺すのが目的なの? 捕まえる?」
白猫の問いに彼女は答えない。感情もなく言葉もなく只武器を構える。
「おーい。共通言語は使えるか? あー、とか言えるだろ?」
言葉の変わりに短剣が投げられる。それが彼女にとっての意思疎通。
白猫が左腕を犠牲にして受け止める。
「しゃーない。そこでジッとしてな」
黒狐が呪術を使って一度殺した。蘇生するのは分かっている。だが彼女の場合はその場でしか復活できないと気付いていた。また彼女の腐敗術は手で触れなければ発動できない。
一見姉妹の能力をコピーしているように見えるが僅かに劣化している。
故に黒狐の呪術を使い続ければその場から動けなくなる。
姉妹は爆発現場の所まで来ると目の前の情景に絶句した。黒コゲた後には1人の死体と遠くには頭から血を流している《運命の輪》が倒れている。
白猫が慌てて近寄って蘇生術を使った。
けれど何も起こらない。何も起こらなかった。
「どうして……」
原因は分かっていた。白猫の蘇生術は一定の時間が過ぎると手遅れとなる。動物の中にある魂を活性化させて肉体を修復するからだ。しかし、魂は死後ゆっくりと天へと昇って行く。天を昇り切った魂は黄泉へと繋がれその魂を川に流され次なる生へと受け継がれる。
彼女の力では黄泉までは干渉できない。人の生命力によって黄泉に辿り着く時間は異なるが少なくともこの場で蘇生できる者はいない。
「お前が殺したのか?」
黒狐が低く冷たい声で言い放った。けれど、灰狼の耳には届いておらず表情変えずに迫ってきている。すると黒狐は彼女の足を溶かして彼女の頭を叩き付けた。
「お前がやったのかって聞いてるんだよ!」
いつになく怒号を響かせていた。けれど灰狼の瞳は暗いままで何も答えない。
黒狐は憎悪の力を増幅させて術を使おうとした。
そんな姉を見て白猫が慌てて駆けつける。
「お姉ちゃん、駄目!」
黒狐の目から光が失われている。《死神》の時も今も、まるでこうするのが目的だったかのように、何かに操られているように。
姉が暴走したらどうなるのか。街は、国は、世界はどうなるのか。
だから気付いた時には走っていた。黒狐を止めるために。自由な旅のために。
彼女の肩を掴んだ時、黒狐が振り返る。その目は怒りと憎しみに溢れ今までにない恐怖を含んでいた。白猫はそんな彼女の絶望と憎悪の全てを一心に受けるはめとなる。
最強の矛と最強の盾の姉妹だったが、今では矛が上回っている。ならば最強ではなくなった盾はどうなるのか。
白猫は肉体が自然消滅してその魂が天を昇っていた。何故か力が使えない。その矛は何もかもを喰らい尽くした。白猫の魂は上昇していく。遠い地上から姉の声が響いていた。
意識も揺らぐ。何も考えられない。
※
白猫は気付いた頃には仄暗い場所に来ていた。ザーと水の流れる音がしている。
その水は限りなく黒に近い何かだった。周りには薄黄色く輝く球体が集まっている。
白猫もその中の1つだ。
球体は列を組んで水の中へ飛び込んでいく。そのまま流されて奥まで流されるものもあれば、途中で沈んでしまうものもある。沈んだ球体は二度と輝きを見せずに浮上してこない。
光の球体は何千、何万とある。そして今も現在進行形で増えている。
「これだけの人、いや動物が死んでいるんだね。魂に大きさはないんだ」
白猫は流される光を見ながら感傷に浸っている。そんな場合ではないと気付いたのは少ししてからだ。
「わたしはこのまま死ぬのかなぁ。でも、何となくだけどあの川って善と悪を選別してる気がするんだよね。わたしはきっと向こう側までいけない」
それに彼女はこのまま死んで魂を浄化させるわけにはいかなかった。
「わたしが死んだらお姉ちゃんも後を追ってくるだろうし、まだやり残したこともあるし」
白猫は光の球体をざっと見ていく。どれも同じような色と輝きだが彼女には見える。
僅かに色も輝き方も大きさも違う。皆それぞれの生き方の末、死んだ。
魂をずっと見てきた。何度も触れた。だから分かる。
白猫は球体を掻き分けてそこへと辿り着いた。
「帽子ちゃん見っけ!」
「その声は、白猫か」
お互い球体なので声でしか判別できない。
「うん。なんか死んじゃった」
「そうか。それは無念だったね。でもこの先に行けば全部終われる」
《運命の輪》は真っ黒の川を見て言った。
「何言ってるの? 帰るんだよ。地上に」
「なんだと?」
「どうして帽子ちゃんが死んだか知らないけど、物語はまだ完結してないでしょ?」
「いいや終わったんだよ。ボクはボクの死をもって幕を下ろした。もう未来なんてどこにもない」
「あるよ」
白猫が自信をもってはっきり言った。
「そこに未来がある。戻ったらそれも未来でしょ? だから行こう? 人生は自由に生きないと」
「ボクも、自由に生きていいのかな。自由が、あるのかな」
「あるよ! 自由と思ったらそこからは自由だよ。帽子ちゃん!」
すると《運命の輪》は泣いた。涙も何もでないけれど、本当の気持ちを今更になって知った。『予知』で視た未来など全部まやかしだと、今更になって気付く。自由はずっと側にあった。
「声がすると思って来たけど、えーとどれだ?」
「騎士様。あんまり離れると見分けが付かないです」
「こっちこっち」
「こっちってどっちだよ」
それでも白猫は2人が分かる。《力》と《恋人》だ。
「2人も死んだんだねぇ。いやぁごめんね?」
「謝る必要はない。ただシスターを守れなかったのは無念だ」
「そんなことないですよ。騎士様はちゃんと私を守ってくれましたから」
「シスター……」
「はいはい。死んでもイチャつかないで。とりあえず、顔見知り3人は見つかったけど」
そうなると黒コゲの死体が何か分からない。白猫が疑問に思っていると球体の群れから離れてポツンと1つだけ暗い輝きを放つ者がいた。
「あなたは?」
「その声、聞き覚えあるさね」
「あー、その口調は陰険魔法使いさんだ」
「誰が陰険さ。相変わらず口が悪いさね」
「あなたには言われたくないよ」
球体が2つ浮いているだけだが今にも掴み合いを始めそうな勢いである。
「それでどうしてこんな所でいるの?」
「あんたには関係ないさ。あたいとあんたは敵同士だったさ」
「死んだら同じじゃない?」
白猫の皮肉が全く聞こえておらず《魔術師》は口を閉ざす。
「君がどう動いたかは知らないけど、その様子だと彼らに従わなかったんだね」
《運命の輪》が寄りかかって言う。
「あんなくそったれな連中と思ってなかったからね。死んできたら嫌味言いまくって煽ってやるさ」
「へー。いい趣味してるね。わたしも混ぜてもらっていい?」
「馴れ馴れしいさね。大体なんでそんなに絡んでくるさ」
「あなたの光が弱ってるから」
「あたいは……」
「事情は知らないけど、でもアルカナとは縁を切ったんだよね。だったらさ、わたし達に協力してよ。あいつらをギャフンと言わせたいの」
「そうかい。勝手にしてな」
《魔術師》は面倒になったのかどこかへ行こうとする。そんな球体の前に《運命の輪》が立ちはだかった。
「誰しも人生に後悔はある。失敗もある。取り返しの付かない過ちもしてる。けれど、それに気付けたならそれは終わりじゃない」
「あんたに何が分かるのさ。天才なんて言葉、あたいは死ぬ程嫌いさ。あいつらは都合のいい言葉で勝手に納得して、こっちがどれだけ苦労したかなんて知りもしないさ」
「分かる。ボクも昔は周りから除け者にされてた。ボクの行動を気味悪がっていじめる奴もいた。同じ孤独を背負った」
「同じにするんじゃないよ。弱者の言い訳じゃないさ」
「違う。君も弱い。弱いからその実力があっても逃げたんだ。ボクと同じ」
《魔術師》は反論しようとしたが何も言葉が出てこなかった。
「でも逃げてもいいんだ。逃亡していいんだ。ボクはそれをこの姉妹に教えられた」
「逃げてどうするのさ。逃げた所で何もない。何の解決にもなりやしない」
「だから戦うんだよ。今」
白猫が最後に力強く言う。《魔術師》も薄々気付いていた。そうしなければ過去と決別できないと。そうする勇気がなかった。一人では怖かった。
「あんたにした仕打ち、まさか忘れてないさ?」
「その点なら心配するな。私はこの姉妹を問答無用で殴りかかったぞ」
「私も一度裏切ってますから」
《力》と《恋人》もクスッと笑いながら言う。白猫からすれば洒落にならない思いだったが、この際どうでもよかった。
「あーくそ! 分かったさ! やりゃあいいんだろ。あいつらに一発お見舞いする。それだけさ!」
「うん、勿論!」
「馴れ合いとかする気ないから。そこん所忘れるんじゃないさ」
「分かってますさ~」
白猫が相手の語尾を真似て言うので《魔術師》も真面目に相手するのが馬鹿らしくなった。
最初から肩肘張らずによかった。こんな気ままに生きてる相手を見れば、何もかもがどうでもよくなる。
「よーし。じゃあ帰ろっか」
「あ、あのどうやって帰るのですか?」
「信じる者は救われる。まー任せてよ」
突如白猫の球体が輝いて彼女達の意識は途絶えた。
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