第28話 反撃
ワイズの首都は混沌としていた。《皇帝》の死亡により彼を慕っていた特務機関が反乱を起こした。敵は当然神聖騎士だ。だが1000の銃弾を持って殲滅を試みるが、それは徒労となる。神聖騎士は医術を扱える故に持久戦となれば優位な上、魔術で隠れた敵を炙りだせる。遠距離の銃と中距離の炎。一見銃の方が有利に見えるが死角の多い街中では銃の射程が活かしにくい。おまけに混乱する市民も相まって隠れた神聖騎士に狙いを定めるのは至難の技だ。
一方、神聖騎士は魔術を使って優位に立っていた。火柱を1つ上げれば敵の視界を遮れる。誰もいない場所に氷の柱を出せば敵の注意を引ける。銃だとどうしても射線から居場所を特定されがちだが、魔術ならば何もない空間に発生させれるので優位だ。
どんなに弾を持っていても、どんなに数が揃っても、統率者なくしては個々の力となる特務機関は敗戦が濃厚だ。それでも彼らは攻撃を止めない。それが最後の生き様と決めているのだろうか。
そんな騒がしい街中の路地裏で白猫と黒狐が身を潜めていた。
「役者が揃って首都反乱か」
「ね、言った通りでしょ」
「なら、作戦通り城に侵入して幹部を一掃する」
まるで今まで何もなかったような口ぶりだ。敗北の苦渋は何度も味わった。嫌と言うほど死んで来た。だから、生きてるなら何度でも戦う。
「もう反撃の準備さ? 懲りないねぇ」
頭上から穿った女性の声がする。《魔術師》だ。見上げると屋根から見下ろして指をなぞっている。突如、2人に落雷が落ちた。灰になるも屋根の上に魂が移動して蘇生する。
黒狐がお返しに呪術を使うも見えない壁が説けただけだ。彼女には一切届かない。ならばと何度も使うも何重にも壁をされており、無意味だ。挙句、その壁は彼女達を囲って何もない所から水が注いできた。それは一気に2人の膝まで水位が増して飲み込む。
「殺しても復活なんてずるいさねぇ。人生は一度切りって習わなかったのかい?」
「生憎、学校には行ってないんでね」
「ニシシ。面白いねぇ。ああ、面白いさ。だから死ねば?」
見えない壁の箱は狭くなり動く隙間すらなくす。呪術で消しても既に何十、何百と重なっているので徒労だ。水は既に口元まで来ており2人を水の中に閉じ込める。その様子を見て《魔術師》はまたしても笑う。殺しても意味がないと分かっていながら殺そうとしている。
「魔術なんて本当に欠陥品さぁ。けど、そんな欠陥品もアルカナの力があれば、そこそこ面白くなるのさ? 今のあんたらがそうさね」
だが《魔術師》の期待とは裏腹に2人がもがいたり息を止めて抗う様子はない。《魔術師》は次の殺し方を考える。彼女にとって2人は只の遊び相手だ。
自身の力を受け止めて楽しませてくれるのはこの世のどこを探してもいない。
この娯楽を1秒でも長く続けさせる。それが目的だった。《審判》の命令を忘れてはいないが、自分の欲望には素直だ。
彼女は黒狐は全く警戒していない。何故なら彼女の能力は『創造』。頭に浮かべたそれが現実となる。銃を浮かべれば手に持てる。兵隊を創造すれば場に出る。尖った槍を創造すれば相手を一瞬で貫ける。そして、彼女のその能力は誰にも見えず、おまけに彼女は魔術の扱いにも長ける。故に彼女には敵なしだった。
そう、ついさっきまでは。
「ん?」
《魔術師》は肩に大きな負荷を感じた。普段ならば『創造』によって常に薄い壁を張っている。故に誰も彼女を殴れないし、銃弾も受けない。足場を造れば空にも逃げられる。
なのに、今までにない疑問がある。背中からだ。
ボキボキッ。
次の瞬間、その負荷は急激な痛みとなって全身を麻痺させた。今まで感じたことのない苦痛。今まで知らない激痛。僅かに首を後ろに向けた。
そこにはにっこり笑う白猫が立っていた。
「こんにちは。さようなら」
白猫が最後に力を込めると《魔術師》は言葉にならない叫びを上げて肩の骨が完全に砕けた。腕と肩の骨が分離して皮だけが繋ぐ。
《魔術師》は僅かな理性だけで隼を創造する。その隼の脚に片手を掴んで空へと逃げた。追撃する黒狐だが彼女の能力は届かない。
「ちっ。インチキじゃないさ」
「そっちほどじゃないけど」
魂の移動は距離が長くないものの、かなり自由自在に動き回れる。それは《魔術師》も知っていたが誤算があった。魂に壁など関係がないからすり抜ける。白猫が見た目以上の怪力だという点だ。更に油断も相まって完全に虚を突かれた。
「あたいにこんな仕打ちしやがって。許してもらえると思うな!」
そんな感情が心に響くはずもなく姉妹は涼しい顔をしている。《魔術師》は何かを仕掛けようと見せ掛け、天高くに飛翔して飛び去ってしまった。黒狐が追い討ちをしかけるも、しっかりと壁を造ってガードされてしまう。
「逃がしちゃった。ごめん」
「プライドに傷を入れただけでも合格じゃないか」
激しい戦いのせいか周囲に人の気配はない。各地で赤い炎と黒い煙が舞い、銃声が騒がしく響いている。だが、銃弾は最初の頃よりも勢いを落とし続けている。勝負は既に喫していた。
そんな街中を姉妹が堂々と歩いていると、急に地面から火柱が上がって前身を燃やした。周囲には神聖騎士が待ち構えており、全員が魔術の発動を予告するかの如く両手を光らせている。
復活はその場でだった。ならば、相手はそのまま魔術を使うだけだ。そう思考した時、地面が揺らぐ。足場がグラグラしていると思ったらタイル溶け、土が溶けている。それだけでない姉妹の周囲の建物、看板、四輪車、塀や柵、あらゆる物質が消滅していく。
1分もしない内に平らな土地となり神聖騎士全員の居場所が判明する。焦りと絶望の彼らだったが、見逃してくれる黒狐ではない。
全員、等しく同時に死んだ。
「あーあ。これで帽子ちゃんの約束全部破ったよ」
「きっと台本から逸れて満足してるぞ」
平地となったことで射線がよくなったのか、前方200m先のマンションの屋上から白猫が狙撃される。弾は胸を貫通して血を流す。けれど死ぬはずはない。
姉妹は頷くと駆け出してその建物を目指した。無人の道路を走り、喧騒も鳴り止んでいる。
建物に隠れて怯える人間にすら目もくれず、死んでいる特務機関を跨って、血溜まりを飛び越えてマンションの階段を登っていく。真面目に上っていた彼女達だが、途中から飽きて、白猫はベランダに飛び移り、パイプや手摺を使って器用に上がる。黒狐は壁の一部を溶かして手と足を掛けて強引に上がる。
屋上に着いた時には特務機関は死んでいた。死因は焼死。彼の横には狙撃銃だけが残されて黒狐がスコープを覗く。照準は皇帝の城。
城の外部は先程と打って変わって、今では神聖騎士が守っており、僅かに内部が見える。
偶然捉えたのは銀の騎士の《節制》だ。
「お姉ちゃん、狙撃の経験なんてあるの?」
「ない」
「引き金引くだけじゃ当たらないと思うよ?」
「引く必要はない。見えるなら殺せる」
事実、スコープの奥では《節制》が心臓発作を起こした如く、その場に倒れた。
『均衡』はあくまで射程内の人物のみが対象だ。何百mと離れた彼女達にまで効力が及ぶはずがない。
「ヘッドショットだ」
「当たってないし、撃ってない」
幹部を続々と撃退するが彼女達の快進撃はまだまだ終わらない。
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