第24話 神聖騎士団長
「では行くぞ」
神聖騎士団長の女性が言うと地面を蹴った。彼女は真っ直ぐ弾丸のように飛び、そのまま白猫と黒狐を捉えて勢いのまま拳を叩きつける。2人は後ろにジャンプして何とか回避した。相手が地面を殴ると石のタイルが吹き飛んで空に舞う。瓦礫の山が雨として落ちてくる。
「なんつー馬鹿力。女とは思えない」
「安心して。お姉ちゃんも今までの敵からそう思われてるよ」
暢気に会話している姉妹に女騎士は瓦礫の破片を掴んでそれを投擲する。シュンと風を切る音がして白猫の方に飛ぶが白猫が手で防いだ。右手が血まみれになって破片が刺さるもそれを抜いて捨てる。
「この服新品だから無茶しないで欲しいんだけど」
しかし、女騎士は話を無視して石の弾丸をいくつも投げる。その速度は尋常でないものの銃弾よりは僅かに遅い。目視できるならば黒狐の力で全て溶かせる。
弾丸が全て空気中に消えて女騎士はフッと笑った。
「聞いた通り恐ろしい力を持ってるな。けど、この街の平和は私が守る。悪党はここで滅ぼす!」
「何かすごく勘違いされてる気がする」
「いいや、間違ってないぞ。悪党だし」
女騎士は余裕の2人に対して一度深呼吸した。大きく息を吐いて、深く、深く息を吸う。
右手に力を込めて目を瞑り神経を集中させる。空気の流れが変わる。まるで大気が彼女を恐れて逃げている。落ちた破片が転がる。近くの窓が震える。暖簾が揺れる。
女騎士は目を空けた。
その時には黒狐の懐に潜っている。当然反応はできていない。そのまま、右手を突き出して張り手を繰り出す。
ドン、と重い衝撃と共に黒狐が空中に飛ばされた。彼方まで飛来してビルの壁に激突して壁に穴を空けた。近くからは一般人の悲鳴が轟く。
女騎士はすぐに体勢を変えて白猫にも同様の張り手を繰り出そうとした。しかし、白猫が左手でその手を叩いて軌道をずらす。白猫が相手の肩を掴もうとすると、女騎士がその手を掴む。もう片手も出せば瞬時に引いた手で掴まれる。
「力比べ? いいね面白そう」
「私に力で敵うと思って?」
組み合いになって両者が手に力を込める。一見均衡しているように見えるが、純粋なパワーでは女騎士の方が上だった。しかし、白猫には蘇生の能力があり傷付いても骨が折れても無駄だ。
おまけに下手な人間よりも力がある分、女騎士からしても絶妙に厄介だった。睨み合いが続く中、先に動いたのは白猫だった。頭で相手の額をぶつけて均衡を崩す。女騎士はすぐに手を離して距離を置いた。額に手を当てると白い手袋が赤く濡れる。
「おい、妹。あまり無茶をするな」
「別にいいじゃん。どうせわたしだと殺せないだろうし」
黒狐が壁を蹴りながら戻って来る。白猫はお互いが汚れた傷を治して相手を見据えた。
女騎士は自分の血を見て放心していたが、次第に拳を握って顔を歪ませた。
「こんな風に今まで何人も殺してきたのか。一体どれだけの命を奪った? 10人か? 100人か? もっとか?」
女騎士は非常に乱心していた。その様子を見て白猫と黒狐が見つめ合う。
「妹が刺激するから怒らせた。好感度大幅ダウンだ」
「何でもいいよ。どうせゼロよりは下がらないし」
やる気のない2人に対して女騎士の怒りは治まらず歯を食い縛っている。
「力とは使いようなのに。貴様らのような野蛮な奴がいなくならないから……。もういっそ、力を解放して……」
女騎士の瞳が暗くなっていく。そこから発せられる恐ろしい気には暢気な2人でも思わず飛び下がってしまった。それは少しでも生存確率を上げる為の防衛本能。死という概念がない白猫ですらも、己の危機を感じた。
「団長!」
張り詰めた空気の中、場違いな男の声がする。最初に戻った彼女の部下の声だ。後ろには何人もの神聖騎士が駆けつけてくる。白猫と黒狐は流石に状況不利と感じるも、ここで背を見せて逃げようとは思わなかった。その女騎士から少しでも目を離せば不味い、そう直感している。
「動くな。動いたら部下を殺す」
危機的状況と判断して黒狐が声色を変えて言った。その指先を少しでも動かせば視界が真っ赤に変わる。女騎士は動かず相手を見据えている。
「そのまま後ろに下がれ。下手な真似をしても殺すぞ」
女騎士は表情を変えずに後ろへ下がっていく。30m近く距離が置かれるもそれでも気は休まらない。白猫がチラリと角の道に視線を送る。その先には野次馬の人が集まってきていて、逃げるに適していた。黒狐に目配せをすると2人は一目散にそちらへ駆け出す。
一瞬、女騎士がピリッと空気を変えるも手は出してこなかった。女騎士が血で汚れているのに気付き部下が駆け寄る。
「無事ですか!?」
「問題ない。それと今から至急作戦会議をする」
「はっ! 《力》様!」
「その名で呼ぶな。今の私は神聖騎士団長だ」
「ははぁっ!」
女騎士、もとい《力》は十字架を握って目を瞑り、すぐにその場を後にした。
※
白猫と黒狐は人混みを掻き分け、とにかく遠くへ行こうと思うままに走った。そして、ようやく人気のない高台の広場まで来て息を吐いた。周囲を見渡し耳を澄ますも、怪しい物音も人もいない。
2人は壁の方にもたれて夜風で涼む。今日は満月で綺麗に出ていた。
「何とか振り切れたな」
「初日から最悪じゃない?」
「人生なんてそんなもんだよ。思い通りに行く方がおかしい」
「でも反省点はあるよね」
「過去を振り返るな。明日を見ろ」
白猫が何も言わずに肩をすくめた。
「そんな風に動いたんだ、ご苦労だね」
急にベンチから声をかけられ驚いて目を向けると、そこには水色の髪をベレー帽で隠した小柄な女子が座っていた。眠そうな瞼は一度閉じたら二度と開きそうにない。
「帽子か。驚かせるなよ」
「帽子ちゃ~ん、おひさ~」
暢気な2人の挨拶を無視しながら彼女はベンチに手を着いて空を見上げている。
「何があったかは知ってるよ。《力》と会ったんだね」
「何となく
人並み外れた身体能力とパワー、そして最後に見せた殺気。どれをとっても人間がなせる技ではなかった。
「でも偉かったね。《力》を本気にさせなかった点、神聖騎士を殺さなかった点。まぁまぁ頑張ったんじゃない?」
そう言うわりには一切心が篭っていない上に欠伸までしてる始末。他人の人生など興味がないという感じだ。
「あんたの思惑としてはあいつらと手を組むのが筋書きじゃないのか?」
「知りたいの? 結局君達も台本をなぞるだけなんだね。
その煽りは存外に効いていた。彼女達は
おかげで場には沈黙という静寂が流れて会話が止まる。
すると黒狐が思い出したように財布を取り出した。
「そういや借りたままだった。これがないと困るだろ。ちょっと使わせてもらった。必ず返すから」
黒狐が彼女に差し出すも、《運命の輪》は受け取ろうとしなかった。
「ボクはいい。それは君達が持つべきだ。それがないと面倒な過程を踏んで結局失敗するから」
気にしてくれているのか、いないのか、彼女の心はとても繊細で難しかった。ただ、少なくともこの場で姿を見せてくれたのは嫌われているという認識ではないのが確かである。
「これからどうしようか」
黒狐が白猫に向かって言う。神聖騎士と敵対してしまったので懐柔作戦は失敗だ。
かといって特務機関へ赴くのも自殺行為。対価の支払いの日すらも分からず、今も幹部がうごめいていると思えば八方塞がりだった。
「わたし、あの騎士さんが敵とは思えないよ。何か聖女さんと似てる気がする」
「おいおい、めちゃくちゃ殺意むき出しだったぞ」
「でも、あの人のしてる十字架のネックレス、聖女さんのと同じだった」
「そうだったのか? よく見てるな」
「騎士さんが部下に言ってた言葉覚えてる? 無闇に殺すな、悪しきを滅ぼせって。多分だけど、悪い人じゃないよ」
実際、戦っている途中も《力》はどこか手を抜いていた。本気の姿を垣間見たものの、それでも自制したのは己に科した制約があるからだと白猫が考える。
「あの人からすればこっちが悪者だろう? 何を言っても聞いてくれないぞ」
すると白猫が唸るも顔を上げて手を叩いた。
「そうだよ、悪者になればいいんだよ。変に善行を積もうとするから失敗したんだよ。わたし達はわたし達らしくする。それがいいんじゃない?」
白猫の言いたい意味が全く分からず黒狐が疑問府を浮かべるばかり。
だがそれを聞いていた《運命の輪》は静かに口元を緩めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます