第51話

「…モンド侯爵。女同士で少し話をしたいので、下がって頂けますか?」

「えー」

不服そうに口を尖らせながらも、モンド侯爵は下がって行く。

そこから暫く、国王妃とローズの会話を聞き役として回ったのだが、ローズが気をきかせて話しかけて来た。

「リアさんの髪色にドレスが凄く似合っております!あ…、そのネックレスって、もしかして真珠でございませんか!?」

少し弾んだトーンに驚きながら返事をする。

「あ、はい!そうです。本物です!」

「まぁ!私、真珠を初めて見ました!」

「え…?」

言葉に詰まった。

「ろ、ローズ様は宝石店を営んでおいでですよね?なら、一番、宝石を見ているのでは…」

背中にひつと汗をかく。

「確かに私は他の方より宝石を見ておりますが、真珠は王宮専属の宝石商と技術師しか触る事を許されておりませんから。ですから、基本、真珠は王族の方しかつけられないのですよ」

「え…」

「でも、本物の真珠を付けているという事は、何か物凄い功績を残されて国王陛下に頂いたのですね!二重のネックレスも凄いのに、ピアスもセットで頂いてるって余程の事をされたのですね!」

どうしよう、目が泳ぐ。真珠にそんな設定があったとか知らない。

国王に貰ったのは間違いない。だが、私はもうカサンドラではないから持っていたらおかしいのだ。カサンドラと明かせば、虚偽罪で投獄は確定だろう。

ドレスに合わなくても他のネックレスにすればよかった、と後悔する。

「そ、その…、実は、この真珠は亡くなった母が持っていた物で…」

仕方ないので知らぬ存ぜぬで逃げ切ろう、と咄嗟に口から出まかせを言う。

「亡くなったお母様のお名前は?」

こてん、と首を傾げて聞いて来る国王妃。功績を残した親から貰った、で済む話を何故、ここまで掘り下げようとしてくるのか。言葉に詰まり、喉が異常に乾く。

「え、っと、その、」

「真珠は希少なので採れる国からの命で誰に渡したのかも通知しなければならないのですよ。リアを疑っている訳では無いのですが、念のためにお母様のお名前を教えてください。もし、それがで、リアが罪を被る事になったら大変ですから。だから教えてくださいませんか?」

「は、はい…、母の、名前、ですよね…」

ここで謝ってしまって自分がカサンドラだと言った方がいいのか。いや、カサンドラは死んでいる。焼死体で見つかて死んでいるのだ。どうしよう、と悩んでいると

「国王陛下のおなりです!」

急に大きな声が響き渡り、一斉に皆が首を垂れる。国王妃まで椅子から立ち、同じようにしている。慌てて私もローズを真似して下手に移動して礼を取った。

「皆、楽にせよ」

その一言で静まり返った広間はまた、ざわめき始めた。

「遅くなってすまなかったな。ん?愛しき王妃、今日はすこぶる機嫌がいいようだな」

国王妃の頬にキスをする。

「あまり長いをすると腹の子にさわるぞ?ひざ掛けか何か用意させようか?」

「もう、過保護なんですから」

国王に満面の笑みで返事をした。

小説の中では二人の間は最悪で、私がケイモンドと結婚をして挨拶に行った時に、二人の仲を取り持つはずだった。確か、二歳くらいになる子どもがひとり居たが、二人目が出来ている事に驚く。物語の終わりまでそういった描写も無かったのに、やはり少し変わっている。

『…いや、大丈夫。もう、私が主人公の物語りなんだから』

落ち着こう、と静かに呼吸を繰り返す。だけど

「ご機嫌な訳を聞いて下さいませ。リア、こちらへ」

急に手招きされる。行かないと不敬罪に問われるかも、と思っても足が動かない。

「どうされました?」

そう言ってローズが私の手を取ってエスコートしていく。もう、どうにでもなれ、とローズに連れられ国王の前に行き、礼を取った。

「リアと申します」

「…それで?ご機嫌な理由はこの娘なのか?」

平民の挨拶など、聞くに及ばないのか無視して国王妃の手を取ってキスをする。

「はい、そうでございます。見て下さいませ。彼女のネックレスを」

「…ふむ…真珠だな。それは何処で?」

「亡くなったお母様から受け継いだ物らしいですわ」

「ほう。で?その母の名は?」

やはり、そうくるか…。でも、流石に隣国の事は分からないだろう、と気を持ち直して口を開いた。

「えっと、その、隣国の王から頂いた物なので…」

「それは本当か?」

「…え?」

国王の声色が一瞬変わったのに気づいて、また背中に汗をかく。

「いや、そのデザインは我が国用で、隣国はまた違うデザインなのだがなぁ…。援助金の関係で隣国は一重。我が国は二重なのだ」

呼吸をしているのに脳に酸素が回らず、ゆらゆらと視界が揺れている。

逃げ道が見つからず、もう、どうしたらいいのかも分からず、慌てて二人の前で両膝を着いて頭を床に擦り付けた。今の私はケイモンドに愛されているんだから、必ず彼が助けてくれる。そう信じて口を開く。

「申し訳ございません!死んだ母から譲り受けた、と言うのは嘘でございます。…実は、五年程前に連続殺人の犯人検挙に貢献し、国王陛下より頂いた物になります。カサンドラ、という名で占い師をしておりました」

「…確かにカサンドラと言う占い師に褒美として渡したが、お前がカサンドラであるという証拠は?」

顔を見なくても分かる威圧感に、呼吸が乱れる。

『どうしようどうしようどうしようどうしよう』

証拠。私がカサンドラだという証拠としたらアレだ。これを言ってしまえば真珠は盗難品でない事を証明できるが、その後の言い訳を考えなければ。

「れ、連続殺人の被害者は公表されていた人数は四人でしたが、本当は六人。殺害方法は全員違い犯人は複数と思われていましたが、犯人はひとり。解離性同一性障害(多重人格)者だった為、捜査を混乱させました。それに、犯人は女性でした」

公表されていない事を伝えて国王の反応を伺う。

「確かに。…だが、カサンドラに聞いたという事もある故、と言いたい所だが、訳があるのだろう?申してみよ」

「あ、ありがとうございます…。実は、占いをやっているうちに、命を狙われるようになりまして…。苦肉の策で死を偽造したのでございます」

「死の恐怖から仕方なく偽造をしたのだな。…確認だが、リアと言うのは本名か?

「…はい」

「本名がリア、そして、カサンドラと言う名で占い師として働いていたが、命の危険があるという事で、死を偽装した。という事で合っているか?」

「…ご理解いただき、感謝いたします」

「では、自分の口からちゃんと言ってみよ」

「本名をリア、占い師名をカサンドラで活動しておりました」

「そうか。立つが良い」

お許しが出て、ゆっくりと立ち上がるといつの間に来たのかケイモンドが国王の横に立っていた。

ケイモンドはチラリと私を見ただけで、胸元からジャバラになった手紙のような物を取り出し、それを国王に手渡す。

「ケイモンド…」

「誰が名で呼んでいいと言った」

吐き捨てるように言われる。彼は嫌悪感を隠そうとしていない。

私が何をしたのか、と分からなくて動けなくなる。

「罪状」

先程、やり取りしていた時と打って変わって冷たい声が国王の口から発せられ、

「え?…」

何と言われたのか脳の処理が追い付かなく、莫迦みたく口を開けて国王を見上げてるしか出来ない。

「ダイアナ・べバレ前侯爵夫人殺害指示。その実行役のメイドを毒殺。エリーナ・コーナー殺害とその遺体を自身の焼死体への偽造利用。レオフリック・べバレ男爵殺害、リバイス伯爵夫人・べバレ侯爵夫人殺害未遂の実行犯として罪人、カサンドラに公開処刑を言い渡す」

「ち、違います!何かの間違いです!私は何もしていません!」

「ほう。では、この儂が嘘の罪状を読み上げた、という事か?」

「わ、わた、わた、わたし、にも、…どうして、そのような、つみを、その、かぶせられた、のか、わ、わから、なくて…」

「分からない?」

「は、はい!その通りでございます!」

また膝を着き頭を付けて罪を着せられたアピールをする。

何故、実行役のメイドを毒殺したのがバレたのか。エリーナの死体を利用したのが分かったのか。それに、あの騎士、レオフリックはだま爵位を継承していなかったはず。最後、何て言ったのか慌てて頭を働かせる。

「ふむ。お前の母親とやらが供述した内容では、カサンドラが主犯としてこの計画を企てたが、最後の詰めが甘くリバイス伯爵夫人とべバレ侯爵夫人は殺害未遂に終わってしまったという事だそうだが」

今、何て言った?『お前の母親とやらが供述した内容』と言った…。あの女、この計画を失敗して全て喋ったという事?じゃないと、こんなに詳しく分からないはずだ。あの莫迦女っ、と口悪く罵りたくて唇をきつく噛みしめる。

ゆっくりと顔を上げると、視界に入ってくるのはケイモンドが私ではなく、違う所を見て優しい目をしている姿。

恐る恐るそちらに顔を向けると、本来なら、ここに居てはいけない存在が、綺麗なシルバーの髪色を輝かせて、シャンパングラス片手に私を見降ろしていた。

「…殺害、未遂…」

キヨリーヌと母親は殺したはず、だ。

そうして、杖を突きながらリバイス伯爵が夫人をゆっくりとエスコートして来て、キヨリーヌの横まで来る。この躰の父親が軽蔑した目でこちらを見ている。


ー殺す事に、失敗したー


漸く脳が理解して、

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あっ」

慌ててキヨリーヌの居る所まで走り出す。


可哀想な姉を演じて泣き付くか、それとも掴みかかって道連れにするか。

この状態で前者は無理だ。この状態でコマをひっくり返す事なんて不可能だ。

ならば、もう、キヨリーヌを道連れにするしかない。


ここまで費やした時間と苦労を水の泡にしてたまるか。

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