第24話 ※水難事故表現有。

「何か私に用があって待ってたの?っていうか、私は貴女の事知らないし、そっちは知ってても初対面なら先に挨拶が常識じゃない?」

「あ、挨拶なんて、貴女と仲良くなる気が無いから、挨拶なんか必要ないわ!それより、貴女は常識が無いから教えてあげるわ!結婚したら、一ヶ月以内に結婚の報告のお茶会を開くのが常識なの!まぁ、貴女みたいにお友達も人脈も無い人はお茶会開いても来てくれる人は居ないでしょうけどね!」

その話にローズが思い出したように顔を青くする。どうやら、この世界ではそれが常識のようだ。…これはケイモンドに問い詰めなくては。

その前にのの令嬢をどうしてくれよう。

「そうだ」

あれをやってみよう、と食って掛かって来る令嬢の腕を掴み引っ張る。

「全く。…この可愛い唇は、塞がないと駄目、かな?」

「ひぇっ…!」

顔が近づき茹蛸みたいに顔を真っ赤にする。面白いくらい反応してくれる令嬢を見て、悪戯心は加速。更に顔を近づけ、鼻がくっつくくらいの距離まで行く。

「だ、駄目、私には、こ、婚約者が、」

「すとーーーーーっぷ!奥様、冗談が過ぎます!令嬢がに進んでしまったらどうするんですか!」

猛ダッシュで私達の所まで来たハルドールに令嬢からはがされ、そのままポイッとラグビーボールを投げるように斜め後ろに居た人に送られる。

「お前は、そうやって人をおちょくるのは癖なのか?」

「あはは。こんな可愛いお嬢さん達とお喋り出来たから楽しくなっちゃって」

「ちょっと目を離した隙に呑んだのか?」

素面シラフでーす」

可愛らしいお嬢さん達に私達が仲が良いと見せる為、ケラケラと笑いながらケイモンドの首に腕を回し抱き着くと、その行動に令嬢達は黄色い悲鳴を上げる。

「こここ侯爵しゃま、ごきげんようぅぅぅ、」

必死に声を掛けるが、わざと声をかぶせた。

「ここでキスしてあげてもいいけど…、まだキスの経験も無い可愛いお嬢さん達がいるから、おあずけね」

犬や猫達がする鼻同士のキスをして、

「ところで、旦那さん?聞きたい事があるんだけど?」

「なんだ?」

「結婚したら一ヶ月以内にお茶会開かないといけないの?開かないと非常識なの?」

可愛らしく首を傾げる。

「そういった習わしを重んじる女性が多いのは知っているが、個々の家庭の事情もあるから必ずしも一ヶ月以内という訳じゃない。我が家は色々から、数日後に茶会を開くとこのホテルに来る前に招待状を送っている…が?」

「おぉ~相変わらず仕事出来る男。手際良くて助かるわ~」

ちゅっと鼻頭にキスを送る。と、微笑んで令嬢達の方を向く。

「って家主からの説明があったけど、質問はあるかしら?質問があれば、ここに家主がいるから思う存分聞いて、ね?」

圧を掛けた言い方をすると、令嬢達は唇を噛みしめ

「べバレ侯爵様にお会いでき、光栄に存じます…。失礼致します」

ケイモンドにだけ礼をして、小走りに逃げて行った。

「…あんな子どもを虐めなくても…」

「ほう。なら、私は虐められていいのか」

ぺしぺし、と肩を痛くもない叩き方をしてわざとふくれっ面で彼を睨む。

「違う違う、そうじゃない、」

「それにさ、もう招待状送ったなら送ったって教えてくれても良かったのに」

「そうですよ!ケイモンド様!これは伝えてないケイモンド様が悪いです!」

ふんぬ!と鼻息荒くケイモンドを叱ってくれ、私は黙って頷いていると

「す、すまない…。前日に伝えてもお前なら大丈夫だと思って」

シュン…と犬のようにしなだれて、再度『すまない』と謝る。いやはや、その顔が可愛く見えてしまうとか、困ったものだ。

「招待状送った人の名前を教えて。ローズ様やリリアンヌ様に気を付ける事とか聞くからさ。後、招待状送ってくれてありがとう」

呼ぶ人を事前に相談してくれていたらもっと良かったが、ダイアナ様の時もこうして来たという事だろ。“相談して”としつこく言おう。

「さぁ、そろそろ下ろして。レストランに行こう?」

ケイモンドの頭をなでなでしてレストランに行くのを促した。


ーーー

「お母様、今日はボートに乗りましょう!」

次の日、私達が起きる前からシエルが元気よく部屋に突撃してきて、目が開かないまま服を着替える事となった。ボートは予約制で空きがなかったのだが、タイミングよく空きが出来たのでローズが子ども達の為に取っていてくれていたそうなのだ。ボートに乗った事のないシエルは楽しみ過ぎて朝早くから目が覚めてしまった、という事だったらしい。

ボートには可愛らしいドレスを着て乗るのが今、流行っているとメリーとマリーが張り切って着せてくれたのだが、どう見てもゴスロリ風でキヨリーヌには似合わないと感じる(着せてくれた双子には言えないけど)。幸い、こんな服を着た所を見た事が無いからか、シエルとドリーは可愛いと褒めてくれたがケイモンドの目はそうは言っていないのが良く分かった…。

楽しそうにボートに乗る子ども達を双子と眺めながら、令嬢達の裏情報を聞いていた。やはり裏情報、面白い話ばかりで退屈しない。公爵・侯爵家は口の堅いメイドしか居ないのか殆ど話は出ないようだ。まぁ、そんなものだろう。

「そろそろボートが戻って来ますので、奥様、行きましょう」

桟橋の所で旗を振っているのに気づいたメリーが立ち上がるが、

「いいよ、ふたりはここで休んでて」

私はひとりで乗り場に移動しようと動き始めた。すると、その横を十歳くらいの女の子が嬉しそうに駆けて行く。

その後を追う様に歩いて行くと、

「お嬢様、お待ちください!どうか、走らずに!」

汗だくになって女の子を追う妙齢のメイドが私達の傍で力尽きてしまい、足を止めて叫ぶ。すると、その声に女の子は満面の笑みで振り返り

「ソフティ早く!今日は誰にも、」

そこまで言って動きを止めた。シエルも嬉しくてケイモンドの手を引っ張って行ったな、なんて乗る前の事を思い返して微笑んでいると、女の子が私を見ている事に気づいた。“服が珍しいのかな”なんて思って女の子の横を通り過ぎようとして、私も止まってしまった。そこで漸く私達は妹・姉である事に気づいてお互い指を指し合う。

「「何で居るの?」」

居たら悪い訳でもないのに、つい、お互い敵意抜出になってしまうのは仕方のない事だと思う。

「お嬢さん、メイドと一緒に行動しなければ何か遭った時に困りますよ?」

「お姉さん、年を考えた方がよろしくてよ?その年でそんなドレス着るのは恥ずかしいですわよ」

「私が着ると少し子どもっぽく見えるかしら。でもね、素が良いから何でも着せたくなるのよ」

「メイドの目が腐ってるんじゃないの?」

「あら~リボンをたくさん付ければいいくらいの脳しかないメイドに比べたら、全然、いいけどね~」

「流行り廃りも分からない人間にはこの良さが分からないのよ」

「素がこんなんだから、リボンで飾るしかメイドも対応できないんじゃない?可哀想ね、素が悪い人は。同情するわ」

「い、言わせておけば!この婆が!」

「うふふ、婆でも愛され上手が得をするのよ」

そこまで言うと妹は返す言葉が無くし、ぐぬぬ、と歯を食いしばる。

「お、お嬢様に何て口の利き方を!」

不意に後ろから声がして、ドン、と背中を押されてよろける。よろけた先には名前も覚えていない妹。まずい、とは思ったがこんな服を着ていると思う様に動けず。頑張って避けようと試みたものの上手く行かずに妹にぶつかり、ふたりして湖に落ちていた。細いと言えど、大人の女性を十歳の子どもが受け止めきれる訳もなかった。

やばい、と思い躰を翻して必死に妹を水面から上げようと試みるが、パニックになった妹は案の定、暴れて私もパニックに陥りそうになる。ゴボゴボ、と音をさせて小さい妹がもがき苦しんでいる事が恐怖を感じさせた。おちつけ、と自分に必死に言い聞かせ、暴れないように腕を胸の前でクロスさせ、抱きしめる。そして、下がらないように体力を温存させながら片腕だけで水を掻くが、流石にこのドレスのせいでうまく行かない。不意に指先に何かが触れ、無我夢中でそれを掴む。感触的にロープのようなので、ボートを桟橋に繋ぐロープが水に垂れていたものだった。

しかし、もう、これ以上は息も体力もヤバいから早く助けてくれ、と必死に願っていると、それが通じたか腕が伸びて来て、私達は漸く水面へ顔を出す事が出来た。

必死に酸素を躰に取り込もうと呼吸を繰り返しながら、妹を見ると顔色が異常なほど悪い。その姿が、カイトと重なり私の口からは言葉にもならない音が漏れていた。

「キヨ!大丈夫か!」

その時、ケイモンドが私の背中を叩き、その痛みと驚きで我に返った。

「っはっは、…わたしは、大丈夫、っその子、いき、してるっ!?」

私の問いかけに妹を横にさせた騎士は泣きそうな顔をして

「息を、していません、」

こちらを向く。湖に落ちて息をしなくなって何分経つのか分からないが、一刻を争う。よろけながらも妹の許へ行き、気道の確保を行い、人工呼吸を始める体制を整える。

人工呼吸なんて三十年以上も前に講習を受けた以来で、うろ覚えも良い所だ。だけど、しなければこの子は確実に、死ぬ。

「この子の、胸元を見ていて!ちゃんと上下するか!いい!?あと、誰か毛布を取って来て!」

「わ、分かった」

大きく息を吸い込み、胸に送り込むを二回繰り返す。

「大丈夫、ちゃんと胸が上がった」

ケイモンドの返答に頷いて、胸骨圧迫に移る。子どもは多分三センチくらだったはず。圧迫しすぎないように気を付けながら。そして、十五回圧迫して息を吹き返さなければ、もう一度、人工呼吸をする。

声に出して数を数えた方がいい、と言っていたはずだが、声を出す気力がない。この子を助けたいという気持ちだけで躰は動いていた。

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