第7話

「調理場に居た者には何時からこの籠があったのか聞いたのですが、誰も知らなくて」

「私達が来る前に四~五人程、メイドと他の使用人が入って来たようなのですが、誰かまでは分からないそうです」

双子はそこまで聞いて私の所に向かって来てくれた事が嬉しくなってしまう。

『忠誠心が強い子って仕事できるよなぁ…』と。

「そしてドリーは出て来てないって事は、今から出て来るか、中止になった、とでも書かれてたのかしら」

ふむ…、と考えていると、少し離れた所で騎士数名が柵の所で騒いでいるのが見えた。

私がそちらに見入ていると、騎士団長が視線の先に気づき

「あいつ等…」

と唸り声をあげた。

「何してるか見に行きましょうか。メリー、マリー。ひとりはお茶の準備、もうひとりはドリーの所に行ってきて。もし、準備をしていなかったら、おやつだけ外で食べませんかって誘ってくれる?で、準備してこっちに向かって来ていたら、変更してすみませんって謝ってくれる?」

「「かしこまりました」」

二人と別れ、私は野次馬根性で騎士の集団に向かっていくと、柵の外に美女がひとり立っていた。

「次、俺!」

「いや、オレだって!」

と言い争っている一番前にメイドがひとり。…エリーナだ。

「いい加減にして!私が今、見て貰ってるんじゃない!」

「お前、いつも見てもらってるじゃねーか」

「ふふふ、時間さえ合えばいつでも見てあげるわ、あ…」

柵の外に居た美女の虚ろげな瞳が光を灯したように明るく輝き、こちらを見た。

「ねぇ、ちゃんと…」

エリーナが外に居る人美女に声をかけたが、騎士達の声でかき消される。

「「「持ち場に戻ります!!!」」」

騎士団長の青筋が立った顔を見た騎士達は敬礼をして、物凄い速さで去っていった。

「まったく…。挨拶も出来ないのか、あいつ等は…」

「まぁまぁ。たまには息抜きも必要ですし」

私は気にしてないよ、という事を伝えたく、笑って誤魔化す。

「ねぇ、あのお方は?ねぇ、エリーナ」

声のする方を見れば、美女が柵から手を入れてエリーナの服を引っ張って質問をしていたが、彼女の手を振り払って屋敷に戻って行ってしまった。

エリーナの後姿を見送っていると

「あの、初めまして…私、占い師をしているカサンドラと申します。もしかして、貴女様は侯爵様の奥様になられた方ですか…?」

カサンドラと名のる女性が話しかけてきた。

すると、けん制するように騎士団長が私の前に立ち、

「お前のような者が容易く声を掛けられるお人ではない。それに今後、侯爵家の周りで仕事うらないをする事を禁ずる」

追い払おうとする。

前に何かトラブルでも起こしたのだろう。だが私が色々言うべきではないかな、と待ち合わせの場所に行こうと歩き始まると

「奥様!どうか、私の話を聞いてください!どうか、」

いきなり泣きはじめ、思わず足を止める。

流石に泣ている人を放置も出来ない。そして、放置してあらぬ噂を立てられて良い事は無い。

「…団長さん、少しだけでいいので話しをさせて下さい」

「…承知いたしました…」

腑に落ちない顔であるが、騎士団長は離れていく。

「それで、お話とは?人を待たせているので、手短にお願い、わっ、」

手首を掴まれ、軽く引っ張られる。

「ダイアナ様が亡くなる前に、警告をしたのに誰も聞いてくれませんでした。奥様にお話ししたい事があります。一度、私のお店に来てください。絶対に、誰にも気づかれないように」

囁くように、お告げでも告げているかのように。

そうして、手に何か握らせて彼女は深々と頭を下げて私に背を向けて歩き出した。

「…奥様、大丈夫ですか?」

「えぇ。…彼女って占い師なの?」

「はい。かなり当たると有名な占い師、なのですが…」

「なのですが?」

「あのなので、占い目当てよりも彼女目当てで店に行く男が多くてですね。…その、男の客同士の喧嘩が絶えないのです…」

「その割のは団長さんは彼女に見向きもしませんでしたね」

「こんな年ですから。見てくれより芯がある女性の方が魅力的に感じます」

「あら」

その言葉にちょっと顔がにやけるが、

『だから、彼女にあんな顔をしたのね。…それにしても、ダイアナ様が亡くなる前に警告って…』

自分が知らない事があると思うと不安を感じずにはいられず、彼女に握らされた紙をポケットに入れた。


ーーー

「ねぇ、新しく来た奥様の服ってさぁ」

「「ダイアナ様のだよね」」

「でもさ、あの子どうやって新しい奥様と知り合ったんだろ」

「それは…どうやって?」

「知らないよー」

「旦那様もよくあんな殺人鬼を嫁に貰おうと思ったよね」

「あれってさぁ、本当に新しい奥様の仕業なの?」

「でもでも!あの奥様の噂ってすごい物ばかりじゃん」

「メイドをイジメてたって聞いた。熱いスープをメイドにぶっかけて火傷させたとか」

「私も気に入らない騎士がいて、数人の騎士に暴行加えさせて腕が使い物にならなくなったって聞いたけど」

「はぁ?その話って本当?」

「伯爵家の時にあの人の専属メイドしていた子が言ってたから本当だよ。だから、こっちに付いて来なかったんでしょ?」

「だから、侯爵家こっちから専属メイドを付けたって事?」

「メリーとマリーが嫌がらせ受けるのも時間の問題かもね~」

「ねぇねぇ!誰が一番にイジメられるか賭ける?」

「「うわ!不謹慎!」」

「だけど、」

「「それは楽しそうかも!」」

楽しそうに談笑するメイド達の声を聞きながら、自分が悪女設定な事を知る。

「奥様…」

申し訳なさそうにしているメリーとマリーに『シ~』と人差し指を口元にあてて、その場から静かに離れた。

ドリーとお茶を楽しめたので、調理場に顔を出してシェフ達に挨拶とお礼言っておこうと思って立ち寄ったら、メイド達の雑談を聞いてしまったのだ。

部屋に戻ると、案の定、真面目なふたりは頭を下げる。

「いいのいいの。私がどう思われてるか知れたから、行った甲斐があったと思うのよ、私は」

にっこり、と笑うが強がりだと思われただろうか。

「今から少しお昼寝するから、二時間くらいしたら起こしに来てくれる?」

「「かしこまりました」」

部屋義に着替えるのにドレスを脱がせて貰う。

そして、着けていたジュエリーを外した所で、ふたりに再度、声を掛けた。

「今から調理場に行けば皆に私の事で色々聞かれるだろうし、言われると思う。けど、絶対に反論しない事、怒らない事。“そうなんだ”“知らなかった”“覚えておくね”“教えてくれてありがとう”の四つを上手く使ってみて。じゃあ、また後でね」

ひらひらと手を振って、ベッドへ横になるとふたりは静かに部屋から出て行った。

いやはや。この躰の持ち主は本当に体力が無さ過ぎて、幼稚園児みたいにお昼寝を挟まないと、夕食時に舟を漕いでしまう。

『キヨリーヌの躰の主の過去とか、家族の事とか知っておいた方がいいのかなぁ…。聞くとなると、やぱりケイモンドに聞くしかないだろうし…。聞いたら…教えてくれるよね?…それに、体力つくりもしなきゃだし、あの占い師の所にも行かなきゃ…。でも。どうやって会いに行く?こっそり行ける…?あ、明日くらいには、シエル君が、かえって…』

色々考えていたのに私の瞼はゆっくりと閉じ、暗闇の世界に落ちて行った。


ーーーキヨリーヌの部屋を出た双子は嫌がらせをした者は誰か、と考えていた。

仕事をせずに時間があるのはエリーナ。だが、そのせいでメイド達から嫌われているのを本人も知っている。調理場は噂好きで気の強いメイド達が頻繁に出入りするので、食事を摂る時以外、近寄って来ない。

となると、朝食の時にあの部屋に居たふたりが一番、怪しくなる。メイド長は見ざる言わざるを決め込む人だから、ありえないだろう。

『今日、朝食の担当って誰?』

『ラミーとパティのばす』

『…パティって少し前にあの人達(気の強いメイド達)にイジメられてなかった?』

『うん。…って事は、イジメられない為にやったって可能性もある?』

『そうだとしたら、タチが悪いわ…』

双子は苛立ちを含んだ顔をするが、瞬時に元のポーカーフェイスに戻して調理場に入って行く。

「シェフ、ありがとうございました」

「サンドイッチまで入れてくれて、助かりました」

「新しい奥様は苦手な物や食べられない物はなかったかい?」

「はい。トマトサンドが一番のお気に入りだったようです」

「やはりか!今日のトマトは鮮度も良いし、糖度も高かったからな!」

嬉しそうに笑うシェフを見て双子も微笑みを返す。

お茶を用意、とお願いしていたのだが、二時間もずらしたとなれば昼食の時間とほぼ変わらない。それを見越してサンドイッチといった軽食を入れてくれた。

すると。

「あっれー、双子じゃん。どう?新しい奥様はー」

見計らったように気の強いメイド筆頭のひとりが調理場にやって来た。

彼女はダイアナ様が嫁いで来た時に付いてきたメイドだ。

「ん~、今の所、問題なくやってるわ」

「えー!そうなんだ!だって、伯爵家に居た時に専属メイドが奥様に凄いイジメをさけたって聞いたから心配してたのよー」

「え~?そうなの~?」

「知らなかった~!」

「今だけ、猫被ってるかもしれないから。本当に気を付けなよー」

「「覚えてく。教えてくれてありがとう」」

面白い話が聞けなく、興味を無くしたようで早々に調理場を後にしていくメイドを見送る。

キヨリーヌが言う通りに返すと事が上手く運んだように感じ、双子は邪魔される事なく昼食を摂る事が出来た。

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