第4話

あんな事を『疑われているから、気を付けて』別れ際にリリアンヌから言われた言葉。そして、ケイドモンにも言われた『貴女を快く迎え入れるとは思わないで』の言葉にひとつの答えが出てきて、思わずため息が出る。

キヨリーヌこのコは何かをやらかした後なんだ、と。

馬車の中でドリーと手遊びで時間をつぶしながら、そんな事を考えていた。

そして、さっきからすごくこちらを気にしているケイモンドの視線が、気になって仕方ない。

それに、彼の視線があからさまに結婚式の後と違う。

「はぁ……、あの、…言いたい事あるならはっきり言って頂けますか?」

相手から声をかけて来ないなら、こちらから声をかけるまで、と私から声を発した。

「え!?」

あの日の強気で嫌味な彼は何処に行ったのか、と思わせる姿に何だかすべてが阿保らしく、思わず笑ってしまう。

「あはははは!もう、ドリーのお父様は何でも態度に出ちゃうのねー!」

そう言ってドリーの脇をくすぐり、二人で大声で笑いあっているとバツの悪そうな顔をしてケイドモンはそっぽを向いた。

「まぁ、それはいいとして、私達は事情聴取とかしなくて大丈夫なんですか?」

「えぇ。我が家は疑わしい時間に部屋から誰も出てない事を使用人と警備の者が証言しているので」

「それは助かりました。…えっと、シエル君は?」

「…あの子は、おばあ様の馬車に乗っています。おばあ様の手伝いをするから数日、向こうに泊ってくると言っていました」

あんな事をされて嫌になってと言われないだけよかった、と胸を撫で下ろす。

『…次は、あんな事にならないように、いや、しないように気をつけなきゃ。彼は、カイトじゃないんだから…』

よし、と気合を入れ直し、屋敷に着くまでドリーとの時間を楽しんだ。


三時間は乗っていたであろう。漸く到着、と報告を受けて私は安堵のため息を吐いた。

トイレ休憩をはさんだと言えど、テレビもDVDも無くひたすらドリーと遊ぶだけとなると、流石にネタも切れるし(自分が)飽きてしまう。幸い、ドリーはずっと楽しそうにしてくれたから良かったが…。

門が開き、敷地内を走っていく。

綺麗に整えられた花壇に芝生。公園にありそうな噴水まであって『侯爵家って噴水無いと成れないんかな?』と毒吐いていると、玄関前で馬車は止まった。

馬車の戸が開くとケイモンドが先に降り、手を差し伸べられる。

こんな事、されたことが無いので恥ずかしいが、私は今“キヨリーヌ”なのだ。

中身が違うと分かると駄目なのだろう、と頑張って成りきる事に専念する。

ケイモンドの手を取り、ゆっくりと馬車を降りると目の前には執事にメイドが十人程、並んでいた。

「お帰りなさいませ、旦那様、キヨリーヌ様、ドリスタン様」

深々と頭を下げる執事の後をメイド達が続くように頭を下げる。

「キヨリーヌを部屋に案内してやってくれ。ドリーは着替えを済ませてからキヨの部屋に行くように」

「あれ?私の事、キヨって呼んで下さるんですか?」

「…!っ、コホン…。長いですからね。短くするのは効率の為です」

「でも、それでも嬉しいです。ありがとう」

にっこりと笑うとふん、と恥ずかしかったのか子どもみたいにそっぽを向くケイドモンが可愛い。

「私は執務室で仕事をするので、夕食時に会いましょう」

執事もメイドも彼の態度が珍しいのか、興味津々と言った顔で見ているもの面白い。

「それではキヨリーヌ様、お部屋へご案内致します」

ドリーに手を振り、私は執事の後をついて行く。

玄関を入ると広いロビー。来客を座らせる為のソファーも置かれて、大きな花瓶には華やかで季節の花みたいのが飾られていた。

階段も絨毯がしっかりと敷き詰められていて、ドリーが転倒しても怪我をしないようになっているのように感じた。

執事は別館のような建物に向かい、南側の日当たりの良い方へ進んでいく。

「こちらの建物の一階は旦那様と奥様の私室。二階はシエル様とドリスタン様の私室とメイドが待機する部屋がございます。メイドと騎士は三交代で勤務しておりますので、お部屋でベルを鳴らして頂ければすぐにお部屋までお伺いいたします」

廊下の終わりが見え、部屋のドアがあけっぴろげになっている。

どうやら私の部屋みたいだ。開ける手間を省くために開けているのかと思ったのだが…。

「ねぇ!どうして模様替えが終わってないの!?」

怒鳴り声が聞こえる。それに私は目をパチクリとさせ、横を見ると執事は頭を抱えていた。

こっそり覗くと、少し恰幅のいいメイドが若いメイドを怒って(いや、叱って?)いた。

「先週からお願いしていた仕事よ!?何で終わってないの!?」

「だって、私は昨日休みだったんですよ?それに、その前の日は生理が酷くて休んでたし。その上、いちにち早く戻って来るって突然言われても困りますよ!あーーー!もう!ほんっっとにリーエルさんは私ばっかりに仕事押し付けて、嫌がらせばっかりして!私、貴女の事、大っ嫌い!」

「貴女ねぇ!」

二人の言い合いを見て、これは埒が明かないやつだ、と部屋のドアを強めに叩いて止める事にした。

「元気な事は良い事だけど、この部屋で休みたい私はどうしたらいいかしら?」

少し嫌味を含めて二人に質問をしていた。

「は、初めまして、奥様。わたくしは副メイド長のリーエルと申します。お見苦しい所をお見せしてしまい、大変申し訳ございません」

と深々と頭を下げるが、若いメイドは“頭を下げてやるものか”とそっぽを向いている。

しかし、執事が低い声で「エリーナ!」と強めに名を呼ぶと、悔しそうに頭を下げた。

エリーナと呼ばれたメイドよりどう見てもキヨリーヌの方が若い。若い主人が気に食わないのだろう、と乾いた笑いが出てしまう。

「これはどういう事だ、副メイド長。何で終わってないんだ」

「…申し訳ございません…」

悔しそうに唇を噛みしめて執事に頭を下げ、副メイド長は私の方に向くと膝をつき頭を下げる。

「奥様、本当に申し訳ございません。お時間頂けますでしょうか、遅くても夕方には終わらせますので…」

少し何かがおかしいぞ、と思ったが、相談されてもない事をとやかく言うのもどうか、と考え

「…分かったわ。私はドリーの部屋に居るから終わったら教えて頂戴。じゃあ、ドリーの部屋に案内して」

と執事と部屋から出る。

「もう、奥様の部屋は私がするから貴女は旦那様と奥様用のお湯と着替えの準備をして頂戴。やり方分かるわよね?多分、旦那様が先に入られると思うから、旦那様が出たらちゃんと掃除をしてお湯を入れ替えて」

と指示をする声が聞こえたが、私はドリーの部屋がどんなのかが気になって足早に二階へと向かった。

コンコン、とノックするとメイドが顔を出し、その下からドリーが顔を出した。

「キヨしゃま!」

「ごめんなさいね。我慢できずに来ちゃった」

と言うと嬉しそうに私を部屋に招き入れてくれた。

ドリーの部屋は子どもらしく、木馬やブランコが備え付けられていて夢の溢れる部屋だった。

執事は私がドリーの部屋に入ると頭を下げ、ケイモンドが居る執務室へ行ってしまう。

「初めまして、キヨリーヌ様。私はドリスタン様の専属メイドのソフィアと申します」

「これからよろしくね。……えっと、ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかしら?」

突然、それも初対面の人間に“質問”と言う言葉にソフィアの口元がきつく閉じられるのを感じる。

「…答えられない事は黙ったままでいいからね。さっき、副メイド長には会ったけど、メイド長は?」

ソフィアはケイモンドの事を根掘り葉掘り聞かれると思っていたのか、肩透かしを食らったような顔で私を見る。

「あ、…メイド長は娘さんが怪我をされてしまい、お孫さんの面倒を見るのに明後日までお休みを急遽、取られたんです」

「あら、それは大変。…じゃあ、さっき部屋で副メイド長がメイドを怒っていたけど、副メイド長はいつもあんなに怒り散らかしてるの?」

一瞬、どうしよう、と考えたソフィアだったが、

「いいえ。…副メイド長は生真面目といいますか、中途半端が嫌いと言いますか…。規則を重視する人なんです。メイド長はそういった事に緩やかな考えをお持ちなのか…副メイド長がその考えに否定的なので、余計厳しくしているというか…」

ため息を吐く。

どうやらソフィアも以前、怒られた事があるのだろう。

「むやみやたらに怒り散らしている訳ではないんですが、ハッキリ物事を言いますし、声が大きいので威圧感が凄くて…」

確かに。ドアが開いていたが怒鳴り声が外までハッキリ聞こえたくらいだ。

「あ!お茶の御用をいたしますね。ドリスタン様、お茶菓子は何に致しますか?」

「えとね、えとね、ドリーのしゅきな、ばちゃーびしゅけっと(バタービスケット)!」

「わかりました。キヨリーヌ様に食べて頂きたいんですね。すぐに用意してまいります。あ、あの、キヨリーヌ様、さっきの話なのですが、」

「分かってるわ。私は何も聞いていないし、貴女も何も話してない。そうでしょ?」

ふふ、と笑うと安心したのかソフィアは部屋を出て行った。

ブランコに乗るドリーの背中をゆっくりと押しながら

「老婆心で口を出すべきか否か…」

と独り言ちたのだった。

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