5 飛鳥寺のアスカさんと凡庸すぎる巡査 原稿用紙 十七枚
「あら可奈恵さん、またお散歩? 大神管理官から叱られるわよ」
関西なまりのtelepathyでアタシをたしなめるアスカさんは、アタシの神友である。ま、アスカさんがアタシみたいな異端神を友だちと思っているかどうかはわからないけれどナ。
「ええねんええねん、どーせ口頭で叱られるだけで罰則はないねんから」
アスカさんが常駐している奈良県明日香村の飛鳥寺には大仏が在る。アスカさんはいつもその後ろに浮かんでいて、人々の願いを叶えてあげている。模範的な神である。アタシたちには実体がないから、気配だけを感じる。
人間、特に日本人は、お寺には仏さまがいて、神社には神さまが居ると信じているようだが、実は神も仏も皆、いて座Aスターから派遣された下っ端の一般職員なのである。
いて座Aスターというのは、地球を含めた天の川銀河の中心に在るblack holeのかなり近くに位置する、天の川銀河の中でもかなり古い恒星である。アタシたちはその恒星を巡る惑星を母星としている。昔は地球人のように実体を持っていたが、地球人からすると遥かに永い永い歳月を経て、今のように実体を持たない形態へと変化した。
天の川銀河に在る生命体が発生した恒星なり惑星へ赴き、その星々に進化を促すことを目的としている。進化の最終形態は我々と同じ、実体を持たない一つの集合体である。地球はそこへ行き着くまでに、まだまだ乗り越えなければならない課題を山積させている。
本来ならアタシは、明治時代にできたキリスト教、プロテスタントの教会に常駐していなければならない。アタシは地球ができたときから、将来そこへ教会ができることを知っていた。それまでその辺りを漂っていたためか、放浪癖が抜けない。地球が誕生してから教会ができるまで。人間の感覚では四十六億年と呼ばれ途方もなく永い年月に思われるだろうが、アタシたちにとってはそうでもない。
アタシの塒はカナエ教会と言う。奈良県桜井市の南に隣接する桜奈市という場所に在る。教会ができる前からアスカさんの元へはよく通っていた。案外近いし、管轄している「管理官」が同じなのである。
桜井市に大神神社という神社が在る。日本でも最古の神社のうちの一つに挙げられるようだ。管理官という役職は、アタシたちの直属の上司に当たる。大神管理官は、日本人が言うところの、大体奈良県南部の寺社を担当している。アタシたちはときどき、自分の元を訪れた人間についての報告書を提出しなければならない。その報告もtelepathyで行うので一瞬で済む。管理官からは毎回感想を伝えられる。ちなみに教会ができるまでのアタシは、近所の人たちの心に泛んだ願いごとをtelepathyで感知し、その人間の過去や過去世を覗き、気が向いたら叶え、気が向かなかったら叶えず、人生の設計図を気まぐれに書き換えて来た。それもアスカさんの言う「叱られる原因」に含まれる。
普通の「神」は、人間の過去や過去世に捉われず、人間の願いを叶えてやる。あまり主観を持っていない。だからアタシは異端扱いされるのである。
人間の設計図。それはその人間が着床した瞬間から死ぬまで、綿密に設計されている。とは言え、いくつかの選択肢も用意されており、比較的flexibleなものになっている。しかし、アタシが願いを聞き届けないことは、設計図を作る係長補佐――管理官の上の役職が「係長」で、それを補佐する職員がたくさん居るのである――の手を煩わせることになり、そうなると叱責を受けるのは管理官なので、自然アタシも管理官から小言を言われることになる。
人間にはよく、特に若いころには、
「運命を変えてやる!」
と意気込むことがある。その人間の主観からすれば、確かに運命が変わったように感じられるかもしれないが、我々からすればそれさえも、既に設計図どおりなのである。
日本の中原中也という詩人は、
「人間にとっての偶然も、神にとっては必然である」
というようなことを言ったと聞く。彼は天才だったのだろう。それが真理である。
「アスカさんはマジメやなー。退屈せえへんの?」
十二月下旬、飛鳥寺の周りの雑草は枯れ果てて薄い茶色に包まれている。遠くにいくつかの小高い山々が見え、真冬の真っ青な空を背景に、常緑樹の葉でさえも白んで見える。
「可奈恵さんこそ自分の教会を空けて心配じゃないの? いつ誰がお願いごとをしに来るかわからへんでしょ? わたしやったら気になってよう留守にせえへんわあ」
「それが普通なんやろね。でもさ、残留思念があるやん。留守中に誰かが願いごとしてても、戻ったらわかるよ」
「で、可奈恵さんの場合は、それを叶えたり叶えんかったりするんよね」アスカさんの口調にアタシを咎める雰囲気はない。彼女はいつもそうだ。「わたしは残留思念をそこまで信用できひんわあ」
不安げである。
「アタシには居場所がなかった期間が長かったからかなあ、なんか正確に残留思念を読み取る能力には長けてるみたい。
アスカさんもいっぺんうちの教会にでも遊びに来ればいいのに」
アタシはアスカさんが断るとわかっていて誘っている。アスカさんもアタシの魂胆を見抜いていて返事をしない。
そこへ、小太りな人間、男がやって来た。年は二十八歳。いかにも凡庸そうな男である。名前はモウリ、職業は巡査とわかる。
モウリは線香を立て、アスカさんの前に鎮座する大仏に向かって手を合わせる。心の声が伝わって来る。
「お蔭さまで今月のノルマを達成できました。有り難うございました。
いい女性と結婚できますように。いい出会いがありますように」
モウリは礼を告げ、新たな願いをして去って行く。
アタシはモウリの過去の行いを見た。
「アスカさん、アイツの願い、叶えてやるん?」
アタシの不快感にアスカさんは気づいたようで、
「可奈恵さん、過去や過去世での行いを見てあたしらで人生を変えるのって、越権行為やろ? いい加減そういうのんやめたら? って言っても、あなたは聞かへんのやろうけど」
呆れた様子である。
「アタシ、あんな男許されへん」
「わからんでもないけど、わたしらの役目はそれじゃないやろ?」
「わかってるけど、あんなヤツを野放しにしとくから、地球の進歩はよその星より遅いんやとは思わへん?」
アタシはアスカさんの傍から離れようとする。
「可奈恵さん! あの人をどうするつもり!?」
アスカさんの訴えにも似た感情がアタシを追いかける。
「アスカさんはアイツにいい出会いを与えてやればええやん、きょうはそうお願いされたんやから」
アタシはそれ以上言わずに飛鳥寺をあとにした。
*
モウリは「ノルマを達成できた」とアスカさんへ伝えた。しかしモウリの背後には、女の恨みが見えた。怨念を呼べるほど強いものではない。
その女は五〇歳独身のアユミと言う。アユミは一旦停止を取り締まっているモウリに捕まり、反則金を支払うことになった。そのモウリのやり口が汚いのだ。
モウリが張り込んで居たのは大きな病院の傍である。モウリの仲間たちはそこを恰好の「釣り場」にしていて、ノルマが課せられる時期になると日替わりでそこへ待機している。
アユミの母は九〇歳。その日アユミは仕事を休み、母をこの病院へ連れて来ていた。普段は母が電動自転車でどこへでも一人で行く。心も体も至って健康だと、自身も周りも信じていた。
しかし前月、かかりつけの近所の診療所で受けた半年に一度の定期健診の結果に、主治医が首をかしげた。そしてこの大きな病院での精密検査を勧められた。
前週に採血、MRI、CTスキャンの検査を受けた。その日もアユミが仕事を休んでここへ来た。そしてその日、母の臓器の多くにがん細胞が見つかり、余命が長くないことを告げられた。沈痛な面持ち、重苦しい雰囲気の車内で母と二人調剤薬局へ向かう途中、モウリに捕まったのである。
その「釣り場」の地形も不条理である。
アユミは病院を出て、東西に走る道路を西の突き当りへと向かい、南北に走る道路を左折し、南へ進もうとした。
アユミが西へ向かった道というのが複雑である。
停止線がある。その先に横断歩道がある。さらにその先に、南北に走る道路がある。
横断歩道を歩く人は稀であるし、南北に走る道路も見通しが良くそれほど混雑もしていない。片側一車線ずつの道路沿いにはずらりとイチョウが並んでいる。十二月。既に黄葉の時期は過ぎ、裸木である。僅かにところどころ、舗道に黄葉の名残りを落としている。
アユミは横断歩道の手前で一旦停止をした。歩行者がいないことを確認し、南北に走る道路にほかの車がないことも見た。北に在る調剤薬局の前に交通整理の男性が立っていることを目視しし、なんでだろうと疑問をいだきさえした。
左折する。調剤薬局の駐車場へ車を停めたところで、隣に空いた駐車場へモウリがバイクを停めた。アユミはそれには気づかない。
アユミの母は一人ですたすたと、杖もつかずに背すじを伸ばして調剤薬局へ歩く。余命わずかな老人とはとても思えない。涙が溢れそうになるのを堪えていたところ、運転席の窓が叩かれた。
アユミはビクリとして窓の外を見る。警官が自分の顔を覗き込んでいることに驚いて、ドアを開ける。
「一旦停止しませんでしたね」
モウリはアユミに告げる。
「はあ?」
アユミには、どこで自分が一旦停止を怠ったかがわからない。横断歩道の停止線でも停まったし、北に在る調剤薬局の前に交通整理の男性が立っていることまで確認したのである。
「もう数秒停まってもらわんといけませんわ」
モウリは内心の喜びを表へは出さずに淡々と言う。「免許証出して」
アユミはただただ放心し、モウリの指示に従う。
モウリは手順どおりの作業をし、反則金を支払うための書類をアユミへ手渡す。
それを受け取りモウリが去って行っても、アユミは放心したままだった。何も考えられなかった。
一方のモウリは、これでようやくノルマが達成できたとにやにや笑いながら、自分が常駐している交番所へバイクを走らせた……。
*
モウリの心は晴れやかだった。そのことがアタシには許せない。そんな場所を「釣り場」にしている警察官たちへも憎悪が湧く。
アユミという女にもその母親にも、アタシはなんの縁もゆかりも関わりもない。それにまだその母親は元気にアユミと共に暮らしている。だけど刻々と寿命は尽きようとしているのである。
アタシが出会ったのがモウリであっただけで、あそこを平気で、しかも喜んで「釣り場」にしている警察官たちの何人が、アユミのような犠牲者を出しているか知れないと思うと、アタシは我慢できない。
管理官から叱責されることを承知で、アタシは係長補佐の元へ行く。肉体を持たないから、意識で念じればすぐに行きたい所へ行くことができる。瞬間移動、teleportである。
モウリの人生の設計図を作った係長補佐はすぐにわかった。向こうもアタシの気配にすぐに気づく。
「おお、問題児の可奈恵が、いよいよ自ら乗り込んで来たか」
関西ことばなまりのtelepathy。男の意識だ。
「飛鳥寺のモウリ……」
と伝えかけたアタシを、その係長補佐は遮る。
「君が来た理由はわかってる。モウリに仕返しをしたいんやろう。心配ない。コイツは元々両親の死に目には会えんよう設計されてる。あの男は凡庸すぎる。それはけっして悪いことではない。せやけど今回みたいに、想像力の欠如は人を深く傷つける。この男にはそういうことが多すぎる。だからコイツは両親だけやなく弟や、妻の死に目にも会えん。
満足か?」
「想像力の欠如……」アタシはアスカを思い起こしてしまう。なんでも人間の望みどおりに叶えてやる模範的な一般職員。「地球に派遣されたアタシら一般職員も、大いに反省すべき点があるように感じます」
「それは、君やわたしらの関知できる問題やない。
それより君は、大神さんに叱られる心配をしたほうがええんとちゃうんかあ?」
係長補佐は笑いながらアタシを冷やかす。
「ええんです、管理官もアタシもなれてますから」
「でも君が大神さんを通さんとここまで来たのは初めてやろう」
「それより、あの男、モウリ。結婚できひんように書き換えてもらえませんか?」
あの男の喜びを一つでも奪わなければアタシの気が済まない。たとえそれがアスカさんの信用を失うことにつながるとしても。
係長補佐は大きなため息をつきながら、
「最近君みたいな一般職員が増えて来てるとは聞いてたけど……、実際振り回されるのも案外楽しいもんやな」
意外にも嬉しそうである。
「すみません。お邪魔しました。
また来ますねー」
アタシが悪い冗談を伝えると係長補佐は、
「いや、めんどくさいからもう来んといてくれ」
と苦笑した。
*
「とうとうやったなあ。君はいつかするんとちゃうかとは思っとったがな」
大神管理官はアタシの報告書を読みながらぼやく。管理官も男性である。
「想定内でしょ?」
「気は済んだんか」
管理官に問われてアタシは考える。確かにモウリを結婚できなくしたことや、身内の死に目に会えないことを知って気は済んだ。しかし係長補佐のことばが引っかかっている。
「想像力の欠如が人を深く傷つける」アタシは係長補佐のことばを、そのまま管理官へ伝える。「アタシらも、ただ願いを叶えてやるだけではいかんのじゃないでしょうか?」
「うん、報告書にもそう記載してるなあ。報告書は毎回上層部へ届けてる。母星へも届いているやろう。せやけどそれは、わたしらの関知することやない」
「係長補佐とおんなじこと言わはるんですね。洗脳でもされてるんですか?」
「あほか。お前が異端なだけや。……でも確かに、一考の余地はあることなんかもしれへんなあ」
管理官の意識にも、アタシはゆらぎを感じた。
クリスマスが近づいている。アタシが塒にしている教会でも、行事のために毎日人間が集まっている。いくらアタシが不埒な神でも、毎年こんなときくらいは教会に居るようにしている。
人間たちの笑顔を見るのは好きなのだ。
了
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