第17話 望まぬ来訪者

 その夜。僕は奏汰を駅まで送って行き、いつもより少し遅い時間に解散した。

 あまりに色んなことがあったせいで、なかなか寝つけなかったけれど……夏休み明けなんてそんなものらしく、学校は僕らと同じ気だるげな雰囲気の人で満ちていた。

 9月1日。夏休みが終わり、2学期が始まった。

(昨日はあんな風に言ったけど、具体的にはまだ何も考えてないんだよな……)

 周りとどう向き合っていけばいいのか。

 すべての発端はあの写真がグループチャットに貼られたことだったけど、だからといって、みんなにチャットで説明するのも違う気がする。近しい人にはせめて自分の言葉で伝えたい。

 何のきっかけもなく1週間が過ぎた、ある日。

 昼休みに生徒会室で用事を済ませた僕は、教室に戻る途中で水沢に出会った。その日の水沢はひと言で表すとちょっと変で……まるで通せんぼでもするみたいに腕を組んでは廊下の真ん中に立ちはだかっている。

「ちょうどよかったよ、姫川~! 私、聞きたいことあってさ~」

 顔は笑っているけれど、眼光が異様に鋭くて怖い。

 彼女は下から見上げるようにして、僕に尋ねた。

「次の選挙のことなんだけど……姫川って、生徒会長やるつもり?」

 急な話に戸惑っていると、「5秒以内に答えて!」と無理やり選択を迫られる。

(そういえば、もうそんな時期だっけ……)

 9月といえば、選挙の時期だ。

 色々あって忘れていたけれど、僕の書記としての任期も9月の終わりまで。そろそろ次の1年に向けて、選挙管理委員会が立ち上がる頃だった。

(来期は現実的に考えて、色々難しそうだよな……)

 うちの学年だけで考えても、僕に関する良くない噂が広まっているわけで、票が集まるとは考えにくい。

 そもそも、生徒会長はやるつもりがなかった。

 生徒会の活動を通して感じたことだが、自分は組織の代表としてみんなを率いるよりも、誰かをサポートする方が向いているタイプだ。

 だから、書記の役割は適任だったように思う。

 もちろん学級委員の経験もあるし、できないことはないのだろうが、あの熱血生徒会長の後釜というのはかなり気が引けていた。

(どうやって伝えたらいいんだろう……)

 考えているうちに5秒が過ぎていたらしく、僕は水沢に胸倉をつかまれ、そのまま激しく揺さぶられていた。

「み、水沢っ……!?」

「姫川……あんた、悩むくらいなら会長なんてやめて、副会長にしなさいよっ!!」

 どうやら、会長に立候補したいと思われているらしかった。慌てて否定して「まだ何も考えてなかった」と素直に伝える。

「って、なんでそんなにピリピリしてんの? 水沢」

「小木に逃げられたからよっ! あいつ『俺は会計やるから』とか言いやがってさ。誰も私のこと、支えてくれるつもりないんだもん」

 一瞬、その意味を考える。

『支えてくれる』って……。

「私、生徒会長やるつもり。……お願いだから、私のこと支えてよ。姫川」

 手を離し、「私には姫川しかいないんだからっ」と畳みかける水沢に、僕は呆れて肩をすくめた。

「それ、小木にも言ったんじゃ……?」

「言った! ……けど、姫川が適任だと思ってるのは本当。3年は受験勉強もあって忙しいと思うけど、私はあんたが副会長なら会長としてやっていけると思うし、色んな行事もみんながより楽しめるものになると思ってるっ!」

 水沢は意外と、僕のことを高く買ってくれているみたいだった。

「それに、小木だってあんたのいない生徒会なんて続ける気ないでしょ」

「……それは」

 最近の小木とのやりとりを思い出して、胸がきゅっとなった。

 新学期が始まってからも、微妙な距離感は続いている。水沢は僕の制服にできたしわを直すように、裾のあたりをぎゅっと引っ張りながら言った。

「小木とずっとギスギスしてるのは知ってるよ。どうせ、あの変な噂が原因なんでしょ? さっさと解決して、仲直りしてよねっ! 昔のことは知らないけど、あんたがこの1年どれだけ頑張ってきたか、いちばん知ってるのは小木なんだから。それから、もしあんたのこと悪く言うやつがいたら連れて来なさいっ。次期生徒会長の私が、直々にサンドバッグにしてやるんだからっ!」

「いや、さすがに暴力沙汰は……。ていうか、今日すごいカリカリしてんね。水沢……」

「選挙が近いからよっ!! ねぇ、聞いた? 6組でインフルエンサーやってる奴が、Vライバーとコラボすることを公約に会長選に出るんだって。そんなふざけた公約あると思う? 正々堂々、演説で叩きのめしてやるわっ」

 鼻息も荒く、拳を握りしめる水沢を見ていると、たしかに選挙が近いんだなという実感が湧いてくる。

(副会長、かぁ……)

 生徒会を続けたいという気持ちはあった。

 ここで学ぶことは多いし、仲間にも恵まれている。

 水沢がそこまで言ってくれるなら、挑戦してみたいとも思った。

「立候補っていつまでだっけ?」

「今週末」

「……わかった。少し考えてみるよ」

 解決しなきゃいけない問題は多いけど、前向きに考えていきたい。

 うなずいた僕に、水沢は黙って拳を差し出した。

「無理にとは言わないけど、私は姫川と一緒がいい。……あと、小木もきっとそう思ってるってこと、忘れないでよね」

 水沢はいつもの笑顔でそう言うと、職員室に用事があるらしく、さらりと手を振って行ってしまった。

(小木も……かぁ)

 立候補するなら、なおさら写真のことは説明しないといけない。考えながら階段を下りると、廊下の先にちょうど小木と真田の姿があった。

 1組の前には人だかりができていて、みんな廊下に出ては騒いでいる。輪の外で話していた奏汰と立花が、僕に気づいて顔を上げた。

「……どうしたの? 何かあった?」

「真紘。何か、知らねー学校の奴が来てるみたいでさ。どうやって入ったのかわかんないけど、うちのクラスに用があるらしい」

 奏汰が輪の中心を顎で指しながら言う。

 その先にはお世辞にもガラがいいとは言えない雰囲気の、学ランを着た高校生の姿があった。

 背が高く、ガタイがいい。

 気になって見に行くと――どうやら知っている顔のようだった。学ランの下の青いTシャツ。侍っぽいお団子のマンバンヘア。

 あれから、もう2年は経っただろうか?

 昔、よく部屋に行ってお世話になっていた先輩は、見た目にもまったく変わっていないらしかった。

礼央れお先輩……」

 名前を呼ぶと、目が合った。

「もしかして、真紘か? ……何だよ、そのだっせぇ眼鏡。どおりで探しても見つからねぇわけだ」

 口の端を歪めて笑い、噛んでいたガムを吐き捨てる。

(こういうところも、相変わらずみたいだ)

 いい悪いじゃなく、懐かしい。

 僕は苦い気持ちになりながらも、床に落ちたそれをポケットのティッシュでさっと拾った。

『姫川の知り合い? 怖すぎだろ』

『あれ、写真にいた人だよ』

『やっぱり、あの噂って本当だったんだ……』

 誰かが動画を撮り始める音がする。

 僕は丸めたティッシュをズボンのポケットにしまって、先輩の前に立った。

「……何か用ですか」

「すげー他人行儀なんだな。しばらく連絡取らなかったら、もう関係ありませんってか?」

「そんなことはないですけど」

「こんないい学校通ってるなんて、知らなかったぜ。案内しろよ」

 先輩はそう言うなり教室のドアを開け、中に入っていってしまう。

 昼休みで、教室には生徒しかいなかった。

 職員室は上の階で、ここからだと距離がある。

(誰かが、先生を呼びに行ってくれればいいんだけど……)

 僕は内心舌打ちをしながら、先輩を止めるために後に続いた。

「へぇ~、きれいなもんだな。ホントに進学校だったのかよ」

 机を触りながら、室内をしげしげと眺める先輩。

 学校によって違いがあるのかはわからなかったが、先輩がどこかの高校に進学しているなら、おそらく3年生のはずだった。

 ひとつ上の先輩で、グループでも中心に近い存在。

 僕と大翔は部屋ではしゃぎすぎたのでよく怒られていたけれど、たまにジュースを奢ってくれたり、知り合いのバイクの後ろに乗せてくれたりと、いい思い出も多い。

(もう、関わるつもりはないけど……)

 大翔と絶交したときに、グループも抜けた。

 それからはずっと連絡も取っていないし、まさか電車で片道2時間の高校まで現れるとは思ってもみなかった。

「見学は済みましたよね。……用があるなら、言ってくださいよ」

 先輩の前に立ち、厳格な口調を心がけて言う。

 その一言で空気が変わった。

「……っ!」

 気づけば髪をつかまれ、無理やり上を向かされていた。どうやら、催促したのが癇に障ってしまったらしい。

「大翔が出所したんだよ。お前に会いたがってる」

 はっとした。それが顔に出てしまっていたのか、彼はつかんだ髪を離して小さく笑う。

「あいつが少年院に入ったって、知ってたんだろ?」 

「……偶然、耳にしただけです。大翔とは事件の前に縁切ってますから。それは、本人がいちばんよくわかってるはずです」

「親友じゃなかったのかよ」

「過去の話です。グループも抜けましたし……もういいでしょ?」

 先輩の顔が瞬く間に赤くなった。

 近くの机を蹴り飛ばし、力を入れた拳が振りかざされる。

(……殴られる)

 反射的に目をつむったけれど、衝撃はいつまで経ってもやって来なくて――。

 目を開けると、そこには見慣れた広い背中があった。

「奏汰……」

 間に入って、拳を手で受け止めてくれたらしい。

「隣のクラスの奴が職員室に走ったから、そのうち先生来るぞ」

「よかった……」

 奏汰は「任せろ」と短く言って、僕の肩を叩く。

 本当に頼もしかった。

「真紘。……誰だよ、そいつ」

「今の親友で、彼氏」

 僕が口を開く前に、奏汰が簡潔に言う。

 スマホを持ったギャラリーが騒めいていた。

(待っ……!? みんなにもさらっと伝わってるし!)

 奏汰は僕の動揺を気にする様子もなく……腰を落とし、片足だけを伸ばすと、両方の拳を相手に向けた。

 例の格闘漫画で見た、敵を煽るときにするポーズだ。

 廊下にいるみんなが盛り上がっている。

(いや、待って……ここで喧嘩する気かよっ!!)

 次は、僕が身体を張って止める番なんだろうか……!?

 深く息を吸い込み、覚悟を決めたときだった。

 礼央先輩が動き出し、勝負は一瞬でついた。

 先輩の蹴りに合わせたカウンターで、奏汰の身体が素早く半回転する。

 右足がきれいな弧を描いていた。

 漫画みたいな、鮮やかな後ろ回し蹴り。

 しかも、足は頭のさらに上をかすめていった。

 バランスを崩した先輩が尻もちをつく。

 見惚れてしまうような素早い動きに、歓声があがった。

「クッソ……撮ってんじゃねぇよ!!!」

 いたたまれなくなったのか、周りに向けて怒鳴り散らす先輩。

「こんなことして、タダで済むと思うなよ!!」

 僕は手を差し出したけれど、ぱしっという乾いた音とともに拒絶されてしまった。

「てめーも顔、憶えたからな」

「リベンジならいつでも。うち、文化祭は10月なんで」

 先輩は悔しそうに顔を歪めると、「……二度と来るかよ」と呟いて、勢いよく教室を出て行ってしまった。

(昔からそうだけど、本当に嵐みたいな人だな……)

 髪をつかまれても、殴られそうになっても……どこか嫌いになれないのは昔の思い出のせいなんだろうか。

 僕は奏汰にお礼を言うと、教室に戻り始めているみんなにも声をかけた。僕には言わなければならないこと、話さなければならないことが山ほどある。

「みんな、本当にごめんっ!!!」

 クラスメイトの視線は冷たかった。

 でも、それも当然だ。

 あの写真が出回った4月から、僕はこのことについて何も話さずにやり過ごしてきた。悪い噂や憶測が飛び交い、弁解のひとつもないことに失望されていても、何も不思議じゃない。

「こんな形で迷惑かけることになって、本当にごめんなさい」

 僕はそう言って、頭を下げる。

(今さらこんなことを言っても、理解してもらえないかもしれない)

 それでもみんなを信じて、できる限りの謝罪と説明をすべきだと、そう思った。

「……話は、聞いてたと思うけど……あの写真は僕の中学時代で間違いなくて、さっき来たのは地元のグループで先輩だった人、です。僕は中学のときに荒れていて……あの見た目通り、人に迷惑をかけることをたくさんしてた。でも『もうこんなことはやめよう』って思うきっかけに恵まれて……グループを抜けて、少年院に入った友達とも絶交して、変わろうって思った」

 みんな怪訝な顔をしている。

 それでも、足を止めて僕の話を聞いてくれていた。

「こうして遠くの高校に進学して……意味があるかはわからないけど、外見も変えた。自分がどこまで変われているかなんてわからないけど、これからも周りに迷惑をかけないよう、みんなの役に立てたらって思ってる。……こうやって迷惑をかけてしまったこと、許さなくてもいいよ。でも……信じてくれると嬉しい」

 最後にもう一度「本当にごめん!」と頭を下げる。

 誠心誠意、気持ちは伝えたつもりだった。

 教室の中は時が止まってしまったみたいに静まり返っている。

「……でも、怖いよ。私」

 そう言ったのは、一緒に学級委員を務めている五十嵐さんだった。

「さっきのあいつ、姫川君に用があったんでしょ? もし、また来たらどうするつもりなの」

「それは……」

「今日みたいに、また真紘が対応するだろ。俺も、何かあれば手伝うし」

 奏汰がいつの間にか、隣に並んでくれていた。

 さっき関係をさらっと公表されたことを思い出して、つい顔が赤くなる。

「あっ、それなら私も頑張って役に立つよ~。カップルは応援する主義っ」

 どうやら立花も味方してくれるらしく、僕らのあいだに割って入るなり、ぱちりと器用にウィンクして見せた。

 ふたたび騒めくクラス。

 気まずそうに首をさすっていた野球部の村井が、そろそろと前に出て言った。

「……でもさぁ。じつは反社だ~とか、隠れて変なもの売ってる~とか、そういう噂もあったわけじゃん。こんなこと言いたくはないけど、火のないところに煙は立たないんじゃねぇの?」

『そうだよな』

『たしかに』

『その噂、聞いたことある……』

 みんなが、村井に同調するような意見を口にし始めたときだった。

「それ……俺のせいだっ! ごめん、姫川っ!!!」

 握った拳を震わせながら、頭を下げていたのは――小木だった。

「どういう、ことだよ……?」

 小木はうな垂れながらしばらく何かを考えていたけれど――やがて、僕の方をまっすぐに見て話し始めた。

「……あの写真が姫川本人だって聞いたときは、正直驚いたよ。でも、荒れてたってことよりも、友達なのに何も話してくれなかったってことの方がショックだった。もしかすると、姫川は本当は裏があるやつで、俺たちのことを騙してたんじゃないかとまで思えてきて……」

 小木の横で真田がうなずいている。

(……そういう風に、思われてたのか……)

 僕はただ単純に、小木や真田に過去のことをどう話していいかわからなかっただけだった。

 でも、こうして話を聞くと、小木や真田の気持ちもわかる気がする。

「姫川と話した後……この件について、5組にいる友達に相談したんだ。たぶん、それが悪かった。口止めするのを忘れてたし、他の友達に話したとも言ってた。だから、悪い噂が広まったのは俺のせいなんだ。……本当にごめん」

「いや……頭上げてよ、小木……。元はといえば、僕がちゃんと話さなかったのが悪いんだから。いちばん近くにいて、ずっと仲良くしてくれてたのに……」

 いつまで経っても頭を上げない小木の元に駆け寄って、肩を叩く。制服のシャツを引かれる感じに振り向くと、真田がしゅんとした顔でうつむいていた。

「俺も、謝ってもいい?」

「真田……」

「……俺さぁ、姫川の耳にピアスの跡がいっぱいあるの、知ってたよ。なのに、姫川に何も聞こうとしなかった。自分の違和感に蓋をして、見たいものしか見ないようにしてたんだ。……友達なんだから、ちゃんと聞けばよかったんだよな。自分が悪いくせに『直接教えて欲しかった』とか『こんな形で知りたくなかった』って拗ねてたし、急に仲良くなった日枝にも勝手に嫉妬してた。だから……ごめん」

「いいって、ふたりとも頭上げてよ……! 僕も、こうして話すだけなのに、こんなにも時間がかかった。ちゃんと説明しなくて、遅くなって……本当にごめん!」

 そう言いながら、肩を叩いても頭を上げないふたりに負けないくらい低く頭を下げる。

 みんなで円になっての謝罪合戦は、何だか滑稽な気がして……。

 顔を見合わせた僕らは吹き出したように笑って、また前みたいに3人で肩を抱き合った。

 改めて教室を見回すと、応援してくれている顔と、『仕方ないなぁ』って呆れた顔、まだ疑っているような顔が同じくらいに分かれている。

(これだけ伝われば、十分だよな……)

 伝える努力はした。自分にかけられた疑いは、これからの行動で晴らしていけばいい。

 まだ納得しきれてない顔の村井に、立花が最後に言ってくれたことが印象的だった。

「あたしは去年から同じクラスだから、あんたよりはよく姫委員長のこと知ってるわけなんだけどさぁ……」

 そう前置きして、指揮者のように指を振る。

「……委員長はこの4月からだって、行事やクラスのことをずーっと頑張ってきたわけじゃん。体育祭の準備期間、誰よりも遅くまで学校に残ってたのは村井も知ってるでしょ?」

「そりゃあ、そうかもしれないけどさぁ……」

「昔とか関係なくさ……きっと、私たちが今見てる姫川が、本当の姫川なんじゃない?」

 立花の声じゃなかった。

 振り返ると、そこには輪から一歩前に出た金原さんの姿がある。

「今より前のことなんて、結局誰にもわかんないじゃん。……黒歴史なんて、誰にだってあるわけだし」

「さっすが、茜~。あっ、そういえばあたし村井の昔の写真持ってるよ? 安全ピンのついた破れたTシャツ着て、駄菓子をタバコみたいにくわえながらモデルみたいなポーズ取ってる中学時代の村井……」

「なんで持ってんだよっ、やめろ!」

 慌ててスマホを取り上げようとする村井に、笑いが起こった。

 いつもは積極的に発言しない人だからこそ響く意見というのはたしかにあって……彼女のおかげで、疑うようにこっちを見ていた人の割合もさらに半分くらいになったように思える。

 目が合った金原さんに「ありがとう」と言うと、彼女は得意げに「どういたしまして」と笑った。

「……ふたりには、感謝してるんだ」

「どうして?」

「運命の人と出会えたからっ」

 彼女はいそいそとスマホを取り出し、待ち受けにしている画面を見せてくれる。

 カップルらしい美男美女の写真。

 奏汰のことはもう大丈夫なのかと気にしていたので、少し拍子抜けしていると……その顔に見覚えがあることに気がついた。

(あれ、いつもの眼鏡がないけど、これって……)

「佐野湊先輩♡ 体育祭の日にね、泣いてたら声かけてくれたのっ」

「……って、副会長かよ!!!!!」

 心の中で叫んだつもりだったけど、僕は驚きのあまり、この日いちばんでかい声が腹から出た。

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