第15話 過去
僕らは口数も少ないまま電車を乗り継ぎ、太陽が西に傾き始めた頃、家に着いた。
叔母は今日も仕事らしい。
鍵を開けて家に入り、奏汰を僕の部屋に招き入れる。
「遠いのに、来させちゃってごめんね。……適当なとこ座って」
僕は本棚のいちばん下から中学の卒業アルバムを取り出し、ベッドの縁に腰かけた奏汰の横に並んだ。
これから話すのは、僕の長い長い昔話だ。
話す意味があるかどうかはわからないし、話して後悔しないという保証もない。それでも、奏汰には――自分の恋人にはせめて話しておくべきだろうと思った。
僕はアルバムの厚い台紙をめくって3年9組のページを開き、一枚の写真を指差した。
真っ赤なTシャツにボタンを開け放した学ラン、赤系に染めたツーブロックの髪。
中学時代にいちばん仲のよかったそいつが写真の中で笑っている。その下には角張った文字で『
「こいつが、さっき渡會が話してた『仲の良かった、今は少年院に入ってる』っていう友達。スマホの写真はもう消しちゃったからさ。この左耳のピアスを、初めて開けてくれた奴でもあるんだ」
奏汰は驚いたように目を丸くして、写真の中の彼をじっと見つめていた。
「中学のとき、僕はあんまりクラスに馴染めなくて……。久美ちゃんともあまり上手くいってなくて、どこにも居場所がないって感じだった。とにかく、すごく寂しくて。そんなときに出会ったのが大翔だった。大翔も同じように周りと馴染めてなくて、自分の居場所もなくて……僕らはすぐに仲良くなった。大翔は中学や高校のちょっと怖い先輩たちとも知り合いで、僕は大翔に連れられるみたいにして、ずるずるとそのグループに入っていったんだ」
奏汰は何も言わず、ただ小さくうなずいている。
「暇さえあれば、みんなで集まって騒いでた。基本的にはバカみたいなことばかりやってたけど、他のグループと喧嘩もしたし、警察にも補導された。僕らは『大人を信用してない』って言うわりに自分たちのことを見てほしがってて……いつも周りに迷惑をかけて困らせてたし、久美ちゃんのことも、ひどく泣かせてしまった。僕はだんだん、自分のやっていることが本当に正しいのかわからなくなっていった」
アルバムの彼を指でなぞる。
その耳には僕が開けたピアスの穴がたくさんあった。
「大翔も……最初の頃は仲間内で騒いでるだけだったけど、そのうちお金を欲しがるようになってさ。僕は居場所が欲しかっただけでお金には興味がなかったから、金持ちのクラスメイトにお金をせびるようなことは反対してたし『そういうことをするなら、僕は大翔とは縁を切るよ』って言ったんだ。でも、あいつはやめなかったし……やめてくれなかった。大翔はこの写真を撮った後、中3の2学期くらいには捕まって少年院に行くことになったみたい。絶交して連絡先も消してたから、今もまだ入ってるのは知らなかったけど……まぁ、想像はつくような気がする」
「……そんなことが、あったんだ」
「ごめんね。明るい話じゃなくて」
「ううん」
奏汰は始めこそ、なんて声をかけていいかわからない顔をしていたけれど……アルバムを閉じた僕の手に自分の手を重ね「話してくれて、ありがと」と掠れた声で言った。もう片方の手でピアスの跡をなぞり、まだ開けたままにしている左耳の穴を確かめるように触る。
(……初めて、この話を人にした)
誰かに話したらどうなるんだろうと思っていたけれど、すっきりもせず、肩の荷が下りた感じもなく、何とも言えないような気分になる。
「前に……左耳のピアス穴を残した理由、聞いたよね」
「うん」
「答えるのに時間がかかったのは……たぶん、後ろめたかったからなんだ。高校に入って、本気で変わりたいって思っていたなら、これも閉じるべきだった。でも、どうしてもできなかったのは……バカみたいな理由だけど、中学のあの頃を忘れたくなかったからなんだと思う。初めて仲のいい友達や仲間ができて、すごく嬉しかった。僕らのしたことはいけないことだったし、本当は楽しむべきじゃなかったけど……ときどき、僕は高校で築いてきたものすべてを投げ出してでも、あの頃に戻りたくなるんだよ。だから……このピアスは僕の甘えで、弱さなんだ。さっき、渡會に言われたのに何も言い返せなくって……僕は中学の頃から何も変わっていないんだって気がついた。僕はきっと、まだ誰ともちゃんと向き合えてない」
「……俺とも、向き合えていないって言うつもり?」
奏汰の真剣な眼差しに、つい目が泳いでしまう。
「……それは……そんなことない、と思うけど……」
告白してくれた奏汰の気持ちを受け止め、自分でも言葉を返すことができた。それに、伝えにくい過去のことも、こうしてちゃんと打ち明けられている。
「『何も変わろうとしてない』ことと、『努力しても変われた気がしない』ことは真紘の中では同じなの?」
「……それも……そんなことはない、と思う……」
僕のネガティブ理論を、軽く吹き飛ばす正論だった。
奏汰は小さく笑って、僕の頭をぽんと叩く。
『自分に中指立てんなよ』とでも、言いたげな仕草だった。
「人がそう簡単に変われるなら、苦労なんてしないって。……俺も、隙があれば深夜までゲームやる癖直したいと思ってるけど、そう簡単には直んないからな。ちなみに葉山もそう」
「葉山もそうなんだ……」
ゲームの例えはともかくとしても、その言葉にふっと心が軽くなった。平日の朝、たまに奏汰がとても眠そうなことがあったけれど、僕が通話で寝落ちしたあとにゲームをしていたんだと思えば、すごく納得がいく。
奏汰は急に腕を組み、「ふふん」と鼻を鳴らして胸を張った。
「それに……俺は真紘が変わろうとしてたことを、誰よりもよく知ってるからな」
「誰よりも……よく?」
「そう。聞きたい? 俺がどうして真紘のことを意識して、『知りたい』って思うようになったのか」
思えば、奏汰の口からはまだ聞いたことがなかった。
僕は黙ってこくりとうなずく。
「じゃあ……次は俺の昔話かな」
奏汰はそう言って、にっと笑っていた。
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