第4話 新たな友達

 高校2年の新生活はそんな最悪な形で幕を開け、通常授業が始まった。

 小木はあの後、「用事を思い出したから」とすぐに帰ってしまい、それから何となく気まずくなってしまった。

 他のクラスメイトについても同じような感じで、あのチャット以来あからさまないじめが……なんてことはなかったのだけれど、何となく避けられているような感じはした。仲の良かった真田も、僕よりは小木といることが増え、3人のグループからひとりあぶれるような形になってしまった。

(……まぁ、慣れてはいるんだけどね)

 中学のとき。あまりクラスに馴染めず、家にも居場所がなかった僕は流されるようにして悪い仲間とつるむようになった。高校には行きたかったから勉強だけはしていたけれど、僕の居場所なんてどこにもなかったし、むしろないことの方が普通だった。

(高校に入ってから、恵まれすぎていたのかも……)

 幸いなことに、生徒会のメンバーや先輩方はこの件について知らないのか、変わらない態度で接してくれている。『完全に居場所がなくなったわけじゃない』というのは、僕にとってひとつの救いだった。

 ストレスはあるけど、耐えられないほどじゃない。

 それから……何となくひとりでいることが増えて、変わったことがひとつあった。

「委員長~。柔軟体操ひとりなら、俺と組もっ」

「ペアワークだって。一緒にやっていい?」

「ひとり足りないから、こっち入ってよ! 委員長」

 2人1組にならなきゃいけないときやチームを作るときなど……日枝によく呼ばれるようになった。

 僕が日枝を拒んで、何となく気まずい雰囲気になったことなんかすっかり忘れてしまったみたいに何かと「委員長~」と声をかけてくる。

 正直、クラスメイトに避けられているこの状況で、普通に接してくれるのは本気でありがたかった。あんな写真を見た後で、どうして日枝だけがこんなにも変わらないんだろうと不思議に思ったけれど、そんなことすら気にならなくなるほど、日枝はマイペースだった。

 相変わらず強引だし、たまに変な絡み方もしてくる。

 それでも以前ほど嫌だという感情はなくなっていた。

 午後の体育の授業。

 日枝は体育館の床に座って足を開く僕の背中を、ゆっくりと押してくれていた。

「うわっ。姫川って、身体固いんだなー」

 押しても1ミリも動かないことに痺れを切らしたのか、日枝が少しずつ手に力を込めていく。

「い、痛いって……日枝」

「動いてないのに!? ちゃんとほぐさないと逆に危ないって、ほら」

「……っ!」

 彼なりに配慮しているつもりなのかもしれないが、足が悲鳴をあげている。

 地獄の時間が終わったかと思ったら、今度は違う種類の柔軟が始まった。背中合わせで腕を組み、かつぎ上げて背筋を伸ばす的なやつだ。

「……う、うう~……」

「ほら、頑張ってー。委員長」

 変な声が出て情けなくなるし、運動神経のいい日枝のセリフは腹立たしい。

(でも、次は僕が日枝の背筋に仕返しをする番……)

 すでに満身創痍だったけれど、背中合わせに腕を組み、下から持ち上げる。

「あのさー、委員長……あんまり無理しない方が」

 僕は細身だし、日枝の方が背も高く体格もいい。

 けど、それを受け入れるのは何だか負けたような気がして嫌だった。

 ぐっ、と力を入れると何とか持ち上がって、日枝の足が宙に浮く。

「おおっ」

 急にふくらはぎの辺りに痛みが走った。

「足、つったかも」

「は!? ちょっ……下ろして下ろして」

 床に座り込んで、足をさする。

 日枝がすぐに先生を呼んでくれた。

「あー、肉離れとかじゃなさそうだけど……いちおう保健室だな」

「はい」

「日枝、落ち着いたら一緒に行ってやって」

「はーい」

 日枝は心配そうに僕の顔をのぞき込み、「大丈夫?」と聞きながら足をさすってくれている。

 歩けると言ったが肩を貸してくれ、ふたりで保健室に向かうことになった。


 保健室の先生は職員室にいるらしく不在だったが、日枝はためらわずドアを開けて中に入った。部屋には誰もいないらしく、細く開けた窓から風が流れ込んでくる。

「勝手に入って、怒られないかな……」

「岡田先生は優しいから、大丈夫だろ」

 日枝は僕を丸椅子に座らせ、つった方の足を伸ばしてくれている。

「足がつるの、冷えとか水分不足って聞くけど」

「詳しいんだ」

「そこそこ。中学まで学外で空手やってたし」

 初めて聞く話だった。

 日枝と武道は……なんだか結びつかないような気がして目を瞬かせていると、彼は口の端で笑った。

「親が公務員で、やらされてたんだよ。フルコンタクトだったから怪我も多くて」

「意外かも」

「よく言われる。……あ、でもこのあいだの肘打ちが痛かったのは本当」

「……ごめん」

「冗談だって。先輩にも膝蹴りとかされてたから、ヘーキ。……あれって、いわゆる喧嘩仕込み?」

「ん……まぁ……」

 日枝は「おおっ」と言って目を輝かせている。

 空手の世界は喧嘩なんかご法度だろうから、憧れでもあるのかもしれない。日枝の印象は出会った頃からどんどん変わってきていて、チャラくてヤンキーっぽいのは見た目だけなのでは? とも思い始めていた。

 向かいに座って足のマッサージをしてくれている日枝に、何気なく聞く。

「……ねぇ。日枝は、なんでそんなに優しくしてくれるの」

「あ?」

「今僕と仲良くしたら、日枝の印象まで悪くなると思うけど」

 日枝はしばらく考えるように上を向いていたけれど、やがて「あー、あの写真か」と思い出したように呟いた。

「周りがどうとか、正直よくわかんないけどさ……。俺、べつに姫川がかわいそうで声かけてるわけじゃないから。最初っから『仲良くしよう』って言ってんじゃん」

「引かないの? あの写真見て」

「うん、べつに。……だって、あれはもう『過去』なんだろ?」

 疑いのない、まっすぐな瞳がまぶしかった。

 自分にはない色。

 僕はそれを目の当たりにするのが怖いから、日枝のことを敬遠していたのかもしれない、と思う。

「……ごめん、日枝」

「……? なんで謝る」

「僕……ずっと日枝のこと、苦手だったんだよ。気に食わなくて、嫌いだと思ってた」

「……。どこら辺が?」

「どこら辺って、そりゃあ……要領よくて何でも器用にこなしてるように見えたし、明るいし、無駄にカッコよくてモテるし、背高いし、僕みたいに無理にキャラ変えようとかなくて、自然体で高校生活楽しんでるように見えたから……」

「え、待って待って……。もしかして……俺、今告白されてる!?」

「してないっ! なんでだよ」

「だって、さっきから悪口ひとつも言ってないじゃん」

 たしかに、言われてみればそうだった。

 妙だな……。

 ちなみに、制服からいい匂いがするのもムカつくから嫌いだった。言うの忘れてたけど。

 日枝は照れているらしく、耳まで赤くしながら僕の足を床に下ろした。

「それってさ……なんつーか……俺が羨ましい、ってことでいいの?」

「たぶん。……悪い?」

「ううん。そんなん……ほぼ、憧れみたいなもんじゃん。悪い気はしないし、むしろ嬉しいかも……みたいな?」

 頬をかきながら目を逸らす日枝に、なぜか僕の方まで恥ずかしくなってしまった。『保健室でふたりの男が向かい合って照れる』という、謎の状況が爆誕してしまう。

(なんか、変なこと言ったかな……? たぶん、言ったな……)

 気恥ずかしかったし、口にしたことを軽く後悔したけれど……それでも、不思議と嫌な気分にはならなかった。ここまで言ったならいいか、と腹を括る。

「……友達、なってくれる?」

 たぶん、これを言ったときは僕の顔の方が真っ赤だっただろう。高校生にもなって、こんなセリフを言うことになるとは思ってもみなかった。

 日枝はきょとんとした顔をしていたけれど、「もちろん」と眉尻を下げて笑った。

「こっちからお願いしてたようなもんだしな」

 そういえばノートの切れ端で謝ったときにも、僕のことを知りたいと書いてくれていたっけ。つい数週間前なのに、そんなやりとりすら懐かしかった。

「僕のことも教えるし、日枝のことももっと知りたいよ」

「あー、もう……奏汰でいいよ、奏汰で」

「わかった。じゃあ、僕も真紘で」

 ちょうど話し終わったくらいのタイミングで、物音がしてドアが開いた。養護教諭の岡田先生が戻って来たらしい。事情を話すと「ちゃんと水分を摂った方が良さそうね」とコップの水を渡され、お礼を言って保健室を出た。

 体育館に戻る途中、ふと奏汰は授業に戻らなかったな、と思った。僕を保健室に送り届けたら、自分だけ体育の授業に戻ってもよかったはずなのに。

「……何? そんなに見られると照れるんだけど」

 奏汰が自分の隣を歩いているのは、何だか変な感じがした。新鮮で、妙にくすぐったい。

「何でもない」

 歯切れの悪い言葉に、奏汰は指で僕の肩をぐりぐりと押してくる。さすがは空手家。地味に痛い。

「……っ、お礼が言いたかっただけ! ありがと、保健室まで付き添ってくれて」

 奏汰は「ああ」とも「おー」とも言わず、なぜか目をパチパチと瞬かせていて……。

「何? どうしたの」

「いや……ちゃんと笑ったの、初めて見たなって思って」

 そうだろうか。

 人前で笑ったことくらい、あったと思うけど。

「そう?」と思ったことを口にしたら、奏汰はそっぽを向いて、また頬をかいていた。

「……想像の数十倍はかわいい」

「えっ?」

「何でもねー」

 奏汰がそのとき何を言ったのか――僕には聞き取れなかったけれど、悪い言葉じゃなかったんだろうってことは態度や表情からも読み取れた。

 ずっと自分から避けて突き放していたくせに、奏汰と友達になれたことは想像以上に嬉しくて……。

 僕はまだ足が痛いフリをしながら、少しだけ遅めに廊下を歩いた。

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