俺のピアスをつけてよ、委員長!

おおはた

第1話 高校2年の春

 あいつ――えだそうを初めて見たのは、高校1年の入学式のときだった。

 同じクラスで、ひとつ前の出席番号。

 第一印象は体育館に並んだときの、広い背中だ。

 整った顔。背が高くてぱっと目を引く容姿なのに、服装はだらしなくシャツがズボンからはみ出している。明るい髪色とチャラそうな見た目。そのわりに、体格のせいか、態度のせいなのか、どことなく威圧感があって話しかけにくい感じがする。

 性格は明るくやんちゃで、物怖じしなくて、何でも器用にこなすタイプ。

 クラスでも誰かとトラブっているのは見たことがないし、誰の懐にもすっと入っていってしまうような不思議な魅力がある。

 同性からも異性からも人気があって、モテていて、要領のいい男……。

 自然体で楽しそうに高校生活を送っている――そんな彼のことが、僕は心の底から嫌いだった。


* * * * *


 校舎前に植わった桜が満開を迎えた、始業式の朝。

 玄関を抜けた先にある昇降口には人だかりができていて、すでにガヤガヤとにぎやかだった。

「やったな! 2年も同じクラスじゃん、姫川っ」

 僕の両肩をこれでもかと揺さぶっているのは高校1年のときのクラスメイトであり、友人でもある小木おぎはるだ。僕の所属する生徒会の役員仲間でもあり、真面目ないい奴で、たまに面白い。

 視界がぐらぐらするな~と思いながらも、僕は掲示スペースに貼り出された新しいクラス表に目を凝らす。

 小木晴馬。ひめかわひろ

 2年1組の欄に書かれているふたりの名前を見つけて、僕は「よしっ」と小さくガッツポーズした。

 クラス替えは楽しみな反面、不安でもあった。

 友達がひとりもいなかったり、苦手な人が多かったりすれば憂鬱な気持ちが1年も続くことになるし、最悪の場合は学校に来ることすら嫌になってしまう。

(でも、気心の知れた小木が一緒なら……)

 高校2年になっても、このクラスで問題なくやっていけそうな気がした。

「ラッキーだね。よかった」

「ああ! また1年間よろしくな」

「うん」

「待ってよ~、俺も入れてって!」

 軽くハイタッチする僕らのあいだに入ってきたのは、友人その2の真田充之だ。小木と同じく高校1年のときのクラスメイトで、クラスでは3人で行動することも多かったいつものメンバー。

 焦っていたせいか見逃していたけれど、1組の表にはしっかりと真田の名前もあった。

 僕らは真田を喜んで輪の中に入れ、スクラムでも組むみたいに3人で肩を抱き合った。

 ああ、なんて奇跡なんだろう。

 ありがとう、神様。

 ありがとう、クラス替え……!

 これで同じクラスの苦手な人たちともさよならできたら、僕は一生分の感謝と祈りを捧げます。

(お願いだから、どうかあいつらとだけは同じクラスになりませんように……!)

 つい手を合わせながら表を見つめる僕に、真田がふふっ、と小さく笑った。

「ねぇねぇ、姫川は次も学級委員やるの?」

「うーん……? んー、どうかなぁ」

 僕はあいまいに言って、首をひねる。

 前のクラスでは4月に学級委員に立候補して、その流れで年の後半も委員長をやっていた。秋からは生徒会の活動も始まり、両立するのは正直大変だった記憶しかない。

「えっ、やらない選択肢とかあるんだ!? あんなにぴったりだったのに……」

 小木が驚きと呆れの混じったような声で言う。

「1年のクラスじゃ、最終的にみーんな『委員長』って呼び名になってたよな」

「それなー。真面目で責任感もある、姫川のイメージにぴったりだったよ」

「そうだよなぁ」

 同感、とばかりにうなずく真田。

 僕は心がちくりと痛んだのに気づかないふりをしながら、「あはは……」と下手くそな笑顔を作った。

(真面目で責任感もある、かぁ……)

 そう思われたくてかけた、度のついていない眼鏡のつるを指で押し上げて、考える。

(ふたりは昔の荒れていた頃の僕を知っても、同じことを言ってくれるんだろうか……?)

 中学時代のことを思い出し、急に気持ちが重くなった。

「ちょっと、ごめーん。……あたしにも掲示、見せてもらっていい?」

 ふと、甘い花の香りがして顔を上げた。

 長い髪を丁寧に巻いた女子が、ぐい、と身を乗り出してクラス替えの表を目で追っている。

 こちらも1年では同じクラスだった、立花たちばな莉愛りあだ。

 陽キャをそのまま形にしたような、自他ともに認めるギャル。困ったことと言えば、うちの学校の緩い服装規定すらぶっちぎった派手なネイルをしているくらいで、基本的には明るくて気さくな女の子だ。

 彼女と一緒のクラスになるなら、大歓迎だった。

 嫌なのは元・同じクラスの――いわゆる一軍の男子。

 立花は長いネイルを口許に当て、甲高い声をあげた。

「やっばー、あたし1組じゃん! 姫委員長は何組?」

「えっと、僕らみんな1組で……」

「え、奇跡だね!? 確率えぐくない?」

「だね」

「あー、俺も同じクラスっぽいわ」

 背後から聞こえた、低めのよく通る声。

 嫌な予感がしておそるおそる顔を上げると、そこには心の中で同じクラスになりたくないと願っていた一軍男子のひとり――日枝奏汰の姿があった。

(いや、祈った意味よ……)

 神様……。

 あなたって、お賽銭がないとお願いを聞いてくれないタイプなんでしょうか?

 ていうか、これってクラス替えの意味ありますか???

「立花と……委員長も一緒か。よろしく」

 こっちを見下ろしながら、皮肉っぽく冷ややかに笑う日枝。(そう、こいつはこういう奴)

 僕はこれまでの生涯で最も小さな声で「……よろしく」と呟くと、小木と真田を連れて歩き出した。

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