第19話 交渉

「魔族を信用しろと?」


 相手が魔族だと分かり、ストリックランドは警戒モードになった。

 ルーチェはそんな彼に対して説明を始めた。


「は、はい……。皆さんはご存知ないかもしれませんが、魔族も一枚岩ではないんです」

「人間と敵対しない派閥もあるっていうの?」


 リタが疑問を挟んだ。


「そ、その通りです……。先代の魔王様が倒されてから、魔族の政治は強硬派と穏健派で意見が大きく分かれています。すなわち、人間と対立すべきか、共存すべきか、です……」

「ルーチェと言ったか? 悪いが、人間と共存したがってる魔族なんて見たことないぞ」


 ストリックランドが口を挟むように言った。


「そ、それは皆さんが魔王討伐パーティとして遠征していたからですよ! 強硬派の魔族とばかり出会っていたんです。実のところ、大多数の魔族は、自分たちの生活が守られるなら人間に対して無関心だったりするんです」

「そういうものなのか」

「それで、あなたは穏健派の魔族だっていうの?」


 リタが言った。


「はい、私は穏健派の一員です。そして……ここからが重要なのですが、私はの命で、ストリックランドさんたちを助けに来たのです」

「『姫様』だって?」

「姫様というのは……皆さんが打ち倒した先代魔王様の娘です」

「あの男に娘がいたのか……」


 ストリックランドはかつて自身が打ち倒した魔王のプライベートな側面を知ってしまい、少し気まずそうな表情をした。


「それで、姫様の命令で来たってことは、姫様は穏健派なんだな?」

「はい……。姫様は穏健派の代表なんです。そして現在、強硬派の代表であるドゥエック将軍と、魔王の座をかけて争っています」

「あのドゥエックが強硬派の代表か……なるほど、魔族社会の様相が垣間見えてきたな。ある種の内戦か」

「おっしゃる通りです……」


 ルーチェは残念そうな表情で言った。


「分かったぞ、ルーチェ。お前は、俺たちを助ける代わりに、見返りとして姫様の手助けを俺たちにさせたいんだろう?」

「話が早くて助かります……! その通りです! 強硬派を倒して、穏健派が主導する新しい魔王国を打ち立てるのに協力してほしいのです! そうすれば、魔族と人間の共存も夢ではないと思います……!」

「へえ……話が大きくなってきたな」


 ストリックランドはベッドに座り込み、腕を組んだ。そして、ニヤリと笑みを浮かべて天井を眺めた。


「あの、ストリックランドさん、いかがでしょうか……?」


 ルーチェは不安げな顔でストリックランドを見た。

 フェイとリタも同様に彼の顔を見たが、二人には彼がどう答えるかすでに分かり切っていた。


「分かった、引き受けよう。他に助かりそうな方法もないしな」

「……! ありがとうございます!」


 ルーチェは目を輝かせてストリックランドに感謝を述べた。


「えっと……、それでは、私の魔法を使えば牢屋の鍵を入手するのはそう難しくないので、そのまま逃げ出すというやり方でよいでしょうか?」

「……いや、待ってくれ。それじゃ駄目なんだ」


 ストリックランドは再び腕を組んで考えはじめた。


「めずらしく考え込むじゃないか、ストリックランド」


 フェイが言った。


「ただ逃げ出すだけじゃ、状況は好転しないだろうな。死刑囚が逃げ出したってことで、王国も総力をあげて捜索しに来るだろう……。だから、いま俺にかかっている罪をどうにかして晴らさなきゃならない」

「何か考えがあるのか?」

「まあな」


 ストリックランドはニヤリと笑った。

 そうして彼は、について話しはじめた。


◆◆◆


「……なるほど、それが上手くいけば、確かに濡れ衣を晴らせるだろうな」

「でも、ずいぶんギリギリな作戦ね。エレノア次第なところもあるし」

「エレノアは信用ならない奴だが、ある意味で分かりやすい奴でもある。きっと上手くいくさ」


 心配するフェイとリタに対して、ストリックランドは確信めいて言った。


「とにかくフェイは、王への謁見を頼む。そしてまずは、リタ、作戦通りお前を釈放してもらう」


◆◆◆


 フェイとルーチェが去った後、ストリックランドは見張りの兵士に依頼して、エレノアを呼んでもらった。

 しばらくして、エレノアがやってきた。


「……私を呼びつけるなんていい度胸ね。心変わりして矯正刑を希望するようになったのかしら?」

「あいにく違う話だ。実は、お願いがある。リタを釈放してもらいたい、今すぐにだ」

「どうしてそんなことしなきゃいけないの?」

「交渉材料があると言ったら?」

「……へえ、内容次第ね」


 エレノアは態度を軟化させた。ストリックランドの言う交渉材料とやらに期待したわけではないが、この檻の中の男が、最後にどんな悪あがきをするのかという好奇心が芽生えたのだ。


「『勇者の剣』だ。お前に譲渡してやってもいい」

「それは……!」

「悪くない話だろう?」


 エレノアは目を見開いた。それは意外なサプライズだった。

 勇者の剣は、ストリックランドが魔王討伐のために国王から賜った剣である。実用性やデザインでの評価はもちろんのこと、実際に魔王を倒したという功績から、ストリックランドの私物でありながら、国宝級の逸品として扱われている代物だ。


「ふうん……確かに悪くない取引ね。でも、それほどの代物を出すほど、リタに自由を与える価値なんてあるのかしら?」


 エレノアはリタを見下すように笑いながら言った。苛立ったリタは彼女を睨んだ。


「俺が原因で仲間が囚われの身になっているのは忍びないからな。それに、俺は明日には死刑になるんだろう? 今さら持ち物に執着する意味なんかない」

「なるほどね」


 エレノアは少し考えた。

 正直、彼女にとって、リタはストリックランドを大人しくさせるための人質以上の価値などなかった。

 釈放には少々手続きが面倒だが、逆に言えばその程度の手間しかかからない。それで勇者の剣が自分のものになるなら、願ってもいない良い話だった。


 ただ、リタの釈放に何か他の意図があるのではないかという疑念は少しあったが、ストリックランドの言葉を聞いてエレノアは納得した。

 どうせ死ぬのなら仲間のために私物など簡単に受け渡してしまう純朴な勇者。それがエレノアにとっての彼に対する評価だった。

 もっとも賢いのは自分であり、相手には策略を張り巡らせる狡猾さなど持ち合わせていないだろうという慢心が、エレノアにはあった。


「分かったわ。その話、乗ってあげる」

「交渉成立だな」

「それで、勇者の剣はどこにあるのかしら」

「王都の冒険者ギルドの金庫に預けてある……紙とペンを貸してくれ」


 ストリックランドは、金庫の番号と受け渡しのための合言葉をメモ書きして、エレノアに渡した。

 紙を手にしたエレノアは、「確認させるわ」と言って牢屋を去った。


 しばらくして、エレノアが戻ってきた。


「勇者の剣の件、どうやら本当のようだったわ」

「それは良かった」

「ということで、リタ、あなたは釈放よ。必要な事務手続きは済ませてあるから、さっさと出なさい」


 こうして、リタの釈放が決まった。


「ごめんねストリックランド……あんたのことは忘れないから」


 牢屋を去る際、リタはあえて名残惜しそうに言った。


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