第3話 帰らずの門と南の幻影

第3章 帰らずの門と南の幻影


 そう、あの時僕は周りの子達から嫌がらせをされていた。ここ最近流行っている「帰らずの門」の噂は既に知っていた。最も怖い場所とされるパルベニオン帝国の南地区の門だ。件の門がどんなに恐ろしいかを表すために、僕が住んでいる所を伝えておかなきゃならない。


 僕ら、というか一般市民はこの直径50kmからなる円内と、それを囲い込むようにある城壁のような円縁(高台のようなとこ)に住んでいる。円の縁の幅は約100mからなる。上空から全体を見れば、綺麗な二重丸の形になっていることだろう。それがパルベニオン帝国なのだ。


 円内の直径50kmには、さまざまな商店街や建造物などが存在していて、住宅は主にその円内か、円の縁100mほどのところまで建てられている。

 僕は盛り上がっている円縁の幅約100mの所に住んでいた。住んでいるそこは、主に城壁としての機能もあるためか、位置が高くなっている。

 そのため、城壁ほど高さがあるところに住むと、中心部の様子がよく見渡せるのだ。夜になると、中心部の街々は輝きを放って、まるで別世界のような姿に変わるのが見える。それを僕は毎夜見続けているわけなので、絶景を一望できる。

 また、パルベニオン帝国のど真ん中に、一際大きな大木の様な建造物?が空に向かって垂直に立っている。その木から生えている太い幹、根の様なものが、中心部から放射線状に僕の住んでいる城壁の所まで伸びてきているのだ。

 ここだけの話なのだが、なぜあんな建造物(木の様なもの)があるのか、未だに解明されていないらしい……。

 次に僕らの反対側、つまり、円の外側には、城壁から見渡せるところまで山と森が広がっていた。時々、よその同盟国から人が来たり、放浪者が来たりしている。

 ここパルベニオン帝国には、北、南、西、東の地区に分かれており、それぞれ北門、南門、西門、東門がある。

 (ついでに、宮殿があるのは西区。僕が住んでいるのは西区でも西門に近い外れの方だ)

 基本的にこの門を通して、外部の人間が入ってくる。

 けれど、南門だけは「入ってくるものはいないが、出て行く人々は多かった」と過去に聞く。出て行く者のほとんどが、犯罪者や探検者であり、その後、どうなったかは分からないという。

 そのため皆想像が膨らむのだ、主に悪い方に。「出たら最後、帰ってきたものはいない」とうのが決め手だ。だから、南門は別名「帰らずの門」や「枯骨の門」とも言われていた。

 南地区周辺はその門に近づくにつれて、住む人々が少なくなっている。

 元々、気味が悪い場所と有名なのに、立ち入り禁止の柵の向こうにあるその南門から、最近何やら不吉な声が聞こえるやら、悲鳴やら、亡霊やら化物が見えだなんだと言われているのだから、噂に拍車がかかっているのだ。

 けれど、真実なのかどうかは定かではない。





 ――話を戻そう。




 その日、僕はいじめっ子達3人の謀で、南門、別名「帰らずの門」へ連れていかれた。

「逃げよう」と当然思った。

 だが奴らは、その門の周辺近くまで、僕を無理矢理連れていった。僕は奴らに見つかった瞬間逃げたが、呆気なく捕まったしまったのだ。あいつらは、僕がその門に同行する間も見張っていた。当然、僕に行かないという拒否権などない。多勢に無勢だ。


「(何て卑怯な奴らなんだ!)ぼっ、僕、絶対に行きたくない!」と、必死に暴れた。自分はここまで大きめの声が出るのかと言うくらいには抵抗した。骨の白さがわかるくらいまで、気づいたら握りしめていた。


「そんなこと言っていいのか、お前は俺たちのいい奴隷みたいなもんだ!もし約束を破って逃げてみろ、そんときゃお前を殴ってやる!」

「そうだ、そうだ、泣き虫ポッド!いつもおどおどしてうざいやつ!そのくせ、変に反発しくるとこがムカつくんだよ!」

「お前は言われた通りに従えばいいんだぜ!お前が行ってくれなきゃ!俺たちは明日、帰らずの門の真実をみんなに話せないじゃないか!」

ガシィ!と、やつらに捕まえられて連行されていく。

 「(何で僕だけこんな目に遭うんだ!)」と心の底から思った。

 君たちで行けばいいじゃないか、とも思った。だがそれを言うことは無駄であると僕は知っていた。


 ______________

 なぜこんなに目に遭わなきゃいけないのか、ある時彼らに勇気を出して尋ねた事があった。理由は、僕自身の行動が気に入らないらしい。

 

 僕は、町で重たい荷物を背負って歩いている年老いた老人を助けたり、迷子の子供や探し物を届けたりすることを日頃から行ってきた。当然、僕はこんな性格だから誰かに自慢して話したりもしていない。陰で隅っこ暮らしを徹底している。そんな事を続けていたある時、周りの大人達や老人たちに「良い子だね」とか、「あんたみたいな子が将来支えてくれるんだね」とかで、よくお礼をもらったりしていた。※一応言うが、見返りが欲しくてやっているわけではない!

 その様子を、こっそり誰かが目撃していたらしい。そこら辺でちらほら噂されている程度で、僕自身当たり前の行動だったからその行為を辞めるつもりもなく、気にしていなかった。

 だが、奴らにはそれが気に食わなかったらしい。「良い子ちゃんぶって気に入らない」とのことだった。才色兼備なやつならまだしも、何の特技もない見た目がパッとしないいつもオドオドしてる奴だから、と言う理由だけでだ!僕が周りの人達から良い様にされてるのを見て、何であいつだけって思ったに違いない。自分より劣って弱いやつが、見下してやりたい対象が、でしゃばってると感じたのだろう!何て迷惑な話だろうか!

「そんなに人のことを言うなら、自分達も同じようにやればいいじゃないかっ!」と、ある日僕は奴らになけなしの勇気を振り絞って言ってやったのだ。

 結果、殴られた。

 あいつらは楽をして地位や名声みたいなものを得て、弱い奴を見下して支配したいのだと、その時気づいたんだ!僕はそんな事のためにしてないのに!


 だが残念な事に、僕に対してそう思ってる奴らが結構いると言う事実に虐めてくる奴らを見て内心、ショックを受けた。


 その度に嫌がらせがエスカレートしてくるんだ。なんだか僕自身、間違った事をしているように感じてくるし、自分自身を否定されている気がした。精一杯の反抗をしてみても無意味で、だから、何やかんやオドオドしながらも無視を決め込んだ。反抗するだけ奴らの思う壺だと思ったからだ。僕は僕なりに自分を鼓舞していつも通りでいる事を選んだ。

 けれど、それがさらに奴らの行為を助長させてしまったらしい。それからは僕も意地でも負けたくなくて、喧嘩と言う名の殴りあい、蹴り合い(一方的過ぎるのだか……)になり、ユーラに介抱されることが増えていったのだ。




 _______



「はぁ…」


 今でも、こんな奴らのいいなりに嫌々なって、いいように利用されている。けど、1番嫌になったのは、自分自身への嫌気さと弱さと悔しさの三拍子だった。これからもずっとこうなのだろうという、未来の自分の惨めさに泣きたくなった。

 でも、もしここで泣いたら彼らの思う壺だし、意地でも泣きたくなかったのだ。

 

 そうして、僕は奴らに引きずられるように、「帰らずの門」まで行くことになったのだ。



 

 *

 



 ゴンドラに揺らながら、歩きながら、とうとう僕は南地区まで来てしまった。道すがら、どんどん人の気配がなくなっているのを僕は感じていた。

 周りの建物は、空き家ばかり。どこか廃墟の様にも見える。


 ――帰らずの門は、目の前の曲がり角を過ぎれば見えてくるらしい。

 

 ジャリ、ジャリと歩いていていった。角を曲がって見えたのは、まず、少し錆び付いている鉄格子の柵だった。


「えー、何で柵があるんだよ!」

「こっから先に進めねぇーじゃん」


 いじめっ子らは、何やら文句を言っている。少しそばで聞いていたポッドは、その言葉を聞いて内心安堵していた。


 ――僕の背以上ある鉄格子の柵は、よく見たら道の端から端に連なって通せんぼしていた。まるで、ここから先は通るな、先には行くな、と言ってるような気がしてならない。


 ここから見える向こう側の雑木林の、そのさらに奥に、件の門があるはずなのだ。

「(た、助かった!)」

 これより先へ進む前に鉄格子の柵を見て、一時はもう駄目だと思っていたが、今この時だけはポッドは柵に感謝した。

「(ふぅ、これでもう門まで行けないんだから、引き返すだけだろう)」と。


 だが、そんな感謝の気持ちは、数秒と立たないうちに終わりを告げた。


「おっ!ここ通れるじゃん!ラッキー!」

「よし!よく見つけた!」

「狭い隙間だ……でも1人通るには十分だな」


「(なんだって?!)!」

 ポッドは、その隙間を二度見してしまった。奴等は別の所から入り口を見つけてしまった!鉄柵!ちゃんと役目を全うしろよ!と心の中で叫んだ。


 ――それだけにとどまらず、あいつらは更なる追い討ちを掛けてきたんだ!


「ポッド!お前1人、この先に進んで写真撮ってこい!」

 

 ――下されたのは、僕にとっての死刑宣告だ。

 







 *

 

 いじめっ子達は、安全な場所で高みの見物が如く、ポッドを逃がさないように見張っていた。ポッドにカメラを渡し、ドンッと背中を押す。柵の向こうに行けと促していた。

 僕は1人で目の前の柵を通ってここからでは見えない鉄柵の先、薄暗い道の向こうにある門まで行かなければならない。

 残念なことに、目の前の立ち入り禁止のためにある鉄柵は意味をなさなかった。

 ……きっと行っても最悪、行かなくても最悪(殴られるだろう)なことは、目に見えて分かった。殴られたくないし、かと言って1人だけでこの先に進みたくない!じゃあどうする?!

 そんな自問自答を繰り広げている間、ポッドは柵の向こうに、震えながら向かった。


 ――恐怖より痛みの恐怖が勝ってしまった。やはり、自分は臆病者だと痛感し、情けなくなった。


 *

 

 鉄柵の先で、薄暗く続いている道。それを通り過ぎて数分進むと、道なりの途中から岩肌が現れ、木々が所々飛び出ていた。さらに奥へ進むと、暗闇ので待ち構えているのは大きな門。その門は、鉄製の両扉でできており所々錆が目立った。大きさは10メートルほどで中央に大きな鍵がかかっていた。両脇と背後にある岩壁へ、門は、嵌め込んであるような造りだった。

 ポッドが少し離れた所から見るその門は、厳つく重たそうな扉が二枚あった。まるで、大きな南京錠と鎖で頑丈に門を封印しているような状態だ。

 けれども、よく見ると扉と扉が重なっているところに少し隙間ができていた。

 その隙間から覗くのは、闇だ――。

 

 辺りは暗いし、雑木林が広がっている。

 その門は、特に何もない筈なのに、異様な雰囲気を醸し出していた。


 ――何処からかせせ笑う声!人影も見えた気がした!それに寒い気もする!鳥肌が治らない!


「うゔぅっもう、帰りたい!っ。」


 ポッドは涙ぐみながら「帰らずの門」に来ていた。

 

( 数分前)

 

 ジャリ、ジャリ――バキッ!

 一歩一歩、慎重に薄暗い道を踏み進んで行く。あいつらと別れた鉄柵を背に、僕は1人で歩き続けていた。5分ほどしか歩いていない筈なのに、時間が長く感じた。僕の通って来た道のりは、あいつらから離れると一本道が続いていた。道幅は2メートル弱くらいで、さらに進んでいくと狭くなっていく。途中、草や葉っぱを掻き分ける必要があり、しっかり地面を見ないと道が分からなくなりそうだった。


 ポッドの進行方向の右側には、山の斜面みたく、抉られた土や木々が所々あった。その抉れた斜面から視線を上にやると、木の根、太い幹、葉が生い茂っていた。一本だけじゃなく辺り一面に同じような木々があり、大きな岩や小石も地面に幾つか散らばっていた。山から崩れてきたのだろうか、とポッドは思った。

 左側は、道に沿ってレールが敷いてあり、その向こう側はやや傾斜になっていて崖だ。この場所は、平地と比較して高い場所だったのだろう。目下に薄暗い森が広がっていた。

 ――時刻は18時頃。太陽が沈み欠け、西の空に綺麗な橙色が広がり、辺り一帯がだんだんと暗くなってきた。


 ――暑い季節。けれど、今だけはやけに冷んやりしている気がしてならないとポッドは思い、先へ急ぐ。


「(早く、撮って帰ろう!)」


 震える体を押さえつけながら、ポッドは進む。カメラを落とさないように右手に力が入る。汗も滲み出てきた。

「(そうだ!幽霊なんていない!あんなの嘘だ!僕はこのカメラでその証拠を撮り、彼奴らに言ってやるんだ!『幽霊なんていなかったぞ!この臆病者達め!』って言ってやる!……やりたい!)」

 

 少年は、恐怖心を押さえ込む為に自分を鼓舞していた。


 その時だ。

 



 ――ズ、ズ、ッズ、ズ〜。





「!っ」


 ――何か音がした。まるで生き物が這うような音だった。キョロキョロと周囲をを見渡す。

 しかし、辺りは薄暗いだけだ――。


「(っ、何もない?気のせいか?!まだ門に到着してないのに!)」


 一瞬、聞こえた謎の音を気のせいだと言い聞かせてさらに進む。そろそろ門が見えてもいいだろう、と思ったポッド。

 すると数メートル先の薄暗い空間に何かが見えた。

 

 ――例の門だ。

 

 門は錆ついていた。その錆と合わさって、なんだか血が垂れているようにも見えてしまう。

「っ、!これが『帰らず門』か」

 ポッドの視界は既に涙で濡れていた。自分で言うのもあれだが、ポッド自身よくここまで来たなと、褒めてもらいたいほどだった。


 ――耳鳴りがする、何故だろう辺りの音がやけに鮮明に聞こえる。自分の心臓の音が、ドクン、ドクンとなっているのを感じる、怖い!


「(写真を撮るだけだ!そしたらすぐ帰る!)」


 ――そう、撮るだけだ。



 震える手でカメラを両手で持ち、顔の高さまで上げた。

 そして、そのレンズの照準を門に向けた。




 ――キュイーン、パシャリ!




 撮った。


 ――撮れた、撮れたのだ!

 今度はゆっくりとカメラを、胸の高さまで下ろした。





 シーン。


 何も音はしないし、何も起こらなかった。

 

「……」


 やはりただの噂だ、撮り終わった後もなんにもない。門も、特に何も起きないじゃないか、とポッドは思った。

「(やややっぱり、ただの噂だった!何もないじゃないかよかったぁー。これでいじめっこたちは文句も言えまい)」

 ポッドは心なしか、行きよりも軽い足取りで帰ることができそうだと思った。

 だが、ここでポッドは何故だがその門の先が気になった。扉と扉との間に隙間が開いている、と。

 

「(あそこから何か見えるかもしれない……)」

 

 ふと、ポッドはそう思った。大きい門の扉には、頑丈に鍵がかかっている。

 しかしよく見ると、扉と扉の間に隙間ができていた。だいたい30cmほどだろう。ポッドは身長155センチほどあるが、それよりももっと小さい子供なら通れそうな隙間だった。


 人間は一度恐怖が過ぎ去ると、慣れるものらしい。

 ポッドはさっきまで恐怖心が薄れ、今や好奇心の方が勝っていた。目の前にある錆びついた門。ポッドはそっとその扉に近づき、扉の隙間から向こう側を覗いた。

「……うーん、よく見えないな、」

 扉の向こうは何も見ず、暗闇が広がっていた。何となく自分の手を叩いてみた。



 ――パチン、パチン!



 すると、音がよく響いた。きっと中で反響している。

「……(もしかして、この先はトンネルのような造りかも知れない)」

 不思議に思いながらも、ポッドは一通り満足すると踵を返して、今度こそ戻る事にした。

 

 ズズッ、。


 それはかすかな音だった。


「!」

 ポッドは立ち止まった、いや、立ち止まってしまった。音は門の、その扉の向こうから聞こえた。振り向かなくても分かる。

 そして、ふとここまで来る時に聞こえた謎の音が、脳裏に一瞬で呼び起こされた。その音と全く同じだったから。





 ――何かが『いる』、扉の向こうに。

 





 振り向きたくない、でも振り向かないと、と謎の勇気がポッドを急かす。早く現状を確認しろ、と。

 ギギぃっとロボットが故障したような効果音が出るほど、体をゆっくりと先程の門へ視線を向けた。

 

 戦慄が体を突き抜ける。

 扉と扉の隙間からそれは見えた。








 

 ――こちらをじっと覗いている。

 大きく、黄色い、眼球がある!







 ――こっちを見て、睨んでいるじゃないか!





 ガシャんと、カメラを落とす。



 







 瞬間、ポッドは走り出した。


 

 ――――――――――――――――――――――


 「うわぁあああああああああああああ!」 

 少年は来た道を我武者羅に走って引き返した。もし、50メートル走がこの世界にあったのなら、少年の走りは、今までで一番いい記録を叩き出していた事だろう。

 それより――

「(なんだったんだ?!あの目!あの黄色眼光は!?見間違いじゃない!はっきりと見えた!扉と扉の間から、)」


 こちらを睨んでいた怪物の目があった!

 

 扉と扉の間からしか見えなかったけど、本体はきっともっと大きい!門はあの怪物を閉じ込めておく為の「檻」だったのか?!だから頑丈な鍵がついてたのか?でもあの様子じゃ出られない!じゃあなんで、「帰らずの門」なんて言われているんだ?


「!」


 ポッドは走りながら思考していた。そして、その理由を嫌でも勘繰ってしまった。


 ――あの門にたどり着くまでに、通せんぼしていた鉄格子の鉄柵。


 ――頑丈な鍵と扉。

 

 ――”今まで出ていった人のほとんどが、探検者か犯罪者。その人達は南門から出る事はあっても、帰って来たものはいない”と言っていた人達。



「(帰ってきた者がいない?それじゃまるで……)」


 ――あの怪物がその者達を喰ってるみたいじゃないか。

 

 そう言って噂していた人達をポッドは思い出し、顔を青ざめた。嫌な想像をしたまま、ポッドは走り続けた。


 



 (いじめっ子ら待機組)

 

「「!」」

「……なぁ、なんか叫び声が聞こえねぇ?」

「あぁ、」

「ん?あれは……お、きたきた!」

 

 タッタッタ!ガサ!ガサ!


 ポッドはやっとの思いで鉄柵まで、顔色を真っ青にして戻ってきた。

「うわわわぁぁぁー!」

「!」

「おう!ポッドようやく――」

 ――戻ってきたのかよ、といじめっ子の1人が言いきるまでにポッドはその子達の横を通り過ぎようとしたので、そのうちの1人がおいおいと、ポッドの逃げる腕を取り押さえた!

 ぐぃ!

「!ぅお、?」

 腕を引かれた事で、ポッドの体は少し冷静になったが、心は冷静になっていない。心と体は別の行動をしていた。

 そして、いじめっ子達をみてポッドはさらに顔を青ざめた。

「おい!てぇめぇ何に逃げようとしてやがる!」

「撮ってきたのか?まさか、びびって戻ってきたのか?」

「はなせよ!撮ったさ!僕はもうやる事やったんだ!もういいだろ?!」

「あぁ?じゃ何でお前の手に、そのカメラが無いんだ?」

「!……それは、」

 ――まずい、落としてきてしまった!せっかくの証拠写真を!

 

 嘘はよく無いよなぁ〜?とそいつらはニヤリと笑って彼らはポッドに拳を上げた!

 

 ドカッ、ドカッ!ドカッ!

 

「ゔぇ、ゴホ、やめろ、やめてよ!」

 ポカポカと、抵抗するもポッドはいつもの様に殴られてしまった。


 痛い、痛い、ポロ、ポロ。

 

 地面に頭を抱えながら蹲って、攻撃を防いでいた。

 そして、いじめっ子2人はポッドの体を起こし、両腕を押さえてきた。両腕を抑えられているポッドは、抵抗できずにいる。

 彼の目の前にいるいじめっ子の大将が、拳を大きく振りかぶってきた。


「(やられる!!)」

 ポッドは恐怖で目をつぶった。

 

 タッタッタ!



 「「!」」

 

「……?」


 いつまで経っても痛みがこない頬に、不思議に思ったポッドは、ゆっくりとその閉じた瞼を開いた。

「!」

 そして、驚きの光景がポッドの目の前に広がっていた!

 そう、その大将の後ろに――少し苛立った表情で薙刀を、大将の急所にぶち込んでいる僕の幼馴染、由良がいた!


 ドガァッーーーー!


「え、!?」

「ゔ、お!」

 口をパクパクして顔を歪めたのはポッドを殴ろうとしていたいじめっ子の大将だ。数秒とたたないうちに彼はのされた。

 

 ドサッ、チーン……。


「「!」」

 彼女は持っている薙刀を『石突の構え』から『一本杉の構え』でこちらを見た。

「(何が起こった?!)」

 ポッドは唖然とし、現状で何が起きているのか分からなかった。

 でもひとつ言えるのは、――こん時ほど彼女が僕の幼馴染でよかったと認識した事はない!と言うことだった。なんでここに?とポッドはまた言いそうになったが、彼女から放たれる殺気で言葉を発せずにいた。

 急所をつぶされたいじめっこの大将は、その場でドさっと倒れ、気を失っている。

 突如現れたユーラに、残されたいじめっ子2人は驚愕した。

「こっ、こいつ!誰だよ?!」

「てか、やりやがったのか!?」

 二人は騒ぎ出し、倒れた大将を青ざめた表情で見た。


「――ねぇ、」


 放してくれないかしら、と彼女はまるで囁くように言った。 誰を、とは言わない。ギロリと鋭い眼光をポッドを捕まえている二人に向けたのだ。その視線は獲物を狙う捕食者だ。

 そして彼女は、緩慢な動きで彼らに近づいく。

「お、おい!?くるな!」

「あっちいけよ!やんのk――」

「聞こえているなら、まず返事。」

「ッ!」

 そう言って彼女は、持っている薙刀でそいつらを一瞬にして蹴散らした。僕の両腕を押さえていた2人は、綺麗に払われて飛ばされていった。

 ドサッ、ドカ、グサァー!

「ゔ、グへェ!痛ェ~!」

「――ねえ、」

 まだやるの?といった表情でユーラはそいつらを真顔で見る。

「「っ!」」

 二人はユーラには敵わないと悟ったのか、彼女の事を、化け物のように見た。

 その後は、どちらも顔を真っ青にし、叫び声をあげて逃げていったのだ。


 

 彼女は、未だうずくまっているポッドを見た。

「……どうして、ここに」

 ポッドはボソボソと言う。――行き先は誰にも伝えていない。無理やりここへ連れてこられたからだ。

「周りの人達に聞いてここまで、」

「なんで助けたんだよ……」

「……」

 しかし、ポッドはそんなことより、自分への情けなさと怒りで、心はぐちゃぐちゃになっていた。――言いたかったのはこんな言葉ではない、むしろユーラに感謝したかったのだ。だが心の声と真逆な言葉を彼女へ吐露していた。

「これは僕の戦いなんだ!勝手にはいってくるなよ!」

「ハア…………寝言は寝て言ってくれないかしら?」

「っ何!」

「いったい、どれだけ迷惑をかけて心配させているのか、貴方は気づいてないのでしょうね」

「!」

「一人で生きているわけじゃないのよポッド。……貴方のお母様がおっしゃっていたわ、『息子が最近元気がない、何も相談してくれない』と。その後のこの有様行方不明 けれど、貴方は何も言わないままで、今もただ蹲っているだけ」

「っ、……」

 間髪入れずにユーラは厳しい声でポッドに言う。

「言葉が足らなすぎる。自分さえ我慢すれば問題ないと思っている。……あなたは何でもかんでも一人でやろうとするけれど、実際何もできていないって自覚した方がいい」

「っ、なんだよ!」

 僕が今どんな思いや、状況になっているか知らないくせに、そう言おうと思った。

 

「ポッドが今何を抱えているか分からない。無理矢理聞こうとも思わない。でもね、心配してくれる周りがいる事をもう少し分かってほしい。……助けを求める事を迷惑だとか、恥ずかしいと思っているのなら…………それは相手を慮っての事ではなく、自己中心的な考えよ」

「!」

 その言葉にはっとさせられた。ユーラの言う通りだった。

 ポッドは特別でもなんでもない、凡人だ。だから、一人でできないことがあっても迷惑にならないよう頑張ってやってきた。そう思ってやってきた行動は、もしかすると全て自分中心の考えかもしれないと思い至ったのだ。

 

「貴方の日頃の行いは尊敬する。ここの行き先だって、ポッドを知っている周りのおば様、お爺様たちが見ていたおかげだもの。『誰かと一緒に引きずられるポッドちゃんを見たわ』と言っていたから」

「……そう、だったんだ。ユーラはなんで、いつも僕を助けてくれるの?」

「別に助けてるつもりはないわ。今回は余りにも度が過ぎて、見過ごせなかっただけ。それに、、」

「?」

「貴方は、……私の知ってる人に少し似ているから心配になった。……それだけよ」

 由良は一瞬思考の隅で、自身の兄を思い浮かべたがすぐに消した。彼女の表情はどこか悲しそうだった。


 ――彼女の真意は分からないし、僕も今心はごちゃごちゃで伝えられないけど、これだけは言えると思った。


「ユーラ……心配かけてごめん。」

「それを言うのは、私だけじゃないわよね」

 わかってるよ、とポッドは言い返した。

「ユーラ、」

「?」

「……いつも助けてくれて、ありがとう」

 初めて幼馴染に対して、感謝の言葉を投げかけたポッド。照れくさいから顔を下へ向けた。涙の後をみられたくなかったのもある。

 彼女はその言葉を聞くと、少し間をあけてから、どういたしまして、と淡々と言い放った。

 けれど、そっと差し出された軟膏と絆創膏で処置をしてくれたその手つきは、いつものように優しかった。


 *

 

「でも、どうしてここまで連れてこられたの?」

 由良の問いかけにはポッドは興奮した様子で門のことを伝えた。


「ユーラ!この先に帰らずの門があるだろう?僕、そこで怪物を見たんだ!」

 さっきのしょぼくれてた空気はどこへ?といいたように話し出したポッドに、ユーラは眉をひそめた。しかし、ポッドの表情から嘘をついているようには見えない。

「……例の噂の?」

「あぁ!」

 そう言って、ポッドはこの先の門のことと、怪物を見たことをユーラに話した。

 

 *

 

「ポッド、その怪物は門の向こうに閉じこもっていたの?」

「あ、ああ。そう見えた」

 彼女は顎に手を当てて考え出す。

「それが本当なら……」

「本当だって!僕、みたんだ!」

 興奮した様子でポッドは話す。

「……ポッド。私は今からその門を、確かめなければならない。この先へ行くわ。貴方は早く帰った方がいい、お母さまが心配している」

「え」

 急に何言ってるんだよ、とポッドは思った。

「私は……『阿暁一門あぎょういちもん』として、この先がどうなっているのか、真実を報告しなければならないの。噂が嘘だったらそれでいいし、本当だったら……」

「っなんだよそれ、危険だっていってるだろ!」

「だからよ」

「それに阿暁一門としてって……どういうことなんだ?」

 ポッドは疑問ばかり浮かんでいた。

「……兎に角、私がこの目で確かめなくては。一門のことは今は話せない、いずれ分かることだし」

 じゃ、そういうことだから、とユーラは鉄柵の先へ、一人でどんどん進んでいった。


「え?!ちょっ……なんで一人で行けるんだよ……」


 僕はあんなに怖かったのに、となぜか焦った。そう思いながらも、彼女の背はどんどん遠くなっていく。辺りは既に暗い。

 

 ――もう一度、あの場所へ行きたくないな……。

 

「(で、でもこのままユーラを一人で行かせるのもなんかダメな気がする!……主に僕としてのプライドがっ!)」

 それがたとえ自分より強い女の子でもだ、とポッドは思った。

「ま、待ってくれユーラ!僕も行く!」

 

 ポッドは慌ててユーラの後を追いかけた。 

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