第43話 #村崎家防衛戦

 -村崎琴音亭-


 -襲撃者side-


「……なぁオイ、どんな感じだ?」

「うるさいわね……ちょっと待ちなさいよ。集中しないと視界が不安定になるのよ」


 邸宅とでも呼ぶ程に大きい屋敷の庭先。

 暗闇に潜む私達は、各員持ち場について情報共有をしていた。


 今回のターゲットは、紅式部と呼ばれる最近何かと話題のBランクパーティー。


「……いるわね。リリィって子はいないけど、他のメンバーは家の中でくつろいでるわ」

「ったく……イイ気なモンだぜ。俺らはこんな危ねえ橋渡ってるってのに、順調なヤツらが羨ましいなァ」


 それはアンタがギャンブルに入れ込みすぎて借金にまで手を出したからでしょ。


 ……いや、それは私も変わらないか。

 私達は、今回の紅式部襲撃の為に集められた探索者の集団だった。


 一番強いヤツでBランク相当が三人、Cランクが四人、Dランク三人で構成されている。


 私はDランクだけど、“監視者”というスキルによって、遠隔から対象者を覗き込める能力によって抜擢されていた。


「……この仕事が成功すれば、借金を半分免除してくれるのよ。本気でやんなさいよ」

「成功しても半分だろ? リスクの割に見返りが合わねぇっつーの」


 クズが。

 そんなんだからいいようにリスクだけ背負わされるのよ。

 Cランクの癖に、いいように使われてて恥ずかしくないのかしら。

 ……私も、人の事は言えないけど。


「……他人の借金事情はどうでもいいが、仕事をしてくれ。他のパーティーメンバーの位置を教えろ」


 ヌッと現れたのは、痩せぎすの、やたら不吉そうな男だった。


 今回の戦力の要である、元・Bランクの一人。

 役割的には現場指揮官の立ち位置にいる男だった。


 コイツは、“ボス”と呼ばれる男に投資で騙されて首が回らなくなったところに金貸しに泣き付いたら専属契約を結ばれ、今では非合法組織の下請けのような荒事を専門に活動していると聞く。


「……村崎琴音と、白井戸ミリムはこの部屋。紅凛はここにいるわ」


 家の簡易的な図にそれぞれのメンバーがいる位置を書き込んでいく。


「……そうか。では、今日も仕事を始めるようとしよう。ヒーラーの手配もしてあるので手荒になっても構わないが、跡が残る傷は避けてくれ……それ以外は、“好きにしろ”」


「へへッ、こんな良い女三人もいるんだ。ちょっと盗み食いしてもバレねぇよな」


 下種が。

 同じ女として、同情するわ。


 この人数差の上に対人の荒事専門のBランク相当の元・探索者が三人。

 普段モンスターを相手にしているヤツらに遅れを取る程、私達は素人ではないのだから。


「アァ? なんで不満そうなんだよ。お前が代わりに相手してくれんのか? 違うなら黙って見てろよ、あんなデケェおっぱいと尻してる女なんね、抱いてくださいって言ってるようなモンだろ」


 舌なめずりでもしそうな表情に心底嫌悪の感情が湧いて出る。

 この仕事が終わった後の事でも考えているのだろうか、ニヤケた顔で庭先に一歩踏み出た時。


「よっしゃ、俺が先陣切るぜ。───行く、ぞえッ?」


 Cランクの、クズのうめき声。

 一拍遅れて、ドサッと何かが倒れる音。


「ッ───」

「こっちは非戦闘員ですね、なら見てたのはオマエですか」


 耳元で囁かれ、声音の冷たさに背筋が凍った。


「は……?」

「避けろ! 何をしているッ!」


 ガギィンッ!

 呆けていたら、首元に突き刺すような殺気を感じた。


 けれど、ソレを処理できるような戦闘能力は持ち合わせておらず、隣にいた元・探索者の不吉な男に助けられるように何かを短剣が弾く。


「なるほど、メインの戦闘員は揃えているわけですか」


 そして、ようやく襲撃者の姿が現れた。


 私達の前にナイフを構えて堂々と立つのは、赤い瞳に綺麗なロングの黒髪。


 男を破滅させそうな危うい美貌を持った、女の私でも迫られたら間違いを起こしそうなスタイルを持つ彼女。


 なぜかネグリジェ姿で、色っぽい姿は否が応でも周りを意識させる。


 ───その正体は、今回の襲撃対象の一人、村崎琴音だった。


「気付かれていたか……。存外、色物の探索者ではないらしい」


 不吉な男、現場指揮官が短剣を二本引き抜く。

 軽技師なのだろうか、とんとん、とステップを刻む姿はBランクらしく歴戦の姿を思わせた。


「オマエはそこそこですが、他が下手すぎますね。典型的なスキルと魔術頼りに気付かないほど甘くはないですよ」


「耳が痛いな。寄せ集めなんだ、許してくれ───ッ」


 軽口の最中、不意をうったのだろう。

 闇に紛れて背後から別動隊のCランクの大男が村崎琴音を捕える為、羽交締めにしようと腕を大きく振り被り、同時に現場指揮官も踏み込む。


「人の家に不法侵入しておいて、無事に帰れるとでも?」


 背後から迫る大男にも気付いていたのだろう、触れる寸前に身体を半身翻してかわし、指揮官の卓越した短剣による剣戟もナイフ一本で捌いていた。


「なかなかやる……ッ!」


 キィンッ!

 予想外に食い下がる村崎琴音に対して、男がほくそ笑む。

 甲高い音を奏でながら、剣の応酬を何度か繰り返した瞬間だった。


「……まぁ、普通ですね。これなら伊庭修吾の方が強かったですよ」


 品評をするような、緊張感のカケラもない声音が響いた。


 ドガアッ!


 再度迫った大男を避け、そのままの勢いで顔面に膝蹴りを叩き込み。

 すかさず切り込んで来た指揮官の手首を掴むと、いつの間にか展開していた糸が手首を起点に身体に纏わりついていく。


「……バカな。糸の情報は聞いていた。警戒していたハズだ……ッ!」


 村崎琴音の代名詞とも言える、黒糸。

 それが、指揮官だけではない。

 屋敷の庭に縦横無尽に張り巡らされ、襲撃に参加したヤツ全員の身体に纏わりついて身動きができなかった。

 もちろん、見ている事しかできなかった私にもだ。


「時間をかけすぎですね。こちらには魔術師もいるので、防衛に回る時間があるのなら気付かれないように対策する事も簡単ですよ」


 そして。

 ゴギンッ!

 

「っがああああああ!!!!」


 鈍い音と共に、村崎琴音を羽交締めにしようとして、無様に捕まった大男が悲鳴を上げる。


「あなた達の生殺与奪は、今、わたくしが握っているわけですが……どうしますか? 続けるのでも構いませんよ。自分の番が来るまでに答えを出してくださいね」


「やっ、やめッ……!」


 ゴギンッ!


「ぐがああああああああッ!!!!」

「ひっ……!」


 大男の両腕が、あり得ない方向に向いていた。

 痛々しい叫びと、その姿に思わず小さく悲鳴が出てしまう。


「因みにわたくし、非戦闘員でも、こういう事態に関わってるのであれば一切の手心は加えないと誓っているので、痛い目に合いたくなければ早めに洗いざらい吐く事をオススメします」


「ま、待ッ……!」


 ボキィッ!


「ッギャアアアアアアア!!!!」


 まるで、ポッキーのように簡単に、折られていく骨に現実感が無くて。

 一切の容赦なく、何の感情の色も見せないその瞳に恐怖しか湧かなかった。


「……待て。わかった。話す、話すから……糸を解いてくれないか」


「ええ、もちろん」


 バキィッ!


「ぐ、ッ……うッ」

「悲鳴を上げないのはさすがですね」


 現場指揮官が、あっさり降参して糸を解くように交渉したと思ったら、拘束した糸を締める力が強められ、右足を折られ、短いうめき声を上げていた。


「……徹底してるな」

「場数は踏んでるんですよ、こう見えて。オマエのようなヤツがこの場で一番信用できないのも経験でわかってます」


 ギリッ、と歯から血が出そうな程、強く噛み締める姿は現状が既に詰みである事を表していた。





-村崎琴音side-


○ことねちゃん、怖い。怖いよ……

○やり方が完全にヤクザの抗争のソレ

○こんな顔色変えずに人の骨を折る事ある?

○ことねちゃん有利とはいえ、手も足も出ないのは無法すぎない?


 ちょっと調子に乗って黒糸で襲撃者を返り討ちにしてたらコメント欄がドン引きしていた。

 何でだよ。普通これくらいするだろ。


○しません

○しないけど?

○ミリムちゃんもだけど、敵対する人に対して報復が苛烈なのは紅式部の方針なの?

○実は戦国時代からタイムスリップして来た人?


 俺のやり方はだいぶ過激よりらしい。

 おかしいな……中、高時代はこういう事やるヤクザとか普通にいたんだけどな……。


「頼む。見逃してほしい、力の差を思い知った……依頼主の事を話す」


「…………」


 嘘だな。

 この手のやつに依頼出して、かつ、この規模で人員を動かすなんて余程の資金力と契約による縛りがないとできない。


 そんなレベルの人物の情報を漏らしたなんてバレた日には……殺されるだろうな、確実に。

 故に、コイツは出鱈目の情報を告げて隙を見て逃げるしかないわけだ。


「ふむ……いいでしょう。“嘘は吐かないでくださいね”」


 だが、乗ってやろう。

 コイツが口を割らないのなら、それはそれでやりようがある。


「ミリム、お願いします」

「うん、任せて」


○え

○おいおい

○嫌な予感してきた……


「大丈夫です、これ正当防衛なので。襲われそうになったんですから、パニックになって“ちょっと精神が錯乱する魔術”が暴発するなんて、よくある事ですよ」


○知ってる? 正当防衛ってそんな便利な言葉じゃないんだぜ?

○どっちが襲撃者なのかわかんなくなってきちゃったな……


 安心してほしい、そんなお見せできないような非道な真似はしない。


「“これから、お前はわたしの質問に答えろ”」

「ッ……う……“はい”」


 ミリムが最近、Bランク昇格試験が終わってから特に伸びた技術がある。

 それは、精神感応、精神汚染と呼ばれる類の魔術だ。


 逆さまの少女との呪いの応酬で、少しだけ魔術への理解度が深まったと言っていた。

 新たな便利そうな魔術を取得できたとウキウキだったミリムは、ちょうど試せる場を探していたのである。


 凸者に対してやたらやる気だったのは、公然と実験体できる名目を見つけたからだった。


「“お前の性癖を答えろ”」


○は?

○何聞いてるんや……


「……ッ、ぐっ……や、やめ……“異種姦催眠昏睡モノ”……ぐああッ!」


○なかなかえぐい趣味をお持ちで……

○うわぁ……

○なぜ俺達は凸者の性癖暴露を聞いてるんだ?


「“お前の一番恥ずかしいエピソードを答えろ”」


「……た、頼む……やめてくれ……ッ! “女性用防具を着て鏡の前でポーズを取っていたら、母親に見られた”」


○やめたげてよぉ!

○鬼か!? 彼が何をしたって言うんだい!?

○リスナーもダメージ受けてるからやめよ!?


「ふふふ、凄い。思わぬところで検証できてる、楽しい」


 珍しくミリムが笑顔だったが、精神感応魔術のヤバさに俺もちょっと引いていた。

 止めなかった俺も俺だが、こんなに応用効くモノなの?

 尋問に対して有用すぎない?


「そうでもない。魔術師や、魔術に耐性ある人には効きが悪いし、まだ不安定だから失敗する事も多い。……失敗した時が少し厄介でね」


 “ちょっと知られたくないえっちな事を語れ”


「ッぐう……!」


「“最近、ダンジョンだけじゃなくて普通に買い物行く時も下着着けずに行く時がある”」


 なぜか、魔術を掛けられた指揮官の男ではなく、ミリムが答えていた。


「こういう風に、失敗すると自分に跳ね返ってくる」


 なるほど〜。じゃねえわ!

 とんでもねぇリスク抱えてやがる!


○ノット下着マ!?

○神官服の下は常にノーパンノーブラって噂マジだったの!?

○俺、これからミリムちゃんをどういう目で見ていけばいいんだよ……

○お前らノーパンノーブラの事実に目が曇ってるけど、ミリムちゃんが“ちょっと知られたくないえっちな事”って認識してる事実に目を向けない? 羞恥を感じるミリムちゃんにエロを感じた



 買い物行く時くらい下着身に着けろや。

 普通に露出狂か何かか?


「……一度ハマったら、クセになる。ことねも今度やろ」

「恐ろしい提案しないでください。やりません」


○やろうぜ?

○大丈夫、怖くないよ?

○初見なんだけど、なに? 紅式部って痴女のパーティーなの?

○否定しきれないのが辛い


「……さて」


 黒糸で転がした襲撃者を、俺は足先で軽く転がす。


「依頼主の名前を、正直に」

「……っ、話す……」


 吐かれた名は──聞き覚えのある名前だった。


「最初からそう言っていれば……骨はまだ繋がっていたかもしれませんのに」

「……っ!」


○ことねちゃんの声が氷点下

○骨と一緒に心を折る女

○精神攻撃(物理)


 糸をキュッと締め直すと、襲撃者たちは庭先に並び、視線を逸らした。

 骨折と羞恥で、誰一人、俺の目を見られない。


○はい全員確保〜

○#骨ポキ回

○#ことね抗争2025

○#ミリム暴露無双

○#ノット下着マ!?

○トレンドになってて草


「……ミリム、余計なことは言わないでくださいね」

「えー、もう一回暴露やりたいのに」

「ダメです」

「けち」


○この二人並ぶと完全に取調室の悪夢

○骨折係と精神汚染係

○紅式部=痴女拷問官説、否定しきれず


 配信終了の合図を出すが、コメント欄は骨だの下着だので大渋滞。

 嫌な予感しかしない俺の脳裏に、未来の切り抜きが浮かぶ。


『【速報】Bランク女探索者、襲撃者の骨をポキポキ折る』

『ミリム、まさかのノーパン疑惑で視聴者騒然』

『ことね&ミリム、尋問中に笑顔 ※ホラー注意』


○企業案件全部吹っ飛ぶぞ

○逆に伸びるやつだこれ


 ──ああ、目に見える。まとめサイトが適当な煽り見出しを付け、SNSでは#骨ポキ回が半日もトレンド入り。ファン有志が謎に高画質の骨折音切り抜き作って再生数が跳ね上がる未来が。


 笑ってるのは視聴者と炎上ウォッチ勢だけだ。俺の胃はもう泣いている。


○もうエロゲみたいな設定になってきてるな紅式部

○いいじゃんえっちで

○ネグリジェとガーターベルトで凸者を返り討ちにするパーティーがエロゲじゃなくてなんなんだよ


 それはそう。


「……とりあえず、配信は切りますね。これから連合会と警察に突き出さないといけないので」


 そう言って、配信終了のボタンを押すと、コメント欄の表示がなくなった。


「……さて、それまでに、絞れる情報は絞っておきましょうか」


 笑顔を向けると、襲撃者達の短い悲鳴と共に夜も益々更けていくのだった。

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