第5話 #脱がされチャイナと警察署
「ことねぇ〜! ミリムぅ〜! 会いたかったよおおおおおおおおお!」
「痛い、重い、離して」
「どこに顔突っ込んでるんですかどこに」
東京某所の新宿警察署内。
突然の連絡に大慌てで支度した俺とミリムは、無事一時間足らずで目的の場所へ辿り着いていた。
大仰に言ったが警察署である。
受付にいた警官のお姉さんに来訪の目的を告げて身元引受人の書類に名前を書いていると、署の奥からデカい毛布を被ったデカい女がフライング気味に突っ込んできて冒頭のセリフに繋がるわけだった。
ボサボサになった桃色の長い髪と、なぜかボロボロのやたら露出度の高いチャイナ服が毛布の隙間から見え隠れするのはなぜなのか。
その長い腕で俺とミリムをまとめて締め上げ身長差の関係で上から全体重を乗せてくるしなぜかおっぱいにも顔を埋めてくる。
やりたい放題かコイツ。
「良かった、身元引受人の方が来てくれたんですね凛ちゃん」
「はいぃ……ありがとうお姉さん……」
続けて署の奥から出て来たのは温和そうな警官のお姉さんだった。多分凛から事情聴取的なことをしていたのだろう。
ぐすぐす泣きながら今度はミリムの頭に頬擦りする凛。
頭を涙で濡らされているロリ娘は珍しく無表情を崩して非常に嫌そうな顔をしていた。
「便宜上、重要参考人として事情聴取はしましたが探索者としての身元も確認できたので帰っていただいて大丈夫ですよ。……ただ、結構ショックな出来事だったみたいなのでお家でゆっくりお話を聞いてあげてくださいね」
「あっ、はい……あの、結局なにも聞いていないんですがなにがあったんでしょうか」
美人なお姉さんにこそっと耳打ちされて背筋が少し震えたのは内緒だ。
「わたしから説明してもいいんですが、自分で話しますってことだったので、本人から聞いてあげてください。大丈夫です、ちょっとやりすぎちゃったけど凛ちゃんは被害者なので!」
被害者ってことは加害者がいるのかよ。
ますますなにが起こったのかを問いたださないといけなくなったが、とりあえずは我らがパーティーリーダーを回収するのが先だった。
「わかりました、本人に聞いてみます。……ほら、凛! 行きますよ! ちゃんとお姉さんにお礼言いましたか!?」
「いい加減離さないとゴブリンの巣穴にぶち込む」
「アッ、ハイ……」
ようやく解放されたミリムはちょっと不機嫌そうだった。
やりすぎたと感じたのか、冒頭のテンションが嘘のようにしおらしく今回関わったであろう警察官の方々に対して丁寧に頭を下げて回っていた。
「なんか凛のキャラ変わってません?」
「きっと色々あった。聞いてみる」
挨拶も終え、ようやく書類の手続きも終えた俺たちは生暖かい視線を尻目にとりあえずということで俺の家に再び戻るのだった。
★
「違うんですよ、こんなことになるとは思わなかったんですよ。ワタシはただお金を稼ぎたかっただけでぇ……」
「御託はいいので洗いざらい吐いてください」
「ゴブリンの巣穴とオークの巣穴、どっちがお好み? わたしのおすすめはゴブリンの方」
警察署で凛を引き取ってから約一時間後──、俺たちは再び自宅に戻り、凛の事情聴取タイムが始まっていた。
「ゆっくり話を聞いてあげてください?」知らんな。
心の中でそう毒づきながらも、パーティー全員でガン詰めしていたのだった。
連絡もなしに行方不明になったかと思えば何かしらに巻き込まれた挙句、重要参考人として保護されて迎えに行くハメになったのを考えれば妥当な詰められ方だった。
「え、えぇっと、まずはことねが退院して一回解散になった日から始まるんだけど……」
そうして語られる、俺たちと別れた後数日間の凛の動向。
聞く方は呆れ、語る方はトラウマを植え付けられた凄惨な事件の全容だった。
「配信するにも、まずは機材を揃えなくちゃいけないのね。だからことね達と解散した後にまずはまとまったお金を稼ごうと思って仕事探してたら……ちょうどいいバイトがあったの」
出資詐欺にあってから、彼女なりに責任を重く感じていたらしい。
だから俺たちにはなにも言わず、せめて機材一式は自分で工面しようとあちこちに働きかけていたとのことだ。
「そこで見つけたのが……その、歌舞伎町のキャバクラで。時給もいいしチップもたくさん貰えるって聞いたからすぐ面接に行って、その場で採用してもらって……その日の晩から働き始めたんだよぉ」
「あ、あぁ〜」
時給とバック率に釣られてコンカフェで働いてる俺とほぼ同じ考えに至ったらしい。
だがキャバ嬢になるってことは当然男性との距離感もコンカフェより更に近しいものになる。だが凛の性格ならわりとイケる気がする。
俺やミリムとは違い、愛嬌があって人好きされる大型犬のような性格なのでそういうのが向いてるだろう。ちょっと卑屈な面もあって知り合いは多いが友達は少ないタイプだが。
引き続いてちょっと涙目の凛が話を続ける。
「実は三日くらいで目標金額は貯まっててね。時間もないしその時点で切り上げるつもりだったんだよ。……ただ、最終日に着いたお客さんに「もっと短時間で稼げる仕事があるから紹介するよ」って言われて……、お金はたくさんあって困るものでもないしこれからも入り用になるから短時間ならと思って紹介をうけまして……」
「全て察した」
「奇遇ですね、わたくしもです」
三日で結構な大金を稼げるのは凄いがその後の〝紹介〟の単語で全て察してしまった俺とミリムちゃんである。
「早速面接に行ったら、即採用してもらって……数日働けばいいかなって思ってたらその場で店長さんが研修するから、ふ、服脱いでって言われて……」
「アウトですね〜」
「コテコテの裏風俗っぽい」
あ、ハッキリ言っちゃうんだと思ったのは内緒である。
ミリムは凛に対する当たりがそこそこ強い。普段ウザ絡みされてる弊害だろうか。
「そ、そこで初めてそこが大人のお風呂屋さんのお店って気付いて、嫌無理ですって言ったら凄い剣幕で「今更無理なんて筋が通らない」とか「契約金返せ」とか言ってきて……、店長さんが服脱いで押し倒してきて……」
契約金って下手したら紹介してきた奴に中抜きされてないか、ソレ。
というか面接の前に店の雰囲気で気付けって話である。
「そ、そこで襲われかけたんだけど、必死に抵抗してたら……気付いたら店長さんが壁にめり込んでまして……」
おっと話の流れが変わってきたぞ。
「呆然としてたら他のコワモテのおじさん達が雪崩れ込んできて、恫喝されたのが怖くなって無我夢中で抵抗してたら…………その、全員動けなくしちゃいまして……」
ヤクザ VS 凛ちゃんの仁義なき戦いは桃色ピンクに軍配が上がったらしい。
いや当たり前である。一般人に毛が生えた程度のヤクザの暴力 VS 現役Cランク探索者なら圧倒的に探索者の方が強い。
重火器でも持ってこないと戦いにすらならないほど戦闘力に差があるのが常識だった。
まぁ彼らは凛が探索者とは知らなかっただろうから仕方ないが。
「そこでの大立ち回りが外に漏れたのかもわからないんだけど、多分他のお客さんか近隣住民に通報を受けまして……気付いたら警察官に囲まれてお店の関係者諸共捕まりましてぇ……」
そして重要参考人として事情聴取を受けるハメになった、と。
警察官側から見ても通報されて身構えながら行ってみたらヤクザ相手に無双してる怪力女がいて
どっちが被害者だ? となるのは当然だった。
「凄い。映画みたい」
「コメディ寄りですけどね」
素直に賞賛するミリムの感性はよくわからんが、事情はだいたい把握した。
つまりはキャバ嬢やってたら裏風俗の紹介を受け、面接に行ったら襲われそうになったから返り討ちにしたら警察に事件の関係者だと思われて捕まった話だった。
「男の人怖い……なにあの凶悪なモノ……あんなの入れたら死んじゃうよ……」
オマケに強烈なトラウマも刻み込まれてるらしい。不憫な。
数日前までオマエも持ってたものだよとはさすがに皮肉としても最悪すぎて言えなかった。
「事情はわかりました。……一人で突っ走るのは今に始まったことではないですが、せめて相談くらいはして欲しかったですね。今まで電話も出ませんでしたし」
「言ったら心配かけると思ってぇ……」
その末が警察署からの連絡だから本当に反省してほしい。
「でも、これで、配信はできる?」
肩を落とす凛だったが、ミリムの一言で水を得た魚のように明るい笑顔になった。落差の激しいヤツである。
「そう! そうなんだよぉ! 裏風俗の稼ぎはゼロだったけど、元の目標額は届いてるから〜……買っちゃいました! ダンジョン配信者用の高性能カメラ付きドローン!」
「おぉ〜」
あんまりよくわかってなさそうなミリムの乾いた拍手が虚しく鳴り響く。
最先端の配信用カメラとは、まずダンジョン内での激しい戦闘の余波で壊れない、薄暗くても高い解像度で撮影ができる、人間離れした探索者の動きに付いて鮮明に映せるだけのフレームレート処理にドローン本体そのものの俊敏性が必要になってくるので総じて高額だった。
凛が購入したのはミドルクラスと呼ばれる性能で、大手企業やトップ配信者などが愛用してるハイクラスモデルになってくると普通にウン百万飛ぶのでどれだけ高額かがわかってもらえるだろう。
「これ、結構イイやつですね……高いでしょうに大丈夫だったんですか?」
「全然大丈夫じゃないかも! 他の雑費にワタシの生活費も注ぎ込んだからほぼ無一文! アパートもこの間解約しちゃった! タハハ!」
大丈夫じゃなかった。タハハ! じゃないんだわ。
ウチのパーティー、無一文多すぎである。
根無し草にも程がある。
「じゃあウチ、来る?」
「行くぅ〜!」
「勝手に決めないでくれません!? 我大家ぞ!?」
呆れてると流れるように俺の家への入居を勧めてくるミリムに静止を求めるが時既に遅し、凛が既に乗り気だった。
「ちゃんと飼うから。躾もちゃんとする」
「アッ飼い犬枠なんだ……」
我らがパーティーリーダー、まさかの犬扱いである。
ミリム主導なのはちょっと引っ掛かるが、自宅の広さ的に一人も二人も変わらない。凛なりになんとかしようと思っての無一文の現状なので、落ち着くまでは宿を貸してるやるのも仕方ないと思えた。
「ちゃんとおトイレの始末までするんですよ」
「うん、一緒に散歩もする。これからよろしくねポチ」
「凛って名前があるんですけどぉ〜!?」
こうして、紅式部パーティーメンバー全員が俺の家に住み着く謎の共同生活が始まったのだった。
★
「ところで、凛はなんでそんな喋り方になってるんですか?」
「…………キャバクラで働いてた先輩がすっっっごい厳しい人で仕込まれた」
ものの数日で人格もちょっと変わるくらい仕込んでくるとか半分洗脳の域である。俺の近くにいなくてよかった、危うくメス堕ちするところだったぜ。
「あぁ……だから仕草も女の子らしくなってるんですね」
「女の子力、八十点。……悔しいけど、似合ってるから仕方ない」
女の子力を測るミリムスカウターではなかなかの高得点らしい。
女の子力ってなんだよ。
「ふふふ……仕草だけだと思う?」
「……メイクまでしてるようには見えませんが」
お店で暴れた影響か髪はボサボサ、メイクもしてたのだろうが涙でほぼ落ちているのに顔面の良さが些かも崩れていないのは山羊髭の並々ならぬTSへの執念のようなものを感じて怖かった。
ちょっと得意気な表情になる凛にイラッとするもノッてみる。
すると、今まで包まっていた毛布を脱ぎ捨て、今までひた隠しにしていた着てる衣装を晒け出した。
「これがッ! 真の女の子力だよッ!」
だから女の子力ってなんだよ。
凛が脱ぎ捨てた毛布の下に隠していたのは、もはや戦闘装備ではなく、見る者を撃ち抜くための“勝負服”だった。
艶やかな紅色のチャイナドレス。
けれどその造りは完全に“業務用”。本来なら演出のために使われるはずのスリットは、限界まで深く切り込まれ、腰骨どころか下着のラインまで露わになる寸前で、視線のやり場に困る。
しかもその布地すら、ヤクザとの乱闘で裂け、ほつれ、汗と涙で湿っていた。
薄い生地は肌に張りついて、まるで濡れたラッピングフィルムのように凛の体を包み込み、息遣いひとつで胸元が震えるのが見て取れた。
バスト部分は大胆にカットされ、ダイヤ型の開口部からは、溢れんばかりの柔らかさがこぼれそうになっている。
少しでも前傾姿勢になれば、その谷間の奥底までがあらわになりかねない。
そしてなにより致命的なのは、スカート丈だった。
常識のラインを遥かに越えて詰められた裾は、立っているだけでもギリギリを攻めてくる。
少し屈めば、赤いショーツが、布の隙間からはっきりと──それも背面まで、まるで「見せるため」に計算された角度で、あざとく覗いてしまうのだ。
凛本人は無自覚なのか、それとも開き直ったのか。胸を張り、腰をくねらせるその姿は、もはや挑発以外の何物でもない。
──ああ、これを見せられて平静でいられる男は、いないだろうな。
「凛にしてはなかなかやる。すごくえっち」
「その服を渡された時点で風俗系のお店だと気付くべきだったのでは……」
「だ、だって怖くてそういうところ行ったことなかったしお店によってはこれが普通なのかなって……」
風俗店の店長もノリノリでその系統のコスプレ着てくれたのに本番行為が始まる流れになったらNGをくらってさぞ面食らっただろう。哀れな。
夜のお店に行く勇気もなければ連れて行ってくれるような友達もいない我らがパーティーの悪いところが出た瞬間とも言える。
ダンジョンでは5m以上ある人型モンスターでも対処できるのに、リアル女の子に対しては為す術なく蹂躙される悲しき童貞集団の末路だった。
しかしこの女、TSに対してノリノリすぎないか。
「こ、ことねだってアレだけ騒いでたわりにはそんなにオシャレしたり口調変えたりノリノリじゃん!」
「うぐっ! 今一番つっこまれたくないところをつっこんできました……」
着の身着のまま警察署に行ったから今日下ろしたての服を着たままだったのを思い出した。もう既に馴染んできているのがちょっと怖い。
「ことねはわたしたちの先を行っている。凛を迎えに行く前、買い物で通行人にパンツを見せてた。いわゆるパンモロ」
「うわぁ……そんな趣味あったんだことね……」
「ミリムさん、そろそろわたくしたち拳で殴り合った方がいいと思いません?」
墓まで持って行こうとしていた秘密に突然の暴露をされた俺はギリギリと万力の力を込めてミリムの肩を掴む。
が、本人はどこ吹く風といったご様子。
「でもちょっと満更でもなさそうだった。ことねは恥ずかしいことが好きな女の子になりそう」
「よっしゃ喧嘩ですね。五百年の歴史を持つ忍者の末裔の力見せてあげますよ!」
掴んだ肩を起点に力を下へと押し出し、ミリムの重心を崩す。
そのまま重心の乗っていない方の細い足を打ち払って組み伏せようと考えるも。
「後衛だからって、前衛に近接で遅れをとる道理は、ない」
組み伏せようとしてくる力の流れに逆らわず、そのまましゃがんだミリムは俺の手を逆手に取り、背負い投げの要領で一本背負いをキメてきた。
「……意外とやりますね」
「後衛が近接戦闘もできるのはBランク探索者の必須事項。練習してた」
「家の中だからあんまり騒がないでね〜」
背負い投げされようとミリムには圧倒的に筋力が足りず、あえて投げ飛ばされ、空中で身を捻ってテーブルに着地するなんて余裕だった。
凛の気の抜けた声掛けがかかるが、俺とミリムには聞こえない。
今はただ、このロリ娘を
「ことねは照れ屋。もっと可愛らしくしてあげる」
「わたくしが勝ったらミリムにも恥ずかしい目に合わせてやりますからね!」
クイックイッと煽るように手招きしてくるミリムに対して犬歯を剥き出しにした俺の激闘がこうして幕を開けたのだった──────────。
なお、唐突に始まったキャットファイト(ガチ)は俺の勝ちだった。
当たり前である。
「下着もちゃんと女性モノなんだねぇ、しかも黒」
どさくさに紛れて見てるんじゃねぇよ。
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