第21話 ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ



 積年の思いが叶い、運命のお相手である青山ハルカの『お隣さんのお友だち』になれたのだと、浮かれ弾けるギャップ激しめの主君から、


「う~ん、アクセサリーはシンプルにバングルだけに留めるべきか。イヤーカフスなんかしてセンスをアピールすべきか……ウォーレン、どっちがいいと思う?」


 アクセサリーについて意見を求められた赤髪の側近。


 どっちでもいい。心底どっちでも良かったが、美意識高い系吸血鬼のウォーレンは、ついつい真面目に答えてしまう。


「青輝石がついたイヤーカフスがあっただろう。あれは主君に似合っていた。濃青が好きな女性ならば、好ましく思うのではないか」


「それ、いいな! さすが、ウォーレンだ。すぐにピエールに持ってこさせよう」


 めったに褒めない主君から褒められ、キュンと高鳴った胸を落ち着かせた赤髪の吸血鬼は、いよいよ本題に話しを戻す。


「ところで、そろそろコレについて、詳しい話しを聞きたい」


 それまでルンルンだった金の魔性は、目の前にペラリとぶら下げられた書状をみてフンと鼻を鳴らしたが、執務机に寄り掛かるとようやく応える気になったらしい。


「説明の必要はない。これは話し合いではないからな。決定事項として受け止めろ」


「そこに異論はない。主君の命令を聞くのは側近の務めだ。ただ、幼なじみとしては、命令の意図を理解しておきたいのだ。イヤーカフスのように良いアドバイスができるかもしれないぞ。これもまた、お隣さんのお友だち様が関係しているのだろう? ならばなおさら聞いておきたい」


 そう云って、ウォーレンはぶら下げた書状の一文を読み上げる。


「トランシルヴァーリア領のシャトーとブドウ畑を、ゾルド・バルバラ城の裏手に転移させよ――なぜシャトーごと? きっかい村でワイン造りでもするのか? 酒に酔わない主君は、ワイン造りになんてまったく興味がないだろう」


「まあ、そうだな」


「何か、ワケがあるのだろう」


 詰め寄る側近から視線を反らしたシルヴィーは、


「その……ワケというか……すごく喜んでくれたから……」


 今度は急に腰をクネクネしだし、ボソボソ云いはじめる。


「あっ?? なに? なんだって?!」


 聞こえねえ、とばかりに耳に手を当てたウォーレン。


「じつは……引っ越しの御挨拶にお伺いした際にだな……」


 ここでシルヴィーの頬が、酒に酔ったようにポッと赤らんだ。同時に「ムフフ」と思い出し笑いをして、「気持ちワル……」とウォーレンの腰を引かせる。


「ムフフ、我……ああっ、もうっ! 僕、僕、僕――の名前を呼んでくれ、一緒に酒を飲もうと誘ってくれ……ムフフ。そのとき、おまえが薦めてくれた手土産のワインで乾杯したのだ。女性に人気があるというトランシルヴァーリア産の……」


「薦めたワイン……ああ、シャトー・クリムゾンの『ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ』のことか」


「そう、その長ったらしい名のワインだ」


「たしかに、アレは素晴らしいワインだ。ふむふむ、それで?」


「お酒が大好きなハルカさんは、このワインをいたくお気に召したようで、2日前の縁側で、梅酒とウォッカをちゃんぽんして悪酔いしたとき、ボソリと云ったのだ――ああ、あのワインは美味しかったなあ。また飲みたいなあ。できれば樽ごと欲しいなあ――と」


「た、樽ごと?」


『ブラッディー・コール・ラ・ティアーズ』


 別名『血も涙もない』という鉄分たっぷりの赤ワインは、伯爵であるウォーレンが治めるトランシルヴァーリア領のクリムゾン地方で醸造されているワインだ。


 今や魔界の王侯貴族たちの間で一番人気のワインで、入手困難な稀少銘柄ではあるものの、そこは領主でありシャトーの管理者でもあるウォーレンなので、なんとでもなる。


 ホッと胸を撫でおろした側近は、幼なじみでもある主君の肩に手を置いた。


「なんだ、そんなことか。書状で『シャトーごと』なんていうから焦ったじゃないか。よし、わかった。それなら、希望どおりに樽ごと持ってきてやる。1樽か。それとも2樽? なんなら飲みやすいようにボトルにして10ケースぐらい持ってこようか?」


 しかし、その言葉にシルヴィーは目をつりあげると、


「そんなケチくさいマネできるか―ッ!」


 肩に乗せられた手を激しく払いのけ、指が3本ほど折れた側近の胸倉を容赦なくつかんで怒鳴る。


「何もわかっていないっ! 何が良いアドバイスができるかも~だっ! 樽の1つや2つ渡してどうするのだっ!」


「……というと、10樽ほどか?」


 折れた指を元の位置に戻しながら訊き返した側近の鳩尾みぞおちに、シルヴィーの膝蹴りがお見舞いされた。


「ぬううくぅっ……」


 肋骨が折れる。


 蹲ったウォーレンを見下ろした金の魔性は、金色の魔力を背中にユラリと立ち昇らせ、憤怒していた。


「10樽だと……この愚か者めが。ハルカさんが樽で欲しいといったら、それは最低ラインで100樽だ。それも遠慮して『樽で……』と可愛らしくおねだりしているのにちがいない。本心では『シャトーごと寄越せ』と要求しているのが、なぜ、わからぬのかっ!」


 わからない。それは絶対にわからないし、そもそも、そんな阿呆な要求をしてくるヤツは、頭のイカレた連中ばかりがいる魔界にも、そうそういない。


「この金の魔性シルヴァン・ハインリッヒ・ドラクルが、愛するハルカさんに遠慮などさせてなるものか! どうせならシャトーのあるクリムゾン地方ごと贈らなければ気が済まない」


 たぶんこれは、主君の壮大な勘違いだ。


 しかし、シルヴィーの剣幕にさすがのウォーレンも怯んだ。


 ここで「いやいや、それは~」と、くちごたえなどしようものなら、全身の骨を粉砕されるにちがいなかった。




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