第19話 和菓子
エントランスと同じグレーと黒の色調の通路を、シルヴィーとならんで歩きながら、ハルカは借りたままになっているスーツの上着について言及した。
「もう少し待ってね。昨日の夜、抱きしめながら寝たせいで皺がついちゃって……もしかしたら涎とかも。だから、クリーニングして戻ってきたらすぐに返すから」
「抱きしめながら……涎が……ええっ、クリーニングっ!!」
ピカッ! シルヴィーの金の瞳が光った。
「うん」
眩しさに目を細めながら応えると、
「ヒャアアァァア!」
両手を頬に押し付け、素っ頓狂な悲鳴をあげたシルヴィーは、金の瞳を潤ませ、祈るように手を組んだ。
「まさか、もうお出しになってしまったのですかっ!? ああ、どうか、まだだと云ってくださいっ!」
「……え、まだ出してはいないけど。午後から出しにいこうかなあ~って。もしかして、クリーニングNGな特殊素材だったりするの?」
「良かった……ああ、良かった。危うくハルカさんの香りと貴重な涎を消し去られるところ……あっ、いえ、こちらの話しです」
心の底から安堵しきった様子のシルヴィーが、懇願してきた。
「その……上着でございますが、どうかそのままの状態で御返しいただけないでしょうか。のちほど取りに参りますので」
「シワクチャなんだよ。涎が……」
「いいのです! それでいいのです! どうぞ、お気になさらず、そのままで!」
現状維持での返却を、強く希望する吸血鬼に「シルヴィーがいいなら、それでいいよ」と応えると、
「ありがとうございますっ! ヤッターッ!」
金色の瞳をキラキラさせた吸血鬼は飛び上がって喜んだ。
そんなこんなで到着した中庭。
「うわぁ、バラ園なんだ」
手入れの行き届いた様々な品種のバラに、ハルカは感嘆の声をあげる。
品種の多さもさることながら、赤、白、紫、黄、オレンジと色彩も豊富で、目にも鮮やかな庭は芳しい香りに包まれていた。
散策用に造れられた小径にそって歩いていくと、奥には長い髪を風になびかせた乙女の像があり、その周囲に咲いているのは、すべてピンク色のバラ。
「僕のお気に入りの場所なんです」
乙女の像を見つめるシルヴィーの頬も、ほんのりピンク色になった。
「素敵なお庭だね」
「ありがとうございます。そろそろ戻って、お茶にしませんか? そのあとで、新発売のクラフトビールも楽しみましょう」
「いいね。それ、最高だよ。キンキンに冷やしてくれる?」
「おまかせください」
朝から飲む気満々で小径を戻ってきたハルカ。
そこにいたのは――
「ああっ! コウモリさん!」
テラスにテーブルとパラソルを用意し、デザートや軽食を並べているのは、あの灰色コウモリだった。
ハルカの声に振りむき、ちょっと恥ずかしそうにモジモジとやってきて、よれた金色の蝶ネクタイを直すと深々とお辞儀した。
「さきほどは……お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません。わたしくし、ドラクル家に仕えて434年。まだまだ未熟なコウモリ執事でございます。お隣りの古民家にお住いのヒト様。どうか、ピエールとお呼びくださいピィ」
「戻ってきたんだ」
「はい。お騒がせいたしました」
「まったくだ。ハルカさんにケガがなくて良かったものの、万が一にも傷をつけたときは――」
シルヴィーが金の瞳に剣呑な光を浮かべると、
「……ピ、ピィ」
ワインレッドの大きな目をウルウルさせて身震いするコウモリ執事。
「まあ、まあ」と取りなしたハルカは、テーブルの上に置かれた三段スタンドを見て、さっそく話題をかえた。
「わあ、和菓子だ!」
「お好きですか?」
シルヴィーが椅子を引いてくれ、さっそく着席したハルカは、和菓子の思い出を語りはじめる。
「きっかい村に遊びにくるときは、いつもお土産に持ってきてたんだよね。けっこうなんでもそろっているきっかい村だけど、和菓子のお店だけはないから。婆ちゃんは無類の
三段スタンドの下段には、みたらし団子、三色団子、きな粉餅があり、さらには……
「すごーい! ずんだ餅まである!」
和菓子のなかでも、ハルカの大好物である。
「美味しいんだよねえ。日の出国でも作っているお店は少ないから、めったに食べられないのに……これってお取り寄せなの?」
ピエールが、モジモジと答えた。
「わたしめの……手づくりで、ございまして……」
「ええっ! ねえ、もしかして、この三段スタンドにある和菓子、全部ピエールの手作りだったりする?」
モジモジ……ポッ。
「はい、わたくし、趣味が和菓子作りでございまして、魔界では和菓子同好会の会長をつとめておりますピィ」
「マジでっ! この羊羹に最中、柏餅に桜餅、キンツバに練りきりまで作ったの?」
「はい」
「食べてもいい?」と、さっそくハルカは羊羹をパクリ。
「うまっ!」つづけてズンダ餅をパクッ。
「なにこれ、激うまじゃん!」
和菓子を食べる手が止まらないハルカに、そっと濃い目のお茶を淹れてくれたピエール。
「もう、なんて気が利くの。ピエールってば、執事の鑑だねえ~」
ここ350年ほど、主人である金の魔性に褒められたことがなかったピエールは、「恐れ入ります」と下唇を噛みしめながら、うれし涙を堪える。
うれしいっピィ。
これからはヒト様のために和菓子を作るっピィ。尽くすっピィ。
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