第8話 乾杯



 晴れてハルカの「お友だち」に昇格できたシルヴィーは現在、古民家の縁側にて、


「ちょっと待っていてね」


 ハルカを待つ間、正座という拷問による両足の痺れに耐えていた。


 拷問開始10分前――ワインボトルをしっかりと抱えたハルカから、


「せっかくの『お近づきのしるし』だし、良かったら古民家うちでいっしょに飲まない?」


 夢のようなお誘い受け、夢にまで見ていた敷居をまたいだ。感無量だった。


 玄関からまっすぐ伸びた廊下の先には、襖や障子を開け放った間仕切りのない正方形の居間があり、南向きの窓からは自然光が射しこんでいた。


 縁側から見えるのは、垣根に囲まれた小ぶりな庭。そこには、見ごろを終えた桜木があった。


 ああ、これに爺さんは磔られて、泣いていたんだったな。


 そんなことを思い出していたシルヴィーに、


「適当に座って、くつろいでいてね」


 そう告げたハルカは、廊下を挟んだ居間の斜め向かいにある台所へと消えていく。


 シルヴィーが陣取った場所は、ハルカの後ろ姿がいちばん良くみえる縁側だった。


 視線の先、台所でグラスを用意する愛しい人は、


「ねえ、シルヴィーは酢の物とか平気? あっ、酢の物って、わかるかな。ピクルス的なヤツなんだけどー」


 そんな風に声をかけてくる。


「はい、大丈夫です。僕はなんでも食べられます!」


「良かったあ。あ、チーズとかはもちろん平気だよね。エルフ族のマーサおばさんに貰ったチーズの詰め合わせがあったはず! あとは、これこれ、鯖の水煮缶~」


 鼻歌まじりにツマミを用意するハルカと楽しく会話をしながら、シルヴィーの妄想は止まらなかった。


 ああ、新婚さんみたいだ。


『お隣さんのお友だち』から『新婚さん』になれる日を夢見ながら、胸がジーンとしてくる。しかしここで、正座をしている両足もまた、激しいジーンがきた。


 両脚の膝をそろえて畳み込むという日の出国スタイルは、シルヴィーの幸せな妄想を掻き消す勢いで、下半身の痺れという耐え難い苦痛を与えてくる。


 愛しいハルカを目の前にして、理性と節度を保ち、欲望を抑え込むには、これ以上ない座法であるが、ツラい、とってもツラい。


 そこに「おまたせ~」と、逆さにしたワイングラスをふたつ、片手にぶら下げ、ツマミを盛りつけた皿を盆にのせたハルカが、縁側にやってきた。


「あれ、シルヴィー、魔界育ちなのに、正座なんてよくできるね。脚が痛いでしょう。無理しないで縁側に腰掛けて。わたしもそうするからさ」


 家主の許しがでたことで、「御言葉に甘えて」と腰をあげようとしたシルヴィーは、激しい痺れに悶絶。「グッぬうううぅ」と情けない呻き声をあげたのち、顔から突っ伏した。


 ゲラゲラと笑い転げるハルカに腕を支えられ、ヨタヨタと縁側に腰掛ける。


「ご迷惑を……」


「いいよ。婆ちゃんが足腰弱ってからは、いつもこうやって縁側まで連れてきてあげていたから。懐かしいな」


 すっかり年寄り扱いされ、落ち込むシルヴィーだった。


 ワインやグラス、ツマミを並べて、ハルカとシルヴィーは並んで座る。脚の痺れが治まったシルヴィーは、ワインボトルを手にとり、「少し冷やしましょうか」と指先から冷気を放ちはじめる。


「へえ、そんなことができるんだ。便利だね」


「凍らせることもできますので、氷が必要なときはいつでも声をかけてください」


「わあ、それはいいね。今年の夏も暑くなりそうだから、急にカキ氷が食べたくなったら、呼ぼうかな」


「ぜひ! 冷気も暖気も除湿もできますので、室内もお好みの温度、湿度に保てます。いつもでご利用ください」


 ポカポカ陽気の午後。縁側には春の陽射しが燦燦とふりそそいでいる。


「春うららか。いいお天気ですねえ」


 高級仕立てのリクルートスーツの上着を脱ぎ、シャツの袖をまくり上げたシルヴィーが、太陽の光を浴びている。


 その姿をみたハルカは――吸血鬼なのに、太陽の光は大丈夫なのかな――そう思って、またひとつ懐かしい記憶を思い出した。


 そういえば、ヴァン爺もへっちゃらだったな。


 夏のギラギラした太陽の下、タツ子の畑仕事を毎日のように手伝っていた。


「タツ子さん、このナスは、そろそろ食べごろですよ」


「今日は、トマトを収穫するんだよ」


「わたし、トマトはちょっと苦手なのですが……」


「好き嫌いするんじゃないよ」


「はい……」


 そんな具合だったから、孫のシルヴィーも太陽の光が平気なのだろう。もしかしたら、吸血鬼が夜行性だとか、太陽の光が天敵だというのは、ただの迷信なのかもしれないな。


 ほど良く冷えたワインが、グラスに注がれた。


きお隣さんに」


「幸あらんことを」


 ポカポカ陽気の日。


 ハルカとシルヴィーは、出会いを祝ってグラスを傾けた。




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